文化財保護と経済原理とのあいだのつづき
世界遺産ついでに、歴史的町並みといって中世とかルネサンス時代の建物がまとまって残っているものがあります。特にヨーロッパでは、文化的遺産として地元の人々や政府が誇りをもって保存に力を入れているものがあるといいます。例えば、イタリア北部のフィレンツェの街は15世紀のルネサンスのころの建物が街並みとして残っているそうです。それはそれで、結果として、それを現代の人々が物珍しいところもあって、他にはないものだからと誇る気持ちは分からないでもありません。でも、フィレンツェならば、なぜ15世紀のルネサンスなんでしょうか、それは私には疑問なのです。何故それが疑問なのか訝しく思う方もいらっしゃるでしょうか。それは、説明するとこういうことです。フィレンツェという町はイタリアの北部で古代ローマ時代からある古い町のはずです。もしかしたら、その前から集落はあったのかもしれません。つまり、ルネサンスのずっと以前から人々が集まり住んで、営みがあって、建物を建て替えたり、新築をしたりして、不断に町は様相を改めて、発展してきたと思います。古代ローマの時代にはルネサンス時代とは異なる風景が広がっていたはずです。そのようなリニューアルが何度もあって発展してきて、15世紀のルネサンス時代にいたったということだろうと思います。それは、15世紀に町を作ろうとして、その地をゼロから新たに計画して建物をたてて作られた町ではないということです。そして、そのルネサンス当時の町の姿が現代まで残ったということは、ルネサンスの後でリニューアルが行われなくなったということです。それは、15世紀の後の人々が、この姿に誇りを持って、リニューアルできるにもかかわらず、強い意志をもって敢えて15世紀のままの姿を残そうとしてきた結果なのでしょうか。むしろ、15世紀をピークにして町の発展が止まってしまって、リニューアルしたくてもできなかったというのが本当のところではなかったのかと思うのです。まあ、近代以降のある時点で、ノスタルジーとか観光資源とかいうことがあって、取り残されたような町に別の意味で付加価値がつけられたから、それで誇りを持たされたというところではないのかと思います。それは偶然のことで、別に悪いことと言いたいわけではありません。ただ、守り続けたとかいう世界遺産などでよく宣伝されるのは、後付けの作り話に近いもの(歴史とは得てして、そのようなところは多々ありますが)、というよりもそのもののように思います。つまりは、特定のひとの主観的な思い込みという点が否定できないということです。フィレンツェの町並みについて、機能性で劣るとか、古臭くて汚らしいという人がいても、価値観の違いとしか言えないわけです。別に、フィレンツェの悪口を言いたいわけではありません。
これは、日本でも京都の町家を保存しようという考え方についても、その考えの根拠が明確に意識されているのだろうか、と思うのです。なぜ、江戸期なのでしょうか、どうして室町期ではないのでしょうか(応仁の乱の直後のまま、残っていても文化財として誇りを持てたのだろうか)、どうして平安期の庶民の粗末な街ではないのでしょうか。町並みを保存しようとして、保存したものは何なのか明確に意識されていないのではないかと思うのです。それは別の面からいえば、京都の町が経済的に発展しようとして、旧態依然の町を作り直そうとしたときに、それを止めるために作った話と言う面は否定できないのではないか。別に私は金儲けのことだけ考えて、文化とか歴史を知らない成金だからと言うわけではありません。発展と保存のどちらを選択するかというときの根拠をしっかり考えられて客観性をもたせた説明が可能であるかどうかということなのです。揶揄的な言い方をすれば、経済の発展には、どうしても少なからずイノベーションが伴うことになり、旧態のことを破壊して新しいことに置き換えなければなりません。それには勇気が必要です。そこでの勇気のない人は現状維持という反対勢力ということになります。その反対勢力にとって都合のいい理屈が文化を守れというものだからです。それは前例踏襲の現状に甘んじる姿勢を正当化してくれる都合のいい面が多分にあります。そして、そういう甘えを取り除いた上で、それでも古い町並みを保存すべきという論理を客観性をもって展開できるかというと、そういう例は聞いたことがありません。ただし、そういう古い町並みを見世物として、つまり観光資源として、それで金を稼ごうということであれば、そこに経済的な価値が生まれるわけで、それは尊重すべきことと思います。それは、人が生きていくことに直結しているわけですから。ただし、そこでもっともらしく文化的価値などと取り繕うのは、私には偽善に映ります。で、京都の歴史的町並みということであれば、なぜ町がつくられた平安時代ではないのでしょうか、そのほうが歴史的価値は高いと思うのですが、文化とか歴史とかで考えれば、納得性は高いでしょうが、原理的な議論として、そういう議論はなく、なしくずしに守ることに意義があるということになってしまっているようです。
そこに、私は個人的に胡散臭さを感じてしまうことを止められないのです。それは、ナショナリズムについてまわる危うさとか胡散臭さと同質の匂いを感じてしまうのです。
昨日、今日と世界遺産に関連して、ネガティブなことを書いていますが、もともと、私はこのようなものには恣意性を強く感じていて、つまりは、中心となっている人々の個人的な好みの押し付けを大々的にやっているとしか見えないので、そこは、私の偏向が強く原因していると思います。
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