株主総会の実務をIRやコーポレートガバナンスの面から考える(33)~2の2 参考書類─役員選任の件(5)法定記載事項その4
⑦社外取締役候補者に関する記載
社外取締役候補者の場合には、以上の記載事項に加えて、以下の記載事項を追加しなければなりません。一般的には候補者一覧表の欄外に注記として記載されます。
(ⅰ)社外取締役候補者である旨(74条4項1号)
候補者が社外取締役候補者である場合には、その旨の記載が必要です。そこで、注記欄に「取締役候補者○○○氏は、社外取締役候補者であります。」と社外取締役候補者である旨を記載します。
(ⅱ)その者を社外取締役候補者とした理由(74条4項2号)
一般に、社外取締役として期待される候補者の経験・知識等を注記欄に記載しています。
※会社法などでは、あまり重大視されていませんが、本来株主が取締役候補者として妥当かどうかを判断する場合に最も必要な情報と言えます。サンプルにあるように記載に力が入っているとは思えない定型的な記載が一般的です。他でもない、この候補者を選任したいというのですから、他の人と変らないような選任理由ではおかしいはずです。しかも、社外取締役候補者では記載事項としていて、社外ではない取締役では記載事項とされていません。それは、株主や投資家から見れば、判断要因が不足することになるわけです。この点については後程まとめて考えてみたいと思います。
事例サンプル
・○○○氏を社外取締役候補者とした理由は、長年にわたる企業経営者としての豊富な経験に基づき、社外取締役として、当社経営に対して有益なご意見やご指摘をいただけると期待したためであります。
・○○○氏を社外取締役候補者とした理由は、同氏が長年にわたり○○株式会社の経営に携わり、○○業界にも精通していること、その経歴を通じて培った経営の専門家としての知見に基づく貴重な意見を取締役会において提言いただいていることを鑑み、従来の枠組みにとらわれることない視点を当社の経営に反映し監督機能を発揮していただくためです。
(ⅲ)現に当該会社の社外取締役である場合において、当該候補者が最後に選任された後在任中に、当該会社において法令または定款に違反する事実その他不当な業務の執行が行なわれた事実(重要でないものを除く)があるときは、その事実ならびに当該事実の発生の予防のために当該候補者が行った行為及び当該事実の発生後の対応として行った行為の概要(74条4項3号)
上場会社に限る記載事項です。現任の社外取締役候補者が在任中に、その会社で法令定款違反等があった場合にその事実と、その事実とその社外取締役候補者との関わりを開示させるものです。社外取締役候補者が、そのような法令定款違反等を予防する等の活動をとるべきことは最低限の職務であるがゆえに設けられた項目です。その事実とともに事前・事後において社外取締役候補者が行なった予防策及び事後対応の概要を記載します。この場合、開示すべき重要な法令定款違反等にあたるかどうかの判断は、会社が事案に即して判断することになっています。
実際には「不当な業務執行」とは、役員によるものだけに限らず、使用人によるものも含み、また、必ずしも違法なものには限られず、社内規則に違反する行為も「不当」と評価できるものであれば含まれる、と解釈されています。
(ⅳ)当該候補者が過去5年間に他の会社の取締役、執行役または監査役に就任していた場合において、その在任中に、当該他の株式会社において法令または定款に違反する事実その他不当な業務の執行が行なわれた事実があることを当該会社が知っているときは、その事実(重要でないものを除き、当該候補者が当該他の株式会社における社外取締役または監査役であったときは、当該事実の発生の予防のために当該候補者が行った行為及び当該事実の発生後の対応として行った行為の概要を含む)(74条4項4号)
上場会社に限る記載事項です。社外取締役候補者が他社の役員の在任中に、その他社で法令定款違反や不当な業務執行があった場合のその事実とともに事前・事後において社外取締役候補者が行った予防策及び事後対応の概要を記載します。記載に際しての重要性の判断については前項と同じですが、異なる点があります。それは次の2点です。
それは対象期間と「会社が知っている」ということです。つまり、候補者が他社において取締役、執行役または監査役に就任していた場合に過去5年間の発生事実で「会社が知っている事実」、そして会社が事案に即して重要と判断した事項について記載します。またその他社における、その事実の記載との整合性にも注意する必要があります。この場合の「会社が知っている」とは、開示事項とされていることを前提として行われる調査の結果として知っていることを指すので、十分な調査を行うことなく「知らない」として整理してしまうことは認められません。
(ⅴ)当該候補者が過去に社外取締役または社外監査役となること以外の方法で会社(外国会社を含む)の経営に関与していない者であるときは、当該経営に関与したことがない候補者であっても社外取締役としての職務を適切に遂行することができるものと当該株式会社が判断した理由(74条4項5号)
上場会社に限る記載事項です。候補者が社外役員となること以外の方法で会社経営に関与していないときは、社外取締役として職務を適切に遂行できると判断した理由について、記載を求められているものです。例えば、弁護士、学者、公務員等過去において会社経営に直接関与したことがない者(社外役員のみの経験者を含む)を候補者としたときは、その候補者が社外取締役として適切に職務を遂行できると判断した理由を記載します。
※元来、社外取締役とはどのようなものか、その機能や海外企業での実例を見た上で、法令で経営の未経験者であっても取締役に会社が選任しようとする理由を、(ⅱ)で社外取締役として選任する理由を説明したうえで、さらに説明を求められているということは、ノーマルなケースではないということと考えても良いと思います。だから、これはよくよくのこと、例外的なこととして、かなりの説明が求められてしかるべきではないでしょうか。少なくとも、IRの視点からは、そのように考えことはあり得ます。しかし、いわゆる法務担当者の株主総会対策には、そういう視点はありません。それは、この項目の各企業の記載事例を見ても明らかです。ここでは、その事例をいくつかサンプルとしてしめしますが、そういう視点での課題については、後でまとめて考えてみたいと思います。
事例サンプル
・○○○氏につきましては、弁護士としての法曹界における豊富な経験・知見を活かした助言・提言を当社の経営に反映し、また独立した立場から監督していただくため、社外取締役候補者とするものであります。同氏はこれまで社外役員以外の方法で会社の経営に関与した経験は有しておりませんが、上記の理由により、社外取締役としての職務を適切に遂行できると判断いたしました。
・○○○氏は○○省や独立行政法人○○において要職を歴任され、国内外の経済の動向に関する高いご見識をもとに、客観的・専門的な視点から、当社の経営への助言や業務執行に対する適切な監督を行っていただけるものと判断しました。
・○○○氏は、過去に社外取締役または社外監査役となること以外の方法で会社の経営に関与しておりませんが、会計監査法人において長年公認会計士として多くの企業における監査実務に関する知識と経験を有しており、他社における社外取締役・社外監査役としての経験も多数有していることから、当社が経営課題として掲げているコーポレートガバナンスの強化に向けて、その知識、経験等を当社の経営に活かしていただきたいと考えております。
(ⅵ)当該候補者が次のいずれかに該当することを当該株式会社が知っている時は、その旨(74条4項6号)
A)当該株式会社の特定関係事業者の業務執行者であること。
B)当該株式会社または当該株式会社の特定関係事業者から多額の金銭その他の財産(これらの者の取締役、会計参与、監査役、執行役その他これらに類する者としての報酬等を除く)を受ける予定があり、または過去2年間に受けていたこと。
特定関係事業者とは次の要件に当てはまるものをいい、これは社外取締役候補者と会社との利害関係を明確にするための開示です(2条3項)。
・当該会社の親会社ならびに当該親会社の子会社及び関連会社
・当該会社の主要な取引先
C)当該株式会社または当該株式会社の特定関係事業者の業務執行者の配偶者、三親等以内の親族その他これに準ずるものであること(重要でないものを除く)。
D)過去5年間に当該株式会社の特定関係事業者の業務執行者となったことがあること。
E)過去2年間に合併、吸収分割、新設分割または事業の譲受け(以下「合併等」という)により他の株式会社がその事業に関して有する権利義務を当該株式会社が承継または譲受けをした場合において、当該合併等の直前に当該株式会社の社外取締役または監査役でなく、かつ、当該他の株式会社の業務執行者であったこと。
上場会社に限る記載事項です。これは、候補者の会社またはその特定関係事業者からの独立性を明確にするため、記載が求められているものです。
(ⅶ)当該候補者が現に当該株式会社の社外取締役または監査役であるときは、これらの役員に就任してからの年数(74条4項7号)
上場会社に限る記載事項です。在任年数についても社外取締役の適性を判断するために必要な情報として記載を求められます。
社外取締役が長期にわたり同じ会社の取締役会に在籍すると、独立性を失う可能性があると考えられます。過去に自分が賛成した事柄に問題が生じた時に、それを今日否定することは過去の自分の判断を否定することになります。そこには当然心理的な抵抗が生まれます。在籍期間が長期化すれば、取締役会において多くの意思決定に係わるようになり、過去の自分から独立した判断をする余地がだんだんと少なくなっていくでしょう。それに伴い、現経営陣との間にも心理的なしがらみが生まれ、判断の独立性の確保が徐々に損なわれていくことは避けられません。その意味で在籍期間の開示は、株主が社外取締役の独立性の判断をする際の重要な情報となります。
(ⅷ)当該候補者と当該株式会社との間で会社法427条1項の契約(責任限定契約)を締結しているときまたは当該契約を締結する予定があるときは、その契約の概要(74条4項8号)
責任限定契約の内容の概要についても選任議案において開示が必要となります。また、現に責任限定契約を締結していなくても、その予定がある場合には、その予定の内容を記載します。これは、現任者の重任であれば現に責任限定契約を締結していますが、新任の候補者の場合には就任後に契約を締結することになるためです。
事例サンプル
・社外取締役候補者○○○氏が取締役に選任され就任した場合には、当社と同氏の間で、会社法第427条第1項及び当社定款の規定に基づき、会社法第423条第1項に関する責任について、責任限度額を会社法第425条第1項に定める最低責任限度額とする責任限定契約を締結する予定であります。
(ⅸ)以上の社外取締役に関する記載事項についての当該候補者の意見があるときは、その意見の内容(74条4項9号)
(ⅹ)社外取締役を置くことが相当でない理由
これは、上場会社で社外取締役を選任しない場合です。ただし、法令上は株主総会での説明と事業報告への記載を求めていますが、必ずしも参考書類の記載までは求めていません。しかし、取締役選任議案を株主に提出する際に、社外取締役の選任が含まれていないと事業報告では説明されているのに、当の選任議案の中で説明が為されていないのは片手落ちではないかと考えられます。この内容の記載にスペースを取られるというのであれば、最低限として注記において事業報告において社外取締役を置くことが相当でない理由を記載している旨を記載すべきではないかと考えます。
⑧独立役員及び社外取締役の独立性に関する記載
これは法定の記載事項ではありません。コーポレートガバナンスの観点から、社外取締役候補者に関する参考事項として証券取引所の定める独立役員とするかをはじめとした社外取締役の独立性に関する情報を記載している事例があります。以前から議決権行使助言会社から、独立役員についての情報の記載を求めていることに応えて記載する企業が増えているという事情にもよるものと考えられます。また、金商法では有価証券報告書の記載事項として社外役員の独立性に関して企業で基準を定めている場合には開示しなければならないことになっていますし、2015年6月に公開されたコーポレートガバナンス・コードでも独立性に関する開示を企業に求めています。これらのことから、独立役員の明示に加えて、社外取締役候補者の独立性に関する詳細な情報の記載のケースが増えてきています。
事例サンプル
・当社は、社外取締役候補者○○○氏を東京証券取引所に対し、独立役員として届け出ており、同氏の再任をご承認いただいた場合、引き続き同氏を独立役員とする予定であります。また、社外取締役候補者○○○氏の選任をご承認いただいた場合、同氏を新たに独立役員として届け出る予定であります。
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