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2016年9月 2日 (金)

高島野十郎展~光と闇、魂の軌跡(2)~第1章 初期作品 理想に燃えて

Takashimaself1_2 高島は1930年に渡欧しますが、それ以前の、時代で言うと、明治から大正時代に当たります。高島が大学を卒業し、画家の道に転進し、独立独歩での修行の時期ということができます。習作期ならではということなのでしょうか、後年の展示では、描かれなくなってしまうタイプの作品が、ここではけっこう試みられています。例えば人物の肖像画、とくに自画像で、高島はこの時期に集中して描いているようです。展示作品を見る限りでは、この時期以後には自画像の展示はありません。しかし、自画像だけでも4点が展示されているということは、高島本人、かなり意識して、自覚的に自画像を描いたのではないかと思います。
 Makinoseif7 展示されている中で最初期の自画像である「傷を負った自画像」は傷を受けた首と脛からは血を流し、眉間に深く皺を寄せ、目は虚ろで、口は放心したように開けられて、正気ではないような表情です。自画像ということですから、画家が実際にこんな顔をしながら自分を描いているわけはないので、ここに作為があるのは明らかです。そのように、ある意味極端とは言いませんが自分を演じている(まったく関係ありませんが、この作品のポーズと表情は能條純一というまんが家がよく使うヒーローのポーズにそっくりです)のです。そこには、何らかの思いとか主張ということを、本人は明確に意識しているのでないでしょうが、そこに込めてしまう画家としての姿勢が、そこにはあると思います。その意味で、画風は全く異なるのですが牧野邦夫という画家の自画像と似ていると思うのです。牧野は写生といいながら画家自身の幻想的な想像を具現化したような世界をスーパーリアリズムの手法で執拗に描き続けた画家です。牧野は生涯にわたり数多くの自画像を描いていますが、まるでコスプレのように様々な扮装をさせた自身の姿を描いています。ここでの高島は扮装こそしていませんが、自身を主人公にしたものがたりの主人公にように描いています。孤高の画家といった伝記的なものがたりが好きな人であれば、帝国大学在学中に描かれたというこの作品について、絵画を学びたいという自身の希望に反して、周囲の期待から農学部で水産について学んでいる不本意さに懊悩する姿を仮託していると想像を逞しくすることも可能で、一面では高島の作品には、そういうものがたりに媚びる性質もあるようです。
 Takashimaself2 「絡子をかけたる自画像」は「傷を負った自画像」から約5年後の作品で、僧形で真正面から、見ているこちらを睨みつけるような強い視線を、俯け気味の顔から上目遣いに送ってくるようです。挑戦的にうつるのは、そういう顔と視線の角度のためでしょうか。しかも漆黒のような背景に融け込むような黒い僧衣(絡子)で、全体に暗いなかで向かって左側から光が当たり、顔の向かって右半分は影になり、陰影を強調する、その中から視線が強く意識されます。「傷を負った自画像」の斜に構えた姿勢で目がうつろなのとは対照的で、まるで別人のようです。そこには5年の修行によって技量の進歩のせいもあるのでしょうが、顔の描き方が精緻になり、肉体の存在感の印象が段違いに充実したため、浮ついたところがなくなり、地に足が着いたどっしりとした重量感が表われていると思います。この二つの自画像を比べながら見ているだけでも、そもそもが人物を写実しようという描き方をしていないのは明らかであると思います。手法としては写実的な技法を手段としているかもしれませんが、その描く対象は主観的で、自画像であれば、自身をその主観のために変身させてしまうことを敢えてやっていると言えます。
Takashimaself3  「りんごを手にした自画像」は、さらに3年後の作品です。ここに至ると、主観的な意図に沿うために、写実的な技法にとどまりきれないところに至ったように見えます。「絡子をかけたる自画像」と同じように画家は僧形に扮しています。それよりも目を惹くのは僧衣の描き方で、全体としてくねくねと波打つように屈曲した線で統一されたように描かれているところです。そうして、さらによく見れば、顔の輪郭も波打っているように見えます。青いりんごを持つ手の指も関節が変に曲がり、これも波打っているように見えなくもありません。このくねくねした曲線で支配されたような画面は、明らかに意図的に描かれたものでしょう。その意図は、かりに伝記的なエピソードからであれば、いくらでも、ものがたりをつくることができるでしょう。あるいは、後期印象派のファン・ゴッホの影響と言うこともできるかもしれません。それは別として、高島はこうすることで得られる表現の効果に高い関心を持っていたのは確かでしょう。それが何にとって効果的であるのでしょうか。ひとつ、考えられるのは、高島という画家は構成力が弱かったのではないかということです。この後の高島の作品を見ていくと分かりますが、複雑な構成の作品を彼は描いていません。しかも、静物画などで複数の器物や果物を画面で配置されるような作品では、どこか無理があるというのか、自然さに欠けるのです。この「りんごを手にした自画像」でも人物とリンゴの大きさが何となく不自然なのです。画面全体をマクロに眺めて構成を設計することが、事前に十分に行なわれていたのか。しかし、一方で細部のミクロの描写は丁寧です。おそらく、最初に大雑把な下絵はあったのでしょが、僧衣とかりんごを手にする指とかの、どこかの部分から描き始めて、その部分を描くのに熱が入り、くねくねした曲線を入れたところ、後へ引けなくなり、画面全体に行き渡ってしまった。そのために人物の頭部が歪んで見えるのも、くねくねした曲線で全体の調子が進んでしまったので、それで頭部を描こうとしたら、ああなってしまった。そういう想像をしています。このころの作品を見ていると、憑かれたように集中して描いたように見えます。それゆえに、細部が全体を決めてしまった。ちょっと、妄想を働かせすぎかもしれません。
 Takashimakeshi 「けし」という作品を見てみましょう。これはもう、罌粟の花の毒々しいほどの赤い花を見ると同時に、くねくねと屈曲した茎の異様な姿(現実にはありえないし、こんなに屈曲して、立っていられるはずがない)を見るべき作品であると思います。これは、誇張した表現ではあるのは明白で、高島が単純な写実の画家でないことは、この作品をみても分かります。それにしても、不健康さ、あるいは毒々しさ、もっというと禍々しさが画面から溢れんばかりの印象は、このくねくねの屈曲した曲線から来ているのは、間違いないと思います。そのくねくねの屈曲が全体を支配してしまっていて、ギザギザの葉が丸まったり波打ったりしている描写や、花についても満開でスッキリ開花しているのではなくて、真ん中の花はシンメトリーを崩してくしゃくしゃな様子にしているし、左後方のつぼみから開きかけている花は丸形ではなくて歪んだ形にしています。多分、高島は、この作品を茎から描き始めたのではないかと想像します。それは、茎がか細く、くねくねと屈曲しているのに、まるで鋼のように同じ太さで硬い姿で描かれているからです。つまり、くねくねと屈曲した姿に柔らかさはなく、その恰好で固まっているようなのです。その強固な茎に葉や花があとから附加されて、罌粟の姿になっている。
Takashimagake_2  で、これは、くねくねの屈曲を採用したから、作品がこうなったというものがたりにはなりますが、肝心のどうして、こんなくねくねした屈曲を、画面がわざとらしくなるにもかかわらず敢えて採用したかには答えていません。これは、私の勝手な想像ですが、ひとつは形状ではないかと思います。もうひとつは、このようなくねくねの姿に動きの要素が内包されているように感じられるからです。こじ付けかもしれませんが、高島という人は、秩序のある静止した姿、例えば西洋絵画の構成でよく言われる黄金比のバランスとか、には興味を示さず、かといってダイナミックな躍動感を活写した作品もありません。風景画でよく描かれるのは川の風景で水の流れる様子であったり、草原や樹木で枝や葉が風に吹かれて揺れる様子(展示されていた作品で「断崖の下」という作品がまさにそうで、断崖にへばりつくように生えている樹木の枝が、まるで強風に煽られているように屈曲しているのです。これをみると、後で考えてみますがドイツ・ロマン派のフリードリッヒの世界に通じるところがあるように思えます。(図はダールの「冬の巨人塚」))、蝋燭の絵では炎が揺れる様子です。つまり、流れるとか、揺れるといった、決してダイナミックではないけれど、つつましく、滑らかな動きを、よく採り上げているように思えるのです。そのような動きを線で追いかけると、くねくねと屈曲した曲線に近い軌跡を描くのです。画面は、この屈曲を入れることで静止した状態が、かすかな動きを与えられることになります。「りんごを手にした自画像」においても、服の襟や裾が揺れる様子を描こうとして、くねくねになってしまったと考えられないでしょうか。
Takashimafriedrich01  そして、他の作品でもそうですが。この「けし」でも細部の描写の力の入れ方といったら。例えば花については花びらの脈まで細かく描きこまれ、顕微鏡で見ているような気分にさせられます。人が普通に花を見る場合には、そこまでは見ないし、花を描く時も、そこまで描くことはしないと思います。しかし、高島は描いてしまう。描かずにはいられない、そういう画家なのではないかと思います。
 結果としてなのかもしれませんが、作品の画面に微かではありますが動きの要素を挿入させていること、細部にかなりこだわる画家の志向性によって作品を制作する際の便宜として、と考えることができます。
Takashimacyawan_2  「鉢と茶碗」という作品です。器が3つ横並びの、一見何の変哲もない静物画です。しかし、並んでいる3つの鉢と茶碗が歪んでいるように見えます。3つとも左上に引っ張られるように歪んでいます。画家の視線が斜めからといえば、手前のテーブルの縁は水平です。それと、3つの器の歪みの程度が違うようなのです。画面向かって右の茶碗が一番左上に引っ張られているように見えます。そして、3つの器の歪みの程度に器の模様が関連しているのではないか。一番歪んでいる茶碗は唐草模様でくねくねの蔓が延びています。真ん中の鉢は線の模様がくねっている。これに対して一番左の鉢は緑色に彩色されて模様がハッキリしない。その右側の鉢が歪みが少ない。それに加えて、背景となっている壁が汚れのせいでしょうか、まるで、それぞれの器から煙が湧き出ているような形態になっています。また、3つの器は陶器なのでしょうが、陶器の冷たく硬い肌触りのような描かれ方ではなく、歪みがあるためか、柔らかな感じになっています。それらのことから、この3つの器が静物の固定したものではなく、生き物のような柔らか味と動きの可能性を潜在しているように見えてきます。画家は全体として静物とその世界を見ているのでしょうか。想像するに、この作品は何らかのものを画家が見て、こりように描こうとしてできたのではなくて、描いているうちにこうなってしまった、という作品なのではないかと思います。それこそシュルレアリスムの自動筆記を絵画で結果としてやってしまった。高島本人は意識していないところ、彼の視線とかものの見方が無意識のうちに出てしまったのではないか、そういうストレートな作品であるような気がします。
Takashimavio  「百合とヴァイオリン」という作品。一見、落ち着いた色調の静物画のようでもあれますが、奇妙な作品です。百合の切花、ヴァイオリン、弓のそれぞれが歪んでいて、それぞれが違う空間に浮かんでいるように見えます。例えばヴァイオリンの手前部分の、本体の底の演奏の際に肩に当たる部分が突き出すような曲線を描いています。ヴァイオリンは奥のネックの方向に行くと、ちょうど百合の花が横切るところで二つ折りになったように屈曲しています。そして黒いネックが不自然に短く、テールピースの黒い部分が小さすぎます。一方弓を見ると、弦(毛)の部分はピンと張られていないといけないのに、くねくねと屈曲しています。だからといって、ダランとして張っていない状態でもない。だから、本来ありえない形になっています。そして、百合の花は、あえて言うまでもなく、茎が不自然なほどくねくねと屈曲しています。そして、さらに、百合とヴァイオリンの位置関係を見ると、百合はヴァイオリンの上に乗っていません。両者の接触部分がないのです。もし、百合の花がヴァイオリンの上に乗っていれば、その接触部分は百合の重さがかかってベタッとへんけいするはずですが、それがありません。つまり、百合の花は宙に浮いているのです。これらのことから、この「百合とヴァイオン」は、「鉢と茶碗」や「けし」といった作品と同じように、現実にあるものを、そのままに見て、描いた作品ではないということです。とはいっても高島が想像上の光景を描いたのではなく、実際に、目前にヴァイオリンと百合の花を置いて、それを見て描いてはいたのだと思います。“一見写実的に描かれた静物画のように見えて、実は絵作りの要請に従って随所に意図的な歪みが与えられたものであることがわかる。対象と画面、二つの表面を執拗に追う野十郎は、描かれる対象と描いた絵画を外から統合的には眺めない。空間とそのなかに置かれた事物を、理解と計画に従い絵画に表現するのではなく、その方法は微分的で、絵画の表面の生成につれてそこに事物も新たに生成される。建築物のように設計図に従って直線が予め予定された位置実現されるのではなく、細胞が隣の細胞との関係性で次々に生成されるように、線分もまた連続して生成され蛇行する。そのルールは、絵画上のグラフィカルな関係性と一体の野十郎の視覚=触覚=手技を統合した「思考」による。そこに野十郎の絵画の方法の端緒がある。野十郎の「写実」は蝋燭にしても風景にしても、優れて「主観的」で「抽象的」なのだ。”とは、美術館の学芸員の解説を引用しましたが、そうではないかと思います。
 それでは、高島はどうして、このような作品を描いたのかを考えてみたくなりました。未だ、展示を見始めたばかりで、初期の習作期の作品を見た限りで、このようなことを考えるのは的外れかもしれませんが、ひとつの仮説として書いていくことにします。それが、この後の作品を見ていくことで、的外れだったことが明らかになるか、それともその傾向が濃くなっていくか、この時点では分かりません。高島の場合、そのような仮説を検証するように作品を見ていくというのも面白いのではないかと思います。
 それでは、私なりの仮説です。高島は絵画をパフォーミングアートのような感覚で考えていたのではないでしょうか。大切なのは出来上がった作品ではなく、絵画を描いているその瞬間ではないか。あるいみ、高島は作品は描いているプロセスでは大切だったが、描いて完成した作品に対しては関心を失うようなところがあったのではないか。これは、音楽、例えばジャズの即興演奏を想像してもらうと分かり易いと思うのですが。何人かでジャムセッションを即興的にプレイしていて、他のプレイヤーのプレイと自分のプレイが奇跡的にシンクロして、自分ひとりでは想像できないような創造的な音楽が瞬間的に生まれることがあるといいます。それは、まさに、“いま”“ここで”プレイしている“この私”しか味わうこのできない奇跡的なことで、それを再現することはおろか、たとえ、それを録音したとしても、それを再現することは出来ないまさに一期一会ということだろうと。高島は絵画を描く、あるいは描くプロセスで見るというときに、そういう一期一会を体感し、それを求めて描くということに魅せられていった、そのように考えてしまうのです。仮に、その一期一会の際にくねくねの線を描いていたとすれば、それをもういどやれば、またその瞬間に出遭えるかもしれない。などと頭で理性的に考えているのではなくて、身体的な記憶、あるいは無意識に書き込まれた記憶に、意識することなく引きずられるように描く行為を繰り返す。それを傍らから見れば、まるで求道者のように見えてくることがあります。高島のこの時期の作品には、仕上げ段階で作品全体を見渡して、手直しするとか、そういうことはあまり手をかけていないのではないかと思えるところがあります。もし、そうであれば、形態の歪みを直してしまうことになったと思います。しかし、高島には、そんなことをしているよりは、あらたな作品にかかって、一期一会の時を求めた、ということではないか。これが極端に偏向した考え方であることは分かります。それを、以後の展示作品を見ながら検証していきたいと思います。

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