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2016年9月 3日 (土)

高島野十郎展~光と闇、魂の軌跡(3)~第2章 滞欧期 心軽やかな異国体験

Takashimasenu_2 高島は1930年、39歳で渡欧し3年後の帰国しますが、その時に当地で描いた作品の展示です。アメリカ経由でヨーロッパにわたり、パリを中心にイギリスやイタリア、オランダに足を伸ばし、描きまくったらしく、展示されている作品を見る限りでは、前のコーナーで見た作品のような入念さ、執拗さは感じられず、サラッとした仕上がりになっているようでした。多分、後から後から描くのに忙しく、あまり一作一作にかかずらっている余裕がなかったのでしょう。
 「セーヌ河畔」という作品。おそらく、パリのセーヌ川での風景なのでしょうが、細部まで諦念に描きこむという作品にはなっていません。前のコーナーの作品よりも、こちらの方が習作に見えます。画学生が課題作を提出しましたというようなものでしょうか。多分、このような展覧会であれば見ますが、この作品だけを単独で取り出して、見るかというと絵葉書の下手なもの程度の感想を持てばいいほうで、速攻無視で、印象に残らない、その程度のものでしょう(私に鑑識眼はないことは言うまでもないことなので、これが、この作品の客観的価値ではないことは明らかです)。で、素通りが、私には正しい。
 Takashimanashi_2 このコーナーでの展示作品は、そのような本人は楽しく描いているのだろうけれど、自己満足に留まって、それを見る者に伝わるほど、画家本人に確信がないのか、他人とのコミュニケーションの意図とか手段を画家が思い至っていないのか、学生の習作にとどまるものばかりで、あえて他人に見てもらうという作品になっていない印象でした。このとき、高島は画家としてではなく、留学生、あるいは旅行者として描いていたということでしょうか。逆に、そういう画家として確立していなかったからこそ、他の画家からの影響が露骨に表われていて、それを窺い知ることのできると思われる作品もありました。そういう、本来、作品と向き合い味わうということ以外の好奇心を刺激する見方のできる展示コーナーでありました。
Takashimagoho  「梨の花」という作品。この手前の畑の描き方、とくに右手の道のくねくねしているところなどは、後期印象派のファン・ゴッホを想わせるところがあります。参考として「烏のいる麦畑」という作品の道のくねくねしているところと似ているように見えます。またパリの街角の風景のスナップショットのような「ベニス通り」という作品は、ゴッホの「夜のカフェテラス」と似たアングルで描かれています。これらの要素は、後年の作品では直接的には見られなくなります。それが影響として後々まで残ったのか、それとも高島が消化して自己のものにとして取り込んだことにより、潜在化してしまったのか、もとより絵を見る目の鈍い私には知るよしもありませんが、ここであからさまに見える影響は、欧州での修行とか試行錯誤のひとつという程度とみていいのでしょうか。
Takashimavenis  「ベニスの港」という作品です。帆船の帆をたたんだマストが垂直の線として屹立する、後年の高島の風景画の構図によく表われる先駆と言えるかもしれません。これは、ドイツ・ロマン派のカスパー・ダヴィッド・フリードリヒの「港の眺望」のやはり帆船のマストを垂直の屹立した線として捉えた構図とよく似ています。前のコーナーで見た「断崖の下」が同じフリードリヒの「オークの森の修道院」の樹木の描き方に似ているとも述べました。
 また、この後のコーナーで展示されている「御苑の春」という作品を先立って少しだけ見ます。これもフリードリッヒの「朝日の当たる村の風景(孤独な樹)」や「雪の中の樫の木」と比べると、中央に大木が1本だけ垂直に屹立する構図と、枝がくねくねとひろがるように伸びている様子がよく似ているように思えます。
 Takashimafredrich ここでまた、私の妄想ストーリーを少し挿入します。個人的な独断なので、飛ばして次のコーナーに移っていただいてもけっこうですので、ご自由に願います。さて、ここで高島の作品とよく似た作品を残した二人の画家に共通しているところを考えてみたいと思います。言うなれば、フリードリヒは風景画家であり、ゴッホはアルルの農村風景を好んで描いた画家でもあり、二人は風景をよく描いたということに共通点を見出すことができますが、それ以上に、二人は“見えないもの”を描くというということを公言した画家という点で共通していると思います。“見えないもの”とは二人の画家で全く同じとは言えず、ニュアンスは異なりますが、二人とも目で見えるのは表層の現象に過ぎず、その背後にある何ものか、それは神秘主義的であったり、ちょっと哲学っぽいことを考えていたりしていたようですが。ふたりとも、言葉で説明する概念とか思想とかその類のものが目で見えるものの背後にあって、それを作品に描き込もうという志向性を持っていた画家といえます。だから、彼らは決して見たままを描いているわけではありません。目に見える風景は“見えないもの”を表わすためのものなので、“見えないもの”を表わすためには目に見える風景に手を加えることを厭わなかった人たちです。だから、彼らの構図やタッチといった描き方には、意図的なものがあるはずなのです。
Takashimapark  だから、そういう画家の構図や描き方を取り入れようとした高島は、二人の画家の“見えないもの”を描こうとした姿勢を、当然理解していたと思います。それは、前のコーナーの初期の作品を見ている限りでは、高島は写実的な描き方はしていますが、決して見たままを描いてはいません。そこに、ゴッホやフリードリヒのような“見えないもの”を描くことへの志向があったかは分かりませんが、渡欧して、彼らの作品に実際に触れたのかもしれません。そこで、“見えないもの”を描くというあり方があるということ、それまで自分が見たままを描いていないことに対して、それを後付でも理論づけるような画家たちに出会ったということが、考えられなくもないのです。それは、単に言葉によって説明されるという間接的なものではなくて、直接作品によって身体感覚として具体的に実感できたという深い体験だったのではないかと想像するのです。たしかに、ゴッホもフリードリヒも、どちらかといえばアカデミーとか芸術運動というような衆になじまず孤独に近い画家であったと思います。それが高島の帰国後の生き方に影響を与えたとは言いませんが、描くという姿勢については、その描き方の影響を通じて、何らかの得たものがあったのではないかと想像します。ただ、次のコーナーの展示作品を見ると、その影響のようなものが、すぐ見てわかるほどに表われていません。だから、ここで述べたことは、まったくの見当はずれで出鱈目である可能性も高いのです。高島の作品をみていて、前のコーナーから仮説が増えてしまったようです。Takashimafriedrich03

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