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2017年3月16日 (木)

吉岡正人展~永遠なる物語をつむぐ画家(1)

2017年3月 サトエ記念21世紀美術館
 Yosioka2017pos 運転免許の更新をしなければならず、休みをとったついでに、時間をつくって行くことができました。2009年に旅行の帰りに寄った川越の料理店の附属ギャラリーでたまたま展示されて居た作品を見て以来、何となく気になっていました。この展覧会の開催を知り、行きたいとは思っていたのだけれど、私の生活圏である東京都西部の多摩地区のそのまた西の方から、開催されている場所がかなり離れているため、ついでともいうわけにもいかず、わざわざ時間をかけて出かけるということになるので、実際に行くことには決心がつかないでいました。展覧会の会期の終わり近くなって、免許の更新で、どうしても会社を休むことになり、それなら、1日の休みにして、十分な時間を確保して、出かけることにしたというわけです。実際に多摩西部から、このサトエ記念21世紀美術館までは遠かった。電車を乗り継いで2時間。東武線の花崎という、いかにも地方都市の人影のまばらの殺風景な駅前に降りたときには、これが美術館に行く風景かと思いました。近くを通る東北自動車道をくぐるようにして横切ると、田園風景に景色がかわり(東北自動車道の騒音が聞こえてきて牧歌的な雰囲気はありませんでしたが)遠くにそれらしき建物が周囲の風景から浮き上がるように目だって(悪趣味とは、あえて言いませんが)、春何番かの強風に煽られながら、人影のほとんどない道を歩いて辿り着いたところは、おそらくこの美術館のオーナーがつくったのであろう大学と向かい合うようにあって、手入れされた庭園の奥に建物がありました。平日ということもあるのか、人気の名画があるとかいうわけでもなく(常設展示にブラマンクなどもあったのですが)美術館の中は、受付以外に人がいないので、作品を見ている間、私一人の空間でした。常設展示が主という美術館のようで、企画展といっても、展示室の一角に専用コーナーを設けて、そこに作品を集めて展示していた、とてもシンプルな展示でした。都心の美術館の、懇切丁寧な説明過多の展示が少し煩いとおもっていた私には、とくに静謐さを身上とするような、この人の作品の展示には似つかわしいと思いました。
Yosioka2017red  一応、主催者のあいさつや美術館の学芸員による推薦の文章のなかで、次のように紹介されていました。詳しい紹介はここあたりを参照していただければいいと思います。“本展は、幼少期より画家を志し、西洋の古典技法であるテンペラを駆使した作品を描き続ける画家吉岡正人の画業を回顧する展覧会です。”“「アーチストではなく、一人のアルチザンでありたい」・・・「現代など次の瞬間には近接過去となる運命だ。そんなものを追いかけるつもりはさらさらなかった。時代を突き抜ける生命が作品にあるかないかだ」と吉岡は言い、「永遠の生命」と呼ぶ作品における普遍性を追い求める。・・・多くの画家が同時代性・現代性を志向する中で、同様の地平にてむ絵画を思考するささやかなアルチザンとしての暮らしの中で、絵を描くことを繰り返してきた。・・・時代への迎合を拒絶した絵画世界には、浮世の喧騒を感じさせない静穏にして神聖な時間が流れている。”これらの引用には、多少の感情的な大仰さはあるかもしれませんが、吉岡の作品から受ける印象には、たしかにそういうところがあると思います。
 Yosioka2017twin それでは、作品を見ていきましょう。展示は、学生時代のスケッチや習作のような作品から展示されていました。そこからは、当たり前のことかもしれませんが、吉岡は最初から、このような作品を描いたわけではなく、ごく普通の(こういう言い方はあるのかどうか、でも言いたいことは分かっていただけると思います)人物デッサンや具象的な作品を描いていたようです。「赤い絵Ⅰ」(1980年)という作品です。背後の赤レンガ色の平面的な壁や人物のポーズなどに、現在のスタイルの兆候が見られる作品です。とは言っても、それは現在のスタイルから遡ってみているからそう言えるわけで、この作品を描いた当時、吉岡はそんなスタイルのことは想定もしなかったかもしれないわけで、しかし、吉岡の感覚とか画面という平面の構成について、もともと、現在のスタイルに通じる感覚を当初からもっていたことは想像できます。この作品は、油彩で描かれているせいか、色彩は全体にくすんだ鈍い調子です。それと、人物に表情とか存在感をつけようと、陰影を施したり工夫がなされているようなのですが、中途半端な印象です。写実的なリアルというよりは、象徴的な作品とが寓意的な作品への志向があったのかもしれません。写実的な描写で全体としては象徴的な雰囲気をつくりだす鴨居玲の作品に通じるところが少し見えるような気がしました。
Yosioka2017far  「遠い想い」(1988年)という作品です。さきほどの「赤い絵Ⅰ」が油彩だったのに対して、アクリルで描かれています。そのせいか、油絵のような陰影とか質感とか筆触の部分が感じられなくなり、全体としてノッペリした感じになりました。また、この画像では雰囲気が出ていないのですが、色調が油絵作品にのくすんだ感じから、鮮やかな感じに変わってきていました。現在のスタイルにより近くなってきていると思います。そのことは、案外吉岡のスタイルには色彩とか、ノッペリした平面的な塗り方が大きな要素になっているのではないか、ということを感じさせます。こんなことをいうと、見当違いと叱られそうですが、吉岡の現在のスタイルは、画家が静謐とか神聖さといったことへの志向があって、それを表現するために行き着いたというよりは、色調とか写実的な形態を突き詰めないといった描き方の結果として、そういうものになってしまったのではないか、と思えるところがあります。この作品と、この後に見ていく「時は流れる」の細長い顔の女性を比べて見てください。「時は流れる」の女性にある落ち着いた静かな雰囲気は、「遠い想い」の女性にではあまり感じられず、こちらは細長い顔の女性という点で、近代の画家モディリアニの描く女性を彷彿とさせたり、パターン化されているという点で藤田嗣治を連想することもあり得る、そういう作品になっていると思います。
Yosioka2017time  「時は流れる」(1992年)という作品。この頃、吉岡はイタリアに研修員として派遣され、現地で様々な作品に触れて、テンペラに出会ったということだそうで、この作品はテンペラで描かれています。ここで、おそらく吉岡のスタイルが作られ、以後のこりスタイルを固持するように、追求していったということになると思います。「遠い想い」から、この「時は流れる」に至る過程で、何らかの要素が加わったのではないか、それがイタリアでの研修の中で、何かが、画家本人が何かを掴んだことによって、現在のスタイルがつくられたのではないかと、単純に想像しています。ここでは紹介していませんが、これ以前の習作的な作品の中に、裸婦のスケッチがありましたが、それは形態を忠実に写し取るとか、理想化させるとか、質感を表現するとか、モデルの個性を強調するといったような、形態に視点がいくという方向で突き詰められているようには見えず、裸婦というのはこういうのだという様式を模索しているような印象でした。また、数点あった静物画についても、同じように器物の形態を描くというのではなく、あえて言えば、スペイン・バロックの画家スルバランの描くボデコンのような、ある種の雰囲気を求めるような印象がありました。そこから、吉岡という画家の志向するところは、如何に見せるかいう演出が、何かを表現するということよりも優先させる人なのではないか。そういう点では近代以降のモダニズムの絵画は、どちらかというと何かを表現するというものなので、そういうものをベースにするよりは、イタリアに数多く残っていて、日本にはあまり紹介されていない中世から初期ルネサンスにかけてのテンペラやフレスコといった寺院の壁画などの、親近性を感じたのかもしれません。
Yosioka2017forest  「森の中」(1997年)というフレスコ画です。左右対称の構図で、ルネサンス初期の、例えば、ヒエロ・デ・ラ・フランチェスカを想わせるところがある作品です。しかし、フランチェスカのリアルにしようとする方向性に対して、この「森の中」はデフォルメしよう、パターン化しようとする方向で、その行こうとするところが正反対のような、結果として表われたものはよく似ているのですが。そこに吉岡という画家の屈折と、パターンを意識的に行っているところに、そこに意味があることが感じられてきます。吉岡の作品では、馬や建物や人物の着ている衣服といった個々のものは写実的に描かれているように見えるのに、人物の顔だけがパターン化されたようになっています。それが全体の人工的な構図とあいまって、フランチェスカには感じられない幻想性が生まれています。それが、フランチェスカのような作品に表面上の類似が、見る者に違和感を抱かせることが少なく、しかも、何かを表現するといった意味づけが画面に少ないため、直接的に見る者に訴えかけるうるささが少ない。そのあたりが静けさを感じさせているのではないかと思います。

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