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2017年3月

2017年3月25日 (土)

ジャズを聴く(45)~バリー・ハリス「ブレイキン・イット・アップ」

Breakin' It Up     1958年7月31日録音
 Jazharris_breakin All The Things You Are
 Ornithology
 Bluesy
 Passport
 Allen's Alley
 Embraceable You
 SRO
 Stranger In Paradise
 Barry Harris(p)
 William Austin(b)
 Frank Gant (ds)
 バリー・ハリスが28歳の時に作った初リーダー盤。彼の演奏の印象は地味で、自身のスタイルの根本となっているバド・パウエルのようなエキセントリックなところがない。それが、よく分かるのがこのアルバム。
 最初の「All The Things You Are」は、ミディアムスローでシミジミとした情感の表現は、しかし決してダレることのないビートの強さがあって、何度聴いても飽ることがない。次の「Ornithology」や「Allen's Alley」では、テンポがあがり、バックの気持ちよいブラシを感じながら、いかにもパウエルの影響を受けたピアニストといった演奏をしている。そこからは躍動感に満ちたプレイが飛び出してくる。それも力づくの勢いとは違う。ベーシストとドラムとの調和を保ちながら生み出されるスピード感。それが心地よい。パウエル派と呼ばれるピアニストは少なくない。中でもハリスは最高峰のひとりだということをみせつけるようだ。その出発点を、初々しく見事なまでに示してくれたのがこの作品である。 

2017年3月24日 (金)

ジャズを聴く(44)~バリー・ハリス「プレミナード」

 バリー・ハリスは、20世紀後半のハード・バップの主要なピアニストの一人であり、バド・パウエルにとても近しい響きを、長年にわたって持ち続けた。また、彼はセロニアス・モンクの影響をうかがわせていたが、彼自身のスタイルはバップの領域を出るものではなかった。彼は1950年代のデトロイト・ジャズ・シーンの重要なメンバーの一人で、そのころからジャズの教育者でもあった。ハリスは1958年にリーダーとして最初のレコーディングを行い、1960年にニューヨークに出た。そこでキャノンボール・アダレイのクインテットに短期間在籍した。彼はまた、デクスター・ゴードン、イリノイ・ジャケ、ユセフ・ラティーフ、ハンク・モブレーとレコーディングを行い、コールマン・ホーキンスとは晩年に至るまで10年間たびたび共演した。1970年代には、ソニー・スティットの2つの素晴らしい録音(「チューン・アップ」と「コンステレイション」)に参加し、その他様々なレコーディングを行なった。ハリスは70年代中頃から、彼自身のトリオで演奏することが殆どになり、リーダーとてレコーディングを行なった。

Preminado  1960年12月21日、1961年1月19日録音
Jazharris_preminado  My Heart Stood Still
 Preminado
 I Should Care
 There's No One But You
 One Down
 It's The Talk Of The Town
 Play, Carol, Play
 What Is This Thing Called Love
 Joe Benjamin (b)
 Elvin Jones (ds)
 Barry Harris (p)
 スタンダードとオリジナルを組み合わせて吹きこんだピアノ・トリオ・アルバム。歯切れがいいタッチと明解なフレージングに絶好調ぶりがうかがわれる。バド・パウエルの影響を受けたパウエル派の代表的な人で、終生そのスタイルを貫いたのも珍しい。このアルバムでもパウエルが取り上げた曲も演奏している。例えば、「I Should Care」では、パウエルが用いたコードをわざと倣うようにして、しかも、その上で独自のフレーズを弾いていて、単なるパウエルのフォロワーではなくて、オリジナリティをもったピアニストであることを示している。そこにハリス独特の歌心が認められる。最後の「What Is This Thing Called Love(恋とは何でしょうか)」では、速いテンポでコロコロと転がるような指使いの歯切れのよいノリは、いかにもバド・パウエルの影響を受けた人らしいが、バド・パウエルのように、その快速フレーズを最後まで力ずくで押し通すことはしていない。パウエルのようなパワフルなスリルは、ここにはない。その代わりに、パウエルにはないとろけるようなムードがある。それは、フレーズの端々に散りばめられた抜けが独特の歌心となっているからだ。歌心などというと、軟弱にメロディを歌わせるために部分的に演奏を崩すなどと誤解されては困る。「It's The Talk Of The Town」を聴いてもらいたい、失恋を歌った古いスタンダードナンバーだが、しっかりしたタッチでカッチリと弾かれるのだが、その朴訥として調子は、むしろしんみりとした味わいが深くなる。

2017年3月23日 (木)

ジャズを聴く(43)~バリー・ハリス「バリー・ハリス・アット・ザ・ジャズ・ワークショップ」

Jazharris  バリー・ハリスは、ハンク・ジョーンズの兄弟やトミー・フラナガンらとデトロイトでジャズ・シーンを形成していた。同じデトロイト出身のピアニスト、ハンク・ジョーンズやトミー・フラナガンもバド・パウエルの影響を受けたいわゆるパウエル派と言われる人たちであり、スタイルは似ている。この3人については“玄人受けするミュージシャン”としてある程度ジャズを聴き込んだ人でなければ、それぞれの違いを味わうことは難しいと言う人もいる。彼ら3人とも、若いころは他人の伴奏で数多くのレコーディングに参加している点でも共通していて、そのせいか、バリバリ弾いて、自分の個性を強烈に主張するタイプでなく、共演者を引き立てながら全体の演奏を組み立てていくところも似ている。そういう演奏の性格から特徴的な個性、これといったものを、分かり易く呈示してくれていない。そういうところが“玄人受けするミューしシャン”と称されてしまう由縁だろうと思う。
 この3人を比べて聴いてみると、例えば、バリー・ハリスとトミー・フラナガンを比べると、フラナガンはずっと詩情豊かなスタイリストと思われている。一方ハリスにはバラード演奏も知り尽くしているにもかかわらず、激しいドライブ感を持つピアニストといったイメージがある。ハンク・ジョーンズやフラナガンよりも直系のパウエル派といったイメージが、ハリスの演奏にはある。実際の響きで言うと、ハンクとフラナガンがもっともブルージーな時でも、照り輝く太陽の明るさを感じさせるのに対し、ハリスの演奏はどことなく屈折した、暗いハード・バップ特有のエネルギーを感じさせる。この傾向はとくにミディアム・テンポの曲で現われ、こうした状況でのハリスは、なんともいえぬ魅惑的で深いグルーヴを生み出すといえる。
 ハリスの演奏はビートの表面をなぞったりビートの上に浮いているのではなく、自らをビートにしっかりはめこんでいる。これによって─堅実なベースとツボを押さえた激しいドラミングとともに─重いスイング感をつくり出している。ハリスはフレーズの最初のビートを不意を突いたように激しく叩いているが、しだいにその音量は弱まっていく。こうしたすべての要素が「味わいながら演奏する」というハリスの姿勢を決定的なものにしている。その点で、ハンクやフラナガンよりも、ハリスは激しくスイングするピアニストと言える。
 しかし、バド・パウエルのようなエキセントリックなほどの強引さ、アグレッシブさはなく、他のミュージシャンの演奏を聴いて全体のバランスや調和を考えて、最終的には落ち着くべきところに収まる結果となっている。
Jazharris_workshop_2
Barry Harris At The Jazz Workshop
 Is you or is you ain't my baby   
 Curtain call
 Star eyes
 Moose the Mooche
 Lolita
 Morning coffee
 Don't blame me
 Woody'n you
 Barry Harris (p)
 Sam Jones(b)
 Louis Hayes(ds)
1960年5月15、16日録音
 キャノンボール・アダレイのメンバーたちとのサンフランシスコのライブ録音。これぞピアノ・トリオというような演奏が詰め込まれているのだけれど、正攻法で外連味のないところは、他方で突出したところがなくて、地味な印象を与えてしまうのは惜しい。
 最初の「Is you or is you ain't my baby」は、ライブの劈頭を飾るには地味で、これから始まるぞという迫力に乏しいのだが、古いR&Bナンバーの秘められたペーソスとか、やるせなさみたいな情感を大切したバリー・ハリスの解釈が絶品で、ハリスの抑えたような歌いまわしの魅力が溢れている。同じパウエル派でも、ハンク・ジョーンズやトミー・フナガンのような人であれば、こういうミディアム・テンポの曲では、もうちょっとさわやかさのようなものが感じられるのだけれど、ハリスの演奏は、どことなく屈折した暗いハード・バップ特有のエネルギーを感じさせ、それが魅惑的で深いグルーヴを生み出している。ハリスのバラードは味わいが薄いと言われることがあるが、たしかにフラナガンのような繊細さはないが、このグルーヴをどう感じるかがハリスの歌心を感じられる境目になるのではないか。この後は、正統的ともいえるバップの演奏が続く。正統的だけれど、地味で渋い。「Lolita」はラテン・リズムのテーマから、アドリブに入ってアクセルが入るようにシングル・トーンで突っ走るところは手に汗を握る。ハリスの演奏はビートの表面をなぞったりビートの上に浮いているのではなく、自らをビートにしっかりはめこんでいると言える。ここでは、堅実なベースとツボを押さえた激しいドラミングとのコラボレーションによって、重いスイング感をつくり出している。さらに、ハリスはフレーズの最初のビートを不意を突いたように激しく叩いているが、しだいにその音量は弱まっていく。これを“聴いているとフレーズが吹き飛ばされていくようだ”と評した人もいるが、こうしたすべての要素が“味わいながら演奏する”というハリスの演奏を形作っていると思う。それが、この曲だけでなく、とくにアップ・テンポの演奏に顕著に認められる。

2017年3月19日 (日)

吉岡正人展~永遠なる物語をつむぐ画家(4)

Yosioka2017heven  「天国の庭」という作品は、これまでのパターンから少し外れたような作品ですが、パターンのように描かれている静かな印象は、フランス19世紀の象徴主義の画家ピュヴィス・ド・シャヴァンヌが神話の世界を題材にした壁画に通じるところもあるように見えます。この作品は比較的最近の作品ということになりますが、中世のような雰囲気とは少し異質な異教的古代のような雰囲気が漂っています。そのように感じることが出るのは、言ってみれば、吉岡の作品世界がマンネリ化されている。マンネリ化という悪いイメージですが、吉岡の作品で描かれているのは、日常的な風景ではない幻想風景です。その風景は日常から異質で、見る者が受け容れるためには、そのために敢えて想像力を働Chavannesmori かせなければなりません。そこに無理が生ずることになります。しかし、ここで述べているように、吉岡の作品というのは、作品を見るだけではなく、そこからものがたりを想像することで始まるものです。それが、作品を受け容れる、いわばスタート以前の段階で想像力を浪費してしまうのは効率的ではありません。そこで、無理なく作品世界を受け容れるようになるためには、それが日常に近い形で当たり前になっていることが必要になります。そのような当たり前にするためにマンネリといってよいほど定着させることで、可能となると思います。したがって、吉岡の作品が、似たようなものが数多く制作されるのは、それらの作品をまとめてひとつの世界として前提のように、当たり前に受け容れられることになっていると思います。そこで、この「天国の庭」が異質に感じられてしまうことになっていると思います。
Yosioka2017mountain  「山上の町」(1993年)という作品です。以前に、はじめて吉岡の作品を見た時に、有元利夫と似ていると思いましたが、この作品と有元の「花降る日」という作品を並べて見ると、山の描き方がこれだけ違うことから、両者の資質の違いがよく分かると思います。パターン化の程度の違いでいえば、吉岡の山の実際のリアルな山をデフォルメしたことが分かる、リアリズムを残したものであるのに対して、有元の山はデフォルメをさらに進めて、もはやリアルな山に繋がるものがなくなって、文字のように、それが山であることがわかればよいものになっています。したがって、有元の場合には、山というものに対して作品を見る者が持っている知識やイメージが、作品の山のパターンを見ることによって想起されて、それで補完しながら作品を見る。人物がそこを上っていこうとしている場面を自由に想像できることになります。これArimotohanafuru に対して、吉岡の山は、リアルな要素を残しているため、どのような山であるかが見る者に示されています。有元のように自由な想像は規制されますが、その分細かくて、実感できるように想像できます。ある意味突っ込んだイメージができることになります。それは、二人の画家の求める想像、抽象度の違いによるのではないかと思います。それは、吉岡の場合には描いているものは、おそらく、画家の目には、そのように見えているという要素があると思えます。そういう画家の視野で捉えられた世界が理想化されたとか、雑音を取り去って純化したさせたとか、そういった世界がベースになっていると思います。これに対して、有元の場合には、そう見えているを通り越して、自分で世界をつくってしまった。それを描いている、というように見えます。それゆえ、有元の場合、象徴的なのではあるのですが、距離感が異なるため、吉岡のような神秘性はあまり感じられず、むしろ透徹した個人の独立とでもいうのか、部分が自立しているとかものがベースにあるように見えます。
Yosiokagaka  では、このへんで印象をまとめてみましょう。本当のところは、もっと沢山の作品を紹介したいのですが、とくに2000年以降に制作された大作は、どの作品も前にしばらく佇んで時間が流れるままに過ごしていたいと思わせるばかりなのです。それは、このような場面で画像を眺めるのでは体感できない経験であると思います。そういう面では、吉岡の作品にスケールという要素は欠かせないと思います。それは、おそらく吉岡の絵画作品というのは、何かを描くといった画面の情報を鑑賞することでゲットするようなものではないと思うからです。思うに、それはひとつの始まりで、吉岡の絵画に触れる端緒でしかありません。大切なのは、その後のことで、見る者がそこから想像していくことではないかと思うのです。吉岡の描く画面は見る者に何かを声高に主張するようなものではありません。しかし、ある種の抽象絵画のようにコンセプトを押し付けたり、見る者に考えることを強制するようなものでもありません。むしろ、画面は黙して語らず、静謐です。その静謐さゆえに、初期ルネサンスや中世のような清澄でシンプルな印象を見る者に与えるのですが、その裏には、見る者を自然に想像に導くように周到につくられている。しかも、それと分からぬように。それば具体的には、これまで作品を見てきた中で個々に触れてきましたので、こでは繰り返しません。見る者が想像していく雰囲気が、作品というものがそれ自体で剥き出しで見る者の前に現前するのではないわけです。そこには、見る者の想像のヴェールが、その人によって薄くも厚くも重ねられて、それが作品の雰囲気をつくって行くことになると思います。だから、言葉遊びと取られるかもしれませんが、吉岡の作品が神秘的に見えると言う場合には、作品がそのように描かれているということ以上に、作品を見た人がそういう想像をした結果の印象なのだと思います。そういう想像する方向のひとつとして自己を見つめるという内省的な方向もあると思います。吉岡の作品は見る者に何かを押し付けるとか強制するようなものではないので、そこに限られることはありませんが、吉岡の描く人物が遠くを眺めることは自分の中に向けることと同じだということを述べましたが、それは実は作品を見る者の視線の方向にも当てはまることではないかと思います。

2017年3月18日 (土)

吉岡正人展~永遠なる物語をつむぐ画家(3)

Yosioka2017tane  画面の構成とか背景の話をしてきましたが、吉岡の作品に大きな特徴である人物について見ていきましょう。展覧会のチラシでも取り上げられている「種を持つ」(2011年)という作品で見てみましょう。ここでは、目、視線に注目しましょう。画面の中心である女性が正面を向いていますが、この女性の正面に立っても視線をあわせることができないのです。それで、この女性の目をみると、焦点が合っていない、つまり、右目と左目の焦点がずらされているのが分かります。それは、この女性は具体的に、こちらを見ているようには描かれていないのです。では、どこをみているのかというと、どこか遠いところに視線を飛ばしているような印象を受けるのです。この場合、遠くを見るということは、実は、その反対のとても近いところ、すなわち自分の中、内面を見ている。近くを見るときは目の焦点は内側に向いていって、遠くを見るにつれてだんだんと離れていきます。それを自分の中まで見ようと思ったら、真正面よりほんの少し離れることになります。少し斜視みたいな感じになりますが、それがまるで自分の中に視線が向かうような感じにみえてくるのです。それで、片方の目は焦点を合わせながら、もう片方の目は外されている。そうすると目が合っているようでいながら合わない。「なんだかこの人は別のことをかんがえているんだな」というか、ことらを見ていながら心は違うところにある、というように見えてきます。(これは、画家本人が雑誌のインタビューに答えた中で話していることを引用させてもらったので、意識的に描かれていることが分かります。)それが、能面のように喜怒哀楽の感情をあらわさない顔の描き方と相俟って、神秘的な印象を見る者に覚えさせるのではないかと思います。だからこそ、見る者は感情移入するのではなくて、そこから物語を想像する方向で、多少突き放して画面を味わおうとする。その距離感が独特の雰囲気をつくり出すことに貢献しているのではないかと思います。
Yosioka2017secret  「秘密の森」(2003年)という作品は、中央に裸婦がいても肉体性といったものは、ほとんど感じられません。ヨーロッパ絵画で裸婦の理想の美というような身体の姿というのではなくて、他の作品では衣装を見にまとっていたのと同じで、衣服を身につけていないというのも、そのバリエーションというようなのです。それは、ここで描かれている人物が肉体をもった生身の存在ではなくて、ある種の記号のようなものに近いからだと思います。それは、リアルな存在でもなく、理想化された美や理念を表わすものでもないので、その描かれた物を鑑賞する、つまり受け入れるという受け身にとどまるのではなくて、記号であれば、見る者も操作することが可能となるわけです。操作可能などというと、作品を好き勝手に弄ぶように誤解されるかもしれませんが、先ほどから触れていますように、画面から見る者が想像力を働かせる際の余地があるということです。例えば、見る者の思いをそこに仮託して、物語をつむいでいくこともできるわけです。それは、この作品であれば、中心に描かれている女性が見る者に向き合い、自己主張しているのではない、むしろ、見る者を受け入れる余地のある受動てきな面もあるわけです。それが、時に内省的に映ったり、神秘的に映ったりしてくるのではKanzaneji ないかと思います。この作品だからというわけではありませんが、背景の個々のパーツが緻密なほど写実的に描かれているのに、中央の人物が不釣合いなほどデフォルメされたパターンのような記号になっている。それが、違和感というか、現実を超えて非現実な空間を作り出している。また、リアルな細部のパーツの組み合わされる構成の現実性のなさという要素もあるのだけれど。そういうものとして、分野は違うのですがつげ義春というまんが家が一時期、そういう方法で人間の内面の不条理をドラマにして描いていた(画像は「ねじ式」より)のを、思い出します。「ねじ式」はまんがというストーリーの一部ですが、吉岡の作品は一枚の絵でものがたりを想像させるという方向性は正反対ですが、ものがたりの想像がついてまわるという点で通じるところがあると思います。そこに吉岡の神秘とか聖なるイメージというのは、この画面でそのものが描かれているというのではなく、そういう想像から来ていると思います。掴みどころのない話かもしれませんが、吉岡がヨーロッパに研修に行った際に、現地の聖堂などで壁画やイコンといった神秘的で神聖な絵画に触れてきたのではないかと思います。それらは、中世の頃から人々の信仰の対象として思いを向けられてきたものです。そういう思いを受けて絵画には独特の雰囲気、オーラのようなものをまとっていた。それが神秘性や神聖さを歴史をへて形作ってきたというものだと思います。それを、現代で即時的につくることはできない。その代わりということでもないのですが、そういう雰囲気を現在で描いたものがもともと備えるということはありえないので、見る者がそういう想像を見ているなかで付加して見ることでなら、代替的に可能となりうる。それを吉岡は意図的にやろうとしたとまではいいません。しかし、そういう要素があるので、吉岡の作品の神秘性や神聖さは、そういうところがあると思います。
Yosioka2017edge  「水のほとり」(2009年)という作品は、金箔が一面に貼られた、まばゆい背景を水の流れに見立てて、そのほとり静かに佇む女性を描いた作品です。この作品は、画面の大半に金箔が貼られ、それを水の流れに見立てて、その流れがS字を描いているところなど、私には、江戸時代の琳派、例えば尾形光琳の紅白梅図屏風を思い出させるところがあります。ただ、尾形光琳の場合には水の流れのところには渦のような文様があって、動きを入れ込んでいるのに対して、この作品では、金箔がベタッと貼ってあって、動きのない静けさになっている。つまり時が止まっているような世界になっています。それは、あえて言えば、動かすということになると、動く方向を入れなくてはならなくなるので、見る者の想像を限定してしまうことになるので、限定しなければ、見る者は、あらゆる方向に想像することが可能となります。また、動かさないままでいることもできる。したがって、そういう動きの可能性を潜在させた静止という捉え方をしています。敷衍して言えば、あらゆる時の可能性がここにはあるということです。それは、何も、この作品に限らず、この人の作品に底流しているものではないかと思います。
Yosioka2017tree  「大樹の丘」(2010年)という作品を見てみましょう。メインは中央の縦に画面を貫く大樹の幹と、その前に女性の正面立像が、ほぼシンメトリカルにあるものです。ここまでにも、何点も見てきた吉岡の作品の典型的なパターンを踏んだ作品です。この作品では、女性の背後の大樹の幹が執拗に細かく描写されていて、迫真さがあり、それが過剰なほどで、それが写実的なリアルな樹を越えて、アニミズム的な何かが宿っている雰囲気を感じさせます。しかし、その割には、画面からはみ出ようとするほどの自然の生命の横溢のように動きは感じられず、スタティックな静けさがあります。その前に、前にも述べましたが、その前にたっている女性は、内省的といえば言えますが、むしろ虚ろな感じもします。それは、細部をこれだけ執拗なほど描いていて、構図にスッキリ収まっているということで、それゆえに、この作品は構図ということが大きなポイントになっているのではないかと思われてきます。吉岡とは異質な雰囲気の画家で小山田二郎という画家がいて、この人がある時期にシンメトリカルな構図を前Oyamadaharituke 面に出して、吉岡とは異なる幻想性、象徴性をもって、そこに宗教性が秘められているような作品を描きました。例えば「ピエタ」という作品です。これは、キリストと聖母マリアの二人が二等辺三角形の幾何学的な構図に収まっている構成になっています。しかし、構図の作品でありながら両者の印象は正反対といえるほど違います。小山田の「ピエタ」は中心の大きな三角形の中に様々な大きさの三角形が配置されていて、それらの位置関係やバランスが作品に強い緊張感を作り出していて、見る者は異様に張り詰めた感じを受けます。これに対して、吉岡の「大樹の丘」の構成はシンプルと言えます。小山田のような構成上の緊張関係は作られていないようです。「大樹の丘」の場合には、シンプルな構図に各パーツが収まって、そのなかでそれぞれが役割を全うするように描きこまれてします。細部が描きこまれてはいますが、それが過度に主張して画面に対立関係をつくりだすことは周到に避けられているように見えます。それゆえに、小山田の作品にあるような峻厳さのようなものはなく、その代わりに瞑想に誘うような静謐さがあるわけです。両者を比べると、見る者が作品にたいしてとる距離感が違うことが分かります。

2017年3月17日 (金)

吉岡正人展~永遠なる物語をつむぐ画家(2)

Yosioka2017bird_2  「鳥を放つ」(2005年)という作品です。このころになると、テンペラと油彩を駆使した手法で、このようなスタイルを繰り返す、最初に引用したことばにあるようなアルチザンの姿勢が固まってきたといえると思います。その中でも、この作品は展示されている作品が大画面の作品がけっこうある中で、中規模の大きさながら、とても印象深い作品です。それは、画面の上半分全部を占めるほど大きくとられている青空と、その空の青さの印象です。透き通るような鮮明な青の印象は、おそらく、この画家のもとめているところが直接的に出ている作品ではないかと思い、その意味で、私には感動的でした。この作品を見て、似ていると思ったのはヨーロッパの教会の祭壇画といったものではなくて、1960年代アメリカ西海岸のロックグループIt’s a beaytiful dayのアルバム・ジャケットでした。それは、ヒッピーなどの反体制運動の中で出てきたバンドで、澄み切った青空は体制側の汚れとか、産業化による汚染に対するアンチテーゼといった意味合いが込められていて、そのシンボルのようなものでした。だから、今見ると、そこには演出が見え見えで、そこに同時に描かれている女性は自由の女神のパロディなのでしょうか、人間的なリアリティがなく図式的です。当時は
、だからメッセージが単純化され伝わり易かったと思いまYosioka2017beautiful_2 す。この「鳥を放つ」には、そのようなメッセージこそありませんが、人物を図案化して単純化させることによって、青空がいっそう引き立つ効果を出していると思います。この作品では人物に感情移入するとかいったことがなくて、人物が置かれている場面に目が行く、とすると青空の方が印象的で、しかも、人物が風に吹かれながら、また、背後のイヌが見上げている、それを見ているような視線に導かれて、青空に目が行くのです。そして、衣装の赤や背景の森の深い緑が青を際立たせています。だから、ここで、というより、吉岡の作品の画面に登場する人物は画面の主人公ではなくて、ある種の狂言回しのような傍観者とか、見る者を画面に誘導する画面と見る者のあいだの中間者のような位置づけになっていると思います。だから、人物に存在感があってはいけない。存在感があると、見る人は人物に注目してしまうことになります。だから、吉岡の作品では、メインは実は人物ではなくて、人物が見る者との間でとりもつ青空だったり森の風景だったりといったものではないかと思うのです。
Yosioka2017forestfire  「森は静かに燃える」(2008年)という作品です。ここでは、「鳥を放つ」が空の青が印象的であったのに対して、森が燃える炎の赤です。しかも、人物の背後には池がひろがり、水面に炎が映って赤が画面の大半を占めます。その赤の鮮やかさです。それが印象的ですが、その赤について、印象的なのですが、その鮮やかな色彩をベタ塗りで色彩を前面に出すのではなくて、そこで筆触をあえて露わにしています。これは燃える炎だからかもしれませんが、前に見た「赤い部屋Ⅰ」の壁、「ふたり」のグレーの背景、「時は流れる」や「森の中」の背景の建物の壁など、みなそうです。おそらく、これは意図的なものであることは確かなのですが、私にはそれがよく分かりません。ただ、感情を喚起するとか、精神的な意味合いをもたせるといったロマン主義的なものではなく、また画面に動きを与えるといったことではないと思うのですが、あえて言えば、パターン化をすすめる中で手触り感を残すとか、そういったことはあると思います。ここでも鮮烈な赤を前面に出すと、どぎつくなってしまうことがありますが、それを巧く抑えているのは、その効果も一役買っていると思います。
Yosiokaasa  「朝(旅に出る)」(2007年)という作品です。これは、以前に偶然に寄ったギャラリーでも見た記憶があります。朝というタイトルのとおり、朝日が射してきて映えるように色づいてくる森の光景の鮮やかさ。たとえば右上の光が拡散して虹のように映っているところや、中央の大樹の幹が上に行くに従って朝日の当たり方が異なるので刻々と光線が変化していく様が鮮やかで、そこに旅立つ男と見送る女に光が射している様子が、まるで後光のように映えている。また、旅立つ男や馬が向いている先は遠景で、すでに太陽が昇って明るくなっている。しかし、実はこの画面の中心は画面を上下に貫く太い幹の大木で、二人を見守るようにどっしりと存在している。それだけでなにか物語を紡ぐような光景です。この作品を見ていると、ラファエル前派のジョン・エヴァレット・ミレイの「浅瀬を渡るイザンプラス卿」という作品を思い出してしまうのです。騎乗の騎士のプロフィールの画面ですが、二人の幼子を抱えた老人の姿は、何かの物語を想像させます。かといって、何かの物語や歴史の一場面ではなく画家ミレイが自身で描いたものです。しかし、見る者はこの画面から物語を想像してしまうのです。吉岡の「朝(旅に出る)」にも同じような見方をしてしまいます。しかもそれだけでなく、馬を真横から見た姿を中心にしていたりとか、その馬の描き方が、骨格から筋肉のつき方まで詳細に描き込んであること、あるいは草や樹といった植物のひとつひとつが細密といっていいほど写実的に描きこまれている。そういう細部が一種スーパーリアリズムになっているのに、画面全体は写実性は感じられない。とくに吉岡の作品では人物が、そのような細部とはそぐわないほど類型化されています。しかし、そこに違和感を見る者に覚えさせるようにはなっていなくて、それは、リアルな細部を組み合わせて画面全体を構成させると写実ではなくなって、現実の風景ではなくなっているからです。その現実のリアルな手触りがないところが、物語を想像させることに繋がっている。かといって、あまりに作りものめいていると、見る者が感情移入するように自主的に物語を想像させることはできないので、細部はリアルに描きこんである。だから、画面の雰囲気は中世のヨーロッパなのでしょうが、そのように描いているのは明らかに近代芸術の透徹した方法論であると言えると思います。吉岡がラファエル前派を参考にしたかどうかは分かりませんが。Zenpaml2

2017年3月16日 (木)

吉岡正人展~永遠なる物語をつむぐ画家(1)

2017年3月 サトエ記念21世紀美術館
 Yosioka2017pos 運転免許の更新をしなければならず、休みをとったついでに、時間をつくって行くことができました。2009年に旅行の帰りに寄った川越の料理店の附属ギャラリーでたまたま展示されて居た作品を見て以来、何となく気になっていました。この展覧会の開催を知り、行きたいとは思っていたのだけれど、私の生活圏である東京都西部の多摩地区のそのまた西の方から、開催されている場所がかなり離れているため、ついでともいうわけにもいかず、わざわざ時間をかけて出かけるということになるので、実際に行くことには決心がつかないでいました。展覧会の会期の終わり近くなって、免許の更新で、どうしても会社を休むことになり、それなら、1日の休みにして、十分な時間を確保して、出かけることにしたというわけです。実際に多摩西部から、このサトエ記念21世紀美術館までは遠かった。電車を乗り継いで2時間。東武線の花崎という、いかにも地方都市の人影のまばらの殺風景な駅前に降りたときには、これが美術館に行く風景かと思いました。近くを通る東北自動車道をくぐるようにして横切ると、田園風景に景色がかわり(東北自動車道の騒音が聞こえてきて牧歌的な雰囲気はありませんでしたが)遠くにそれらしき建物が周囲の風景から浮き上がるように目だって(悪趣味とは、あえて言いませんが)、春何番かの強風に煽られながら、人影のほとんどない道を歩いて辿り着いたところは、おそらくこの美術館のオーナーがつくったのであろう大学と向かい合うようにあって、手入れされた庭園の奥に建物がありました。平日ということもあるのか、人気の名画があるとかいうわけでもなく(常設展示にブラマンクなどもあったのですが)美術館の中は、受付以外に人がいないので、作品を見ている間、私一人の空間でした。常設展示が主という美術館のようで、企画展といっても、展示室の一角に専用コーナーを設けて、そこに作品を集めて展示していた、とてもシンプルな展示でした。都心の美術館の、懇切丁寧な説明過多の展示が少し煩いとおもっていた私には、とくに静謐さを身上とするような、この人の作品の展示には似つかわしいと思いました。
Yosioka2017red  一応、主催者のあいさつや美術館の学芸員による推薦の文章のなかで、次のように紹介されていました。詳しい紹介はここあたりを参照していただければいいと思います。“本展は、幼少期より画家を志し、西洋の古典技法であるテンペラを駆使した作品を描き続ける画家吉岡正人の画業を回顧する展覧会です。”“「アーチストではなく、一人のアルチザンでありたい」・・・「現代など次の瞬間には近接過去となる運命だ。そんなものを追いかけるつもりはさらさらなかった。時代を突き抜ける生命が作品にあるかないかだ」と吉岡は言い、「永遠の生命」と呼ぶ作品における普遍性を追い求める。・・・多くの画家が同時代性・現代性を志向する中で、同様の地平にてむ絵画を思考するささやかなアルチザンとしての暮らしの中で、絵を描くことを繰り返してきた。・・・時代への迎合を拒絶した絵画世界には、浮世の喧騒を感じさせない静穏にして神聖な時間が流れている。”これらの引用には、多少の感情的な大仰さはあるかもしれませんが、吉岡の作品から受ける印象には、たしかにそういうところがあると思います。
 Yosioka2017twin それでは、作品を見ていきましょう。展示は、学生時代のスケッチや習作のような作品から展示されていました。そこからは、当たり前のことかもしれませんが、吉岡は最初から、このような作品を描いたわけではなく、ごく普通の(こういう言い方はあるのかどうか、でも言いたいことは分かっていただけると思います)人物デッサンや具象的な作品を描いていたようです。「赤い絵Ⅰ」(1980年)という作品です。背後の赤レンガ色の平面的な壁や人物のポーズなどに、現在のスタイルの兆候が見られる作品です。とは言っても、それは現在のスタイルから遡ってみているからそう言えるわけで、この作品を描いた当時、吉岡はそんなスタイルのことは想定もしなかったかもしれないわけで、しかし、吉岡の感覚とか画面という平面の構成について、もともと、現在のスタイルに通じる感覚を当初からもっていたことは想像できます。この作品は、油彩で描かれているせいか、色彩は全体にくすんだ鈍い調子です。それと、人物に表情とか存在感をつけようと、陰影を施したり工夫がなされているようなのですが、中途半端な印象です。写実的なリアルというよりは、象徴的な作品とが寓意的な作品への志向があったのかもしれません。写実的な描写で全体としては象徴的な雰囲気をつくりだす鴨居玲の作品に通じるところが少し見えるような気がしました。
Yosioka2017far  「遠い想い」(1988年)という作品です。さきほどの「赤い絵Ⅰ」が油彩だったのに対して、アクリルで描かれています。そのせいか、油絵のような陰影とか質感とか筆触の部分が感じられなくなり、全体としてノッペリした感じになりました。また、この画像では雰囲気が出ていないのですが、色調が油絵作品にのくすんだ感じから、鮮やかな感じに変わってきていました。現在のスタイルにより近くなってきていると思います。そのことは、案外吉岡のスタイルには色彩とか、ノッペリした平面的な塗り方が大きな要素になっているのではないか、ということを感じさせます。こんなことをいうと、見当違いと叱られそうですが、吉岡の現在のスタイルは、画家が静謐とか神聖さといったことへの志向があって、それを表現するために行き着いたというよりは、色調とか写実的な形態を突き詰めないといった描き方の結果として、そういうものになってしまったのではないか、と思えるところがあります。この作品と、この後に見ていく「時は流れる」の細長い顔の女性を比べて見てください。「時は流れる」の女性にある落ち着いた静かな雰囲気は、「遠い想い」の女性にではあまり感じられず、こちらは細長い顔の女性という点で、近代の画家モディリアニの描く女性を彷彿とさせたり、パターン化されているという点で藤田嗣治を連想することもあり得る、そういう作品になっていると思います。
Yosioka2017time  「時は流れる」(1992年)という作品。この頃、吉岡はイタリアに研修員として派遣され、現地で様々な作品に触れて、テンペラに出会ったということだそうで、この作品はテンペラで描かれています。ここで、おそらく吉岡のスタイルが作られ、以後のこりスタイルを固持するように、追求していったということになると思います。「遠い想い」から、この「時は流れる」に至る過程で、何らかの要素が加わったのではないか、それがイタリアでの研修の中で、何かが、画家本人が何かを掴んだことによって、現在のスタイルがつくられたのではないかと、単純に想像しています。ここでは紹介していませんが、これ以前の習作的な作品の中に、裸婦のスケッチがありましたが、それは形態を忠実に写し取るとか、理想化させるとか、質感を表現するとか、モデルの個性を強調するといったような、形態に視点がいくという方向で突き詰められているようには見えず、裸婦というのはこういうのだという様式を模索しているような印象でした。また、数点あった静物画についても、同じように器物の形態を描くというのではなく、あえて言えば、スペイン・バロックの画家スルバランの描くボデコンのような、ある種の雰囲気を求めるような印象がありました。そこから、吉岡という画家の志向するところは、如何に見せるかいう演出が、何かを表現するということよりも優先させる人なのではないか。そういう点では近代以降のモダニズムの絵画は、どちらかというと何かを表現するというものなので、そういうものをベースにするよりは、イタリアに数多く残っていて、日本にはあまり紹介されていない中世から初期ルネサンスにかけてのテンペラやフレスコといった寺院の壁画などの、親近性を感じたのかもしれません。
Yosioka2017forest  「森の中」(1997年)というフレスコ画です。左右対称の構図で、ルネサンス初期の、例えば、ヒエロ・デ・ラ・フランチェスカを想わせるところがある作品です。しかし、フランチェスカのリアルにしようとする方向性に対して、この「森の中」はデフォルメしよう、パターン化しようとする方向で、その行こうとするところが正反対のような、結果として表われたものはよく似ているのですが。そこに吉岡という画家の屈折と、パターンを意識的に行っているところに、そこに意味があることが感じられてきます。吉岡の作品では、馬や建物や人物の着ている衣服といった個々のものは写実的に描かれているように見えるのに、人物の顔だけがパターン化されたようになっています。それが全体の人工的な構図とあいまって、フランチェスカには感じられない幻想性が生まれています。それが、フランチェスカのような作品に表面上の類似が、見る者に違和感を抱かせることが少なく、しかも、何かを表現するといった意味づけが画面に少ないため、直接的に見る者に訴えかけるうるささが少ない。そのあたりが静けさを感じさせているのではないかと思います。

2017年3月15日 (水)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(16)~年次総会(2)

 週末を通してボルスハイムズには巨大な群衆が集まるでしょう。従って、ご参考までに、株主価格は5月1日月曜日から5月13日土曜日まで可能です。その期間中、バークシャーの株主であることを会議の招集通知が仲介証明書を提示して、証明してください。
 日曜日にボルスハイムズ外側のモールで、ダラス出身の注目すべき魔術師ノーマン・ベックは見る人は驚かせます。さらに、我々は世界最高のブリッジのプレイヤーであるボブ・アマンとシャロン・オスバーグの日曜の午後に二人が株主の皆様とブリッジができるのです。私は彼らに加わりたいと思います。また、アジットとチャーリー、ビル・ゲイツも同様です。
 私の友人、アリエル・シンが日曜日にモールにきて、卓球の挑戦者を募ります。彼女が9歳の時に、私は相対しましたが、1点も取ることができませんでした。彼女は、2012年のオリンピックのアメリカ代表です。彼女はプリンストンの卒業生です(昨年夏にJPモルガンチェースでインターンをしました)。恥をかくことを気にしないのであれば、ご自身の技術を彼女に試してみましょう。午後1時に始めます。ビル・ゲイツは昨年、アリエルをうまくやったので、彼女に再度挑戦する準備ができているかもしれません。
 ゴラットは再び、5月7日日曜日はバークシャーの株主のために空席を設けています。ゴラットは午後1時の開店から午後10時までです。ゴラットの予約は4月3日(それ以前は駄目です)に…に電話してください。あなた がハッシュブラウンズ で Tボーン を注文する ことによる 洗練された 食事客 である ことを示してください。
 我々は同じ3人の財政的ジャーナリストに再び会議で質疑応答期間を導かせます。そして、チャーリーと私に株主が電子メールで彼らを受け入れたという質問をします。 ジャーナリストと彼らの電子メール・アドレスは、以下の通りです:抜群のビジネス・ジャーナリストであるキャロル・ルーミス;ニューヨーク・タイムズのアンドリュー・ロス・ソーキン;CNBCのベッキー・クイック。
 寄せられた質問から、各ジャーナリストが面白い、重要だと決めた6つを選びます。皆さんの質問は簡潔で、時間ぎりぎりの提出にならないようにして、バークシャーに関係していて、1通のメールに2つ以上の質問が入っていなければ、選ばれる可能性があるとジャーナリストは、私に話してくれました。(電子メールには、質問が選ばれた時に質問者である皆さんの氏名を明かしてよいかどうかを書き添えて下さい。)
 質問に付随してバークシャーをフォローする3人のアナリストから質問されます。今年の保険の専門家はバヘクレイズのクリフ・ギャランです。保険以外の部門に対する質問はルーアン・クネフ・アンド・ゴールドファーブのジョナサン・ブラントそしてモーニング・スターのグレッグ・ウォーレンからだされます。我々の望みは、アナリストとジャーナリストが、我々のオーナーの理解と彼らの投資についての知識を高める質問をするということです。
 チャーリーも私も質問へのてがかりも表題もありません。我々はいくつかがタフであることをしっており、それを我々は望んでいます。すべてにわたる質問は許されません。われわれはできるだけ多くの質問者に答えたいと思います。我々の目標は、皆さんが来たときよりもバークシャーについてもっと知ってからミーティングを終わり、オマハにいる間に楽しい時間を過ごすことです。
 我々は少なくとも全部で54の質問があると思っています。それぞれのアナリストとジャーナリストから6個ずつ、会場から18個を考慮に入れてです。(昨年は全体で64になりました)慣習からの質問者は、年次総会の午前8時15分に会場の11の区画から選ばれます。アリーナと主な副会場に11本のマイクがセットされ、区画で話す助けをします。
 チャーリーと私は、株主がみな利益を得ている知識に関して、新しいバークシャー情報に同時にアクセスするべきでありさらにそれを分析する適切な時間を持っているべきである、と信じます。それは、我々が金曜日の市場終了近くに財務情報を出し、土曜日に年次総会を行う理由です。
 我々は、機関投資家やアナリストとの1対1のミーティングを行いません。そして、我々が他のすべての株主を代表として彼らを扱います。我々にとって自身の蓄えの相当な部分を任せる有限の株主以上に重要なひとは、誰もいません。
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 マネージャーたちを私がほめたたえるのは正当なことです。彼らこそ、本当のオールスターです。あたかもそれらがそれらの家族によって所有されたただ一つの長所かのように、彼らはそれらの事業を営みます。私は、それらの考え方が大きな公営企業の宇宙で見つけることができるのと同じくらい株主指向であると考えます。実際に働く際には金融的なことは必要ありません。ビジネスでホームランを打つ喜びはかれらには給料を受け取る以上なのです。
 しかし、同じように重要なのは、我々のオフィスで私と働く男女です。このグループは、効率的にSECその他の調整や多数の必要条件に対応し、30,450ページの連邦法人税申告の準備をしています。彼らは州政府への所得申告の3,580のファイルを監督し、無数の株主およびマスコミの調査に応答する、年次報告を作成し、国の最大の年次会議に備えて委員会の活動を調整し、この手紙をチェックをしています。それには順調です。
 彼らは陽気に信じがたいほど効率的に、これらのビジネス作業すべてを取り扱います。そして、私の人生を安楽で楽しくします。彼らの努力は厳密でバークシャーの関連範囲を上回ります。昨年、200の申し込みから選ばれた40の大学から来た大学生のQ&Aの対処をしてくれました。彼らはまた、私が受け取るありとあらゆる提案書を取扱い、旅行の手配をし、私の昼食のためのハンバーガーとフライドポテト(もちろん、ハインツ・ケチャップをたっぷりとつけて)の用意もしてくれます。さらに、毎年開催される当社の才能豊かな舞台監督であるキャリー・ソーバが、株主の皆様におもしろく楽しい週末をお届けします。 彼らはバークシャーで働くことを誇りに思い、私は彼らを誇りに思っています。
 私は幸運な男です、この優秀なスタッフ、非常に才能のある経営マネージャーのチーム、非常に賢明で経験豊富な監督のボードルームに囲まれていることは、とても幸運なことです。5月6日にオマハ(資本主義の発祥地)に来て、バークシャーバンチに会いましょう。 私たち皆、お会いできるのを楽しみにしています。
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これで、今年のバフェットの手紙を終わります。

2017年3月14日 (火)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(15)~年次総会(1)

年次総会
 昨年、ヤフーと提携して、年次会議をはじめてウェブキャストで放送しました。 アンディ・セーワーとヤフーの作業員のおかげで、このプロジェクトはすべての点で成功し、リアルタイム視聴で110万回のユニーク訪問、リプレイで1150万回の訪問を記録しました(その多くは、視聴者が ウェブキャストの特定のセグメント)。
 ウェブキャストを開始したバークシャーへの感謝のメールには、とくに次の3つの支持者からの多くのコメントが含まれています。 旅行が難しい高齢者。オマハに旅行するのに高価だと思った倹約者。 宗教上の理由から土曜日の会議に出席できない人。
 ウェブキャストは去年の会議への出席者が約37,000人に減らし(正確なカウントを得ることはできません)、これは約10%減でした。 それにもかかわらず、バークシャーの子会社とオマハのホテルとレストランの両方が大きな売上を上げました。 ネブラスカ・ファーマート・マートの売上高は2015年に対して3%増、オマハ店では1週間で4550万ドルを記録しました。
 センチュリーリンクのバークシャー出展者は金曜日の正午から午後5時までオープンし、12,000人のバーゲン客となった株主を集めました。 今年の5月5日の金曜日のショッピング時間は今年も繰り返されます。 お金を持って来なさい。
 毎年5月6日に開催され、ヤフーのWebアドレスは
https://finance.yahoo.com/brklivestream
 です。 ウェブキャストは、午前9時に中央夏時間に開始します。 ヤフーは、会議前と昼休み中に取締役、経営者、株主および有名人にインタビューする予定です。 これらのインタビューとミーティングは、同時に北京語に翻訳されます。
 会議に直接出席する方はセンチュリー・リンクのドアが土曜日の午前7時に開かれ、株主総会の前に買い物をすることができます。株主総会の説明映画は8:30から始まります。質疑応答は9:30から3:30まで続き、正午には1時間の昼休みがあります。 最後に、3時45分に正式な株主総会を開始します。 それは1時間ほどかかります。 これは、支持者が提示する3つの議題が存在するため、通常の場合よりやや長くなります。議題を提示するには、合理的な時間が与えられます。
 土曜日の朝、我々は6回目の「インターナショナル紙の投函に挑戦」を行ないます。私たちの的は今度もまた、クライトン・ホームのポーチで、正確にスローイング線から35フィート離れています。私も十代のころに、短い間でしたが正直な労働者で、当時50万の新聞紙を投函しました。私は、このゲームが得意です。私に挑戦しましょう。私をギャフンと言わせましょう。私を叩きのめしましょう。私よりドアステップに近いところに投げられた人には、デイリー・バーのアイスクリームを買ってあげましょう。新聞は36から42ページあり自分で折らなければなりません。ただし、ゴムバンドを留めるのは許しません。競技は7時45分開始です。私のアシスタントであるダブ・ボサネックが数分前に10人ほどの選手を選抜します。
 皆さんのショッピングには会場に隣接する194,300平方フィートのホールで何十ものバークシャーの子会社の製品が揃えられています。そこで多くの店を開いているたくさんのバークシャーのマネージャーたちによろしく。そこには、素晴らしいBNSF鉄道のレイアウト・ジオラマもあります。お子さんたち(みなさんも)うっとりしてしまいますよ。
 ブルックス(ランニング・シューズの会社)は、会議のために特別に提供する記念のシューズを今年も販売します。一足購入して、翌日の8時にセンチュリーリンクでスタートする第5回の“バークシャー5キロ”レースにそれを履きましょう。参加のための詳細については、会議の参加証明書に添付して皆さんにお送りするビジターズガイドに書かれています。レースに参加すれば、バークシャーのマネジャーや取締役や仲間と一緒に走ることができます。(しかし、私とチャーリーは、その時間は朝寝坊することでしょう。ファッジとピーナッツが参加賞です)5キロレースの参加者は年々増加しています。新たな記録を作りましょう。
 ガイコは、国中から何人かの最高のカウンセラーの職員をショッピング・エリアのブースに置いているようにします。昨年の会合では、2015年から21%増のセールスを記録しました。今年も再び上がると予測しています。
 ぜひ立ち寄ってみて下さい。ほとんどの場合、ガイコは、皆さんに通常の8%の株主割引をすることができます。この特価提供は51の管区のうち44で許されています。今ご利用の保険の詳細を持ってきてくだされば、我々が保険金を節約できるか否かにかかわらず、チェックします。少なくとも、半分の方には、保険金を節約することができると思います。我々は皆さんの節約に協力できます。そして、他のバークシャー製品に貯金を使ってください。
 ブックワームを必ず訪問してください。何冊かの新刊を含め35冊以上の本とDVDをお届けします。私が昨年読んだベスト・ブックは、ナイキのフィル・ナイトによる「シュー・ドッグ」でした。 フィルは非常に賢明で知的で競争力のある仲間で、才能のある語り手でもあります。 ブックワームは、「シュー・ドッグ」とジャック・ボーゲルのいくつかの投資の古典を積み重ねています。
 ブックワームは、バークシャーの最初の50年間のハイライト(および明瞭な部分)の歴史を再び提供します。会議に参加できない人eBayで本を見つけることができます。 バークシャー・ハサウェイ(Berkshire Hathaway Inc.)50年間の有益なパートナーシップ(第2版)を祝いましょう。
 会議と他のイベントに入場するために必要とする証明書をどのように取得するかについて、レポートに同封した会議の招集通知が説明しています。バークシャーはアメリカの4大航空会社に多額の投資をしたので、私は熱狂的な気持ちを抱いていることを認めなければならないが、航空会社は、バークシャの週末の間に、料金を値上げします。もし、遠くから来られるのなら、カンザスシティーとオマハに飛ぶ場合のコストを比較して見て下さい。ドライブは、21.5時間です。カンザスシティではお金を節約できます。一組のカップルで1,000ドル以上の節約ができることでしょう。我々と一緒に、その分のお金を使いましょう。
ネブラスカ・ファニチャー・マートは、ドッジ・ストリートとパシフィック・ストリートの間の72番街に77エーカーの敷地にありますが、「バークシャーの週末」特別割引を再びやっています。
 NFMでバークシャー割引を受けるためには、5月2日の火曜日から5月8日の月曜日の間に買い物をし、さらに、その時に年次総会の証明書を提示しなければなりません。この期間の割引は、通常なら値引きに応じないような名門メーカーの製品に対しても、我々の株主のための週末の趣旨により、特別な例外を行ないます。我々は彼の協力に感謝しています。NFMは月曜から金曜の午前10時から午後9時、土曜日の午前10時から午後9時30分、日曜日は午前10時から午後8時まで営業しています。今年は土曜日の午後5時30分から午後8時に皆さん全員を招待してピクニックを行います。
 今年は、カンザスシティとダラスのメトロマーケットの株主にとって、ミーティングに参加できない、あるいはウェブキャストが好きな人には良いニュースがあります。 5月2日から5月8日まで、会場の資格情報やバークシャーの所有権(仲介明細書など)を現地のNFMストアに提示する株主は、オマハ店を訪れる人々が楽しむのと同じ割引を受け取ります。
ボルスハイムズで株主のみを対象とした2つのイベントを再び開催します。最初は、5月5日金曜日の午後6時から9時のカクテル・レセプションです。第2の、メイン・ガラは、5月7日の日曜日に開催され、土曜日の午前9時から午後4時まで、我々は日曜日の6時まで開いています。より買うほど、あなたはより節約します(または我々が店を訪問するとき娘が私に言うように)

2017年3月13日 (月)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(14)~「賭け」(またはあなたのお金がウォール街へ行く途中を見つけるように)(3)

 長年にわたり、私はしばしば投資アドバイスを求められてきましたが、回答の過程で私は人間の行動についてよく学んできました。 私の定期的な推薦は、低コストのS&P500インデックスファンドでした。 彼らのクレジットのために、控えめな手段しか持たない私の友人は、通常、私の提案に従っています。
 しかし、大金持ちの個人、機関、年金基金の人々に私がアドバイスをしたとき、かれらはそれを守らなかったと思います。 その代わりに、これらの投資家は私の考えに礼儀正しく感謝し、高い料金のマネージャーの誘惑を聞くために出発したり、多くの機関の場合は、コンサルタントと呼ばれる別の品種のハイパーヘルパーを探すことができます。
 その専門家は、しかし、問題に直面しています。 S&P500を再現するインデックスファンドに加え続けるために、投資コンサルタントが顧客に毎年言っていることが想像できますか? それはキャリアの自殺です。 しかし、これらのハイパーヘルパーには、ほぼ毎年小規模な経営再編を推奨することにより、大きな手数料が流れこみます。 そのアドバイスは、しばしばファッショナブルな投資「スタイル」や現在の経済動向が経営再編を適切にする理由を説明する難解な言葉遣いで配信されます。
 裕福な人は、最高の食べ物、学校、エンターテインメント、住宅、整形外科、スポーツのチケットを得ることが人生の多くであると感じることに慣れています。 彼らのお金は、彼らが大衆が受け取るものに比べて優れた何かを買うべきだと感じています。
 人生の多くの側面において、富は実際にトップグレードの製品やサービスを命じます。 そのため、裕福な個人、年金基金、大学の財団などの財務 "エリート"は、わずか数千ドルを投資する人々にも利用可能な金融商品やサービスに素早くサインすることに大きな問題を抱えています。 このような富裕層の嫌悪感は、問題の製品が期待通りのものであるにもかかわらず、明らかに最良の選択です。 確かに非常に荒い私の計算では、優れた投資アドバイスのためのエリートによる調査により、過去10年間で総額で1000億ドル以上を無駄にしているということです。 それを見つけ出してください:数兆ドルの1%の手数料すらも加算されます。 もちろん、10年前にヘッジファンドに資金を投入したすべての投資家がS&Pリターンに遅れを取ったわけではありません。 しかし、私は、不足総額の計算が控えめであると信じています。
 財政的な損傷の多くは、公務員のための年金基金で起こりました。これらのファンドの多くは、巨額の手数料を伴う投資パフォーマンスの低さといった二重の苦しみに悩まされていることもあり、ひどく恩恵を受けていません。 その結果生じる資産の不足は、地方の納税者によって何十年も作られなければなりません。
 人間の行動は変わりません。裕福な個人、年金基金、慈善団体などは、投資アドバイスにおいて何か「余分な」何かに値すると感じ続けるでしょう。 巧みにこの期待に応えるアドバイスは、非常に豊かになるでしょう。 今年の魔法の一服は、ヘッジファンド、来年の何か他のかもしれません。 この約束のパレードから得られる可能性のある結果は、次の格言で予測されます「お金のある人が経験のある人に会うと、経験のある人はお金で、お金のある人は経験が残ってしまう」
 ずいぶん昔、私の義理の弟、ホーマー・ロジャーズは、オマハのストックヤードで働いていた委託代理人でした。 私は彼に、大手4つの包装業者(スウィフト、キューディー、ウィルソンとアーマー)からの買い手への豚や牛の販売を扱うために、農夫や牧場経営者に彼を雇う方法を尋ねました。 結局のところ、豚は豚だったし、買い手は動物がどれだけ価値があるかを知っていた専門家でした。 それでは、私はホーマーにどのように尋ねましたか?販売代理店は他のどの代理店よりも良い結果を得ることができましたか?
 ホーマーは私を哀れに思って言いました。「ウォーレン、それはあなたが売る方法ではありません、それはあなたが言うことです」ストックヤードで働いたことは引き続きウォール街で働くことにつながります。
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 そして、最後に、ウォール街関係者、その多くは私の親友ですが、にオリーブの枝を提供させてください。バークシャーは、私たちに買収をもたらす投資銀行家には、たとえ過酷な手数料を支払うことも大好きです。 さらに、当社は社内の2人の投資管理者に対して、過剰なパフォーマンスのために相当額を支払っており、将来的にはより多くの支払いを希望しています。
 聖書風に(エフェソス3:18)、私はその単純な4文字熟語から流れるエネルギーの高さと深さ、そしてその長さと広がりをウォール街に話したときに知っています。 そしてそのエネルギーがバークシャーに価値をもたらす時、私は明るく多額の小切手をきるでしょう。

2017年3月12日 (日)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(13)~「賭け」(またはあなたのお金がウォール街へ行く途中を見つけるように)(2)

 私の見解では、ヘッジファンド投資家のこの賭けが期待はずれとなった結果は、将来的には再発する可能性がほとんど確かです。 私は、賭けが始まったとき(そしてそれがまだそこに掲示されている)、ロングベッツのウェブサイトに掲示された声明にその信念の理由を説明しました。 ここに私が主張したものがあります:
 S&P500は、2008年1月1日から2017年12月31日までの10年間で、パフォーマンスが料金、費用および経費を基礎として測定される場合、ヘッジファンドの資金のポートフォリオを上回ります。
 非常に賢明な人々の多くは、証券市場で平均以上の成果をあげています。彼らを積極的な投資家と呼んでください。
 受動的投資家である彼らの反対側は、当然、ほぼ平均的な成果をあげています。総額では、彼らのポジションは、インデックスファンドのポジションとほぼ同じです。 したがって、領域のバランス(活発な投資家)は、平均的にもそうする必要があります。 しかし、これらの投資家は、はるかに大きな経費がかかります。 したがって、これらのコストの後での集計結果は、受動的投資家の場合よりも悪いものとなります。
 活発な投資家の方程式に、多額の年会費、高額の業績報酬、積極的な取引コストがすべて追加されると、コストが急上昇します。 ヘッジファンドの資金は、ファンドの資金が投資されているヘッジファンドによって請求される大きな手数料に手数料が重なるため、このコスト問題を強調します。
 多くの頭の良い人々がヘッジファンドを運営しています。 しかし、彼らの努力は自己中立化であり、IQは投資家に課すコストを克服しません。 投資家は、平均して時間の経過とともに、低コストのインデックスファンドでは、ファンドオブファンドのグループよりもうまくいくでしょう。
 それが私の主張でした - そして今私は単純な方程式に入れてみましょう。 グループA(アクティブ投資家)とグループB(何もしない投資家)が総投資領域を構成し、Bがコストの前に平均結果を達成することが運命づけられていれば、Aもそうでなければなりません。 (私の側の研究者は、述べる価値ないけれど、細かいところを述べる必要があるといいます。細かいことはしませんが、この策定を少し修正しています)。また、グループAには莫大な費用がかかると、その不足分は相当です。
 もちろん、長期的にS&Pを上回る可能性が高い熟練者もいます。 私の生涯を通じて、私は、早い段階で、この偉業を達成する可能性のある専門家を10人かそこらしか見つけていません。
 私が一度も会ったことがなく、私が特定した人々の能力と同等の能力を持つ人は、数百人、おそらくは何千人もいることは間違いありません。 結局のところ、仕事は不可能ではありません。 問題は単純にもう一度の実行しようとする大部分のマネージャーが失敗することです。 皆さんから資金を募集している人が、うまくいくのかという例外的な人ではないという確率は非常に高いです。 60年前に長年に渡って優れた投資収益をもたらすと確信していたビル・ルアン - 本当にすばらしい人間であり、男性です - 彼はよく言いました「投資管理において、進歩は革新者から模倣者、猛烈な無能な人へと伝わる。」
 彼または彼女の給料に値する貴重な高額報酬のマネージャーの捜索をさらに複雑にするのは、一部のアマチュアと同じように、投資専門家も短い期間は幸運であるという事実です。1000人のマネージャーが1年の初めに市場予測を行う場合、少なくとも1つのコールは9年連続で正しいと思われます。もちろん1000匹のサルは、まったく賢明な預言者を生み出す可能性が高いでしょう。 しかし、違いは残ります:幸運なサルは、人々が彼と一緒に投資するために列を作っているのを見つけることはないでしょう。
 最後に、投資の成功が失敗を生み出す原因となる3つのそれぞれ関連した現実があります。 第一に、すぐれた記録が急速にお金の流れを引きつけます。 第二に、膨大な金額は、投資パフォーマンスの錨として常に機能します。何百万人は簡単で、何十億は苦労する。第三に、ほとんどのマネージャーはそれにもかかわらず、自分の個人的な方程式のために新しいお金を探します。つまり、管理している資金が多ければ多いほど、手数料は高くなります。
 これらの3つのポイントは私には新しいことではありません。1966年1月、私が4,400万ドルを管理していたとき、私は有限責任のパートナーに以下のように手紙を書いていました。「私は、規模を拡大することは、将来の結果を傷つける可能性がかなり高いと感じています。 これは自分の個人的な結果には当てはまらないかもしれませんが、皆さんの結果には本当らしいでしょう。したがって・・・私はBPLのパートナーを追加して増やすことを認めないつもりです。 私はスージーに、子供がもう一人あれば、他の協力者を見つけるのは彼女次第であると私は知らせました。
 結論:ウォール街関係者が高額の手数料を徴収して数兆ドルを管理している場合、大規模な利益を享受するのは、通常はクライアントではなく、マネージャーになります。 大小両方の投資家は、低コストのインデックスファンドにこだわるべきです。
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 アメリカの投資家のために最も成功した人物を称えるために彫像が建てられた場合、疑問の余地のなく選ばれるのはジャック・ボグルでなければなりません。 ジャックは数十年間、投資家に超低コストのインデックスファンドへの投資を促してきた。 彼の改革運動では投資家に大いなる報酬を約束していたマネージャーや、賭け金のように付加価値がないものの、何も提供していない、わずかな割合の富を集めました。
 はじめのうち、ジャックはしばしば投資管理業界に嘲笑されました。 しかし、今日では、何百万人もの投資家が、貯蓄率をはるかに上回るリターンを実現する手助けをしてくれたことに満足しています。 彼は彼らと私の英雄です。
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2017年3月11日 (土)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(12)~「賭け」(またはあなたのお金がウォール街へ行く途中を見つけるように)(1)

「賭け」(またはあなたのお金がウォール街へ行く途中を見つけるように)
 このセクションでは、9年前に行った投資の賭けの話と、次に投資についての強い意見のいくつかを紹介します。 しかし、スターターとして、賭けの役割を果たしたユニークな機関であるロングベッツについて簡単に説明したいと思います。
 ロングベッツはアマゾンのジェフ・ベゾスによって種をまかれ、皆さんが推測するものを管理する非営利団体として運営されています。それは長期的な賭けです。 参加するには、「提案者」はロングベッツのネット・サイトに命題を投稿します。これは、遠くの日付に間違いがないかどうかが証明されます。 彼らは反対側の人々が賭けの反対側を取るのを待つ。 「疑惑のある人」が進むと、それぞれの側が慈善団体と名づけられます。 ロングベットで賭けを止める。 ロングベッツのウェブサイト上でその位置を守る短いエッセイを掲載しています。 賭けが終了すると、ロングベッツは勝利した慈善団体に報酬を与えます。
 ロング・ベッツの非常に興味深いサイトで見つかるものの例を次に示します。
 2002年、起業家ミッチ・ケイパーは、コンピュータが人間を偽装することができたかどうかを扱う チューリング・テストを通過した2029年までにはコンピュータないしは「人工知能」がチューリングテストに合格しないと主張しました。 発明家レイ・カーツワイルは反対する意見をとりました。 それぞれは10,000ドルで自身の意見をバックアップした。 私はこの賭けに誰が勝つのか分かりませんが、チャーリーを複製することなどコンピュータにはできっこないと確信しています。
 同じ年、マイクロソフトのクレイグ・ムンディは、パイロットのいない飛行機が2030年までに旅客を定期便で運航すると主張していましたが、グーグルのエリック・シュミットはそうではないと主張しました。 賭けの元手はそれぞれ1,000ドルでした。 エリックが彼の大規模な表明から経験しているかもしれない気分の悪さを緩和するために、私は最近、彼の行動を取るように提案しました。 彼はすぐに私と一緒に500ドルを取り下げました。(私は2030年に私の支払いを寄付するために周りにいるという彼の仮定が好きです。我々 は負け なければなりませんか)
 さて、私の賭けとその歴史。バークシャーの2005年の年次報告書では、私は専門家による積極的な投資管理が、単にじっとしていたランクアマチュアが達成したリターンを下回っていると主張しました。 私は、様々な「ヘルパー」によって徴収された高額な手数料が、アマチュアが単に管理されていない低コストのインデックスファンドに投資した場合よりも、顧客を失うことになると説明しました。 (私が2005年の報告書で最初に述べたように、議論の再版については、114~115ページを参照してください)。
 その後、50万ドルの賭け金を公募して、投資のプロが5つ以上のヘッジファンド(広く普及している高額投資の手段)を選択することはできないと提案しました。それは、形だけの料金だけを請求している管理されていないS&P-500インデックスファンドのパフォーマンスには長期的には同等だからです。私は10年のベッツを提案し、低コストバンガードS&Pファンドを私の候補者と名づけました。 その後、私は戻ってきて、ファンドマネジャーが名乗りをあげ(彼ら自身のファンドを5人のうちの1人として含むことができる)、彼らの職業を守り、防衛することを期待して待っていました。 結局のところ、これらの管理者は、他の人に彼らの能力に何十億もの賭けを賭けるよう促しました。 なぜ彼らは自分のお金をラインに少しずつ置くのを恐れるべきですか?
 その後に続いたのは沈黙でした。 投資する株の選択の能力を宣伝することによって膨大な財産を集めた何千人ものプロの投資マネージャーがいるにもかかわらず、テッド・セイダース1人だけが私の挑戦に応じました。 テッドは、限られたパートナーからファンド・オブ・ファンド、つまり複数のヘッジファンドに投資するファンドを形成するために資金を調達したアセット・マネージャーであるプロジェット・パートナーズの共同マネージャーでした。
私は賭けの前にテッドを知りませんでしたが、私は彼が好きで、彼の口を出したらところに金を出すという心持ちを賞賛します。 彼は私に対して率直で、彼と私が賭けを監視するのに必要なすべてのデータを提供するのに細心の注意を払っています。
 テッドは、10年の賭けのプロジェット・パートナーズのために、結果を平均化して私のヴァンガードS&Pインデックス・ファンドと比較する5つのファンド・オブ・ファンドを選びました。 彼が選んだ5人は、100を超えるヘッジファンドに資金を投資していたため、ファンド・オブ・ファンドの全体的なパフォーマンスは、単一のマネージャーの良い結果と悪い結果によって歪められないことを意味していました。
 それぞれのファンド・オブ・ファンドはもちろん、投資したヘッジファンドから課された手数料を上回る手数料の層で運営されていました。 この倍増の取り決めでは、より大きな手数料が基礎となるヘッジファンドによって徴収されました。 それぞれファンド・オブ・ファンドは、ヘッジファンド・マネジャーを選択する際の想定スキルに追加料金を負担しました。
 賭け金の最初の9年間の結果がここにあります。それは、オマハのGirls Inc.(私が獲得した賭け金を得るために指定した慈善受益者)が、来年の1月に熱心にメールを開設する組織になることの間違いない証拠です。
 インデックスファンドの年間増算は7.1%であり、これは長期的には株式市場にとって典型的なものであることを容易に証明することができます。 これは重要な事実です:このベットの有効期間にわたって市場で特に弱い9年間は、おそらくヘッジファンドの相対的なパフォーマンスを助けたでしょう。 逆に、株式からの例外的に高い収益の9年間は、インデックスファンドのための追い風をもたらました。
 その代わりに、我々は "中立的"環境と呼ぶところで活動しました。 その中で、5つのファンドは、2016年まで複利で平均2.2%の資金しか調達していません。 つまり、これらの資金に100万ドルを投資すれば、220,000ドルの利益を得ることになります。 一方、インデックスファンドは854,000を獲得しました。
 原ヘッジファンドの100以上のマネージャー全員は自身の最善を尽くす巨大な財政的な誘因があったことを心に留めておいてください。さらに、原ファンドの結果にパフォーマンス料金を得る資格があったので、テッドが選んだ5人のファンド・オブ・ファンズ・マネージャーが可能な限りの最高のヘッジファンド運営者を選ぶために同じようにインセンティブを受けました。
 ほとんどすべてのケースで、両方のレベルのマネージャーが正直で知的な人々であったことは確かです。 しかし、彼らの投資家のための結果は暗いものでした。 また、すべてのファンドとファンドオブファンズが負担した巨額の固定報酬(パフォーマンスによって全く正当化されなかった報酬)は、経営者が9年間にわたって補償を受けていたほどのものでした。 ゴードン・ゲッコウが言っていたように、「料金は決して眠れません。」
 我々の賭けの原ヘッジファンドのマネージャーは、有限責任のパートナーから、通常のヘッジファンド標準の「2と20」(2%の固定報酬を意味しています。 利益の20%(よい年の後に悪い年が続く場合)の支払いを受けました。 この不均衡な取り決めの下で、ヘッジファンドオペレーターが管理下にある資産を単純に積み重ねる能力は、投資が十分に実行されなかったとしても、これらのマネージャーの多くを非常に豊かにしました。
 それでも、我々は手数料なしということはありえません。 資金調達のファンドマネージャーもいたことを覚えておいてください。 これらのマネージャーは通常、資産の1%に設定された追加固定金額を受け取ります。 その後、5つのファンド・オブ・ファンドのおそろしい全体的記録にもかかわらず、若干の良い年を経験し、「パフォーマンス」を集めた人もいました。 その結果、私は9年間でおよそ60% -うっ!- 5つのファンド・オブ・ファンドによって達成されたすべての利益のうちの2つが2つのレベルのファンドマネージャーに回されました。 それは、何百もの有限責任のパートナーが楽に手に入れることができたものに及ばない達成に対する彼らの軽蔑すべき報酬でした。

2017年3月10日 (金)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(11)~投資

投資
 以下では、年末時点で市場価値が最大であった15の普通株式投資を挙げます。 バークシャーは連結の一員であるため、当社のクラフト・ハインツ保有は除外されているため、この投資を「持分法」に計上する必要があります。 バークシャーのクラフト・ハインツの株式325,442,152株は、GAAPの数字が153億ドルで、当社の貸借対照表に計上され、年末の市場価値は284億ドルです。 当社株式の原価基準は98億ドルです。
 テーブルの株式の一部は、バークシャーの投資を管理する際に私と一緒に働くテッド・ウェシュラーまたはトッド・コームズの責任です。 それぞれが独立して100億ドル以上を管理しています。 私は通常、毎月の取引シートを見ることによって彼らがした決定について学びます。 両社が管理する210億ドルには、一部のバークシャー子会社の年金信託資産約76億ドルが含まれています。 前述したように、年金投資はバークシャーの保有分の前の表には含まれていません。
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 バークシャーには表には含まれない一つの大きな投資資産があります。バンク・オブ・アメリカが発行する優先株式50億ドルの所有権です。 年間3億ドルを支払うこの株式は、バークシャーが2021年9月2日以前にいつでも、バンク・オブ・アメリカの普通株式を50億ドルで購入することを可能にする貴重な権利を保有している。年末時点で、ここから、我々は105億ドルの利益を得ました。望むならば、バークシャーは優先株式を使用して、権利を行使するための50億ドルの費用を満たすことができます。
 バンク・オブ・アメリカ普通株式の配当率(現在は30セント/年)が2021年までに44セントを上回る場合、当社の優先株を普通株に交換することが予想されます。普通配当が44セントを下回る場合、期限が切れる直前に権利を発効する可能性が高いと思います。
 バンク・オブ・アメリカを含む我々が投資している会社の多くは自社株買いをしており、一部は積極的に株式を買い戻しています。我々は、買戻された株式がほとんどの場合低価格であったと信じているので、この行動は非常に好きです。 (結局のところ、過小評価は、私たちがこれらのポジションを所有している理由です。)会社が成長し、発行済株式が減少すると、株主にとって良いことが起こります。
 我々は2021年9月までの間のいつでも50億ドルでバンク・オブ・アメリカの7億株を購入することができます。年末時点で、これらの株式は118億ドルの価値がありました。我々は、このオプションの失効の直前に株式を購入することになりそうです。そして、望むならば、我々は50億ドルでバンク・オブ・アメリカの6%を所有することができます。結果として、バンク・オブ・アメリカが我々の4番目に大きな投資で我々にとって価値の高いものであることを理解することは、みなさんにとって重要なことです。
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 我々の貸借対照表に表示されている「現金および同等物」(米国財務省証券を含む)のうち、860億ドルの95%が米国の企業によって保有されており、その結果、送還税の対象となりません。さらに、残りの資金の本国送還は、意味のある法人税を課す国々でその金の大部分が獲得されたため、ほんの僅かな税金を引き起こすだけです。これらの支払いは、資金が本国に持ち込まれたときの米国の税額と相殺されます。
 これらの説明は重要です。なぜなら、多くの現金豊富なアメリカ企業は、非常に低い税金を課す管轄区域で資金の大部分を保有しているからです。そのような企業は、これらの資金をアメリカに持ってくることで徴収される税金がすぐに大幅に減額されることを期待しています。一方、これらの会社は、現金をどのように使用できるかについては制限されています。 言い換えれば、オフショアの現金は、自国で保有する現金ほどの価値がありません。
 バークシャーは現金の有利な地理的位置に対して部分的に相殺されており、その多くは我々の保険子会社で保有されている。 この現金を投資するための選択肢はたくさんありますが、親会社のバークシャーが現金を保有していれば、私たちが楽しめる無限の選択肢はありません。当社は、保険会社から親会社に多額の現金を分配する能力を毎年持っていますが、ここでも限界があります。全体として、我々の保険会社で保有する現金は、非常に貴重な資産ですが、親会社レベルで保有している現金よりも若干価値の低いものです。
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 株主やメディアのコメントは、私たちが特定の株式を「永遠に」所有することを暗示している場合があります。目が見える限り販売する意思がない株式を所有していることは事実です(そして、我々は正常な視力を話しています)。 しかし、我々はバークシャーが有価証券を永久に保有するという約束をしてるわけではありません。
 この点についての混乱は、110ページから111ページの経済的原則11の何気ない読書の偶然結果である可能性があります。そしてこれは1983年以来の年次報告書に含まれています。この原則は、有価証券でなく、管理された企業に適用されます。今年は経済的原則11に最終的な文章を追加しました。所有者が市場性のあるセキュリティを販売可能とみなしていることを確実に理解するためですが、そのような販売は今のようには思われません。
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 この投資部門を離れる前に、配当と税金に関する教育的な言葉について話しましょう。バークシャーは、大部分の企業と同様に、1ドルのキャピタルゲインから得られるよりも、1ドルの配当の方がかなり多いです。 それはおそらく、キャピタルゲインを税金優遇税制へのルートと考えることに慣れている株主の皆様を驚かせるでしょう。
 しかしここに会社の計算があります。 企業が実現する1ドルのキャピタルゲインはすべて、連邦所得税35セント(所得税も同様に)が課されます。しかし、国内企業からの配当金の税金は一貫して低いのですが、受取人の状況によって料金は異なります。
 親会社のバークシャー・ハサウェイについて記述している非保険会社にとって、連邦税率は受け取った配当金の1ドル当たり実質的に10.5セントです。 さらに、被投資会社の20%以上を保有する非保険会社は、配当金1ドルにつきわずか7セントの税金を支払う。 この税率は、例えば親会社が保有するクラフト・ハインツの27%の所有権から得られる実質的な配当金に適用されます。そして、それらのすべてが親会社が持つことになります。 (配当に対する法人税の低さの根拠は、配当を支払っている被投資者が既に配当されている利益に法人税を払っていることにあります。)
 バークシャーの保険子会社は、非保険会社に適用される配当よりも幾分高い配当の税率を支払っていますが、その率は依然として35%で、キャピタルゲインを大きく下回っています。 損害保険会社は、受け取ったほとんどの配当金に対して約14%の税金を負担します。しかし、彼らの税率は、米国に所在する投資家の20%以上が所有する場合、約11%に低下します。
そして、それは今日の間の我々の税レッスンです。

2017年3月 9日 (木)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(10)~金融と金融商品

金融と金融商品
 我々のリース及びレンタル事業の3社は、コート(家具)とエクストラ(トレーラー)とそしてマーモン(主にタンク車、それ以外の貨物自動車、コンテナやクレーン)です。これらの会社は業界のリーダー的存在です。
 我々はこの部門に、クレイトン・ハウスを加えます。 この会社は、製造された家屋の売却収入の大部分を受け取りますが、大規模な住宅ローンのポートフォリオから収入の大部分を得ています。昨年、クレイトンは米国最大の住宅建設業者となり、42,075台を納入し、すべての新しいアメリカの住宅の5%を占めました。 (公平であれば、他の住宅建設業者はクレイトンよりもはるかに高い金額となるでしょう。)
 2015年に、クレイトンは最初のサイトビルダーを購入し、事業を拡大しました。2つの同様の買収が2016年に続き、さらに多くの買収が行われる予定です。 サイト構築の住宅は、2017年のクレイトンの単品販売の3%程度に達すると予想され、ドル総額の約14%に達する可能性が高いと予想しています。
 それでも、クレイトン事業の中心は移動住宅トレーナーで、15万ドル以下の価格の新しい家屋の約70%が占めています。 クレイトンは総額の半分近くを製造しています。 それはバークシャーが同社を買収した2003年のクレイトンの立場からははるかに遠くに来ました。 それから、売り上げ単位で業界で3位になり、6,731人が雇用された。 今、新しい買収が含まれているとき、従業員の数は14,677です。 その数は将来的に増加するでしょう。
 近年のクレイトンの収益は、非常に低い金利から大きく恩恵を受けています。 この会社の住宅購入者に対するモーゲージ・ローンは、固定金利で長期間(平均開始時に平均25年)です。 しかし、クレイトン自身の借入金は短期間のクレジットであり、頻繁に再価格される。 レートが急落すると、クレイトンのポートフォリオからの収益は大幅に増加します。
 我々は、通常、金融機関にとって大きな問題を引き起こす可能性がある、貸し借りのような貸し出しアプローチを避けています。 しかし、バークシャーは常に資産に敏感です。つまり、クレイトンに傷ついたとしても、短期金利の上昇は我々の利益につながります。
 昨年、クレイトンは、ポートフォリオ全体の約2.5%にあたる8,304件の製造住宅ローンを処分しなければなりませんでした。 顧客の人口統計はその割合を説明するのに役立ちます。クレイトンの顧客は、通常、低所得の家族であり、平凡な信用度を持っています。多くの人々が景気後退の危険にさらされている仕事によって支えられています。同様に、高所得世帯にとって典型的ではない範囲で離婚や死亡によって損害を被る財務的プロフィールを持つ人も多い。 ほとんどすべてが家を所有する強い意欲を持っており、保険料と固定資産税の費用を含めた平均587ドルの妥当な月額支払いしか持っていないため、顧客が直面するリスクは部分的に緩和されます。
 クレイトンはまた、借り手の困難を助けるプログラムを長い間持っていました。最も人気があるのは、ローンの延長と支払い免除の二つです。昨年、約11,000人の借り手が延長を恩恵を受け、3,800人がクレイトンによって340万ドルの予定支払い永久に免除されました。 これらの損失軽減活動が行われた場合、当社は利息または報酬を受け取ることはありません。我々の経験は、過去2年間でこれらのプログラムで援助した借り手の93%が現在家に残っているということです。我々が差し押さえに関してかなりの金額を失うので、昨年の損失は総額1億5,000万ドルでした。我々の援助プログラムは、結局、クレイトンと借り手の助けになりました。
 クレイトンとバークシャーは素晴らしい協力関係をつくりました。ケビン・クレイトンは最高の経営陣と文化を持って私たちもたらしました。 バークシャーは、製造業のホーム産業が大後退時に崩壊したとき、比類なき力を提供しました。 (業界の他の貸し手が消滅したため、クレイトンは自社のディーラーだけでなく、競合他社の製品を販売していたディーラーにも信用を与えていました。)バークシャーでは、企業を買収する際に相乗効果を期待しません。 しかし、本当に重要なものは、クレイトンの購入後に浮上しました。
 マーモンの鉄道車両事業は、昨年の需要が大幅に減速したため、2017年には減益となります。全車両の稼働率は12月には91%で、前年の97%から低下しました。マーモンのクレーンとコンテナのレンタルも弱まっています。
 過去に鉄道車両需要の大きな変動が起こり、今後も続く予定です。 それにもかかわらず、我々はこの事業が非常に好きで、長年にわたり自己資本利益率を期待しています。タンク車はマーモンの専門です。人々はしばしば、タンク車で原油の輸送を連想します。 実際、これらは多種多様な運送業者にとって不可欠です。
 時間が経つにつれて、私たちは鉄道事業の拡大を期待しています。 一方、マーモンは、製造業、サービス業、および小売業部門の業績に含まれる多数のボルトオン買収を行います。

2017年3月 8日 (水)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(9)~製造、サービスと小売活動(2)

 経営陣が多すぎると、その数は年々増えているようですが、彼らの会社のGAAP収入よりも高い「調整された収益」を報告する手段を探しています。 個人事業者がこの奇術を実行するための多くの方法があります。 彼らのお気に入りの2つは、費用としての「リストラ費用」と「株式報酬」の省略です。
 チャーリーと私は、彼らの解説で、経営がGAAP数字に影響する珍しい品物(良いか悪いか)を記述したいと思っています。 結局のところ、私たちが過去のこれらの数字を見る理由は、将来の見積もりを作ることです。 しかし、「調整された1株当たり利益」を強調することによって、実質的なコストを払拭しようと定期的に試みる経営陣は、我々を神経質にします。 これは、悪い行為が伝染するためです。大きな数字を報告する方法を明白に探しているCEOは、従業員が「役立つ」ように努力する文化を育む傾向があります。 目指すところは、例えば、保険者が損失引当金を過小評価することにつながる可能性があります。これは多くの業界参加者を破壊してしまっています。
 アナリストがいつも「数字を作る」経営陣のことを感心して話すのを聞いたとき、チャーリーと私はうんざりしています。実際には、ビジネスはいつも満たされる数字にとってはあまりにも予測不可能です。 必然的に、驚きが発生する。 彼らがそうであれば、ウォール街に焦点を集めているCEOがこのような数字を補うことに誘惑されてしまのです。
 「リストラ」から始まる「計上しない」経営という2つのお気に入りに戻ってみましょう。バークシャーは1965年に買収した最初の日から再編されています。北部の繊維事業だけを所有するということは、我々に他のいかなる選択肢を与えませんでした。 そして今日、バークシャーで毎年かなりの量のリストラが行われています。 これは、何百もの企業で常に変わる必要のあることがあるからです。 昨年、先ほどお話したように、デュラセを数十年の間好調にするためにかなりの金額を費やしました。
 しかし、我々はリストラ費用を選別しておらず、通常の収益力を見積もる際にそれらを無視するように説明しました。1年間のうちに本当に大きな費用がかかる場合は、私の解説でそれを言及するでしょう。 実際に、クラフトとハインツが合併したときなど、ビジネスの全面的な再編成が行われている場合、数年の間に組み合わされた業務を合理化するための一時的な大きな費用をオーナーに明確に説明することは避けられないことです。 そのことはクラフト・ハインツのCEOが、私を含む取締役の承認を得るという方法で、まさに行われたものです。しかし、毎年オーナーへの説明では、「これを数えないでください」。そのとき、マネージャーは単に必要であるビジネス調整をしていて、まぎらわしいです。 そして、あまりに多くのアナリストとジャーナリストは、このたわごとにひかれます。
 「株式報酬」については、それほどひどいことではありません。その道に沿って行くCEOは、実質的に、株主に言っています。「あなたがオプションまたは制限付株式で私に大金を支払うならば、所得に対するその影響について心配しないでください。 私は、離れてそれを『調節し』ます。」
 この操作をさらに探究するために、バークシャーの報告された収入を搾り出すことを唯一の使命とする、確かな会計検査室を訪問してください。 想像力豊かな技術者が我々を待っています。
 ストック・オプションの報酬は、通常、ほとんどの大企業のトップ3人または4人の役員の報酬総額の少なくとも20%を占めていると、これらのイネーブラーに話しています。 バークシャーはその子会社で数百人の役員を抱えており、同様の金額を支払うと説明していますが、現金のみを使って説明しているので、注意を払うことになります。 私はさらに、想像力が欠けているので、私はバークシャーの経営幹部に支払ったすべての費用を費用として計上していると告白します。
 私の会計士たちはクスクス笑いを抑え、バークシャーのマネージャーに支払われる金額の20%は「株式報酬の代わりに現金を支払う」と同じであり、したがって「真の」費用ではないことを直ちに指摘します。 だから、バークシャーも、「調整された」利益を得ることができます。
 現実に戻る:CEOが利益を報告する際に株式報酬を放棄したい場合、従業員に支払う価値の項目がコストではない理由、または給与計算の費用がなぜ必要なのかという2つの命題の1つをオーナーに誓約する必要があります 収益を計算する際に除外される。
1960年代に全盛だった会計ナンセンスの中で、彼の会社が公開会社となるCEOが将来の監査役に尋ねたという話、「2足す2はいくつ?」、もちろん、答えは、「心が赴くまま?」

2017年3月 7日 (火)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(8)~製造、サービスと小売活動(1)

製造、サービスと小売活動
 このグループの会社は、アイスキャンディーから飛行機までわたる製品を販売します。グループ全体の要約貸借対照表と損益計算書から見ていきましょう。(貸借対照表と損益計算書は省略)
 この財務概要には、本部に直接報告する44の事業が含まれています。 しかし、これらの企業の中には、傘下に多くの個人事業があります。 たとえば、マモンには175の独立した事業があり、幅広い市場に対応しています。また、バークシャ・ハサウェイ・オートモーティブは9州で83のディーラーを所有しています。
 このビジネスの中には、レバレッジをかけない正味固定資産に対する収益によって測定された(つまりROE)、税引き後利益で100%を越える驚異的な経済的成果をあげているも会社が数社あります。他の会社は12~20%という範囲の好成績をあげています。
 しかしながら、わずかな会社は、私が主な仕事である資本の分配で重大な間違いを犯した結果、非常に貧しいリターンしか上げられませんでした。ほとんどの場合、当初はこれらの企業や事業の経済的特徴を評価を誤りました。私は誤った判断のために代償を支払っています。私は、実際に動いている会社や産業の経済力に対する評価において誤りを犯していました。私は今後もより多くの誤りを犯すでしょう。それは十分予想可能です。 幸いにも、チャーリーは決して恥ずかしがり屋ではなく、私の最悪のアイデアには「いいえ」と言ってくれます。
 単独の実体としてみると、グループのそれぞれの会社はすぐれたビジネスです。これらの会社は2016年には平均で240億ドルを有形固定資産に使い、僅かなレバレッジと大量の余剰資金と税引き後で24%の利益を得ています。
 もちろん、支払いが度を越していれば、いくら素晴らしい経済学を備えた経営であっても、悪い投資となるのです。我々のビジネスの大部分は固定資産に相当なプレミアムを支払っています。それは、我々が“のれん”に対して示す大きな数値を反映したコストです。しかし、全体として、我々はこのセクターで展開させた資本上の相当なリターンを得ています。不況がなければ、デュラセルとキャストパーツ精密(両方とも2016年に買収)が初めてこのグループに一年間の利益をもたらすため、グループの収益は2017年に拡大する可能性が高いです。さらに、デュラセルは、再発しない2016年に大幅な移行費用を被った。
このグループには、ここで我々が個々にコメントするのに追いつかないほど、あまりにも多くの会社があります。その上、現在あるいは潜在的な競争者がこの報告書を読むことでしょう。もし、彼らが具体的数値を知ってしまったら、幾つかの分野で我々は不利な立場になってしまうかもしれません。それで、バークシャーの評価のサイズに満たない事業では、必要とされることを報告するだけにします。皆さんは90~94ページで我々の事業の多くについて詳細を見ることができます。しかし、それはバークシャーの森林が成長することに注意してください。 単一の木に過度に集中するのは愚かなことです。
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 数年間、私はこの部門に示されている収入と支出のデータがGAAPに準拠していないことを伝えました。 私は、この相違は、主として、約19年の平均期間にわたる特定の無形資産の完全償却を必要とする購入会計調整に関するGAAP規則のために起こったと説明しました。 我々の見解では、これらの償却費用の大半は真の経済的コストではない。 この部門の処理についてGAAPから逸脱することで我々が目指すところは、チャーリーと私がそれらを見て分析する方法を反映する形で数字を提示することです。
 54ページでは、未払額の無形固定資産154億ドルについて、年間償却額で償却しています。2016年の償却費は2015年から384百万ドル増加し、15億ドルとなりました。私の判断は、2016年の約20%であることを示しています(償却前の無形資産は新たに買収されることになります) 料金は「実際の」費用です。
 最終的には、償却費は関連資産を完全に償却します。 このような状況が発生すると(ほとんどの場合15年目)、バークシャーのビジネスの根底にある経済状態に真の改善がなければ、GAAPの利益は増加します。 (私の後継者に私の贈り物。)
 私が誇張であると信じているGAAP費用について説明したので、私は会計ルールによって作られたあまり楽しくない歪みに移りましょう。 今回の対象はGAAP規定の減価償却費であり、必然的に過去の費用に基づいています。 しかし、特定のケースでは、これらの費用は真の経済的費用を大幅に控えめにしています。 1970年代と1980年代のインフレが蔓延していたこの現象について、無数の言葉が書かれていました。 ポール・ボルカー氏による英雄的な行動のおかげで、インフレが沈静化したため、減価償却費の不足が問題になっていませんでした。 しかし、鉄道業界では、多くの償却可能な項目の現在のコストが歴史的なコストをはるかに上回っているため、この問題は依然として大きな打撃を与えています。 必然的な結果は、鉄道業界全体で報告された収入が実際の経済収入よりもかなり高いことです。
 BNSFでは、詳細に至るまで、昨年のGAAP減価償却費は21億ドルでした。 しかし、我々はその合計を、年間ではなく、それ以上に費やすことになったので、我々の鉄道はすぐに悪化し、競争力が低下するでしょう。 現実には、単に我々自身を保有することです – 我々は、減価償却のために示すコストよりもはるかに多くを費やす必要があります。 さらに、何十年にもわたって大きな格差が広がります。
 全部話しました。チャーリーと私は我々の良い購入の一つだった我々の鉄道が大好きです。
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2017年3月 6日 (月)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(7)~規制された、資本集約的な事業

規制された、資本集約的な事業
 我々にはBNSFとBHEという我々の他のビジネスと区別される共通の特徴をもった2つの非常に大きなビジネスがあります。したがって、我々はこの手紙でこの2社を自身のセクターに割り当てて。我々のGAAP貸借対照表と損益計算書にこの2社の統合財政統計を振り分けます。この2社は昨年のバークシャーの税引き後利益の33%を占めました。
 この2社の主要な特性は、バークシャーによって保証されない大量の長期国債によって部分的に資金を供給されるという規制された資産と非常に長期の投資を有していることです。この2社には我々の信用は必要ではありません。この2社には恐ろしい景気状況においても、十分に利益をえる収益力があります。昨年において、たとえば、BNSFのインタレスト・カバレッジは6.1以上でした。(我々のカバレッジの定義は、利子に対する税引き前利益であって、EBITDAではありません。それは深い損失に対する一般的な見方です)
一方、BHEでは2つのファクターはあらゆる状況でもサービスを確実に供給することを可能にしています。第1点はすべての公共事業に共通のもので、不況耐性所得です。これは不可欠なサービスを独占的に提供している会社にだけあるものです。第2点は他の公共事業にはないもので、単一の規制機関から受ける深刻な障害から我々を守るための利益獲得の経路の多様性です。BHEとその公共事業を営む子会社は、この特定の強みを生かして、強力な親会社に所有されることで、負債のコストを大幅に削減することができました。この利点は、我々や顧客に大きく貢献することになります。
 BHFとBNSFは、昨年、全部で89億ドルの設備投資(アメリカのインフラへの彼らの多大な関与)をしました。この2社が適正な利益を約束する限り、我々は設備投資を惜しみません。そして、将来に向けても大きな信頼を寄せています。
 我々の過去の経験と知識によって社会が流通とエネルギーに多大な投資を永遠に必要としているという我々の確信は正当化されます。重要なプロジェクトに継続して資金を提供する流れを確保することで主要な提供者をどうするかということは政府の関心によっています。
 低価格は、このような有権者たちを満足させておくための強力な方法です。アイオワではBHEの平均小売レートは1キロワット時で7.1¢です。同じ州の他の主要な電気の公益企業のアリアントは平均9.9¢です。隣接した週の同じような数字では、ネブラスカが9.0¢、ミズーリ9.5¢、イリノイ9.2¢、ミネソタ10.0¢です。アメリカ全体の平均は10.3¢です。我々は、基本レートが早くとも2029年まで増加しないとアイオワの住民に約束しました 。我々の低価格は、給料に恵まれない顧客にとっては実質的に現金を受け取ったと同じようなものです。
 BNSFでは、主要な鉄道との価格比較は、貨物の混在と積載物の平均距離の両方に大きな違いがあるため、かなり難しいです。 しかし、非常に原油対策を提供するには、昨年のトンマイル当たりの売上は3¢でしたが、他の4つの主要鉄道網の顧客の輸送コストは4¢から5¢の範囲でした。
BHEとBNSFは地球に優しいテクノロジーを推進するリーダー的存在です。アイオワ近郊の州には風力発電施設がありませんでした。昨年は、風力から発生したメガワット時間が、アイオワの小売顧客に販売されたメガワット時間の55%に相当します。 進行中の新しい風力プロジェクトは、2020年までに89%に達するでしょう。
 バーゲンのような安い電気料金は2次的なメリットをもたらします。 アイオワ州は、電力の低価格(データセンターが大量に使用する)と、ほとんどのハイテクのCEOが再生可能エネルギーの使用に熱心に取り組んでいることのために、ハイテク設備を大規模に導入しています。 風力エネルギーに関しては、アイオワ州はサウジアラビアのアメリカです。
 鉄道というのはそういうものですが、BNSFはとても燃料効率がとてもよく自然に優しく貨物を移動させます。ディーゼル燃料1ガロンで1トンの貨物を500マイル運ぶことができるのです。同じ仕事をトラックが引き受ければ、その4倍の燃料を浪費してします。さらにまた、鉄道はハイウェイの渋滞を緩和します。そして、主要幹線道において交通の激化に伴うメンテナンスのための税金支出を抑えることができるのです。

2017年3月 5日 (日)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(6)~保険業(2)

 我々には、コピー困難なビジネスモデルをもち、ビジネスを規律正しく実行する保険マネージャーがいるため、バークシャーの魅力的な保険ビジネスが成り立っているのです。皆さんには、主要なユニットを説明しましょう。
 フロートのサイズでみると第一は、アジット・ジェインによって運営されているバークシャー再保険グループです。アジットは他の誰もがやろうとせず、資金をかけようとしないリスクに対して保険をかけます。彼の活動は、保険ビジネスの中ではユニークな方法で、能力、スピード、決断力と最も重要な頭脳を組み込んだものです。彼はバークシャーを我々の資源に関して、不適当な危険に決して晒しません。
 本当に、バークシャーは大部分の保険業者に比べて、そのようにリスクを避けるという点ではるかに保守的です。例えば、保険業界がいくつかの大規模な大災害の被害で、これまでに直面したもののおよそ3倍の損害となるような2500億ドルの損害を経験したとしても、これまでの利益の連続により、その年には穏健な額の利益を計上するでしょう。我々は、また、潤沢な現金の保持を継続し、混乱している保険市場に大きなチャンスを探し続けるでしょう。これに比べて、他のすべての主要な保険業者と再保険業者は大幅な赤字となり、そのいくつかは債務超過に直面するでしょう。
 アジットが1986年のある土曜日にバーシャーに入社した時には、保険ビジネスの経験は1日もありませんでした。それでも、当時の保険事業のマネージャーだったマイク・ゴールドバーグは、彼に我々の再保険事業を託しました。そのおかげで、マイクは聖人を生んだのです。それ以来、アジットはバークシャーの株主のために何百億ドルにもなる価値を創出しました。もう一人のアジットがここにいることになっていて、そして、私と彼を交換することができるならば、躊躇してはだめです。やってしまうべきです!
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 我々には、ゼネラル・リーというもう一つの強力な保険チームがあり、これをテッド・モントロスが最近まで率いていました。ゼネラル・リーを39年率いて、テッドは2016年に引退しました。 テッドはあらゆる点で一流でした、そして、我々は彼に多くの感謝をしなければならないです。 カラ・レギュル(16年の間アジットと働きました)は、現在ゼネラル・リーのCEOです。
 本質的には、健全な保健活動には四つの規律を固く守る必要があります。それは(1)ポリシーが損失を招くような異なる際に晒されているすべての危険を理解していなければならない、(2)それを実行する場合に損失や見込まれるコストを引き起こすと見込まれるあらゆる要素を保守的に評価しなければならない、(3)将来の損失コストと営業費をカバーして、平均して利益を上げることの出来るプレミアムを設定しなければならない、(4)適切なプレミアムを得ることができない場合には退場する用意をしておかなければならない。
 多くの保険会社は最初の3つのテストには合格するものの、第4に失敗します。彼らは、単に競争相手が熱心に引き受けている保険ビジネスに背を向けることができないのです。”付和雷同”という古い諺は、保険にはよく当てはまりますが、それ以外のどんなビジネスでもトラブルを招くことになります。テッドは怠惰な保険引受けのために無意味な言い訳を聞いたことがなく、カーラも同じです。
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 最後に、私が66年前に最初の経験を積んだ保険業者であるGEICOがあります。GEICOは、18歳で入社し2016年までに55年にわたって勤め続けているトニー・ナイスリーによって運営されています。
 トニーは1993年にCEOとなり、会社を飛躍させました。トニー以上のマネージャーはいません。私が彼と知り合った40年間、彼のあらゆる行動は、たいへんな意味を持つものとなりました。トニーは、自分の輝きと献身と健全性の組み合わせを仕事にもたらします。 チャーリーの言うように、IQ160のマネージャーがいるのは180歳だと思わない限り素晴らしいことです。)アジットのように、トニーはバークシャーにとって数十億という価値を創造しています。
 1951年1月に初めてGEICOに引き合わされたとき、私はGEICOが業界の巨人が負担する経費に比べて、莫大なコスト面での有利さを謳歌していることに衝撃をうけました。それは成功するに値するものだったので、GEICOが成功するのは明らかでした。この会社の年間売上高は800万ドルでした。 2016年のGEICOは年間の3時間でそれを稼いでしまいます。
 自動車保険はほとんどの家族にとって大きな支出です。 節約は彼らにとって重要であり、低コストの操作だけでそれらを実現することができます。本当のところ、この手紙を読んでいる方々の少なくとも40%はGEICOで保険をかけることによって、無駄なお金を節約することができます。だから、こんなものを読むのをやめて、GEICOのウェブページが電話にアクセスしましょう。
 GEICOのコスト面での有利さは、同社が年々マーケット・シェアを貪り食うように高めるのを可能にした要因です(バークシャーがGEICOの経営権を買収した1995年の2.5%に比べて、我々は2016年には12%に引き上げました)。このようなコストの低さは競争者との間に越えられない堀をつくり、それは永続的なものになっています。一方、雇用者数は8,575人から36,085人に増加しました。
 GEICOの成長は2016年の後半に急速に加速しました。自動車保険業界全体の損失費用は予想外のペースで増加していましたが、一部の競合企業は新しい顧客を獲得するという熱意を失っていました。 しかしGEICOの利益縮小への反応は、新ビジネスの取り組みを加速させることでした。 私たちは太陽が沈む間に干し草を作って、確実に再び起きることを知っています。
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 我々は3つの主要な保険会社の他により小さな会社のグループを所有しています。そして、それらのほとんどは保険世界の特殊な片隅で取引を営んでいます。総じて、これらの会社は、競合他社が報告したものよりもずっと優れた保険引受利益を一貫して提供する、大きく成長し、価値のある事業です。 過去14年間で、このグループは保険引受けの約13%を引き受けて47億ドル稼ぎ、フロートを943百万ドルから116億ドルに増やしました。
 3年前、我々は、このグループの中に入るバークシャ・ハサウェイ専門保険(BHSI)を設立しました。我々の最初の決定は、ピーター・イーストウッドを担当にすることでした。我々は初期の段階で大きな損失を予想していましたが、ピーターは世界規模の事業に必要な人員とインフラストラクチャーを構築しました。 その代わりに、彼と彼の乗組員はスタートアップ期間を通じて重要な引受利益を出しました。2016年にBHSIの販売数量は40%増加し、13億ドルに達しました。BHSIは世界の主要な損害保険会社のひとつに成長する運命にあります。
 バークシャーの偉大なマネージャーたち、最高の財務力、そして広い濠をもった多様なビジネスモデルは保険の世界においてユニークなものを作り出しています。これらのコンビネーションは時とともに価値を高めるので、バークシャーの株主にとって大きな資産となっています。

2017年3月 4日 (土)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(5)~保険業(1)

保険業
 バークシャーのさまざまなビジネスについて、最も重要な分野である保険から始めましょう。我々が1967年にナショナル・インデミニティとその姉妹会社ナシャナル・ファイエ・アンド・マリーンを860万ドルで買収して以来、この分野は我々の拡大成長を牽引したエンジンでした。今日、自己資本で量ると、ナショナル・インデミニティは世界最大の損害保険会社です。
 我々が資産事故保険ビジネスに引き付けられた理由のひとつは財政的な特徴からでした。資産事故損害保険業者は前払いのプレミアムを受け取り、後で請求に対する支払いを行います。極端な場合、極端な場合には、アスベスト曝露に起因する請求など、支払いは何十年にもわたって伸びる可能性があります。このような、今現金を受け取り、支払いは後になるモデルでは、我々の手元に多額の「フロート」と呼ばれる現金が据え置かれることになります。最終的には、そのお金は我々の手元を離れることになるのですが。一方、我々がこのフロートを投資に振り向けることで、バークシャーは利益を得ることができます。ここの方針や主張は行ったり来たりしますが、保険会社が抱えるフロートの総額はプレミアムボリュームに関して安定しています。その結果、我々のビジネスは、フロートに応じて成長しました。我々がいかに成長したかは、下に表しています。(下の表は省略)
我々はフロートを1000億ドル以上に増やすことになる巨額の保険契約を最近締結しました。以前の増加以上にガイコや我々の専門の商業保険でのフロートは、このよい機会に増加することは、ほぼ確実です。しかしながら、ナショナル・インデミニティの再保険部門では、たくさんのランオフ契約を保持しており、これらのフロートが不安定で落ち込む可能性があります。
 我々が将来のフロートの低下を経験するとしても、それは非常に段階的で、数年で3パーセントを以上にはならないでしょう。我々の保険契約の性質は、我々の持っている現金資源に比べて、それを上回るような金額を即時に支払わなければならないような要求を受けることはあり得ない、というものです。この構造は設計によるものであり、保険会社の傑出した財務力の中の重要な要素です。 それは決して損なわれません。
 プレミアムが我々の費用と最終的な損失の合計を上回っていれば、フロートが産み出す投資収益を加え、我々は引受業務利益を計上します。このような利益が産み出されるとき、我々は自由なお金の運用を喜びます。さらにこれを増やしながら、後の支払いを待ちます。
 残念なことに、このような幸福な結果を成し遂げたといいう保険業者の願望は、激しい競争を引き起こします。ほとんどの年に競争は活発であるため、損害保険業界全体に大きな引受業務損失を起こすほどです。この損失は、事実上、業界がフロートを保持するために支払うようなものなのです。競争のダイナミズムは、保険会社に対し、すべての会社がフロート収入を持っているにもかかわらず、アメリカの企業と比べて水準を下回る収益しか得られないという惨憺たる記録を続けることを強いています。
 この結果は、現在世界中に存在する劇的に低い金利によって、より確実になります。 バークシャーはそうではありませんが、ほとんどすべての損害保険会社の投資ポートフォリオは債券に集中しています。これらの高利回りのレガシー投資は成熟し、控除された債券に取って代わられるため、フロートからの収益は着実に低下します。 こうした理由からも、今後10年間の業績は、特に再保険に特化した企業の場合、過去10年間の業績には及ばないと断言できます。
 それにもかかわらず、私は我々の見通しをとても好ましいものと思っています。 バークシャーの圧倒的な財務力は、損害保険会社に一般的に利用可能な投資よりもはるかに柔軟な投資を可能にします。 私たちが利用できる多くの選択肢は常に有利です。 時折、彼らは私たちに大きなチャンスを与えてくれます。 他の投資家が柔軟に投資しにくくなる時、我々の選択肢が広がります。
 さらに、我々の損害保険会社は、優れた引受実績を有しています。バークシャーは14年連続で引受業務利益を上げてきて、この期間の税引き前利益の合計は280億ドルにも達しました。その実績は偶然ではありません。規律あるリスク評価は、貴重なフロートがひどい引受け結果によって台無しになってしまう危険をよく知っている保険マネージャーたちの毎日の注意点なのです。このメッセージは保険業者の間ではお世辞として受け取るものですが、バークシャーにおいては宗教的心情になっています。
 それで、我々のフロートはどのような我々の本質価値の計算に影響するのか?我々のフロートはバークシャーの帳簿価格を計算する際には負債として完全に差し引かれます。ちょうどそれは、我々が明日払わなければならなくって、それを補充するものがない時のように。しかし、それはフロートを表示するには誤った方法で、回転資金として置き換えて見られるべきです。毎日のように、我々は古い請求への支払いを行い、2016年には600万人以上の請求者に対し合計で270億ドルになり、フロートを減らしました。同じようにたしかに、我々は毎日のように新たな保険契約を結び、それによってフロートを加えるあらたな請求を引き起こします。
 もし、我々のフロートの回転にコストがかからなくて、それが永続するのであれば、私はそれはありえると思いますが、この責任の本当の価値は会計責任に比べ劇的に少ないものになるでしょう。新規事業は代替品を届けることは確かなため、建物の外に出ることのない1ドルを借りることは、明日ドアを開けて出て行って帰ってこない1ドルを借りることとは違います。しかしながら、このような負債の二つのタイプはGAAP(一般会計原則)では同じものと見なされます。
 この誇張された負債を部分的に相殺するのは、資産として帳簿価格に含まれる保険会社に対する”のれん”に起因する155億ドルです。非常に大きな部分において、この”のれん”は、我々の保険事業のフロートを生み出す能力に支払った価格を表しています。しかしながら、”のれん”のコストは本質的価値とは関係がありません。例えば、もし、保険ビジネスが大規模で持続的な引受業務損失を生み出してしまうのならば、それに起因する好意資産は、当初の導入コストがどれだけかかっていても、意味がないと考えざるを得ません。
幸いにも、バークシャーはそうではありません。チャーリーも私も、我々の保険業務の”のれん”の本当の経済的価値を信じています。だから、継続的な運用価値の超過額が大きくなるかぎりで、我々の持つフロートとよく似た性質のフロートを持つ保険業務を購入するのに喜んで支払います。実に、我々の保険事業においてうまく運用された155億ドルのほとんどすべてが、すでに2000年の我々の帳簿に存在していたのです。しかし引き続き当社はフロートを640億ドル増加させましたが、これは我々の簿価に決して反映されていきせん。それは、我々がバークシャー固有の本質的なビジネス価値が帳簿価格を大幅に上回っていると考えている理由、しかも大きな理由です。
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2017年3月 3日 (金)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(4)~自社株買い

自社株買い
 投資の世界では、自社株取得に関する議論はしばしば熱くなります。 しかし、私はこの討論の参加者が深呼吸をすることをお勧めします:自社株買いの好ましさを評価することはそれほど難しいことではありません。
 退出する株主の観点からは、自社株取得は常にプラスです。 これらの購入の日々の影響は通常はごくわずかですが、売り手にとって買い手を増えることは常に良いことです。
しかし、株主であり続けるには、固有の価値を下回る価格で株式を購入する場合には、自社株取得は意味をなさないでしょう。 その規則に従うと、残りの株式は固有の価値が即時に増加することになります。シンプルなアナロジーを考えてみましょう。3,000ドルの価値のビジネスに3人の平等な共同経営者がいて、1人が経営権を900ドルで買収された場合、残りの経営者はそれぞれ50ドルの即時利益を実現します。 ただし、退出した経営者に1,100ドルが支払われた場合、継続している経営者はそれぞれ50ドルの損失を被ります。 企業やその株主にも同じ数学が適用されます。 それゆえ、自社株取得行為が株主の価値向上または価値破壊の問題であるかどうかは、すべて購入価格に依存します。
 したがって、企業の買戻発表は、自社株取得が避けられる以上の価格を参照することはほとんどありません。 経営陣が外部の事業を買収しているのであれば、それは確かに当てはまりません。 そこでは、価格は常に買うか買わないか決定の要因となります。
 しかし、CEOや取締役会が自社株を少しずつ買っていると、彼らはあまりにもしばしば価格に気付かないように見えます。 少数の株主しか持たないオーナー企業を経営していて、そのうちの1社を買うという知恵を評価していれば、彼らは同様に行動するでしょうか? もちろん違います。
 たとえ会社の株式が低価格であっても、自社株取得が行われるべきではない2つの機会があることを覚えておくことは重要です。 1つは、事業が自社の業務を保護または拡大するために利用可能な資金をすべて必要とし、さらに債務を追加することも不快な場合です。 ここでは、資金の内部的なニーズの方が優先されるべきです。 この例外は、もちろん、必要な支出が行われた後、ビジネスの将来がちゃんと見えていることを前提としています。
 ビジネス取得(または他の投資機会)が、潜在的な自社株取得者の過小評価された株式よりもはるかに大きな価値を提供する場合、2つ目の例外はあまり一般的ではありません。 昔、バークシャー自身はしばしばこれらの選択肢のどれかを選択しなければならなりませんでした。現在の規模では、問題ははるかに起こりにくいです。
 これは私の提案ですが、自社株取得について話し合う前に、最高経営責任者(CEO)と理事会は立ちあがり、手に加わりし、それと同時に一同に「ある価格で賢いのは別の価格では馬鹿だ」と言明すべきです。
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 バークシャーの自己株の自社株取得に関する方針を要約すると:我々の取締役会がその基準にしたがった購入が継続的な株主に瞬時かつ実質的な利益をもたらすと結論付けているため、私はバークシャーの株式の大部分を帳簿価格の120% かそれ以下の価格での購入を許可します。我々の見積もりによる、帳簿価額の120%は、固有の価値の計算が正確ではないため、適切な利鞘のあるバークシャーの固有の価値に対する重要な割引です。
 私の認可は、当社の株価を120%のレートで「支える」ことを意味するものではありません。 その水準に達すると、市場に過度の影響を及ぼさないという目標を掲げ、価値ある価格で有意義な購入をするという欲求と兼ねあわせようとします。
 今日まで、我々の自社株を買い戻すことは困難であると分かりました。 これは、自社株取得の方針を明確にし、バークシャーの固有の価値が帳簿価格の120%を大幅に上回っているとの見解を示しているからです。 もしそうなら、それは問題ありません。 チャーリーと私は、バークシャーの株式が、不当な高値で売ることを望んでおらず、本質的な価値の上下かなり狭い値幅で売れていることを望んでいます。低すぎる価格で、購入に失望した所有者も望ましくありません。 さらに、割引で共同経営者を買収することは、特にお金を稼ぐための喜ばしい方法ではありません。 それでも、市場の状況によっては、自社株取得が継続している株主または退出する株主の両方に利益をもたらす状況が生まれる可能性がある。 もしそうなら、私たちは行動する準備が整います。
 このセクションのための最終的な所見:自社株取得の対象が沸騰するにつれ、生産的な努力に必要な資金を転用する企業の不正行為とみなして、一部の人々はこのことをアメリカ的でないと言います。 これは単にそうではありません。アメリカの企業と個人投資家の両方が、今日、賢明に展開されることを期待している資金を溢れるほど持っています。 私は、近年資本が不足して潰れてしまった魅力的なプロジェクトの例を知りません。 (候補者がいる場合は私たちに電話してください。)

2017年3月 2日 (木)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(3)~我々が達成したいと望んでいるもの(2)

 バークシャーの正規の収益を大幅に増やすための我々の努力は、アメリカ経済のダイナミズムによって後押しされるでしょう。我々の国の成果を要約するひとつの言葉、それは奇跡です。240年前の建国から、私は地上の人生の3倍に満たない期間で、アメリカ人は人間の知恵や市場システム、才能ある野心的な移民の流入、法の原則を融合させることで、祖先の夢を超えるほどの豊かさを実現しました。
 我々のシステムがいかにうまく機能しているかを理解するには、経済学者である必要はありません。ちょっと周りを見てください。75百万の持ち家、豊かな農地、260百万台の車両、高い生産力の工場、大きな医療センター、才能を集めた大学、その他何でも見ることができるでしょう。それらのすべては1776年の不毛な土地、原始的な建物、貧弱な生産からアメリカが始めた成果です。ゼロからのスタートで、アメリカは90兆ドルの富を蓄えるまで至ったのです。
 もちろん、住宅、自動車、およびその他の資産のアメリカの所有者は、購入の資金調達のために頻繁に沢山の借金をしたことは事実です。 ただし、所有者が返済の義務を怠れば、その資産そのものは消えたり失われたりすることはありません。 むしろ、その所有権は所有者から習慣的にアメリカの貸出機関に引き渡され、アメリカの買い手のものとなります。 私たちの国の財産は無傷のままです。 ガルトルート・スタインが書いたように、「お金はいつもありますが、(そのお金の入っている」ポケットは変わります」。
 とりわけ、アメリカの豊かさを生み出したのは、我々の市場システム、つまり資本、頭脳、労働を巧みに調整する経済の交通整理です。 このシステムはまた、報酬の配分の第一の要因となっています。 連邦、州、地方の課税を通じた政府の再配分によって、恩恵のかなりの部分の分配が決定されました。
 例えば、アメリカは、その生産年齢の市民が老人と若者の両方を助けるべきだと決めました。 そのような形の援助は、「受給権」として恩恵を受けることもありますが、一般的に高齢者に適用されると考えられています。 しかし、毎年400万人のアメリカの赤ちゃんが公教育を受ける資格を持って生まれていることを忘れないでください。 主に地方政府で資金を調達しているという、そのための社会の責任は、赤ちゃん1人当たり約15万ドルになります。 年間費用は6,000億ドルを超え、GDPの約31.2%になります。
 しかし、我々の富が分配されるにしても、あなたの周りの驚くほどの金額の富は、ほとんど独占的にアメリカに属しています。 もちろん、外国人は富の控えめな部分を所有しているか、または持っていると主張しています。 しかし、このような持分は、国のバランスシートにとって重要なものではありません。私たちの市民は、海外の資産をほぼ同程度所有しています。
 初期のアメリカ人は、それ以前後の世紀の人々よりも、賢明ではなく、勤勉でもありませんでした、このことは強調しなければなりません。しかし、先見の明がある先駆者は、人間の潜在力を解き放つシステムを作り出しました。
 この経済的創造は、将来的に私たちの子孫に豊かな富をもたらすでしょう。 そうです。富の蓄積は時折短期間の中断があります。 しかし、全体として、それは止められません。 私は過去に何度も言っていたことを繰り返し、将来にはこう言うでしょう:今日アメリカで生まれた赤ちゃんたちは、歴史の中で最も幸運な収穫です。
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 アメリカ経済の業績は、株主にとって驚異的な利益をもたらしました。 20世紀中、ダウ・ジョーンズ・インダストリアルズは66倍から11,497倍に増加しました。これは17,320%のキャピタル・ゲインで、着実に増加した配当によって大幅に増強されました。 傾向は続きます:年末までに2016年までに、指数はさらに72%上昇して19,763になりました。
 アメリカのビジネス、ひいては一籠の株式は、これから数年ではるかに価値があることになると確信しています。 イノベーション、生産性の向上、起業家の精神と豊富な資本はそこに見られます。 常に存在する懐疑的な人たちは、暗い見通しをもとに市場で売買することによって成功するかもしれません。 しかし、彼らが売り歩くナンセンスに従って行動しても、天国は彼らを助けるでしょう。
 もちろん、多くの企業が追い越され、一部の企業は失敗するでしょう。 そのような種類の企業をより分けることは、市場のダイナミズムの産物です。 さらに、今後数年間は、事実上すべての株式に影響を与える主要な市場の減退 - パニックさえ – が時折、発生することになるでしょう。 これらのトラウマがいつ発生するのか誰にも分かりません。私もチャーリーも、エコノミストも、メディアも誰も教えてくれません。 ニューヨーク連邦準備制度理事会のメグ・マコーネルは、パニックの現実を適切に解説しました。「私たちは、体系的なリスクを探すのに多くの時間を費やします。 しかし、実際には、私たちのなかに見つかる傾向がある。」
 このような恐ろしい時期に、皆さんは2つのことを忘れないで覚えていてください。第一に、広範な恐怖は、購入すべき投資先のバーゲンを引き起こすので、投資家にとっては友人と考えるということです。 第二に、個人的な恐怖はあなたの敵です。 それはまた保証されません。 高いコストと不必要なコストを避け、大規模で保守的にアメリカの企業へのファイナンスを長期的に構える投資家は、ほぼ確実にうまくいくでしょう。
 バークシャーの場合、我々の規模は魅力的な結果をもたらしません。将来の収益は、資産が増加して、落ち込むでしょう。それにもかかわらず、バークシャーの良質なビジネスの集まりは、会社の堅固な財務力とオーナー志向の文化などにおかげで、適切な結果をもたらすはずです。 我々はより少ない結果に満足することはありません。 

2017年3月 1日 (水)

ウォーレン・バフェット「株主への手紙」2016(2)~我々が達成したいと望んでいるもの(1)

我々が達成したいと望んでいるもの
 バークシャーの副社長であり、私の長年のパートナーであるチャーリー・マンガーも私も、バークシャーの正規の収益力は年々増加していると思っています。もちろん、実際の年々の利益は米国経済の周期的な不景気のために下落することがあります。さらに、米国の大部分のビジネスが順調であっても、損害保険の大損害やその他の業界特有の出来事がバークシャーの収益を時々低下させることがあります。
 しかし、我々の事業は長きにわたって、紆余曲折はありましたが、大きく成長してきました。結局、みなさんの資本を預かった者としてバークシャーの取締役はすべての収益を留保することを選びました。たしかに、2015年と2016年の両年、バークシャーは留保している収益の総額の点でアメリカの企業の中で第1位にランクされ、毎年、数十億ドルを再投資しています。 そして再投資により、さらに収益を上げることになるでしょう。
 数年間は、我々の潜在的な収益力はそれほど大きなものではなく、非常に稀ですが、大きくなります。チャーリーも私も大きな夢をみることを除いて魔法のような計画を持っているわけではありません。ただ、チャンスとなったときに精神的にも財政的にも速やかに行動に移す準備はできています。10年かそこらに一度、経済という空に厚い雲がかかり、短期的な黄金の雨を降らすことがあります。そういう土砂降りの際には、小さなティースプーンではなく選択桶を持って屋外に出なければなりません。我々は、いつでも、その準備ができています。
 私は以前、投資活動で利益の大部分を得る会社から、事業を所有することによって価値を高める会社へ段階的に移行していくことを説明しました。その移行の始まりは、我々の有価証券から得る収益ほどの儲けにもならない小さな買収という、赤ん坊のような小さな一歩からでした。私は用心深くしていたにもかかわらず、1993年にデクスター・シューズを434百万ドルで買収するという、じつにひどい過ちを犯しました。デクスター社の価値は間もなく0になりました。物語は、さらに悪化しました。私は買収に自社株を用いて、売り手に対して、2016年末の時点で60億ドル以上の価値になったバークシャーの株式25,203株を渡してしまったのです。
 このような挫折に続いて3件の鍵となる出来事、うち2件はいいことで1件は悪いこと、があり、それによって我々の現在の進路が固まることになりました。1996年の初めに、我々はGEICOの残り半分の持分を取得しました。これは現金取引であり、持分はポートフォリオ投資から完全所有事業に変更されました。ほぼ無限の可能性を秘めたGEICOは、すぐに私たちが現在世界でも有数の損害保険事業であると考えているものを建設する中心的な役割を果たしました。残念なことに、GEICOの買収に続いて、1998年の終わりに、愚かなことにバークシャーの株式を使ってGeneral Reinsuranceを買収しました。当初は問題がありましたが、ゼネラル・リーは我々が高く評価する素晴らしい保険事業者になりました。それにもかかわらず、バークシャーの普通株式を272,200株発行するという重大な間違いを犯しました。これは、当社の発行済株式を21.8%も増やしてしまう行為でした。私の過ちは、バークシャーの株主に、受け取った以上にずっと多く持ち出させる結果となってしまいました。
 2000年のはじめ、私はミッドアメリカン・エナジーの76%を取得する(90%までおおきくなります)ことで、その愚行の償いを果たしました。アメリカンエナジーは、見事に掌理された公益事業体で、利益をもたらすと同時に社会に貢献する投資の機会を我々にもたらしてくれました。ミッドアメリカンの現金購入により、我々は現在の進路に乗り出すことになりました。すなわち(1)損害保険事業の構築を継続すること、(2)大規模かつ多様な非保険事業を精力的に買収すること、(3)事業収益で得た現金により大部分の買収を行うこと。これらを私は学んでいました。
 我々の債券および株式ポートフォリオは、1998年以降も引き続き成長し、巨額のキャピタルゲイン、利息、および配当を提供し続けています。 これらのポートフォリオの収益は、我々に事業買収の資金調達に大きな助けとなりました。 慣例的ではないが、バークシャーの資本配分の2つのアプローチは、我々に実際上の強みを与えています。
 私たちの期待は、投資利益は実質的に - タイミングに関してはまったくランダムではありますが、 - これらが事業購入のために多額の資金を供給することです。 同時に、バークシャーの事業体の最高経営責任者(CEO)たちは、自身が経営している個々の事業で利益を増やすことに重点を置いていますが、時にボルトオン買収によって事業拡大を図ることを助けます。 バークシャー株式の発行を避けることにより、利益の改善は1株当り利益の均等化につながります。
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