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2016年10月 3日 (月)

ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち(2)~Ⅰ.ルネサンスの黎明─15世紀の画家たち

Venicebellini_2  展示はクワトロチェント、つまり15世紀から始まります。ルネサンスの歴史で言えば、15世紀初頭にフィレンツェではマサッチオが出てきて、フレスコで中世のパターン的な祭壇画やイコンから訣別するような自然な人間表現を試み、遠近法をとりいれた「楽園追放」などをすでに残していた。中頃にいたって、フラ・アンジェリコやピエロ・デラ・フランチェスカが活躍し始めます。ここで展示されている作品は、15世紀と言っても後半の、しかも終わりごろで、フィレンチェでは、ボッティチェリが現われてキリスト教から離れた異教的な題材の作品を描いています。
 Venicereonald_2 ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子(赤い智天使の聖母)」という作品です。ベッリーニ一族の工房はヴェネツィアにおいてフィレンツェ美術の先進的な美術から刺激を受けて、幾何学的遠近法を用いた合理的な空間構成と人間的感情の表現を試み、当時のヴェネツィア絵画を牽引したと説明されています。ここで特徴的と感心するのは、油彩での鮮やかな色彩です。聖母子の肌の色の微妙な変化やマリアの被っているヴェールの青の深み、これに対する、背景の形式の青空の異なった深み。そしてドレスの赤。一方、背景に浮かんでいる天使たちの朱との差異。主催者あいさつでもヴェネツィア絵画の特徴として“豊かな色彩表現”ということをあげていますが、たしかに鮮やかで、ややもすると明るい単色が並んでしまうフレスコやテンペラにはない油彩ならではのグラデーションも見られます。それは、ひとつにはヴェネツィアが地中海交易の中心地で、各国の物資が集まってくる場所であることも原因しているそうです。世界中から集まってくる物資の中には絵の具の材料である顔料も含まれていたそうで、ヴェネツィアの一地区に画材を扱う商店が集中し、イタリア中の主要な画家たちが、ここで顔料を購入したらしい。これに対して、ヴェネツィアの画家たちは、その地元であり、わざわざ遠方から出かけたり、取り寄せる手間をかけることなく、その顔料を労なく手にすることができたし考えられます。その有利さは、替えがたいものだったと思います。
Venicesaliva_2  参考にはならないかもしれませんが、制作年代がほとんど同じ時期と思われる、レオナルド・ダ=ヴィンチの「リッタの聖母」と比べてみると、一概には善し悪しは言い切れませんが、肌の色の違いが明らかではないかと思います。また、ダ=ヴィンチと比べるのはフェアではないかもしれませんが、聖母子の形態については、自然とか人体らしさの点では、明らかで、ベッリーニの聖母子は中世のイコンのパターン的な形態を残しているのが、比較をすることによって明らかに分かると思います。むしろ、形態に対して振り向ける注意を、筆遣いや色調に向けたのではないかと想わせるところがあります。
 Venicesaliva2 アントニオ・デ・サリバの「受胎告知の聖母」という作品。実は、彼の伯父のアントネッロ・ダ・メッシーナの作品の模写だそうです。たしかに、オリジナルと比べてみると、聖母の被っているヴェールは布ではなくてプラスチックのような硬さがあるように見えます。聖母の顔も心持ち面長で柔らか味が少ない感じがします。というようなオリジナルとの比較は措いて、見たいと思います。タイトルから言えば、処女マリアが神の使いである大天使から神の子を身ごもったことを告げられるのが受胎告知です。しかし、ここには、その大天使も聖霊の鳩の姿もありません。マリアの純潔の象徴である白百合もありません。ただ、真っ黒な背景にお告げをうけるマリアの姿だけが肖像画のように描かれているだけです。前方やや左上からの光に照らし出されて、右側のその影になって、背後の黒に融け込んでしまうようですが、その光は天使から照らされたことを暗示し、光と闇の対比が、現われていると見ることも可能です。そうであれば、フィレンツェの画家たちにない要素といえそうです。しかし、この作品の核心は、告知を受けたマリアの表情を正面から描いていることです。おそらく、マリアの正面には大天使がいることでしょう。(ということは、この作品を見ている我々は、大天使と同じ視点にいることになります)マリアは、視線を左下に落として、口をしっかり閉じて、微笑むともなく曖昧な形です。ここに、驚きや戸惑いを隠そうとして、神に対する畏れと、恭順しなければならないという葛藤が、その内側に秘められていることを想像させるに難くない表情のようなのです。表面的には穏やかなのですが。そこに、レオナルドやフラ・アンジェリコの有名な受胎告知の神々しいマリアにはない、人間的な要素が見る者に訴えているように見えます。当時としては、大胆な構図なのではないでしょうか。
Venicemorone  フランチェスコ・モローネの「聖母子」です。聖母像ばかりが続きますが、これも同じような年代に制作された作品のようです。聖母子ともに、フィレンツェのネルサンス絵画の自然主義的な人間の姿と比べれば、お人形のような印象は否めません。聖母の滑らかな丸顔が生き生きとした肌色で描かれていて、それが親しみ易さを覚えさせるのと、衣装の描写です。聖母が頭に被っている白いレースの精緻な描き方と、マントのような上衣の表面の黒く滑らかなのと裏面の光る生地の対比です。その裏面の生地のゴワゴワな感触のシワの寄り方と光の反射、そして、下に着ているドレスのこれまた光りものの赤。そのゴワゴワした感じが、抱いている赤ん坊のキリスト肌の柔らかさを際立たせることになっています。
 これらの作品を見ていると、ルネサンス絵画の特徴として歴史の教科書で説明されていたような、自然主義的な人間の描き方とか、立体を平面に置き換える工夫とか、そういった努力は、あまり見られません。どちらかというと、画面に色を、具体的には絵の具を置いていって結果として何ほどかの形となっていく、そんな方向性に貫かれているような印象を受けました。対象を写そうとするよりは、画面に描いていて最終的には対象に合えばいいという、微妙な言い方ですが、そのような違いがあるようにみえました。

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