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2016年9月 1日 (木)

高島野十郎展~光と闇、魂の軌跡(1)

2016年5月5日(木)目黒区美術館

Takashimapos_2  
5月の連休に出かけるのは何十年ぶりだろうか。とくに、この展覧会に行きたかったとか、この画家の熱狂的なファンだったからというのでもない。ただ、フラっとだった。とはいっても、自宅から電車を乗り継ぎ、片道1時間半の道のりをわざわざ出向いたのだから、何らかの強い動機があるのだろうけれど、自分ではとくにいうべきことはない。多分、この時期、上野の美術館は若冲やカラヴァッジョで六本木ではルノワールで大混雑だろうから、地味目でゆっくり絵を眺めるにはちょうどよい、という程度だったと思う。
 目黒の駅を庭園美術館と逆方向に権の助坂を下りて目黒川を渡り、川沿いの遊歩道を行くと公園の中にある。目黒川は最近では、桜の時期に川沿いに植えられた桜の木が満開になってテレビなどで取り上げられるが、ドブ川で夏になると臭くなるような雰囲気。来年から桜の風景を割り引いて見るようになるだろう。
 私が行ったのは、展覧会の会期のちょうど中間にあたり、連休の真っ最中だったので、多少来場者は多かったのだろうが、それでも、ゆっくりと作品を見るには邪魔にはならず、落ち着いた静かな環境だった。
 さて、もともと美術の知識が少ない私には、高島野十郎という画家の予備知識はなく、どのような画家であるのか展覧会のチラシを見た程度(いつものこと)であったので、まずは主催者のあいさつを引用します。
 “高島野十郎(1890~1975)は「孤高の画家」あるいは「蝋燭の画家」として知られる洋画家です。生前にはほとんどその存在が知られることはありませんでしたが、福岡県立美術館をはじめ、没後に各地で開かれた展覧会をきっかけとして、近年ますます評価が高まっています。卓越した技量に裏付けられた、息詰まるような緊張感さえ感じさせるその作品のみならず、自己の信念に誠実であろうとした画家としての生き方にもまた多くの人が魅了され続けています。明治23年(1890年)、福岡県久留米市の酒造家に生まれた野十郎は、東京帝国大学農学部水産学科を主席で卒業しながらも、周囲の期待に反して、念願であった画家の道を敢然と歩み出しました。「世の画壇と全く無縁になる事が小生の研究と精進です」とする野十郎は、独学で絵を学び美術団体にも所属せず、家庭を持つことさえ望まず、流行や時代の趨勢におもねることなく、自らの理想とする絵画をひたすら追求する超俗的な生活を送りました。野十郎の絵画は、一貫して写実に貫かれています。しかしながら、彼の写実は単なる再現的描写にとどまらず、その表現や対象のとらえ方に独特の個性が光り、それゆえ画面は生き生きとした生命感に満ちあふれています。没後40年の節目に当たる本展では、『からすうり』や『すいれんの池』をはじめとする静物画や風景画の代表作や、野十郎の独自性が発揮された『蝋燭』や『月』シリーズ、さらには初公開作品をも含めた約150点を、最新の研究成果とともにご紹介します。人々の目を心を惹きつけてやまない高島野十郎の深遠なる絵画世界の新たな全貌、そして魂の軌跡をどうぞご堪能ください。”
 という具合です。ここで、ひとこと作品の感想を述べていく前に、個人的な信条を言っておきます。引用した主催者あいさつで、孤高の生涯を送った画家のことを盛んに述べられていましたが、そういう伝記的事実が好きであれば、とくに作品を見る必要はなく、伝記を読んで感心していればいいと思います。間違ってはいけないのは、孤高の人生を送ったから、素晴らしい作品を生み出したのではなくて、素晴らしい作品を生み出したからこそ、孤高の人生に関心を持って、感心するということです。私も、作品を見ながら、画家がどのようにして作品を生み出していったのかというストーリーをあれこれ想像していくのは好きですが、それは作品に関わることで、それは画家がどのような生活をしたかなどとは無関係のことです。多くの場合、それは作品を見る場合の先入観を持たせることなり、かえって邪魔であると私は考えています。
 “孤高の”などと言いますが、作品を見て孤高という形容をしたくなるでしょうか。他の画家の作品に比べて独自性で際立ち突出していなければ、最低限、そのようなことはいえないでしょう。では、試しに展覧会チラシに使われている高島の作品を見て、そのようなことを感じるでしょうか。多分、ないと思います。あえて言えば、月並みといってもいいでしょう。バルザックの小説『知られざる傑作』の作品のように他のどの画家の作品に比べても似たものがなく、見る者も理解できないような独自性の極限のような作品ではないのです。だれもが、“これは絵画だ”と納得できるものです。寧ろ、高島の作品は孤高などと言って敷居を高くしてしまうのではなくて、誰でも肩肘張らずに眺めることのできるような親しみ易いものです。そして、よく見ると他の画家にはないユニークな魅力を見つけ出すことのできる懐の深いものであると思います。これは、私が全体を展示を通して見た感想ですが、それを個々の作品を見ながら、徐々に説明を試みたいと思います。
 では、作品を見ていきましょう。いつものように展示の章立てに従って見ていきたいと思います。
 第1章 初期作品 理想に燃えて
 第2章 滞欧期 心軽やかな異国体験
 第3章 風景 旅する画家
 第4章 静物 小さな宇宙
 第5章 光と闇 太陽 月 蝋燭

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