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2017年1月 4日 (水)

独断と偏見により「音楽」とは何かを考えてみる(1)~Ⅰ.音楽を定義するということ

 私は、日常何気なく音楽を聴き、他人と音楽のことについてあれこれ話をしています。その際、何の考えもなく[音楽]という語を使い、[音楽]という対象を語っています。では、この[音楽]とはいったい何なのでしょうか。クラシックという[音楽]と新内という[音楽]を同じように[音楽]として一括りにしています。しかし、本来両者の[音楽]は全く異質ではないでしょうか。ではこれらを一括りにしてしまう[音楽]を、私はどう捉えているのでしょうか。これから皆様と[音楽]の話をしようという手前、このことを明らかにした方がいいと思います。しかしながら、これを定義しようとすると、両掌で水を掬おうとするかのように、[音楽]は試みた定義から零れ出てしまいます。例えば音楽は音によって構成されているものだと定義したとします。これなど、全ての[音楽]に当てはまりそうです。しかし、例えばかつての自由七科のひとつとして位置付けられていた音楽は数学的な調和のモデルとしての側面が強く、実際に音を出すということとは全く別物と考えられていたものでありました。また現代音楽と呼ばれる[音楽]にも、そういうものがあるようです。このようなものにも、通常は[音楽]という形容がされているようです。とすれば、音楽には、音があるかどうかは関係ない。また、音があるからと言って、それが音楽であるとは限りません。そこで、[音楽]を定義するのは論理的には不可能ではないかと思うようになりました。とすれば、せいぜい私などにできるのは、[音楽]の一部のいくつかの特徴を並べ立てるくらいのものなのです。
 しかし、ここで、私の周囲を見回してみれば、定義が不可能であるはずの[音楽]が氾濫しています。また、他方では[音楽]というものが私にとってあまりに自明でわかりきっているもののように思われるため、今更これを説明しようとしても当惑してしまうばかりという事態も起こりかねません。ということは、[音楽]について、厳密で論理的な形ではないにしろ、それに関わる人たちの間で暗黙のうちにそれが了解されているということではないでしょうか。たとえば、ピアノの鍵盤を猫が歩くのと、ピアニストが弾くのを聞いて、それを単なるピアノの音と見做すか音楽と見做すかは、私にとっては自明のことです。しかし、その区別の基準を明確にするのは難しい。
 以上のことを踏まえて、[音楽]を私なりに定義するとすれば、「音楽とは、音楽以外の何物でもない。」ということになります。これでは論理的には、同語反復でしかないし、そうでなくても、なんだか禅問答みたいです。以下の文章では、この定義の内容について、明らかにしていきたいと思います。その際、[音楽]が自明と一般に受け取られている構造を私なりに考えながらすすめていきたいと思います。

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