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2017年1月15日 (日)

クラーナハ展−500年後の誘惑(1)

2016年11月 国立西洋美術館
Cranachpos  海外出張が終わって、帰国した日。早朝にホテルをチェック・アウトして、朝一番の便で向こうの空港を飛び立って、早起きと仕事が終わった疲れで、羽田空港に着いて、真っ直ぐに帰る気がしなくなった。午後の時間で、多くはないけれど、立ち寄るくらいの時間はあった。羽田空港から京浜急行で品川に出て、手近なところで上野まで足を伸ばして、西洋美術館へ。西洋美術館の前庭には沢山の人が集まっていて、少し驚いた。クラナッハ(この展覧会では画家の表記をクラーナハとしていて、多分正しく読むとそうなのだろうけれど、以前からの馴染んだ呼び方ではクラナッハ、というとある種の私の趣味嗜好が一部の方には分かっていただけるのではないかと思います)という、日本ではどちらかと言えばマイナーな画家の展覧会なのだけれど、混み合っているのか、それほど人気があるのかと、訝しく思った。しかも、あまり美術館で目にするような人々とは様相を異にする。それで入場券売り場には人影はなく、美術館の玄関は混雑しているのに、地下の企画展の展示室に降りて行くと、人影は急に減ってしまった。なんだろうかと思った。展覧会そのものは、むしろ空いていて、落ち着いて作品を見ることができた。
 あとで、展覧会を見終わってロビーに戻ると、団体ツアーのような集団がいて、天井だの床だのをガイドが熱心に説明しているのに、人々が耳を傾けているのを目にした。それで、この人たちは展示作品ではなくて美術館そのものに興味があることに気づいた。ああそうか。西洋美術館が世界遺産に認定されたことによって、西洋美術館を観光地として見に来る人々がたくさんいるのだ。
 あまり展覧会とは関係ない前振りが長くなったけれど、クラーナハという画家について、と展覧会の趣旨などについて、このところパターンになっている主催者のあいさつを引用します。“ドイツ・ルネサンスを代表する画家、ルカス・クラーナハ(父、1472~1553年)は、特異なエロティシズムを湛えた数々の女性像を生み出したことで、よく知られています。日本ではとくに、クラーナハが盟友マルティン・ルターの姿を描いた肖像画を、歴史の教科書などで眼にされた方も多いかもしれません。しかしこれまで、この画家の展覧会が日本で開催されたことはありませんでした。”と主催者あいさつのなかでは、クラーナハについては、この程度の簡単な言及しかしていないので、併記されていたウィーン美術史美術館の館長のあいさつの引用を追加します。“ルカス・クラーナハ(父)はデューラーやラファエロと同時代で、北ヨーロッパにおけるルネサンスを代表する最大かつもっとも特異な画家として知られ、愛されています。1472年に生まれ、16世紀半ばに没したこのドイツ人の画家は、「マルティン・ルターの肖像」や同時代の多くの有名人の肖像画によって、まさに宗教改革の時代を体現する画家となったばかりではなく、他とは一線を画す宮廷風の優雅なスタイルの絵画によってその名を上げました。半世紀近くにもわたり、ドイツ北部ヴィッテンブルクのザクセン選帝侯の下で宮廷画家を務めたクラーナハは、この地で早い時期に工房を開設すると、そこから多数の絵画作品を送り出して「クラーナハ様式」を各地に広めました。息子のルカス・クラーナハ(子)も、その後継者となるべく父の薫陶を受けることになります。この「クラーナハ工房」の作品の中でも特筆すべきは、官能的かつ甘美な魅力により、今日まで観る者を惹きつけてやまない裸体画の数々でしょう。たとえばクラーナハを大いに好んだピカソなど、多くの画家たちがそれらの作品から多大な影響を受けています。そのために、今回の展覧会では、クラーナハに向かい合って制作された、近代および現代美術の作品も選んで取り入れています。ウィーン美術史美術館が近年熱心に実施しているこの取り組みでは、現代美術の作家も取り入れることで、彼らと巨匠との対話が生まれることを目指しています。”
 この引用に書かれているクラーナハの作品と言うのは“特異なエロティシズム”とか“官能的”ということとされているし、展示されている作品にも、そういう性格のものがあります。しかし、それは一部の突出した要素のように見えてしまうのです。この展覧会でクラーナハの作品が集められた作品をまとめて見てみると、この画家というのが分からないという印象です。展示されている作品に筋が通っていない、というよりも、それを私が見出すことができない。たとえば、作品のバラエティが画家の成長に伴って、様々な方向性に広がって、このような作品もあるというようにも思えません。このチラシに引用された絵画と王族や聖職者の肖像画を同じ画家が描いたとは考えられないのです。もとより、この時代の画家は近代以降の作家性を求められるのとは違って職人の親方のようなものでクラーナハの場合も工房を組織していて、現代の日本で言えばアニメのスタジオシステムのようにスタッフが働いて作品を量産していたといいます。展示されている作品にはクラーナハの名義になっていますが、どこまで本人が筆をとって描いているかは分からないので、作品か一様ではないことは当然のことではあります。しかし、スタッフを使うと言っても、クラーナハが指示して描かせて、最終的に出来あがった作品を見て、承認したからこそクラーナハの名義を使わせているのですから、クラーナハの意向が反映しているはずなのです。従って、何らかの共通のものが認められるはずですが、それが私には見つけられませんでした。それが私にとっては分からないという結論になります。
 よく、絵画は(頭で)分かるものではなく、感性で直感するもので、美しいと感じられるかどうか、という議論を聞きます。学校の授業で芸術鑑賞をしたりとか、偉い批評家の啓蒙書などで言われることです。ここで言う「分かる」というのは、感性に対する知性、具体的には言葉、ロゴスで理解することではないかと思います。以前の展覧会の感想の中で、そういう感性で感じるというのは、芸術というヨーロッパ・ローカルに起源する美を、それは輸入品文化の日本で感じることのできるという優越感に裏打ちされたところがあるのではないかと述べたことがありました。ここでは、そのこととは別に、絵画を感じるということについて、これは私の絵画の見方ということになるのかもしれませんが、簡単に考えてみたいと思います。クラーナハの作品は近現代の抽象画のような観る者が自由に想像したりと、その見方を観る者に投げかけられ、任されるものとは違って、抽象画に対して具象画で、何が描かれているかという作品になります。抽象画の場合は、あえて何が描かれているかを切り取ってしまって、そこを宙ぶらりんにして、つまり、ロゴスを捨て去って感じるしかないように仕向けられたという性格が大きな要素としてあると思います。ところが、クラーナハのような具象画の場合には、何が描かれているかということが分かって、そこからその描かれているものとして美しいとか、といような感じるということをすることになります。この場合の美しいというのが、まず描かれているものが基準となって、それを感じるということをするわけです。例えば、裸体の女性を描いた作品では、描かれた女性の裸体として美しいか、そこで色彩が美しいといっても、裸体の色彩の使い方として美しいという感じ方になるわけです。そこでの感じるという感性の基底には、何が描かれているかという知性が存在しているわけです。もっというと感性は知性によって作られていることになります。そこでの知性が作られていないと、感性が働かないことになります。そうでなくて、感性だけで見ようとすると、それは抽象画としてみることになり、そういう可能性も否定できません。しかし、その場合には、抽象画として観ることを判断するという知性の働きが前以って為されているわけです。では、クラーナハの作品が分からないというのは、そういう感性を働かせるための基準、つまりベースができていないということになります。
 これをクラーナハのような描く側に立ってみると、画家は何かを描くという際に、見たものを、そのように描くということが原則になっていると思います。見ていないものは描けない、というわけです。この時の見たというのは、画家が見えたということで、たとえ、私から描かれたものが歪んでいたり、見えないはずと思っても、画家にはそう見えていたから描けたはずです。その見えたというのは、別の言葉で言えばパースペクティヴとかパラダイムというものです。私がそうだからといって、他の人もそうだとは一概に言えないかもしれませんが、パースペクティヴというのは何通りも持っていて使い分けるということなくて、ひとつしか持っていないのではないかと思います。そのひとつのパースペクティヴが、人生の転機を経て変化することはあるかもしれません。しかし、それはひとつのパースペクティヴが変化するというだけで、2つも3つもあるというわけではありません。画家の技法とか技術といったものは、そのパースペクティヴに従って形成されるもので、それが物体として結実するのが作品ということになるのでしょうか。私が作品を見るというのは、作品を通して、画家のパースペクティヴを見つけるということもあるのではないかと思います。それを、私は感性を通して知性によって分かろうとする。私が分かるとしても、それは画家のパースペクティヴと同じとは限りませんし、同じでなければならないわけではありません。その画家のとは違う、私の捉えたパースペクティヴが、私が画家の作品を感じる基準ということになると思います。
 それで、そういう基準を、私は掴めなかったが、他の人はどうなのかという藁をも縋る思いで、活字やウェブの世界を渉猟しましたが、そういうクラーナハとは、ということを提示してくれるものはありませんでした。だからどうだ、と言っても愚痴ということになり、何かの機縁で、この文章を読んでいただいた方には失礼になってしまいます。ですから、ここから、展覧会でのことを反芻していく作業のなかで、自分なりにもう一度、クラーナハの作品の感性の基準を探っていくという作業をしていきたいと思います。それについて、必ずしも見つけられることは保証できませんが。それでは、展示の章立てに従って、個別の作品を見ていきたいと思います。
 1.蛇の紋章とともに─宮廷画家としてのクラーナハ
 2.時代の相貌─肖像画家としてのクラーナハ
 3.グラフィズムの実験─版画家としてのクラーナハ
 4.時を超えるアンビヴァレンス─裸体表現の諸相
 5.誘惑する絵─「女のちから」というテーマ系
 6.宗教改革の「顔」たち─ルターを超えて

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