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2017年5月 4日 (木)

ティツィアーノとヴェネツィア派展(1)

Tizianopos  父親の退院の日、朝に会社に顔を出して昼前に病院で退院の手続と、すぐ後で施設にもどるための専用車の手配やら、施設の入所の手続で昼飯を食べ損ねた。やっとひと通り終わった午後、一応ほっとしたのと、緊張から開放されたのと、何とも言えない空しさにとらわれたのとで、精神的に疲れを一気に感じた。中途半端に時間で、空腹は感じつつも、今食べると夕食が食べられなくなってしまう。会社には休みをとったが、このまま疲れを抱えて家に帰りたくない。それで、始まったばかりのこの展覧会に行ってみることにした。東京都美術館についたのは午後4時過ぎで、会期の初めということもあるのか、人影はまばらで、静かな雰囲気で、疲れていた私には落ち着くのによい空間だった。状況としては、フィレンツェ・ルネサンスと違って、ヴェネツィア派は知名度も高くないし、人気もイマイチなのかしら。たしかに、展示されている作品は目玉のティツィアーノは別として、全体として薄味の印象ではあった。
 昨年の国立新美術館での「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」を見て、この今回の「ティツィアーノとヴェネツィア派展」を見て、どちらがどうと比べるつもりはないが、両方を足しても限られた作品数の中でも、ヴェネツィア派といい多くの画家がいるなかで、ティツィアーノがとりわけ目立ったと思った。ティントレットといった有名な画家の作品も見たが、実際に見た作品の印象では、美術史などの取り扱いとは異なる印象で、私にはティツィアーノが圧倒的で、他の画家は後塵を拝するといったことを見ることができた。この展覧会で、そのことを再確認できたと思う。そもそも、ティツィアーノが中心の展覧会ではあったけれど。残念なのは、しょうがないのかもしれない(これだけの作品を集めて日本にもってくること自体が大変なことなのは分かる)が、(気持ちとして)ティツィアーノの作品をもっと見たいと思った。
 いつものことで主催者あいさつを引用しておきます。今回の展覧会は、現地の美術館から借りられるだけのものを借りて持ってきましたので見てくださいというような展示のように見える(それでいいと思う)ので、とくに展覧会の趣旨とか、焦点の画家をどのように考えているとか、そういうことは語られていない形式的なあいさつになっているようなのですが、とりあえず、というところです。
 “アドリア海に面する水の都ヴェネツィアは、15世紀から16世紀にかけて海洋貿易によって飛躍的に反映するとともに、フィレンツェ、ローマと並ぶルネサンス美術の中心地として輝かしい発展を遂げました。絵画の分野を中心に美術の進展をみたヴェネツィアでは、ベッリーニ工房などから、多くの優れた画家たちが輩出されました。なかでもティツィアーノ(1488/90~1576)は、自由な筆遣いと豊かな色彩を特徴とする独自の様式を確立し、その絵画はヴェネツィアのみならず、ヨーロッパに広く影響を与えました。80年以上に及ぶ長い生涯の中で、ヴェネツィアの教会や貴族たちからの絶え間ない注文に応えただけでなく、ヨーロッパ諸国の君主や教皇のための絵画も制作しました。その斬新な油彩画法は、近代絵画の先駆者とも評されます。本展覧会では、ベッリーニ工房を中心に展開するヴェネツィア派の幕開けから、ティツィアーノの円熟期、そして巨匠たちの競合の時代という流れに沿って、およそ70点に及ぶ絵画、版画を紹介します。”
 では、次のような展示の流れに沿って作品を見ていきたいと思います。
  Ⅰヴェネツィア、もうひとつのルネサンス(1460~1515)
  Ⅱティツィアーノの時代(1515~1550)
  Ⅲティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ─巨匠たちの競合(1550~1581)

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