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2016年8月27日 (土)

株主総会の実務をIRやコーポレートガバナンスの面から考える(34)~2の2 参考書類─役員選任の件(6)~IRやガバナンスの視点で考える(1)

●取締役選任議案は最重要議案

役員選任議案の説明の最初で、“株式会社は株主の出資によってつくられたもので、株主総会が最高の決定機関ですが、実際の会社の経営にあたっては専門の知識・経験を有する経営者が株主の信任を受けて従事します。そのメンバーが取締役であり、監査役といういわゆる役員です。その役員を誰にするかということによって、実際の経営が左右されるわけですから、株主総会において株主の総意により選任されるなど会社法で厳しく規定されています。”と書きました。しかし、最近の株主総会の状況をみれば、定款自治が進んで、かつては株主総会の決議事項とされていた計算書類の承認、剰余金の処分、ある種の株式の発行、簡易な組織変更などといった株主の利害に直接的な影響のある重要事項が、取締役会の権限に委託や委譲されてきてしまっています。これは、取締役会に強い権限を与えて経営の意思決定を迅速にして変化が激しい経済環境で有効な経営施策を打てるようにするために必要なことですが、株主にとっては会社の経営に対して直接的な意思表示をする機会が削られることになってしまいます。つまり、株主が会社の資本政策に懸念があって、剰余金処分の議案に直接反対することができなくなるというわけです。では、そのとき株主はどうするか、残された選択肢は、そういう経営判断をする経営陣の選任に反対するという間接的な意思表示です。その意味で、取締役選任議案は株主にとっては最重要な議案です。そしてそれは、意思表示の最終手段でもあるのです。
 もともと、株主にとって、資金を託す相手として取締役の選任は重要な関心事です。とくに海外の機関投資家が日本企業に投資の判断をする場合には、託した資金がきちんと事業に投資されているかを判断するには、経営陣が信頼できるかどうかに大きく左右されると言えます。

●説明責任と情報開示

定款自治によって取締役会の権限を拡大することによって、株主の意思表示の機会は限られ、株主総会における取締役選任議案の重要度は高まりました。これにともない、取締役及び取締役会の説明責任は今まで以上に重いものとなってきます。つまり、取締役会の施策について今まで以上の株主の理解を得る必要があるからです。それまでは、個々の施策に対して株主が直接異議をとなえることができたわけで、その時々に株主と議論を交わすこともできたわけですが、株主は間接的に取締役の選任において意思表示するしかないということになれば、なにか不明確なところがあれば、取締役会に対して不信任の意思表示をする危険が増すことになります。そのために株主の理解を得ていくためには不断の情報発信が不可欠となるはずです。
 また、投資家が企業に投資判断をする場合に、そのような情報発信に熱心かどうかは判断基準となってくると思われます。

●日本企業の取締役会の特徴

この場合、日本企業の取締役会の多くがマネジメント・ボードで経営執行機能を兼ねているので、業績に対する直接的な責任を負っていることになります。例えば、経営指標としてROEが低い状態が数年続いたのは取締役会の経営判断の誤りということになります。議決権行使助言会社が取締役選任議案に対する賛否の基準としてROEが数年間低い水準に低迷していた場合に、否決の投票の推奨をするのはそのためです。業績を上げることのできない経営陣の更迭を推奨するというわけです。
 これに対して、一部の日本企業や多くの英米型の企業では取締役会はモニタリング・ボードであって、直接業務執行に携わらず、経営の監視を中心として機能を果たしています。仮に、ROEが低迷すれば、取締役会は業務執行者を罷免します。ただし、経営陣が長期的な改善のために数年間のROEの低迷を覚悟して改革に当たった場合に、取締役会は事情を知悉しているわけですから、株主から経営陣を守らなければなりません。それが、本来的なコーポレートガバナンスです。これに対して、マネジメント・ボードでは経営陣が直接株主の批判の矢面に立つことになり、罷免の危険に立ち会わなければなりません。
 現実に日本企業の経営陣が、そのような場面に追い込まれなかったのは、株式の持ち合いや沈黙する個人株主といった日本的な特徴に護られてきたためで、そこに経営陣の慢心が生まれ低ROEに安住していたというのが、海外の投資家の見方でもあります。

●日本企業の取締役選任の特徴

英米企業に一般的なモニタリング・ボードの取締役会であれば、経営陣から独立した機関として、業績ではなく、ガバナンス体制が問われます。具体的には、取締役会が監督機関にふさわしい陣容か、各取締役の資質か、それが取締役会の議論に影響し、経営陣から独立した判断ができるか、という点で株主は取締役選任議案を判断します。この場合に、さきほど見てきたような日本の会社法の要求する取締役選任議案に関する開示情報は有効と言えるでしょうか。それに従って、参考書類を作成している日本企業に対して、海外の機関投資家や意識の高い日本の投資の眼にはどのように映っているでしょうか。
 それには、まず、会社法の前提となっている日本企業の特徴的な取締役の選任を見ておく必要があります。
 日本企業の取締役は会社内の従業員で業績を上げたものが内部昇格によって取締役となることが非常に多いと言えます。これは社内の業務従事者の昇格ですから事業の詳細を知悉し、業務に精通しているというメリットがあります。かつての日本経済が右肩上がりで安定して成長していた時代では、過去の延長線上で経営計画を策定でき、このような内部者により構成される取締役会は強さを発揮することができました。このときの企業の成長は、需要の増加予想に基づく事業の計画的な拡大によるものだったので、地道で継続的な改善を得意とし、現場のオペレーションに強みをもつ日本企業には適合的なスタイルで、それなりに高い競争力を当時は持っていたといえます。
 しかし、経済が低成長の段階に入り、企業活動がグローバル化し、経営環境が短期間で大きく変化するようになると、かつての競争力の源は、むしろ弱点となりました。事業ポートフォリオの組み換え、不採算事業からの撤退、大規模な設備投資や研究開発などの大規模で広範囲な経営資源の再分配が企業経営を左右するものとなってきました。その時に内部昇格者は、自身の出身部門に深く組み込まれているため、再分配によって自らが大きな影響をうけることになり、鳥瞰図のような視点で企業の全体像を客観的に把握し、行動する妨げとなってしまう恐れがあります。
 つまり、従業員としての内部での実績は経営者となったときには、役立つことなく、むしろ足枷となる可能性が指摘されてしまうのです。それなのに、取締役選任議案に関する参考書類では、取締役候補者の内部での従業員の履歴が説明されています。果たして、これが取締役を選任するときの参考になるのでしょうか。

●社外取締役を選任する意味

内部昇格の取締役による前項のデメリットを補完する機能を担うものとして期待されるのが、社外取締役と考えていいと思います。
 社外取締役というと「事業を知らない社外取締役に何ができるか」という否定的意見がありますが、個別事業に対する具体的な提言を社外から求めるのであればコンサルタントに依頼すればいいのであって、それは取締役に託された機能ではなく、社外取締役をコンサルタント程度にしか活用できない取締役会であれば、投資家からの支持を得にくくなっているというのが大方の状況と言えます。実際に、業績が好調で、海外の機関投資家から投資されている企業ほど、社外取締役を必要とし、活用していると言えます。

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