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2017年6月

2017年6月29日 (木)

 私はブルックナーをこう聴いている(15)~ⅩⅥ.第3楽章(2)

 クライマックスの後、ヴァイオリンの循環モチーフの繰り返しをバックに中間部を予告するかのような舞曲風の旋律が奏でられる短い経過部分。そして、前章の部分を繰り返します。[0:50~2:20]
 この楽章はヴァイオリンの循環モチーフの繰り返しでてきていると思います。このモチーフはそれほど長くはなく、またよくうたうメロディというのでもないので、このモチーフの繰り返しが謂わば通奏低音のように楽章全体のリズムをつくりだしているように聞き取ることができます。そこでブルックナーの繰り返しを聴くということが、この楽章では一つのポイントとなっています。繰り返しを聴くということでは、前章でも申し上げました同じことを同じように繰り返すか否かという点、この点においてはブルックナーの繰り返しは何かしら前回とは変化が見られるということがあります。前章の記述では部分的なことに終始しましたが、この楽章全体においては通奏低音となっているヴァイオリンの循環モチーフがカノン風に変奏されている。ブルックナーには珍しい変奏曲として聴くこともできるということが挙げられます。通奏低音の変奏といえば、バッハ等で有名なパッサカリアという形式がありますが、そこまで厳格に受け取る必要はなく、ロマン派の作品に多い性格変奏(バッハのゴールドベルク変奏曲とかブラームスのハイドン・バリエィション等)的な受け取り方をしてほしいと思います。ここでは、その他の点について述べさせて下さい。
 さて、ここで話がブルックナーから離れます。モーツァルトのピアノ・ソナタ第8番イ単調K310をマリア・ジョアオ・ピリスというピアニストの1974年の録音で聴いたときの印象です。第1楽章の提示部のあと展開部への間の短い経過句の演奏です([C37-7387] 19 0:40~2:20)。付点リズムの和音に乗って前打音の導きで第1主題、そして長調に転調して第2主題の提示が行なわれます。その後、左手のバスがドソミソという分散和音をずっと弾き続けるところがあります。
 註 *1:[C37-7387] 19 0:40~2:20

2017年6月28日 (水)

 私はブルックナーをこう聴いている(14)~ⅩⅤ.ブルックナーと大友克洋

 大友克洋は「アキラ」や「童夢」といった作品を書いたまんが家です。芸術家ブルックナーと低俗な漫画家を同列に並べるのは不謹慎との声もあることでしょうが、その点は私の独断と偏見ですのでどうかお許し下さい。
Bruknerohtomo2  左図の女の子の絵をご覧下さい。この子は、物語の中では一応可愛い女の子とされてはいるのですがそうは見えません。目が小さくて吊り上がっている、鼻も低い、よく外国の漫画にあるような典型的な日本人の顔に近い、要するにミもフタもない日本人の顔になっています。少女まんがを見るまでもなく他のまんがの場合ならば、可愛い女の子を描くときは、目が大きくパッチリしていて(瞳に星が輝いている)鼻筋が通っているのが普通です。まんがというのは単なる絵だけではなくて約束事が沢山ありまして、これが可愛い女の子だというときには、その女の子に絵に可愛い女の子の記号を描くことが必要です。それが瞳の星だったり、その他であるわけです。二流のまんが家なら、たとえ絵が下手でもその記号と話の上でそうだという約束になっていれば、読者はそういうものとして読むものなのです。極端なことを言えば、女の子は美人とブスの二通りいれば、絵としてのまんがは成立してしまいます。美人は憧れの対象、ブスはギャグの対象です。そこで、美人には憧れ、ブスには諧謔という記号が数多くあるのです。しかし、大友克洋は図のようにどちらでもない女の子を描きました。つまり、憧れも諧謔も大友克洋のまんがにはないのです。
 Bruknerohtomo さらに、右図、殺した人間をぶつ切りにして冷蔵庫に入れたという場面です。私には人を殺してしまったという血生臭さのようなものが全く感じられません。死体を処理するときに流される血はただの大量の液体になっていて、死体は徹底的にただの物質になっているのです。ここで描かれている人間は、憧れやギャグの対象にはなりえません。むしろ、人間=生理的肉体とでもいうような描かれ方をしています。また、冷蔵庫の中を見てみて下さい。卵や飲料のビンが死体と一緒に描かれています。まんがというものは、必要でないものは省略してしまうものですが、ここではこういうディテールが描き込まれています。これは意図的なものです。つまり、人間の死体とビンが等価に扱われているというわけです。そういう人間を描くのに、細くて均質な線が用いられています。だから良いとか悪いとか倫理的に判断しない、倫理を飛び越えてこのキレのいい線が人間や物質を表現している。別の言い方をすると、何かとりつくシマのないという感じもします。あらゆる思い入れを排除する、それが大友克洋の軽みの正体だと思います。
 人間の内面のあらわれとしての感情を表現する旋律が空虚であること、素材としての音がゴシックのアーチのように等価に扱われていること。こんなところに、ブルックナーと大友克洋の接点を見出しているのです。表層的な存在などというと難しく感じられるでしょうか…。
 そもそも、人間が内面を有するという考えには、自分という輪郭を設定して(それを自意識とか自己とか言うのでしょうが)その輪郭の外側と内側があって、それらは違うものだという前提が設定されています。その違いを拡大していくと、外側で他人と接している自分は偽の自分で、本当の自分は内側にあるのだという認識に結び付いてしまうものです。他人と関係する自分は偽で、自分自身が認識する自分のみが本当なのだということになる。そうすると、自分の内面というものが何か充実した実体を持っているかのように思われてくるのです。たとえば、誰も自分を理解してくれないというような感情は、そういうところから出て来易い。こういう感情というのは十代の思春期の子供が陥りやすい。最近では、尾崎豊の歌などに端的にうたわれています。(だからと言って、尾崎豊の歌が良いとか悪いとかということではないので、誤解しないでほしいと思います。)私の場合も例外ではありませんでした。しかし、こんなことは社会に出て生活を為すなかで他人と接する自分を受け入れることで意識しなくなっていくものと思います。私の場合は、未だにそういった意識を消すことはできないではいます。ただ、『本当の自分』などというものはどこにもないと思っています。
 自分というか『本当の自分』などというものが、一時期の私にはプレッシャーでしたが、そんなものはとこにもないと思うことで気が楽になったのでした。『本当の自分』というものがあって、いつもそれとの距離を感じて、ズレを意識せざるをえなくなって、そのくせ『本当の自分』が何なのかなどは曖昧で判るわけがないですから。誰も自分のことを誤解している、何もわかっていない等とうそぶいてみても、当の自分だってわかってはいないのです。それで落ち込んでしまう。けれども、『本当の自分』なんてものはなくて、ただ他人や自分の目に映る自分があるだけなのです。それでプレッシャーを払い除けることができたんです。自分では内向的とおもっていても、他人が社交的だと見ているのならそれは事実なわけです。もっと言えば、自分などというものは、非連続的にストロボのように点滅している瞬間瞬間の点の集合のようなもので、それがあたかも連続しているかのように連なって見えているだけなのだ、というように。自分でも自分と思えない行動をすれば、他人(私が自分を見るときにも対象化しているわけですから、当然私も他人に含まれます。)にはそういうものとして見える。それは嘘でも偽でもなく、その限りで事実なだけだ。それならそれでいいではないか。そう思えば、いくらでも自分を変えることができる、何をしてもいいということになります。
 そうしてみると、大友克洋のまんがのクールさ、ミもフタもない視線、乾いた笑い、軽み、それらが、私にとっての大問題だった内面性とかメッセージとかテーマなどというものが転倒して感じられました。内面が反転すれば表面なわけで、同じものであるはずなのにどこか虚ろに見えてしまったのです。謂わば大友克洋のまんがにミもフタもないけれど等身大の自分を見ることができました。“おまえなんて、こんなもんだ。”という具合にです。ブルックナーの音楽もこれに通じるところがあるのです。愛想のなさとか、壮大な音の構築をしながら実は内側は空虚であることとか、素材としての音がどれが主でどれが従ということなく等価であることや、ディテールに固執することとか、その他諸々が敢えて言えば尾崎豊のようなものからの解毒剤の役をはたしてくれたのでした。それが、このような小文を草した動機でもあります。その意味で、ブルックナーの音楽の対して過剰な思い入れや尤もらしい意味付けや神話の靄に包み込んでしまうのを避ける所以です。ミもフタもない音楽です、ミもフタもなく聴こうではありませんか。
 ※偉そうなことを尤もらしく書きましたが、私は未だにふっ切れてはおりません。例えば「みにくいあひるのこ」という童話があります。醜いと言われ続けた子供が実は白鳥の子供だったという話。白鳥は美しい鳥でしょう。だからと言って誰の目にも醜いその子供が白鳥の子だから美しいのだと評価が変わるわけはないのです。しかし、本人にとっては醜いという事実を認めるのは苦しいことです。白鳥の子供という『本当の自分』 は美しいというのは、そんな当人にとって都合のいい逃げ場です。私も逃げ場を放棄するのは辛いことで、どうしても決心がつきかねて逡巡しているのが現状です。

2017年6月27日 (火)

私はブルックナーをこう聴いている(13)~ⅩⅣ. 第3楽章(1)

 これまで、細部に拘泥したり、寄り道をしたりで大分長く書いてしまっております。この第3楽章で、全体の半分を通過したことになります。しかし、ブルックナーのこの交響曲は前半に較べて後半は尻すぼみのように短くなっているので、この記事も予定の7割通過という感じです。もう少しでので、お付き合い願います。
 ヴァイオリンの循環するモチーフの繰り返しで、第3楽章は開始されます。これは第1楽章冒頭の“暗い波のような動き”の低弦の前のめりの上昇音階によく似ていて、両者のつながりを聴く者に想わせます。第1楽章では、この上昇音階に上方から被さるようにヴァイオリンの下降音階が降りて、双方の動きが絡み合います。さて、この第3楽章では上方からの下降音階の代わりに、低弦のピチカートが対応しています。まずヴァイオリンがモチーフを1回だけ語尾を下げない問い掛けのようなかたちで弾くと、ヴァイオリンの休止に差し挟むように低弦のピチカートがそれに応答します。それをもう1回。但し、この2回目はヴァイオリンは同じように問い掛けるのですが、応えるピチカートはほんの少しだけトーンが高くなります。この後3回目に至ってヴァイオリンはモチーフの語尾を上げて休止することなくモチーフを循環させます。対応するかのようにピチカートが追い掛けるように応答のモチーフを循環させる。そしてヴァイオリンのモチーフを弦楽器の各パートが受け渡しをするように重なりながら、クレッシェンドしていって小さなクライマックスに達します。そこでは、前半を弦楽部によってヴァイオリンの循環モチーフが主題提示のように強音で演奏されると、後半では金管部が対応するピチカートのモチーフを刻みます。[0:00~0:50]
 第1楽章の“暗い波のような動き”では、分散和音の上昇音階に対して下降音階、前拍に対して後拍、というように対比的な要素が並列されていました。この第3楽章では、ヴァイオリンの循環モチーフが推進力を持って前へ…と行こうとする傾向があり、低弦のピチカートはその動きを押し止めようとするような静止する傾向があって、両者の併存が劇的な動きを感じさせます。つまり、こうです。最初のところはヴァイオリンのモチーフがワンフレーズで、それが前へ行こうとする流れをつくります。しかし、休止とともに低弦のピチカートがその流れを堰き止める。もう1回。こんどは流れの勢いが強くなったのかピチカートのトーンが少しだけ高くなります。聴いている私は、ヴァイオリンの変化には気が付きませんでしたが、ピチカートのトーンが少しだけ高くなったのでヴァイオリンの変化があったのかもしれないと回想してしまうのでした。(このように繰り返しに着目してみると、同じことを同じに絶対に繰り返さない作曲家がいて、ブルックナーもショパンやモーツァルトなどと共にその仲間に入ると私は思います。)そして3回目。ヴァイオリンのモチーフが循環しはじめると流れは止まることなく勢いづきはじめます。静止する傾向のピチカートは勢いづいた流れを追い掛け押し止めようと何度も繰り返します。そして、強音での奔流のような音の洪水、そこでの循環モチーフが主題のように提示されます。流れは、何度か押し止められることで、ピチカートという堰に勢いをためられます。その堰を破り、勢いが増して流れを再開します。ただ単に前へ進むだけならスゥーッと流れていってしまうのを、一旦勢いをとどめることでグッと勢いをためて、凝縮した勢いを一気に放出することでカタルシスを生み出す。おそらくここで、ブルックナーを聴く人は、音の動きをとめることのうちに音楽の運動が生み出されるという逆説に気付かずにはいられないと思います。まして、ブルックナーの交響曲には、オーケストラの全楽器が音を止めてしまうという瞬間が確かに存在しているわけです。言うまでもなく、それはブルックナー休止のことです。この瞬間、音楽の演奏ということについて作曲家たちが周到に回避していたすべてが、一挙に許されてしまっていることで、聴く私を途方もなく動揺させるのです。と同時に、例えば演奏会場でオーケストラが音を出すのをやめてしまった時、客席にいる私は舞台上に自分自身と同じものを認めずにはおられず、そのことによって思わず粛然とするほかはないのです。いままさに演奏会という場を共有しつつある自分は、舞台の上で楽器を外すオーケストラと同じ姿勢で椅子に座って、同じように自ら音を発することを放棄し、静寂のなかで聴覚を集中しているわけです。音楽を聴くとは、総休止のときのように自らは音を発するという動きを止めたまま、集中して聴きいるという姿勢の上に成立する体験のことです。それを、便宜的な分類ですが、音を発する側も受け取る側もこの瞬間全く同じに共有してしまう。まるでお互いの境界が取り払われてしまうような経験です。そう思うと、私はここで音楽の演奏そのものの限界に触れてしまったかのように緊張せざるをえなくなってしまいます。しかし、音楽を聴くという体験は、日常生活のなかでのほんの一瞬にすぎません。演奏会が終われば、私は席をガサガサと立ち友人と感想を語り合うでしょう。日常の動きのなかで色々な物音を無意識のうちに発することになるでしょう。そうです、こんな体験はそう長くは続かないのです。そこでここでの演奏はいったいどうなってしまうのでしょうか。
 このとき、一つの転倒がおこるのです。休止は音楽の流れを一旦堰き止めることで、矯めをつくり勢いを増幅させるのではない。この音楽は休止というものを持ってしまったが故に、音の動きという例外的なことを開始しなければないないという関係が成り立ってしまう。このような転倒という現象によって、音楽を聴く私の現実の時間と音楽を聴くという時間とが重なり合うとき、音を発することをやめたオーケストラの各パートが、その徹底した静止ゆえに却って音楽全体に動きを与える契機となる。この場合の動きとは、音楽とそれを聴く私との関係がそれまでとは異なった意味を持ってしまうことをも含有することになってしまいます。アリストテレスは「詩学」のなかでドラマには発見と逆転が必要であると言っています。そして発見と逆転が同時に起こるのが望ましい。たとえばソフォクレスの「オイディプス王」では、オイディプスは自分がよき王となることを望むが故に、自分が父親殺しであり母親と結婚したことを発見する。こんなことを知ってしまったら、引っ繰り返らざるをえない。つまり、彼の人間としての存在が逆転してしまうのです。ブルックナーの音楽が、それほどの深刻さを持っているとは言い切れません。しかし、聴く者と聴かれる音楽との関係を転倒させてしまうだけのものは、確かに認めざるをえません。その意味で、この休止は劇的な動きを生み出していると言うことができると思います。ですが、聴く者にこのような試練とも言いうるものを課すブルックナーという音楽は、単にすばらしい音楽として済ませてしまうことはできるのでしょうか。
 つい、キィボートを叩く指先に力が入ってしまいました。第3楽章のこの部分にブルックナー休止があるわけではないのに、記述が飛躍してしまいました。

2017年6月25日 (日)

テレビっ子だった

テレビっ子だった。多少は、その記憶が残っている方であると思う。

111111111 多分、筒井康孝の『時をかける少女』を初めて映像化したのは、NHKの少年ドラマシリーズの第一作『タイムトラベラー』ではかったかと思う。この時に主人公の芳山和子を演じていたのが島田淳子だった。この時は丸顔の少女だった彼女は、その後浅野真弓と名を変えて、都会的に洗練れた雰囲気で石立鉄夫とコメディを演じていた。ちなみに、この時の少年ドラマシリーズは、このほかにも眉村卓の「ねらわれた学園」「なぞの転校生」、光瀬龍の「暁はただ銀色」「ゆうばえ作戦」とか、SFの佳作を取り上げていた(少年ドラマシリーズはSFだけでなく、小林信彦の「怪人オヨヨ」、獅子文六の「悦ちゃん」、ギリシャ神話による「少年オルフェ」や「けんかえれじい」なんか精力的にドラマ化していた)。「ゆうばえ作戦」に志摩みずえが出ていた。

ちなみに、浅野真弓が石立鉄夫と共演した「雑居時代」には子役時代の杉田かおるがでていた。また石立鉄夫と共演した村地弘美も忘れがたい。 

1111111112 菱見百合子のアンヌ隊員は、サイズが小さいと思えるほどパッツンパッツンのウルトラ警備隊のユニフォーム姿が鮮烈で、最終回のダンがウルトラセブンであることをアンヌに告白したときに、ガラッとポジからネガに画面が反転して、シューマンのピアノ協奏曲の冒頭のピアノとオーケストラのトゥッティが挿入される衝撃(ディヌ・リパッティのピアノとカラヤン指揮の名録音)は、涙なしには見られない。特撮ものでは、巨大ロボットの活躍するレッドバロンに出ていた牧れいは、とにかく、ミニスカート姿でのアクションがカッコ良かった。たぶん志穂美悦子とともに最初の本格アクション女優だったのではないか。一方、ロボットものでは「ジャイアントロボ」。後にプレイガールにもでていた片山由美子のファンは多いが、天才少女役の桑原友美は、その他にも子供向けドラマにちょくちょく出ていた。これも最終回の少年の命令に背いて(ロボットがら指令に従って動く)、悪の親玉を抱いて自爆するのも、涙を誘うものだった。 

1111111113 日テレ系列の熱血教師が主人公の学園ドラマもよく見ていた。タイトルに「青春」の二文字が必ず使われていた。中でも、浜畑賢吉が教師役の「進め!青春」はすぐに終わってしまって地味だった(その次が、村野武範の「飛び出せ!青春」)が、亀井光代が同僚の教師役だったのが、記憶に残っている。とくに、フェンシング部の顧問という設定で、フェンシングのスーツ姿には、ドキッとさせられた。この学園ドラマシリーズの生徒役で、記憶に残る人は多い。「でっかい青春」に出ていた菊容子。この人は「好き!好き!魔女先生」に主演して“アンドロかめ~ん!”と、ポカンと口を開けた表情で叫んで変身する姿を覚えている。また「飛び出せ!青春」で石橋正次のガールフレンドを演じた大田黒久美。「おれは男だ」で森田健作のライバル剣士の丹下竜子を演じた小川ひろみ。その他にも有吉ひとみ、水沢有美、なんかもそう。 

1111111115 地味な青春ドラマで「あしたに駆けろ!」で優等生を演じていたのが栗田ひろみ。このドラマはすぐ終わってしまったと思うが、ヒロインの鳥居恵子は人気があって、栗田ひろみは今でいえばアイドルのような扱いだった。この人は、その後、倉本聰が、後の富良野に引っ込んでモノローグばかり劇的緊張のない退屈なシナリオを書く前の未だ面白い頃のドラマで「6羽のかもめ」の6人の主人公のひとりとなった。ポッチャリした体形で丸顔の可愛らしい人だったが、不思議な翳りがあった。タイトルのかもめというのはチェーホフの戯曲に由来するが、それに通じる雰囲気があった人だった。

保倉幸恵は一部で根強いファンを持っているようで、高取英や川本三郎らはオマージュの文を発表しているほど。例えば、川本は「マイ・バック・ページ」で1章を割いて彼女の思い出を書いている。NHK銀河テレビ小説というシリーズの「黄色い涙」というドラマで、原作が永島慎二の青春劇画で、歌手、画家、小説家、マンガ家という夢に挫折し悩む主人公たちの行きつけの喫茶店のウェイトレスを演じ、天使のような存在に見えた。

2017年6月23日 (金)

私はブルックナーをこう聴いている(12)~ⅩⅢ.ブルックナーとブラームス

 私という人間がブルックナーの音楽をどのように聴いているかを具体的にお話してきたつもりですが、ここでブルックナーの特徴と申しましても結局は私の個人的な感性のものなので、他の作曲家と比較することで、よりブルックナーの特徴が泛かび上がるのではないかと思います。とくにここでは、オーケストラの中低音を強調することで重量感溢れる響きをする点や、旋律の動きが和声の分厚い伴奏を伴う点、ソナタ形式等の音楽のかたちでガッチリ枠をつくりその中で音を自律的に動かしていくことで音楽をつくる点などでブルックナーと共通点の多いブラームスと比較してみることにします。
E11ja01  ブラームス晩年のピアノ小品を「間奏曲集」というタイトルのもとにグレン・グールドが演奏したレコード(グレン・グールド「ブラームス間奏曲集」)があります。この中の、例えば変ホ長調のOp117-1という作品は右手でスコットランド民謡をおもわせる素朴なメロディを淡々と弾き、左手で和音の伴奏をつけるという、全体としてもきちんとした三部形式にまとめられた、至って単純なものです。これをグールドは左手の和音伴奏をするとき、和音を構成する音を少しずらして弾きます。分散和音という程ではないのですが、これによって、左手の音が途切れなく連続しているように聞こえてきます。それだけではなく、単純に和音を弾いていたときは、ターン ターンと音に規則的な隙間ができていて、それがリズムを刻むように作品全体を秩序付けていたのに気づかされます。これは、失って甫めて気が付く体のもので、最近リリースされたヴァレリ・アファナシエフの演奏(ヴァレリー・アファナシエフ「ブラームス後期ピアノ作品集」 [COCO-75090])などでは顕著に聞き取れるものです。これをグールドは少しずらして弾くことで、この規則的なリズムを崩してしまいます。するとどうでしょう。作品全体の印象が、まるで今にも崩壊してしまいそうな、はかなげなものに変貌してしまうのです。そして、和音をずらし気味に弾くことで、それまで和音の響きの中に隠れていた、その一つ一つの音が現われるにつれて、度重なる転調などの際に、内声部に思いもよらなかったメロディが幾つも現われてくるのです。このような、未知のメロディの発見は素晴らしい体験なのですが、それだから、この演奏がいいというのではありません。ブラームスという厳格なほどがっちりとした構成で作曲した人の晩年の形式が裸で顕わになっているような作品が、実はちょっとのことで崩壊してしまいそうな危うさを持っていたこと、また強い形式感の裏には驚くほど豊穣なメロディが隠されていたこと、それが形式が崩れることで一気に花開いたこと、たった数分の小品にストイックな形式と豊穣なメロディとのこれほどまでの強い緊張があったことを、この演奏がまざまざと見せ付けてくれたことです。
ブラームスの音楽の魅力的な部分は、聴いている私には、常に隠されているものです。ロマンティシズムの枢要である内心を表わした旋律は、ブラームスの音楽では、あからさまにはならないのです。内声部の充実した分厚い響きのなかに、それは埋もれています。それを、幾重もの響きの襞をかきわけながら探していく、これがブラームスの音楽を聴く醍醐味です。
Remyakei  内声部が分厚く充実していることで接着剤のように機能して、テナーの高音部とバスで全体を支える低音部が一体となり、全体がひとつの塊のように聞こえてくる。ブラームスの音楽に感じられる重厚さとか渋さといったものは、こういう音づくりから生まれるものと考えられます。油絵の具をパレットの上で混ぜていくと最終的には渋く重々しいグレーになります。様々な絵の具を様々に混ぜることによって、このようなグレーに様々なニュアンスを与え、これを使い分けて微妙な光と影のニュアンスを表現した画家にレンブラントがいます。彼の代表作「夜警」は夜の闇と夜警の人々の持つ明かりの織り成す微妙な陰影が描かれています。そこでの夜の闇を表現している黒やグレーの色が、画面の上で一様ではないのです。画面上の場所によって色合いが異なっているのがわかるのです。多分絵の具の混ぜ具合が全部違うのでしょう。黒やグレーとして表面にあらわれている色の背後に様々な色が様々に隠されている。一見すると、一面に黒やグレーが塗られている地味で暗い作品のようですが、その背後には驚くほどバラエティに富んだ世界が隠されている。気が付いてみれば、その汲めども尽くせぬ豊かさの虜になってしまっている。それがレンブラントの魅力です。中間色に終始するようなブラームスのオーケストレイションには、レンブラントの色彩のような隠された豊かさがあります。それが、例えばグレン・グールドの演奏のようにはからずも露呈された時、あまりの豊かさに戸惑うのです。
 このようにブラームスの音楽は、<あらわれたもの>と<隠されたもの>の二極構造になっていて、主眼は後者にあります。上でも申しましたように、それを探し求めることがブラームスの音楽を聴く、ひとつの醍醐味と言うことができます。これに対して、ブルックナーの音楽には<隠されたもの>が存在しません。どこまでもあっけらかんとして、すべては表層に露わになっているのです。但し、そのすべてを聴くか否かは聴く者に任されているのです。その意味でブラームスなどに較べれば、聴き手にとってはなんと残酷な音楽なのでしょうか。

2017年6月22日 (木)

私はブルックナーをこう聴いている(11)~ⅩⅡ.第2楽章(2)

 では、ブルックナーを聴いている私は、どのようにして驚きの行程を辿り得るのでしょうか。それには、やはり空虚な主旋律に向けて耳を澄まし続けなければなりません。空虚な旋律、それは<聖なる空虚>として神の超越的な宇宙につながる通路でありました。しかし生身の人間にとって、そんな超越と四六時中向き合っていることはできません。そんな時空虚であるはずの旋律はどんなことになるのか。そういった観点からこの曲全体に注意を向けていくと、その時聞こえてくるのは、この第2楽章の中でヴァイオリンの刻みにのって中声部の弦が息の長いメロディを単一の声部で弾き切ってしまうところなのです。[3:45~4:25]その事実に、私は心の底から驚こうと思います。いったいこんなことがあっていいのだろうか、と。しかも、このメロディは、これまで全く見られなかったよく歌うメロディでもあります。事態はブルックナーにとって尋常なものではないのです。とりたてて美しいとも思えないこのメロディが単一の声部で剥き出しのまま始まる時、聴く私はその無媒介的な迫力或いは生々しさに圧倒され、思わず息をのまずにはいられなくなります。中心となる旋律がない場合(この曲でいえば、それが尋常なわけです)私は音の動きや響き全てに向かって耳を澄ませなければならないのですが、一旦それが出現してしまうやいなや驚きの深さに耳を塞ぐこととなるのです。更に言うならば、ブルックナーの第7番以後の交響曲の旋律には、そのような瞬間が多々あり、旋律というものの意味を変質させてしまうという聴く物に苛酷な体験をさせるのです。その意味でブルックナーの後期とは、あるべきものを排除した上で、その排除そのものを排除してしまったという点で、他の音楽とは絶対的に隔たっているものなのです。
 驚くことに続いて、更に聴きすすめていくと、曲想の小さなギャップの後に今度は「ブルックナーらしい」(これまで申して上げてきた意味においです)旋律が待っています。ここで聴いている私は、強い刺戟の後でホッと胸をなでおろすことができましょう。しかし、あのような驚きの後です。安心していていいのでしょうか。もしや何かあるのではないか、そんな訝りにも似た期待がないわけではありません。ブルックナーの音楽とは、このように聴く者に、不断の緊張を強いずにはおかないのです。
 “古いクリスマスの歌に由来する”“神秘的”と解説書(「作曲家別名曲解説ライブラリー5 ブルックナー」音楽之友社)にある旋律が弦楽部によって弱音で囁くように始まります。まず、ヴァイオリンによって2つの音が平行に鳴ります。一拍措いて、これに応えるように上下の動きの少ない一節が鳴ります。そして、細かい動きが前の一連の応答を包み込むように続くという、これまで聴いてきたブルックナーパターンとでも申したいほどワンパターンの旋律のつくりです。[5:10~6:10]私は、音楽の知識が希薄なので、この旋律の元歌の“古いクリスマスの歌”を知りません。(もっとも、音楽を聴く上で知識などというものは邪魔以外の何物でもないというのが私のスタンスではあるのですが)それにしても、この旋律は第2楽章冒頭の旋律から、ということはこの交響曲冒頭の動機から派生したもののように聞こえてこないでしょうか。この旋律からクリスマスを連想するようなことが、私にはできません。さらに言うならば、エリアフ・インバル指揮のフランクフルト放響のCDで聞かれるようなヴァーグナーの楽劇からの引用にしても、上述のブルックナーパターンに則った旋律で、元々のヴァーグナーの楽劇の中での位置とか意味合いなどとは切り離されて旋律のパターンのみが恣意的に引用されている。つまり、古いクリスマスの歌にしろヴァーグナーの楽劇からにしろ、元々の意味を解体されて強引にブルックナー・パターンに当て嵌められているのです。しばしばブルックナーを敬遠する人の口から退屈とかワンパターンという言葉が洩れてくるのを聞きます。これは私には、(西洋のクラシック)音楽というものそのものに由来していることのように思うのです。多くの凡庸な音楽家たちがその退屈さや強引さを曖昧にやりすごす方向で音楽をつくりあげているとき、一人ブルックナーは敢えてその退屈さや強引さを誇張してみせたと考えています。
 古いクリスマスの歌にしろヴァーグナーの楽劇からにしろ引用するのなら、もっと美しい旋律は沢山あるだろうに、もっと歌う旋律だって、リズミカルな旋律だって、劇的な旋律だってあるじゃないですか。ロリン・マゼールがやったように(あれほど下手であくどくなくても)指輪四部作の管弦楽部分を繋ぎ合わせて交響作品にあつらえることだってできたでしょうに。だが、ブルックナーは、それがあたかも一つの形式的必然だとも言いたげに、ここまでの旋律をブルックナーパターンで押し切ってしまいます。これが形式的な必然であるのなら、まるで形式そのものが退屈であり強引なのだとしか考えられないかのように。にもかかわらずブルックナーパターンのゴリ押しが形式的必然だというなら、それには、古い歌やヴァーグナーの秩序とは異質の要請が問題となってくるはずです。ブルックナーパターンが古い歌やヴァーグナーの意味を解体してしまったとしても、ロマン主義素描のところで見たようにブルックナーの音楽にも稀薄ではあるけれど意味的要素はあることはあります。音楽というものは、現実の音を抽象化した楽音によって構成され、現実には存在しえない抽象的な存在者であることは確かではあります。しかし、それを現実に聴くのは生身の人間である私です。私が、そこにある程度の意味を付与しなければ、それを価値あるものとして身近に感じることは不可能です。ブルックナーとて例外ではありません。しかし、その意味が現実の音の響きを介してしかあらわしえない音楽の場合、一曲の作品にはその意味の構造に同調したりさからったりするもする今一つの構造が存在することになると思います。それは、音の響きの意味的な連鎖を超えて、意味の推移とは異質の領域で交錯する細部の表情といっていいものであるはずです。それはブルックナーにとどまらずあらゆる音楽家が、そこで思い切り自らの想像力を開放する場であるわけですが、ブルックナーの場合、退屈なワンパターンとも言い切れる抑制された意味的な構造とは対照的に、この細部にあっては寧ろ野蛮で狂暴なまでに自己を主張し、全曲の均衡を崩しかねないことさえあるといえます。
 レッシングが著書「ラオコーン」の中で言って以来、音楽は時間芸術である(G.E.レッシング「ラオコオン-絵画と文学との限界について」(斎藤栄治訳)岩波文庫 正確に言えば、レッシングは著作の中では、音楽には触れてはいない。彼は芸術現象を秩序づけている時間と空間の原理を抽出することによって「時間芸術」と「空間芸術」の違いをあきらかにした。音楽は、文学や演劇等とともに、時間の相のもとに実現し、時間の中で展開することから「時間芸術」に分類される。)としばしば言われます。過去現在未来と一直線の時間の流れに沿って、この音の後にあの音を、このフレーズの後にあのフレーズをいった具合に音楽家は全てを間隙なく組織しなければ作品は成り立ちえません。もちろん、どんな音を選択しどんなフレーズを排除するかについては作曲家が至上権を握っているわけで、その限りにおいて自由を享受しているとは言いうるわけです。しかしながら、その自由は、始まりの瞬間から終わりまでのすべての瞬間を過剰も欠落もなく継起的に配列して組織しなければならないという制約に較べれば相対的でしかありえません。音楽というものには時間を軸とした統合的な秩序というものが厳然と存在しており、ブルックナーといえどもそれからはいささかも逸脱していないはずで、ブルックナーパターンの旋律もその秩序にしたがって配列された一連の音の響きからなっており、また逆にこの旋律も秩序にしたがっていると考えられます。しかしながら、ブルックナーの音楽にあっては、ひとつの瞬間に盛りこまれた音の情報はきまって複数であって、一定の時間にわたって継続しているという点から、統合的な秩序へと素直に還元されるのを拒むということがあります。例えば、ここでの“古いクリスマスの歌”からの旋律。ヴァイオリンに上下の動きが少なく、その分低弦部がかわって上下に動くので、高音のテナーが動かないまま転調したような、微妙なうつろいの印象を受けます。(マーラーの交響曲ではコントラバスなどの低弦部が独立して旋律を担うことがありますがブルックナーの音楽はマーラーとは違った意味合いでですが、低弦部が低音部で土台を支える以上の独自性を持たされているのが、こういう箇所で判ります。)“古いクリスマスの歌”からの旋律で聴くことのできるのは、“神秘的”な旋律であることにとどまらず、動かないテナー部のヴァイオリンであり、低音を支える以上に独立の旋律をかたちづくる低弦部の動きでもあるのです。実は、ここに、統合的な秩序から最も遠いブルックナーの自由さが露出していると思うのです。それをすぐさま無意識の跳梁する場とは言えないまでも、秩序にたいする意識のこわばりや知性の反省的な統禦から解き放たれた過激さが感じられると言っても過言ではありません。過剰さゆえ逸脱した細部は、統合的秩序の連鎖を超え、さらには一つの作品という限界を超えて些細な類似を介して別の細部と響応しあう。“古いクリスマスの歌”から低弦部の動きを聴くことができれば、第1楽章冒頭の“暗い波のような動き”をする分散和音の後向きのヴァイオリンの動きと親しく連繋しあっているのに立ち合うことができるわけです。さらに、そこから例えば第5交響曲第2楽章の中ほどの分散和音に親しく微笑を投げかけているのにつきあうことができることになります。そして、その事実はブルックナーのひとつの作品の旋律が、単に“古いクリスマスの歌”にとどまらず、低弦部の動きという表面的な音の動きででもあることを明らかにかるものです。第3交響曲では“古いクリスマスの歌”の低弦部の動きが、第5交響曲第2楽章の中ほどでは分散和音と親しく遭遇することになる。つまり、それぞれの作品では断片であったものが、唐突に連帯しあうのです。こうした遭遇と連帯を可能にする関係が、個々の作品を超えて張りめぐらされている細部の網状組織をかたちづくり、動きを与えているのです。それが統合的な秩序と戯れることで聴く者に刺戟を与えるのです。さらにブルックナーにおいて特徴的なのは、類似によって連繋しあう細部が想像力の働きを介して現われるような潜在的な存在ではなく、あくまでも顕在であってそれが響きの表層で戯れあうことなのです。このような運動、これこそがブルックナーを聴くことにある特権的な体験とは考えられないでしょうか。
 注 *1: 第16回ブルックナーを聴く会レジュメ P.58 (「作曲家別名曲解説ライブラリー5 ブルックナー」音楽之友社)
   *2: G.E.レッシング「ラオコオン-絵画と文学との限界について」(斎藤栄治訳)岩波文庫
       正確に言えば、レッシングは著作の中では、音楽には触れてはいない。彼は芸術現象を秩序づけている時間と空間の原理を抽出することによって「時間芸術」と「空間芸術」の違いをあきらかにした。音楽は、文学や演劇等とともに、時間の相のもとに実現し、時間の中で展開することから「時間芸術」に分類される。

2017年6月21日 (水)

私はブルックナーをこう聴いている(10)~ⅩⅠ.ブルックナーと歌舞伎

Bruknerkabuki 抽象的な話が続いてしまって第2楽章の続きを聴きたいところですが、もう少し辛抱して下さるようお願いします。中心となる主な旋律線を欠いたメロディ。などと言われると何のことかと首をかしげる、という方もいらっしゃるかもしれません。例えば第1楽章の“弦の暗い波のような動き”を思い出してみて下さい。Ⅲで申しましたように、この“弦の暗い波のような動き”は、低弦の前のめりの循環とヴァイオリンの前へ前へ…と上昇する分散和音と後へ後へ…と下降する分散和音という複数のものが同時に響いて、そのように聞こえてくるものなのです。もともと、“弦の暗い波のような動き”そのものがあってそれを装飾するように低弦の循環やヴァイオリンの分散和音があるのではありません。

このようなブルックナーの旋律の特徴について、突飛ではありますが大正時代の歌舞伎の名優二代目市川段四郎のエピソードを思い出すのです。段四郎は、あるとき一座を組んで「忠臣蔵」をもって旅興業に出たときのことです。一座の中に明治の名優九代目市川団十郎の女婿市川三升がいて、五段目の定九郎をつとめていました。ところがどういうわけかこの定九郎が客にちっとも受けない。市川三升は九代目の女婿とはいえ一介の勤め人から急に役者になった人で、あまりうまい人ではなかったそうです。定九郎が客に受けないのも当然のことかもしれません。しかし定九郎は「忠臣蔵」の中のもうけ役です。心配した段四郎が五段目を見て、よし、明日はおれが与市兵衛をやろうと言いだした。そして、本当にその翌日、昨日までの大部屋の何某のやっていた与市兵衛を段四郎自身がかわってやることになったのでした。その翌日、いつものように正面の掛稲から定九郎が与市兵衛を刺して出てくる。そこまでは昨日とかわりません。定九郎が刀をつき刺した与市兵衛の体に足をかけて刀を抜きとると、ポンと左足をふみ出して見得をする。刀を抜かれた与市兵衛は、上手の藪畳のところまでいって倒れて死ぬというのが、その舞台です。ところが昨日までは何の反応もしなかった客席が、定九郎が見得をしたとたんに大受けに受けたということです。

そうすると昨日までとその日とは、いったい何が変わったのでしょうか。段四郎がかわって演じたのは与市兵衛です。昨日までの何某の与市兵衛は、定九郎が刀を抜くとすぐに倒れてしまったそうです。サッサと倒れて、サッサと楽屋へ引っ込んでしまいました。ところが段四郎の与市兵衛は、刀を抜かれただけでは倒れなかった。トントンと藪畳の際まで下ってきて、ジッともちこたえていて、定九郎が見得をしたとたんに倒れたのだそうです。それでその日は、定九郎の見得が受けたのだそうです。

この時、客は定九郎を見ていると思いながら実は定九郎と与市兵衛の関係を見ていたと考えられます。定九郎は昨日とたいして変わらなかった。もし客が定九郎だけを見ていたならば、昨日とまったく違う反応をするはずがありません。しかし与市兵衛は昨日までとは大きく変わりました。もし客が与市兵衛だけを見ていたのなら、昨日とまったく違う反応をするはずで、事実そうなりました。そこで問題なのは、それにもかかわらず客は与市兵衛に対してではなく、定九郎に対して反応を示したということです。客は定九郎だけを見ていると意識していたのかもしれませんが、実は定九郎と与市兵衛の関係あるいは与市兵衛との関係における定九郎を見ていたのです。

ここで、三升と段四郎のつくった定九郎と与市兵衛の関係について考えてみましょう。ただ単に二人が舞台の上にいるだけでは物体と同じで、観客を錯覚に陥らせるような関係をつくることはできません。また、観客の側からにしても、定九郎と与市兵衛の関係を見ていたといっても、そのどこにポイントがあるのか明確でなければ視線をそこに集中することは難しいはずです。劇評家の渡辺保は『女形の運命』で、このポイントを定九郎が見得をしたとき二人が背中合わせになる点から解き起こします。リアリズムから考えれば殺人者と被害者が背中合わせになることなどありえないことです。リアリズムとは違う歌舞伎の特徴がここにあると渡辺は言います。舞台上の二人は、単に客席に向いたり、相手役の方をむいているのではないのです。だから、定九郎と与市兵衛の関係は二人を結ぶ単純な直線ではないし、ポイントもその直線上にあるのではない。

実は、関係のポイントは、左足を踏み出した定九郎の右足を基点として、左足との間に結ばれる直線の延長線と、やはり定九郎とは逆の姿勢で左足を踏み出している与市兵衛の右足を基点として、左足との間に結ばれる直線の延長線という2本の直線の交点にあったのです。この点を頂点として二人の右足を二つの角とすると、ここには三角形ができるのです。定九郎も与市兵衛も、単純に客席に対しているのでも、相手役に対しているのでもなく、この三角形の頂点に対していたのです。二人が平気で客席や相手に背中を見せたのは、この三角形の頂点に忠実であったためなのです。この三角形の頂点が関係のポイントであり、観客の視線の集中点だったのです。昨日まのでの大部屋の何某の与市兵衛は、定九郎が見得をしたとき、もうそこにはいなかった。一点が失われてしまった以上、舞台上に三角形は現われるはずもない。段四郎の与市兵衛は、その三角形を舞台上につくってみせたわけです。そして、この頂点には何もありませんし、通常この頂点に肉体をさらすことのできる役者は僅かの例外を除いていません。

渡辺によれば、この三角形は歌舞伎芝居の構成の基本的なもので、どの芝居にもあるのです。「三番叟」で翁になった座頭は、この頂点である舞台正面へ来て平伏します。この礼は観客席の屋根の上にある櫓に対して行なわれる礼で、この櫓は興業許可の表示であると同時に神の降臨する場所を示すものです。ですから、この礼は謂わば降臨する神への拝礼であり、神がもしこの拝礼に応えるとするならば、その神の眼差しが舞台に降りる場所が即ち三角形の頂点ということになります(折口信夫は、芸能の発生を神を家に招くまつりに求めます。折口によれば、平安鎌倉時代に招くために庭にしつらえた客殿が舞台のもとになるそうです。その舞台には、神を招く主人と招かれた神のみがいるわけで、そこでの舞は主人が神を供応するためのものだったわけです。ここでの神は横座の神といい、座の真ん中に位置するのでした。(折口信夫「日本芸能史六講」 講談社学術文庫))。つまり、歌舞伎の舞台を成り立たせている中心が実は何の実体も持たない空虚な点であり、しかしそれだからこそ、その点こそが神とつながる点でもあるのです。そしてまた、歌舞伎はこのような中心の点が空虚であるということで、実体をもつ個人が中心として存在する近代演劇とは一線を画するのです。個人を前面に押し出すモノフォニックな近代演劇(ロマン派の音楽が単一の音の列であるメロディ第一であるのと関連していると思います)に対して、歌舞伎は単に個人を表現するのではなく劇的な世界全体を様々な角度から表現することからポリフォニックなのだと言うことができます(渡辺保「女形の運命」筑摩書房 P.12~18)。

さて、ここで再びブルックナーの旋律に戻りましょう。上述の定九郎と与市兵衛という二人の役者は、ブルックナーの旋律を織りあげる部分の旋律に例えられないでしょうか。この章の最初で述べた例に戻るならば、低弦の前のめりの循環やヴァイオリンの前へ前へ…と上昇する分散和音や後へ後へ…と下降する分散和音がこれに当たるわけです。そしてこれらの関係のポイントとして空虚な点として、聴いている私の耳が焦点をあてるようにするのが“弦の暗い波のような動き”であるわけです。空虚というのは、前章で申しましたように単独での“弦の暗い波のような動き”が、実体としての響きを持っていないことです。ですから、このようなブルックナーの旋律は近代的な個人を中心とするものではなくて、もう少し前の時代のポリフォニックな感じにちかいものであると言うことができます。歌舞伎での中心の点は、空虚な空間であるがゆえに神に通じる場所になりえました。また、ゴシックの大聖堂に足を踏み入れれば、遥かに高い天井の下にひろがる巨大な空虚空間に驚かされ、たじろぐことでしょう。この空間には具体的な物質は何もありません。そこに人が見出すのは、実体を持たないものの溢れんばかりに降り注ぐ光。光とは、まさに神の光です。ゴシックの大聖堂の内部は巨大な空虚であるからこそ、神の光で充たされることができる空間であるのです。この空虚は<聖なる空虚>(パウル・ティリッヒ「文化の詩学」(谷口美知雄訳) 『ティリッヒ著作集』第7巻 白水社)なのです。そして、ゴシック建築全体の階層構造が、この<聖なる空虚>へ人を導くものです。バシリカという大聖堂の様式は通路を意味しています。大聖堂は<聖なる空虚>へと向かう通路と言うことができるのです。さて、ブルックナーの旋律が中心を欠いた空虚な構造であることの意味を、私がどう捉えているのか、ことでお判りいただけたことと思います。ブルックナーの音楽が、神というものに連なっているとすれば、私には、このような点以外には考えられません。ブルックナーの旋律の空虚さは、ゴシックの大聖堂と同様に階層構造と深くかかわっていると考えられます。しかし、私としてはブルックナーの旋律の空虚さは神に通じているとは思っていません。(それについては後で詳しくお話し致します。)さて、ブルックナーの交響曲第3番を聴きすすめていくと、さらに驚くことになります。これについては、この長い寄り道を終わり、ようやく続きに戻ることで明らかになることでしょう。 

※歌舞伎よりも古い芸能に能があります。能にはシテとワキ、主人公であるシテと、それを見ているワキと呼ばれる役があります。普通、能ではこのワキが最初に出てきて、それからシテが出てきて少し問答があって、あとはワキはただもうジッとシテのすることを見ているだけのようにしていることが多いです。これについて「彼(ワキ)は私たち見物人に代表として(舞台に)出ているのである。(野上豊一郎「能 研究と発見」 岩波書店)」として見物人の代表という考えがありますが、はたしてそうでしょうか。木下順二によれば、シテは多くの場合ずっと昔のことを現在形で語ります。それは、何百年という時間を一瞬に凝縮したような不思議な形で情念を語ることです。そのことは見所(客席)にいる我々にとっては直接にリアルなことではありません。ところがそこで見ているワキにとっては、それはまさにリアルなのです。そう思っているワキと、それからシテとを見所にいる我々はひっくるめて見ているということになります。つまり、いま舞台で行なわれていること、シテの舞、それは見所にいる我々にはいかにも非現実的なことなのだけれど、しかしその非現実を、非常に純粋に凝縮された一つの情念というものをリアルだと思って見ているワキ、彼をも見所の我々は見ているわけです。そこで初めて、シテのやっていることが一種不思議な真実として見所の我々を搏ってくるのです(木下順二 「劇的とは」 岩波新書)。このようなワキとそれを見ている観客の構造は、歌舞伎の場合に酷似しています。さらに渡辺保によれば、一人の能役者であるシテが舞いながら、いま自分の役のせりふを謡っていたと思うと次には自分を第三者として語り、忽ち状況全体の語り手となり、そのいずれにも没入してしまって自己を喪うということがない(渡辺保 前掲書)。これは、まさに歌舞伎とブルックナーに共通する構造ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

 註 *1 野上豊一郎「能 研究と発見」 岩波書店

   *2 木下順二 「劇的とは」 岩波新書

   *3 渡辺 保 前掲書

2017年6月20日 (火)

私はブルックナーをこう聴いている(9)~Ⅹ.ブルックナーとロマンティシズム

 予定に反して、第1楽章に続いて第2楽章についての記述も長くなってしまいました。第2楽章については途中でひとまず中休みを入れることにしましょう。前々章で、私なりにロマンティシズムについてお喋りを致しましたが、それではブルックナーと関連づけて考えることはできるのかという疑問が残ったことと思います。ブルックナーには「ロマンティック」のニックネームがついた交響曲もあることですし、それで、ここではそのことについてお喋りさせて下さい。
 ロマン主義は人間の感情というものを重要視しました。しかも、その感情とは個々の嬉しいとか悲しいといった日常生活での具体的感情ではなく、日常生活を超越した純粋な美的感情というものです。音楽の動きは、この感情の動きに重なってくるのです。そして、とりわけ旋律という要素が、実際に感情と結びつく役割を担っている、というのが前々章で述べたロマンティシズムの要旨です。ということは、ブルックナーのロマンティシズムについて考えようとする場合、具体的にはブルックナーの音楽の旋律について考えてみればよいことになるわけです。ブルックナーの旋律についての私の印象は前章で触れましたので、ここでは簡単にしておきます。まず、フレーズが短いこと。シューベルトのようなはっきりとしたメロディのかたちを明示することはなくて、メロディそのものに伸びようとする力が感じられないこと。そして、単数ではなくて、色々な声部で分担された複数の短いメロディが撚り集まった結果として一つのメロディとして聴くことも可能であるということ。これらが主な特徴です。しかし、これではブルックナーのメロディが実際に感情と結びつくのか、ということには疑問を呈せざるをえません。
 さてここで唐突かもしれませんが、シューマンのピアノ曲を持ち出すことにします。私は、シューマンのピアノ曲の中にブルックナーのメロディと似たような特徴を見出だしながらも、尚且つ感情の動きとどうしても結びつけて聴いてしまうところがあるのです。
 私は全く楽譜を解さないので著作からの孫引きになってしまうのですが、例えばシューマンのピアノ曲<フモレスケ>の中に楽譜には音符が書かれているだけれど、実際には演奏されない部分があるのだそうです(ミシェル・シュネーデル「シューマン 黄昏のアリア」千葉文夫訳 筑摩書房 P.113)。これが内部の声といわれる箇所です。ここで書かれた音符は、ピアニストの左手と右手で鳴らされるピアノの音の交錯を通じて、漠然と聴き手の耳に流れてくるのです。私の友人でピアノを弾く者が言うには、シューマンのピアノ曲は他の作曲家のように右手がテナーとなって主旋律を弾いて左手が伴奏を勤めるのではなく、右手と左手の音が交錯して旋律が現われてくるので初見では弾きにくいのだそうです。このようにシューマンのメロディは確かで明確な存在として弾かれるではありません。右手で弾かれる音と左手で弾かれる音の中間で漂っているのです。ベートーヴェンでもシューベルトでも、主旋律ははっきりしています。二分音符の長さを持つものならば、楽譜上に二分音符で記されるでしょう。しかし、シューマンは、左手の八分音符と右手の十六分音符の交錯のうちに、二分音符と四分音符からなるうたをうたってしまうのです。このような、在るか在らぬかがはっきりせず、辺りを漂っているように曖昧に耳で感じるというのがシユーマンのメロディの特徴です。これは前々章で考えた気分の在り方と酷似していると思いませんか。左手と右手の交錯の具合によっては、中間を漂うメロディも全く変容してしまいます。聴くたびに微妙な変化を常に伴うのは、うつろい易い気分というものと相通じるのではないでしょうか。私がシューマンのピアノ曲に対して、感情の動きを結び付けずにはいられないのはこのような理由です。まさに前頁で述べたロマン主義の特徴そのものではないですか。
ところで、シューマンとブルックナーのメロディは、はっきりとしていないこと、単独ではなくて複数の声部の動きの結果として聞こえてくること、など共通するところが大きいと思います。もし、かりにブルックナーにロマンティシズムを感じるとしたら、このようなシューマンとの共通点を経由してでしょうか。
 しかし、ブルックナーとシューマンとは違います。シューマンのメロディははっきりとしていないながらも、上述のように演奏されない音符として楽譜に書かれています。ここでは、実際に響く音と、内部の声という楽譜に記された姿との食い違いが明確に意識され、そこに高度の効果が意図的に託されていると言ってもいいと思います。つまり、気分のような漂うメロディは意識的に作為されたものと考えられます。ここでの実際に演奏される音は、内部の声のための謂わば影であって、音そのものが自立していないのです。ですから、右手と左手というピアノの各声部の音色には同質性が求められるわけです。シューマンにとっての音楽とは、ショパンのそれのようなピアノの音が客観的に存在していて、それを積み重ねて音楽が構築されるという音の伽藍ではないのです。それよりも、ある種の感情とか気分とかいうものがあって、その意識の影としてピアノの音に託される、そういうものとして音楽があると考えられます。シューマンのピアノ曲のメロディの構造は、このようなシューマンの音楽の特徴に見合ったものだと思います。以前にゴシック建築の主観性のことを申しましたが、建築の素材の石の具体的な物質性が稀薄になっていくのがゴシック建築の主観性だとすれば、ピアノ曲のピアノの音の現実性が稀薄になっていく点にシューマンの音楽の主観性を指摘できると思います。
 それでは、ブルックナーの場合はどうなのでしょうか。私はブルックナーの曲の楽譜も未だに見たことはありませんので、確かなことは判りませんが、シューマンの場合のような演奏されない内部の声というような音符は書かれていないと思います。シューマンに比べてブルックナーの音楽の方が各パートの独立性が高いように思うからです。シューマンの場合、各声部が独立性をもってしまうと内部の声が分裂してしまい、従って気分の主たるシューマン個人の人格が分裂してしまうことになります。(そのような分裂の傾向は、特に晩年の作品に感じられます。この分裂しそうな危なさもシューマンの音楽の大きな魅力ではあります。)ブルックナーの交響曲はシューマンの場合よりはるかにオーケストラの各楽器の音色の扱いが多彩で、それぞれの楽器の色が生かされていると言っていいと思います。シューマンの実際に響く右手と左手のそれぞれの音は単独として取り出すことはできないのですが、ブルックナーの場合はひとつのパートを単独で聴くことも可能です。前のところで、ブルックナーの音楽はゴシック建築に階層性という点で似ているところがありながら、各階層の融通無碍な流動性がある点で違うと言ったことが、ここでのブルックナーとシューマンのメロディ構造の違いにも言えると思います。
 それと、もうひとつ、シューマンの場合は内部の声を形成するために、左手と右手という二つのパートの交錯を統禦する意識が強くはたらいており、これを近代の個人のアイデンテティになぞらえることも可能です。ブルックナーには、シューマンの場合のような意識がありません。悪く言えば、行き当たりばったりなのです。シューマンのメロディは内部の声として意図されたものですが、そういう点でブルックナーのメロディは最初の意図は意識されていないように感じられます。ロマンティシズムの肝心のところが、ブルックナーのメロディでは空虚なのです。では、ブルックナーのメロディは本当に空虚なのかというと、それはシューマンの視点からのことで、シューマンの近代的な個人という枠には納まりきらない意図せざるものがあるように思います。意図せざるもの、あるいは作曲家個人の意図を越えたもの。(この空虚な、個人の意図を超えたものを、或いは無とか神とかとでも言うのか、それはどうでもいいことですが。)ブルックナーの音楽にある即興的性格の結果として、作曲家の意図を超えて作品が出来上がってしまったとでも言うようなことはあると思います。それが、全体として形式ががっちりしていないとか、細部が膨張してしまったとかという結果にでていると思います。しかし、謂わばそのような不自然さを不自然さとして聴き手の前に提出してしまう愚鈍さに、ブルックナーの音楽のユニークさが感じられはしないでしょうか。
中心となる主な旋律線を欠いたメロディ。それは、音楽としては荒唐無稽とは言えないでしょうか。それまでは、どんな作曲家もそんなものを想像だにしなかったことでしょうし、そんなものを耳にしたこともなかったでしょう。そうした奇怪なものに一貫して耳を澄ましていたブルックナーという作曲家は、独創的な音楽家というより動物じみた愚鈍さに徹した存在とでもいえるかもしれません。だからこそ、クラシック音楽の歴史は偉大な作曲家ブルックナーを生んだことを誇るよりも、こんな音楽を抱え込んでしまったことで驚き、戸惑い、そして途方に暮れるしかないのです。

2017年6月19日 (月)

私はブルックナーをこう聴いている(8)~Ⅸ.第2楽章(1)

 前章を読まれた印象では、私はブルックナーの音楽に感情移入をすることがないと受け取られた方もいらっしゃると思います。慥かに、私は宇野功芳のようにブルックナーの音楽に“憧れ、祈り、嘆き”とか“<透明な響きに隠された寂寥>であり、<内省>であり、<祈り>であり、<厳しくも孤高な魂>であり、<宗教的な浄福の境地>である。”というように語ることを回避しています。それは、“憧れ、祈り、嘆き”などというコメントを持ち出すことで、ありもしない感情的な起伏を捏造することで、音楽の音の響き或いは音の動きに耳を澄ますことなくコメントに快くまどろわせ、心理的な納得を自らに強要し、しかもそれが陳腐なコメントなどに到底納まり切るものでない不自然なものであることすら忘却させてしまうことを怖れるからです。このようなコメントに媚びる音楽、例えば標題音楽と言われるもの、は“憧れ、祈り、嘆き”という名で聴く者が想像する雰囲気を具体的に響きと化することで、音楽としてどれほど不自然で、その不自然を自然と錯覚させるための音楽的技法が、音楽の響きや動きをどれほど陳腐化、凡庸化してしまうことか。(感情的になってしまいました。私の標題音楽への上述のようなコメントは私自身の音楽の聴き方に由来するものです。)ブルックナーの音楽がその類のものでしたら、最初からこのような記事を書こうなどという気持ちになりませんから。それでは、この第2楽章は感情を表わす言葉の使用を回避しながら語るのは困難ですが、敢えて始めてみたいと思います。
 楽章冒頭の僅か10秒ほど、楽譜なら2小節程度の間のワンフレーズ。ヴァイオリンがシューベルトの子守歌の主旋律によく似たメロディを、ゆっくりとレガートで奏でます。片やチェロが、ガッシリと低音を支えるばかりでなく、まるでこちらの方が音楽全体の流れをリードしていると言わんばかりに自己主張をするかのように、低音の動きをアピールします。この時点では両者の二つの線が対比的によく聞こえてきます。このフレーズの後半で、ヴァイオリンは二手に分かれると、第二ヴァイオリンは主旋律に手を添えるような動きをします。だんだんと弱音になっていく経過の中でのこの分岐は絶妙で、この弱音の分岐はとても印象に残ります。ヴァイオリンの動きに対して、チェロの方は弱くならずにいます。ワンフレーズが終わり次へと移る時、このチェロから続いているような次への橋渡しの細かな下降の動きが主に低弦で弾かれます。この橋渡しが終わるか終わらないうちに一休みしたヴァイオリンが、この橋渡しに呼応するように音階を高く上昇していくようなメロディを奏でます。このメロディの間はチェロは休んでいて、ヴィオラや第二ヴァイオリンが寄り添うようにヴァイオリンの主旋律に随き従います。この添え物の動きですが、前のフレーズの後半で主旋律から第二ヴァイオリンが少し分岐し、さらに次のこのフレーズでヴィオラも加わって分岐が大きくなり、それに従い主旋律の幅がだんだんと拡がってくるわけです。僅かですが、それにつれて少しずつ全体もクレッシェンドして行きます。つまり、フレーズが進むにつれて、音楽がだんだんと拡がり大きくなっていくのです。そして、このフレーズの後、チェロをはじめとした低弦がさっきと同じような橋渡しをします。これにヴァイオリンがあまり高くないところで、チェロとは対照的に長い2音で応じます。それにまたチェロがさっきと全く変わらずに橋渡しを繰り返す。ヴァイオリンが殆ど変わらずに応じる。これにホルンが少しだけ絡むのですが、これがヴァイオリンとチェロの掛け合いの度に、少しずつ絡み方を変化させるがとても鮮やかな印象を受けます。このような掛け合いが3回、4回と繰り返されます。[0:00~0:50] ここで聴かれるメロディの印象について、考えてみましょう。まず、単一の楽器で或いはユニゾンで演奏されるメロディの長さです。意外に短いのです。しかも、メロディ自体に伸びる力が感じられないというか、あるメロディがひとくさり演奏されてそこで流れが一旦途絶えてしまう。他の作曲家、例えばシューベルトの場合はメロディがどんどん先の方へと伸びていくに従って、音楽全体の流れが進行するわけです。ハ長調の「グレート」の名を持つ交響曲は、冒頭でホルンのメロディがただ単に吹かれるだけで、曲は進行し、そのメロディが進むにつれて派生的なメロディが生まれ、それらがまた曲を進めていくという、聴く者はメロディの推進力に翻弄されることになります。それがシューベルトの音楽の魅力のひとつと言うことができます。さらにシューベルトの場合は、メロディが自力で伸びることである程度の長さなったところでリズムの揺れと結びついて、うたうのです。ブルックナーには、残念ながらこうした楽しみはあまり期待できません。この第2楽章の冒頭で言うならば、弦楽部の各パートで各々演奏される短い途切れ途切れのメロディが、一緒にでもなく、各々が別々にてもない、ひとつのパートのメロディが終わるか終わらないうちに別のパートがはじまる。各々のパートのメロデイの線が糸を撚るように合わさって全体でメロディとなっているように聞こえてくる。その中には、パート同士の掛け合いもあれば、コントラストをつけた対立もある、多元的な要素が含まれているわけです。このように、聞こえてくるメロディにシューベルトの場合のような単一の力強い流れはないので、メロディがうたうということはブルックナーの場合は、似合わないと思います。しかし、例えばヴァイオリンが主旋律を弾きながら、途中で第二ヴァイオリンが弱音で分岐し第一ヴァイオリンの主旋律に微かに手を添えるような動きをするところなどは、シューベルトでは絶対にお目にかかれないところです。全体としての主旋律と聞こえるものでも、そこから逸脱してしまう程の声部の動きがあって、その一々の動きにも目が離せないのが、ブルックナーのメロディの、シューベルトとは違った魅力のひとつです。本来はそこで途切れてしまうはずの短いメロディが、いくつか撚り集まり微妙に配列されることで全体として繋がってしまう。連続と断絶という矛盾対立する性格が同時に共存している、何度も言うようですが、ブルックナーの音楽に底辺から動きを与えているのはこういうものであるし、聴き手である私を挑発する、通常ではありえない不自然さ荒唐無稽さであります。そしてまた、メロディのつくられ方にも第1楽章のところで触れた多層的な性格も現われていると言うこともできます。
 転調をしたのでしょうか、ホルン、ファゴットと続いて現われる持続音が、曲面の展開を告げ、それに導かれるように弦楽部が第1音を長く伸ばした第1楽章のユニゾンの動機を思い起させるようなメロディを弾きます。このメロディの第1音を長く伸ばすのに、少しづつズレながら、殆ど対位法のように聞こえ方をして、ホルン、ファゴット、オーボエが入れ変わりたち変わり絡みます。これを繰り返しながら全体にクレッシェンドしていって、強音のユニゾンで件のメロディを鳴らします。[0:50~2:00] 最初に取り上げた部分の後半もそうですし、ここで取り上げた部分のクレッシェンドしていく繰り返しもそうですが、繰り返しが同語反復のように聞こえるのです。ここまでの中でも度々みられたことですが、ブルックナーは複数の楽器が掛け合いを行なうような繰り返しを行ないますが、この掛け合いには感情的な性格が全く欠けているように思います。各楽器がお互いにメロディを歌い合うというのではなくて、同じかたちを何度となく繰り返す鸚鵡返しのように半ば機械的に進行しています。これらは、コントラストを際立たせて強い緊張を醸し出すわけでもなく、溶け合って和音として融合してしまって最終的な結論に到達するわけでもありません。あたかも、お互いのパートの存在を確認しあっているかのようです。ここに表情とか感情とかいった本来の意味での掛け合いの題材となるものはなく、幾分か模倣的あるいは儀式的であるようです。しかし、ブックナーの音楽の素晴らしさは、まさしくこの鸚鵡返しの反復の中に存在しています。このような稀薄で曖昧な相貌のもとで響き合うということは、徹底して孤独なモノローグとも互いに意志を疎通させるダイアローグとも異質の、新たな現実を獲得することになります。それは、響きの表面を滑走するように決して表現内容(つまり感情とかメッセージとか)などには踏み込みようがない、掛け合いの中で当の自分自身を模倣するしかない、表現内容という側面を極度に稀薄化した、音の響きの表層的な戯れとでも言う他ない動きなのです。所謂掛け合いとして想定されたものを繰り返すことで表情とか感情のキャッチボールのような場面や劇的な有効性を主張するのとは違って、儀式というか殆ど荒唐無稽の演技とでもいうか、とにかくそれはナンセンスな音の響きそのものの生々しい露呈ぶりなのです。それほど、ここでの音の響きは、尤もらしい掛け合いの形式を取りながら、軽々と表現内容の圏域を離脱して宙に舞っているのです。こんな無意味な響きを無意味として露骨に現わしてしまうブルックナーの音楽に私は狂気を感じずにはいられません。
 強音のユニゾンで上述のメロディが弾かれ金管楽器も入って繰り返されると、突然弱音になり弦楽器が低くつなぎのフレーズ。そしてまた、突然強音になってユニゾンで件のメロディを繰り返します。そして突然弱音になって。弦楽器のつなぎを、フルートが繰り返すと、弦楽器がこの後はっきりと奏でられるメロディを先取りするかのように、二手の分かれて体位法的に絡み合いながら弾き合います。オーボエが繰り返し、弦楽器、ホルンがつなぎをします。[1:50~3:40] 強音でのユニゾンと弱音のつなぎが、聴く者を驚かせるように突然入れ替わり、それが繰り返されます。また、繰り返しですね。よくよく思い出してみれば、よく似たメロディをつっけんどんな強音と控えめな弱音が繰り返します。ブルックナーの音楽に度々現われる繰り返し。表情に乏しいような複数のパートが何度も同じ動きを繰り返すこと。それも、機械的に、同じ過程を無限に反復させること。これが、どうしてこれほど魅力的なのでしょうか。単調といえばこの上なく単調で、殆ど機械的とも思えるほどの不自然と言ってもいい動きの反復を、このままずっと聴き続けていたいと思うこともあります。そこでは、どのパートの楽器の響きも、全てが音の抽象的な動きそのものと化してしまって、この動きを捉える聴く感覚そのものが動きに同調して、繰り返しの生み出すリズムに溶け入ってしまって、まるで聴くことをやめてしまったかのように感じられるのです。まるで、流れる時間そのものを、空気の振動として皮膚の表層でうけとめているかのような印象なのです。聴いている自分は、もしかしたら聾なのではないか各楽器とかオーケストラの響きなどがすっぱりと抜け落ちて、動きそのものの中に生きている、そんな体験をするのです。だが、こんなに心地良い時が永遠に続くはずがないという思いが脳裏をかすめてしまう。いずれは、この繰り返しの時間は終わり、曲は次の曲面に移らなければならない。そうしなければ、この音楽は作品として成り立たない。そうした息苦しい思いが、平静で移りゆく緩徐楽章の経過の部分にひとつの緊張感を導き入れるのです。
 ブルックナーの音楽にあって聴く私を感動させるのは、コラール風の祈りに喩えられるような所謂感情を深く揺さ振るとコメントされるようなアダージォの佇まいではありません。そうしたものに心を揺さ振られるたり、感極まるのはその人の自由で、私が文句を差し挟む筋合いのものではありません。ブルックナーの作品が煽りたてる響きの刺戟は、より抽象的であると同時に直接的な、つまりは誰もが間違いなく耳にしていながらもたやすくは抒情とは折り合いがつけぬが故に切り捨てられてしまいがちなイメージの力から来るものと考えます。ブルックナーの音楽を千編一律のワンパターンの退屈さから救っているのは、表層に露呈した響きのかたちや動きの戯れが、音楽を支えると考えられているような形式等を超えた無媒介的な運動をあたりに波及させるという、音楽体験の生々しさに他なりません。だからこそ、ブルックナーを聴く際には、交響曲という形式秩序に埋没することのない個々の響きや動きを、不断の現在として反芻することが必要なのです。ブルックナーに限らず音楽を聴くという体験は、何よりもまず、聴く耳が親しくまさぐりつつある表層としてのイメージを、全面的な表層性において受けとめ、音楽の形式秩序にとっては絶えず過剰なる何ものか、あるいは絶対的な欠落のごときものとして、その現存ぶりに怯えることでしかないのかもしれません。

年功序列を、きちんと正確に経営で考えてみたい?

 上場企業の大半は3月決算で、一部の例外を除いてその決算発表が行われ、株主総会が行われ始めています。その決算は、会計基準という一定のルールのもとに行われていますが、そのルールは毎年のように見直しが行われています。その見直しの傾向は、そのひとつが時価会計といわれるもので、その時点での企業の状況を精確に表わそうというものです。決算とは、もともとそういうもので、何をいまさらと思う方も多いと思います。例えば、商売をやっていれば、売上があって、そこから仕入れや経費をさし引いた残りが利益で、それで何かおかしいところがあるのか、と疑問に思われるかもしれません。原則的にはそうなのですが、細かいところを見ると、それだけでは十分でなくなる。例えば、固定資産とその減価償却です。例えば、商売の必要で配達用の自動車を買ったとしたら、その代金を支払います。それは、経費ではなくて、固定資産の購入ということになります。それはなぜかといえば、買った自動車は数年間使用することになるからです。仮に5年間使ったとしたら、5年間の売上に寄与したことになります。それを購入した1年目の経費としてしまうと、自動車を使用した5年間のうち1年目だけに経費がかかってしまうことになります。そこに偏りがあるということになります。そこで、自動車を購入した場合には代金の支払いは経費ではなく、固定資産として計上し、減価償却として5年間に分割して経費として、それぞれの売上に対する経費として計上するというわけです。また、売れ残った製品は在庫として倉庫に残っていますが、もはや売れ残りを定価で販売することはできなくなります。そこで、定価で販売できなくなるということは、定価相当の製品の価値が減少することになります。それを減損といいます。その減損した価値を経費として計上することになります。例えば、貸倒引当金であるとか、資産の評価替え、税効果、その他で様々なことがあります。
1年間という限られた期間だけに関係するものだけに限って売上や経費を計算して、差し引きの収支を計算し、その結果としての財産の状態を厳密に割り出そうとする。それを時価会計と呼んでいます。
 前置きが長くなりました。そこで、そういう傾向のなかで、人件費、とくに給与ということについて、試しに考えてみたいと思います。企業に勤める人の給与は月給として払われますが、その分は給与として経費に計上されます。月給は1か月働いて、その対価ということで経費として計上するということでしょう。でも、その月給というのは、果たして実質をみると1か月の労働の対価なのでしょうか。それは、日本の賃金人事制度である年功序列ということと関係していることです。だんだん薄れてはきていますが、日本企業の場合、新卒で入社すると一律の初任給をもらいます。仕事は入社してから配属されて、当初は新人研修とか、入社してから配属、仕事が決まり、そこで一から仕事を教わって、見習いのような期間が続きます。大企業などでは入社してから数年の間は、そういう扱いで、色々な部署を経験させられるといいます。それは、そういう場合は、その人がやっているのは全部、その1年間の事業に直接貢献しているということではないことになります。つまり、その人のやっているのは、将来のための準備ということで、これから何年か先の事業のためのことをやっているわけです。言ってみれば、研究開発のようなもので、いま開発しているのは何年か後の製品に結実するための費用で、将来の製品の売上のための経費の前払いのようです。とくに大きな企業では入社1年目の新人などは、直接、その年度の事業に関わる労働をしていないでしょう。だから、その人の給与は、将来の事業の売上の経費の前払いということが、その実質ということになるでしょう。その後、若い戦力になったら、低い給与で最前線で戦力となって貢献する。そこでは、給料以上の貢献をして、歳をとったら、その反対。それが年功序列の賃金制度ということになるのでしょうが、それは、事業とそれに関係する経費の動きとずれているところがあります。だから、時価会計の考え方でいえば、事業の状況を正しく反映していないと言えます。これが、アメリカ企業の職務給のようなシステムであれば、事業のためのミッションを人に求めて、その能力を持った人がミッションを行い、その対価として給与をもらう。そういう給与の計上の中身と日本企業の年功給とをおなじように並べるのは、誤解を招くかもしれません。もし、そういう、年度の事業に直接かかわるか否かで人の働きの中身を吟味して、その分だけを年度の経費として、また、以前の前払いの分や後払いの予定の分を計上してみると、その企業の人の内実が、会計上で正確に把握することができることになるのではないでしょうか。それで、同じ社員数でも、その年度費用によって労働生産性の内実の違いが、明らかにあらわれるのではないかと思います。その時、よくいわれる日本企業の労働生産性のことなどが、米国企業と比較できることになるのではないか。
 経営者のなかには、従業員は財産で、賃金は投資のように考えて人財という言い方をする人がいます。そういう人は、本気でそう考えているなら、財産として、人にかかわる費用の面でも本気で考えていないのではないか、そうであれば、上で書いたように考える経営者がいてもいいのではないか。投資家とか、アナリストなんかも、経営者の人に対する考え方を確認することがあってもいいのではないかと思うことがあります。

2017年6月16日 (金)

シャセリオー展~19世紀フランス・ロマン主義の異才(6)~5.建築装飾─寓意と宗教主題

Chasseriaumages  シャセリオーが手がけたとされた会計検査院の壁画は代表作だったにもかかわらず、パリ・コミューンの騒擾で建物と共に焼かれてしまって、断片やスケッチが残されているのみということですが、それ以外にも、彼が手がけた壁画を展示で再現しようというコーナーです。それは意欲的な試みなのでしょうが、油絵作品をずっと見てきた身としては、壁画の複製として、油絵とは明らかに異なって大雑把な描き方でしかもレプリカということですから、変わった趣向で物珍しさはあっても、仕上げられた油絵と同列に並べて鑑賞するには、無理があると感じました。私は研究者や画家の熱狂的なファンでもなく、いい作品をひとつでも多く見たい、とただそれだけの者なので、作品が並べられて最後に、これでは些か白けてしまうのは避けられないし、展覧会全体の印象が変わってしまうように思えて、残念だったという他ありません。
 ここで、とにかく見ることのできたのは「東方三博士の礼拝」という作品しかありませんでした。“粗末な馬小屋の前の飼い葉桶に生まれたばかりの幼子を膝に乗せて座っており、その上半身は神々しく輝いている。救世主誕生のお告げを受けて聖母子のもとを礼拝に訪れた東方の三博士は、絵画の伝統通り、若者、壮年、老年と人生の3段階を示しつつ、それぞれ褐色、黒、白と肌の色の違いで異なる大陸を表わしている。一番手前の白髪の老人は赤い宝石で飾った金の器を差し出し、真ん中の黒い顎鬚の博士は両手で真珠を捧げ、一番後ろの若い博士は左手で白馬を連れ、右手を恭しく救世主のほうへ差し出している。この馬の向こう側には御付の者らしき人々が見え、さらに右奥には大きなラクダに乗った人物がか彼らを導いてくれた天の星を指さしている。その向こうには棕櫚の木が見え、異国情緒を高めている。”という解説がされています。シャセリオーの早すぎた最晩年の作で宗教的な題材の作品ということですが、画家本人もとりたてて死期を悟った集大成のような作品でもないし、早熟の画家が成熟した画風となったというものでもなく、日常的に制作を続けていて、ある日突然死んでしまったというようなことが、作品を見ていると分かる、そういう気がします。晩年の最後のような作品が聖母子像で、それなりのストーリーを捏造しようと思えばいくらでもできそうな作品です。シャセリオーの作品では珍しく明暗をの対照を強調した劇的効果を狙った構成になっていることや、聖母の顔が、シャセリオーの作品の例に倣って表情がないことが却って神々しく見せているといったことは、これまでにはなかった技法の戦略的な使い方であろうという作品です。それが宗教的な感情を呼び起こすとか、そうなっていないところがこの画家の特質なのかもしれないと思います。
 このように通してみると、埋もれた画家というのは分かります。無理ないと思います。むしろ、それを無理に掘り起こして脚光を浴びせるほどの画家であるかどうか、そう思います。マニアックな物好きが、あまり知られていない画家として珍重するマイナー好みの枠内に留まっている程度の評価で十分ではないかと思います。後世のギュスターヴ・モローらへの影響が指摘されていましたが、モローのファンが話題のために顧みる程度でいいのではないか、あまり評価しすぎるのは、この画家にとっても無理があるような気がしました。

2017年6月15日 (木)

シャセリオー展~19世紀フランス・ロマン主義の異才(5)~4.東方の光

 シャセリオーという画家の特徴としてオリエント/東方趣味のエキゾチックな要素が、とくに彼の後期の作品の現われているということで、ここに単独のコーナーをつくって展示されていたのですが、どうも私にはしっくり行かなかった印象なのです。展示されていた作品のほとんどが仕上げられていないような印象で、果たして完成したのかどうなのか。画家として、試しにスケッチしてみたとか、習作してみた、としか思えないものばかりで、作品として結実しているようには見えませんでした。彼が亡くなってしまったので、それが画家の中で消化されて作品としてまとまる以前に生涯を終えてしまったということなのかもしれませんが。ひいつの大きな違和感として残るのは、これまで見てきた彼の作品のあったキレイゴトの美しさのようなものが、作品として仕上がっていないためかもしれませんが、ここで展示されている作品では減退しているように見えることです。
Chasseriauconstan  「コンスタンティーヌのユダヤ人街の情景」という作品です。“天井から吊り下げられた揺り籠の赤ん坊をあやす2人のユダヤ人女性。おそらく家族だろう3人の姿は、聖母子と聖アンナも思わせます。優しく親密な一体感を示す母子像は、主題を問わず、シャセリオー作品に繰り返し登場するモティーフでした。シャセリオーの東方主題の作品の魅力は、異質な他者に対する視線が作り出したエキゾチズムにではなく、画家独特の深い共感とある種のノスタルジーの表現にあることを教えてくれる一枚です。”と説明されています。前に見た「気絶したマゼッパを見つめるコサックの娘」でもそうだったのですが、オリエント趣味のエキゾチックな要素であることの必然性といったものが、よく分からないで、強いてあげるとすると色彩の点くらいしか考えられないというのが、正直な感想です。そう考えると、この作品でも画面向かって左側の女性の紗のヴェールと黄色と青の二色の衣装といった信号機のようにどぎつい色遣いは、例えば、前のコーナーで見た肖像画や西欧の神話や物語を題材にした作品では不可能でしょう。画家の色彩の実験とか、今までにない使い方をしたいという時に、格好の素材としてつまみ食いしてみたくらいにしか見えないのです。私の個人的な偏見なのでしょうが。それは、仕上げの粗さにも顕われているのではないかと思います。これまでに見てきた作品では、表面が滑らかに、流麗に磨き上げるように仕上げられていたものが、ここでは筆触が残っていたり、絵の具の塗りがはっきり分かったり、むらがあったりといったように遠目には気になりませんが、近寄ってみると粗さが目立ちます。それを画家が意図的に、何らかの効果を図っているのならいいのですが、例えば、ロマン主義のドラクロワの場合などは、明らかに粗い描き方をすることによって生まれる画面上の効果を計算して描いているのが分かります。しかし、シャセリオーの作品では、それが、私には不明なのです。身も蓋もない言い方をすれば、シャセリオーの作品の売りは、ブルジョワの小市民的な安寧をワンランクアップの高級感で充足させる上品さと通俗的な題材のわかりやすい取扱であると思います。それは、没落しつつある貴族のような支配階層にとってもかつてのように持ちえなくなった教養の減退した状況でもノスタルジーに浸ることのできるものでもあったと思います。そういう、見る者の葛藤を招かず、見た目に心地好く、しかも贅沢で上品な体裁が整えられている、しかもチョイワルの感じのスパイスが隠されていてスノッブな虚栄心にも心地好いといったものだと思います。そこで、この「コンスタンティーヌのユダヤ人街の情景」のような粗さは、違和感をどうしても覚えるのです。
 また、この作品の向かって左側の立っている女性はポーズといい、かしげている首の軸がずれていてインド舞踊をしているような感じなのと、母親であるだろうに揺り籠の赤ん坊に全く注意を払っていないところなど、人形のように描かれているところは、そのポーズもそうですが、ギュスターヴ・モローの作品にでてくるヒロインに通じているところがあるように見えます。
Chasseriauhorse  「雌馬を見せるアラブの商人」という作品です。その中心であろう馬がイマイチで、しかも馬をとりまく人々の描写がたんにポーズをとっているのを写しているようにしか見えないので、現実感がほとんど感じられません。リアリズムを追求する画家ではないということは分かりますが、それではオリエントをわざわざ題材に選んだことの意味がどこにあるのかいという疑問を抑えることができません。例えば馬は「狩りに出発するオスカール・ド・ランシクール伯爵の肖像」の背景にあるかきわりと殆ど似たようなものです。ジェリコーの描くような、いまにも画面から飛び出してきそうな生き生きとした躍動感に筋肉に秘めているようなものではありません。人々も、こういう言い方をすると酷いかもしれませんが、趣向の変わった肖像画を描いてもらうためにコスチュームに凝った、言ってみればコスプレをした人々にしか見えません。おそらく、シャセリオーの作品を享受する人々のオリエント趣味には、応えるものだったのかもしれません。シャセリオーの作品を見ていると、健全ということ、それはよい意味でも悪い意味でも、それが個性となっていて、それがもの足りなさを覚えさせるところがあります。このようなオリエント趣味の作品を例にとって見れば、彼の師であったアングルが持ち前の緻密なデッサンを用いながら、あえてプロポーションのバランスを崩して意図的に歪んだ画面をつくってしまうような病的なところは、シャセリオーには見つけられません。そういう、シャセリオーの限界のようなものが、露呈してしまっているのが、ここで展示されているオリエント趣味の作品群ではないかと感じました。

2017年6月14日 (水)

シャセリオー展~19世紀フランス・ロマン主義の異才(4)~3.画家を取り巻く人々

 このコーナーの展示作品は少なく、内容としては肖像画で、他の画家の回顧展であれば、生活の糧のために、画家の絵画的な野心とは別に仕事として職人的に制作したという感じで、つまらない場合が常です。しかし、今回の展示では、この肖像画がもっとも充実していたように思います。私としては、一番見ごたえがありました。だからというわけではないのですが、シャセリオーという画家は近代的な主体をもって絵画的な表現を追求していくといったタイプのひとではなくて、職人的な一般的に、もっというと通俗的に美しいというものを、上品なようすで、しかも、ちょっとしたユニークな意匠を加えてつくるというタイプの人だったのではないかと思えるのです。そういう特徴がよく現われていたのが、ここで展示されていた肖像画です。“師アングルと同様、シャセリオーは、正確なデッサンとモデルの特徴を的確に捉えつつ、その個性を際立たせた素描や油彩の肖像画も残している。”と解説されていますが、まさにその通りではないかと思います。ただし、アングルと違って、シャセリオーは注文を受けることはなく、家族や友人たちを描いた私的なものだったといいます。
Chasseriaucabaryus  「カバリュス嬢の肖像」という作品。この展覧会のポスターで使われた、今回の目玉と言っていい作品です。“ドレスの白からケープの淡いピンク、手にしたパルマ・スミレの薄紫まで色彩のグラデーションが、花で縁取られたモデルの繊細な表情とあいまって、コローの人物像に通じる叙情を醸しだしている。”と説明されています。コローの人物像に通じる叙情とはどういうものか分かりませんが、当時はあまり評判がよくなかったようで、“シャセリオー氏が描いた青白くて痩せぎすの人物像、肩は狭く、胸はくぼみ、緑がかった死体のような肌を持つ「カバリュス嬢の肖像」が、あの活気と健康に輝くような美しい若い娘であることに気がつくと驚愕する。彼女においては全身から生命が躍動し、光り輝いていて、数世代にわたる荘重な美の遺産を実に軽やかに受け継いでいるのだというのに。”とまあ、生き生きとした存在感がないというのが、この評の主旨だと思いますが。それは、人物表現としての絵画として言えることで、日常的に室内の壁に飾り、とくに鑑賞するでもなく、装飾として目に触れるという点では、かなり品質の高いものではないかと思います。多少官能的であっても、ついでに眺めるような場合には、生命感まで見ませんし、それよりも、見てすぐ美しいと分かるほうがいいでしょう。そういう点で、多少きつめの、目鼻立ちのはっきりとした顔立ちを、しっかり素描して、白やピンクの衣装と花を散りばめて、上品な色遣いで細かく丁寧に描いてある。肖像画を送られたモデルの当人と家族は、この肖像画を気に入って終生手放さなかったということですから、芸術とかいったことではなくて、肖像画としてはきわめて品質の高いものだったと言えると思います。この作品は、1848年のサロンにパリ市中では二月革命の騒擾があって、それとは隔絶されたノスタルジックで静謐な雰囲気に満たされているものになっているわけで、そこに反時代性とまでは行かないまでも、復古的なあるいは平穏とか体制維持あるいは、変革から目をそむけるといった姿勢が底流しているように見えます。家庭といった自分や、その周囲の小さな城をつくって、そこに逃避するといった、同時代にドイツで流行したビーダーマイヤーに近い心情とでもいいたくなるものです。
Chasseriaubel_2  ただ、シャセリオーの描く女性のタイプというのが、肉感的な官能性という方向ではなくて、目鼻立ちのはっきりとしたキツめの顔立ちの女性であることが多く、おそらく、彼の好みのタイプなのではないかと思いますが、「カバリュス嬢の肖像」もそうですし、素描ですが「ベルジョーゾ公女の肖像」でも、そういうタイプの女性を描いています。しかも、細身の痩せた身体つきで、「気絶したマゼッパを見つけるコサックの娘」のような、女性というよりも美少女に近いような女性を描いているので、女性の美しさといっても、官能的とか肉感的というよりは、純粋とか繊細とかいったニュアンスが強いため、頽廃的な印象はありません。敢えて言えば、題材の選択で救われている。そういうところで、シャセリオーの絵画というのは、革命によって解放された民衆ではなくて、それを傍観していたり、取り残されていた貴族社会の一部や裕福なブルジョワといった保守的な狭い社会に間での芸術といえるのではないか、と思えるのです。
Chasseriautocqueville_2  「アリクシ・ド・トクヴィル」の肖像です。モデルは有名な政治家、政治思想家で「アメリカのデモクラシー」という彼の著作は政治学を志すものにとっては教科書のようなものです。シャセリオーはトクヴィルと友人だったようで、この肖像もその縁で描いて贈られたもののようです。それゆえ、シャセリオーが必ずしも復古主義ということではないです。シャセリオーは、トクヴィルがそういう人であるということを背景や隠喩を用いて画面の中で表現として入れることせず、モデルの顔の外形を、細かく描写し、まとめることに徹しているように見えます。神話や物語の場面を描いた作品では構図の歪みが、効果を意識した人為的なものとは思えず、気になって趣きを減退させるところがあったのですが、「カバリュス嬢の肖像」もそうですが、肖像画の場合には、構図はおそらく、モデルを忠実なため、あまり気にならなくて、一見写真のようなリアルさを感じさせます。この作品であれば、人物の衣装の黒への光の陰影で身体つきの立体感をあらわすグラデーションや黒が光を反射して生地の高級感を表わしたり、上着と、首周りのスカーフの描き分けなどを見ると、この画家の技量の高さを見せ付けてくれます。私には、シャセリオーという画家の、特徴というのは、ロマン主義とかモローなどの象徴主義の画家の先駆けとなったところといったもの以前に、こういう表現をセンスよく使っていた、この後大衆社会の波に埋没していくことになる上流階級の上品さとかセンスをテクニックとして数量化したような作品を制作したところにあったのではないかと思えるのです。ただし、それは絵画の市場としては成熟市場として発展性の見込みのないところであったので、彼を継承して発展させる人がいなくて、本人の死とともに埋もれてしまう運命にあった、というとセンチメンタルな言い方になってしまいますが。実際に、この作品のような写真と見紛うような肖像画であれば、写真の方がコストパフォーマンスは数段いいわけで、商品としては競争に勝てないものでしかありません。
Chasseriauoacal  「狩りに出発するオスカール・ド・ランシクール伯爵の肖像」と「狩りに出るランシクール伯爵夫人の肖像」という、ひと組セットではないのですが、そう展示してあった肖像画です。上で見てきたように細かく質感まで描きこんではいなくて、近くで見ると筆触がのこる粗さがあります。それが、馬やイヌに顕著に出ていて、この人は動物の描き方が概して下手で、ロマン派の画家ジェリコーのように馬を描くことはできなかったようです。肖像画が上手いというのは、おそらく、シャセリオーという人は、描きたい、一番興味があったのは人だったのではないかと思えます。それ以外の動物とか、小物ののような事物、あるいは風景といったものは、その人物を描く背景程度の熱意しか持てなかった。そんな気がします。また、この場合の人物というのは、その外形で、顔つきとか身体つきといったところに限られ、例えば、顔つきに関して言えば、感情などの内面をあらわす表情には興味がなくて、顔の輪郭、つまり外形としての形です。したがって、歴史画とか風景画とか画面に空間を構成する設計のようなことや、静物画のような物体それぞれの質感、はだざわり、存在感といったものの表現は重視されず、形や色彩といったところに興味の重点が置かれ、画面にもそのような重点の置き方の違いが明確に現われている、といった作品の特徴になっていると思います。そういった意味で、シャセリオーという画家の資質には肖像画がもっとも適していたのではないかと思えるのです。これは、今回の展示で、それぞれのジャンルのシャセリオーの作品を見ていて感じたことです。

2017年6月13日 (火)

シャセリオー展~19世紀フランス・ロマン主義の異才(3)~2.ロマン主義へ─文学と演劇

Chasseriauapollo  20代になったシャセリオーはロマン主義的な作品を次々に制作し始めたということで、「アポロンとダフネ」という作品です。ギリシャ神話で太陽神アポロンからの求愛を拒絶したダフネは月桂樹になってしまうというエピソードを描いたものです。逃れようとするダフネは身体を弓なりに反らして弧を描いている姿は、足元が樹木の根の張った姿に変容しはじめていて、身体をいっぱいに伸ばしているのは、アポロンから逃れようとするのと、樹木の幹の上に伸びる姿に擬しているのと両方でしょうか。その垂直の方向性に、こころもち弓なりの曲線がかかっていることで女性の身体の流れるような曲線が強調され、アポロンが追い求め、手の届かない美を強調しているように見えます。そして、ダフネの顔には表情はなく、これはシャセリオーの特徴のようでもある感情とか心の内面を、あまり表情として描こうとしないのか、敢えてそうしているのか分からないけれど、樹木に変容し始めていることによって表情を失い、アポロンの求めにすで反応も反対もしないという冷たい拒絶という様相になっています。一方、アポロンはダフネの足元に縋りつくように追い求めるアポロンの姿は、美に対する芸術家の届かぬ憧れの姿を体現しているという評もあるようです。この作品のアイディアや構図は、ほとんどそのまま後世のギュスターヴ・モローによって使われていChasseriauapollo2 て、モロー自身もシャセリオーに対するリスペクトもあったということで、その作品も並べて展示されていました。モローはダフネを痩身にして人間の肉体を感じさせないようにしてより抽象的にしています。この「アポロンとダフネ」という題材もギリシャ神話の有名なエピソードで、多くの絵画や彫刻で取り上げられてきました。それらに対して、シャセリオーとモローの場合に際立っているのが、ダフネの描き方ではないかと思います。つまり、他の作品では、ダフネはアポロンから逃げる女性で、アポロンに対して恐れの表情だったり、逃れようとして必死の顔、あるいは今にも悲鳴を上げる、アポロンを拒絶するといった、かなり強い表情で描かれているのです。むしろ、ロマン主義の立場であれば、個人の内面の動きを強調するのですから、それがもっと強調されてもいいはずなのに、シャセリオーは、反対にダフネに表情はありません。すでに樹木への変容が始まって、人間的な感情とか表情が失われている、ということなのでしょうが。むしろ、そのような人間から無機物になったところを描くところにシャセリオーの特異さがあると思います。それは、敢えて言えば、世紀末デカダンスの変態的な性向、ネクロフィリオとか、人形を偏愛するとかいった趣味への親近性です。それは、シャセリオーの趣向を継承したモローには、明らかに表われていると思います。
Chasseriauninfu  「泉のほとりで眠るニンフ」という作品で、140×210cmという大作です。“森の泉のほとりで眠る裸婦。木々の茂りが織りなす深い緑を背景に見事なプロポーションの白い裸体が浮かび上がる。ヴェネツィア派以来の草上のニンフの図像の伝統を踏まえつつ、画家はとりわけ古代彫刻を思わせる裸婦の典雅なポーズの表現に心を砕いたことが分かる。だが、彼女が脱ぎ捨てたらしきバラ色のドレスや金の首飾りなどがその体の下に敷かれており、この裸婦が神話のニンフではなく、19世紀の同時代の女性であることも明かしている。澄み切った地中海の青空ではなく、画面左手の木々の隙間からは落日の赤光が覗いていることから、夕闇が迫る時間帯であることもわかる。さらに、女性の体は古代彫刻のように無毛で描くことを一つの約束事としてきた絵画的伝統を逸脱して、両腕を挙げた裸婦の左脇の下にはうっすらと生えた毛が隠すことなく描きこまれている。ゆったりとした筆で置かれた緑、バラ色、金色のハーモニーが静かに醸し出す詩情の一方、写実主義の萌芽を見ることができる作品である。”という解説がされています。この解説で、作品の概要を言葉にまとめていると思います。そうやって概要を掴んだところで、さきほどの「アポロンとダフネ」を思い出しながら、この作品を見てみると、じつは、女性の描き方がかなり共通しているところが分かります。それは両腕を挙げたポーズで、腋の下を露わにしている。身体の全体を背伸びするようなポーズをとらせている。顔の中で最も表情を表わすことができる目が閉じられている。片や樹木に変容し、片や眠っていて意識のない状態であること。それらは、末節的なところではなく、本質的なところで、シャセリオーという画家の裸婦に対する嗜好、あるいは志向が表われているのではないかと思います。たんに二つの作品だけを抜き出して指摘するのは恣意的と思われるかもしれません。しかし、他にも彼の代表的な作品に数えられるた思われる「海から上がるウェヌス」にも共通しているのです。他にも「エステルの化粧」「テピタリウム」「オリエントの室内」といった作品にも共通していると言えます。では、シャセリオーの裸婦に対する嗜好、志向とはどのようなところか。ひとつは、両腕を挙げたときの乳房をはじめとした胸、そして肩の筋肉、上半身の形態に対する好みです。この場合、乳房は吊り上げられるようなこととなって、豊かなボリューム感は減退しますが、垂れ下がるようなことがなく引き締まったプリプリした感じになります。乳房の出っ張った形態がハッキリします。そして、乳房をつり上げでいる肩から胸にかけての筋肉が盛り上がって、線がくっきりします。さらに腋の下の窪みとの対照で、盛り上がりが強調されます。また、敢えて言えば、腋の下の窪みへの偏愛もあるのではないか。この場合、腋の下の窪みは陰部の窪みになぞらえていると想像することができます。だから、腋の下の腋毛をあえて描いたのではないか、と思えるのです。そこから、シャセリオーの女性の身体に対して腰部よりも上半身への偏愛とまでは行かないまでも、志向があったのではないかと思われるのです。そこで考えられるのは、出産ということを避けながら、女性を性的対象として見る視線です。
 それは、裸婦の女性が肖像画のように描かれて、人物の外形の特徴を見分けられるような描き方で、女性の裸の身体も描かれているということです。ルネサンスのイタリア絵画のような透明感のある青空の下で陽光を浴びてピンク色に輝くような肌ではなくて、室内の暗い灯りでほの白く浮かび上がる肌です。つまり、女神の肌ではなく、日常の現実生活で見ることの出来る肌です。それが却って生々しさを感じさせる要素となっています。しかし、かといって後のマネのような脂粉にまみれた不健康な肌ではないのです。そこにシャセリオーの時代性があり、彼自身の本質的に身についていた上品さがあったと思います。だから、裸婦の身体の美しさは、リアリズムに徹しているわけでもなく、肖像画がおしなべてそうであるように、人物の特徴を備えていながらも、見栄えのするように手を加えています。裸婦のポーズや画面構成はルネサンスのイタリア絵画のパターンを踏襲した立派な裸婦像の形態をとっています。そのパターンを踏み外すことなく、しかも前記のような嗜好で女性が描かれている。したがって性的な視線の消費の対象として、品質の高い裸婦像が出来上がってくるというわけです。
Chasseriaumazeppa  このコーナーでは挿絵としてペンで描かれ、版画として流通した作品も展示されていましたが、ここでは触れません。油絵作品を見ていきます。「気絶したマゼッパを見つけるコサックの娘」という作品です。シャセリオーが数多く描いたオリエント風のエキゾチックな作品が、このころから制作され始めたということでしょうか。ロマン主義とかエキゾティシズムとか説明されていようですが、さきの裸婦像が視線の消費の対象となっているのと同じように、新奇さという点で観る者の消費の対象となる作品となっていると思います。ただし、そこにはシャセリオーの本来持っている育ちの良さゆえに、作品に品位を持たせて、芸術の絵画として伝統的な枠組みの中に収まっている。身も蓋もない言い方になりますが、私の見たシャセリオーのロマン主義とは、そのように映りました。作品に戻りましょう。“ポーランド国王に仕えてたマゼーパが有力者の妻と不義を働き、その罰として野生馬に裸で縛り付けられて荒れ野に追放された様子を描いた。”という題材で、過去にも題材とした画家が何人もいたということです。シャセリオーは“新たな表現を加えた。従来のように、危険に満ちた暗い荒野を疾駆する馬とその背で苦悶するマゼッパの姿を描き出すのではなく、本作での中心は、異国的な鮮やかな色合いの衣装と黒い瞳に黒い髪のコサック娘である。精根尽き果てて地面に倒れこむ馬を彼女が発見した瞬間である。時間帯は黄昏時であり、背景の夕空を織りなす茜色から薄闇のグラデーションや、飛び去る鳥のシルエットが抒情的でメランコリックな雰囲気をかもし出している。”と説明されています。この説明でも触れているように、この作品の眼目は、エキゾチックな少女の姿であり、野生馬とマゼッパの姿は少女と対照させるみじめさとして機能しているようてす。少女は、先ほど見たアポロンから逃げるダフネのように顔が分からないということはなく、顔の造作がちゃんと描いてあり、つかも目の大きな美少女という描き方のようですが、少女の顔には表情の片鱗もなく、ポーズも右手を無意味に伸ばしているだけで、たんに立っているだけの、まるで彫刻のようです。彼女には、普通であれば、目の前にあるように異常な出来事に対して、驚いたり、恐ろしくなったり、マゼッパの身体を気遣ったりするはずです。ところが、彼女は無表情で、良く言えば超然としているのです。それは、デカダンスの芸術家が好んで取り上げた、ファム・ファタールという周囲の不幸を糧にした美しい生き物のようにも思えてきます。つまり、シャセリオーという画家には耽美的傾向があるのではないか、ロマン主義というのは、そのための手段ではないかと思えてくるのです。もちろん、画家ですから美しさを追求するのは当然です。

オリンピックとかのイベントに期待するのはやめた方がいい?

 パンダの出産があったというニュースがありました。これはたいへん、おめでたいことだとは思います(ただ私には全く興味がもてないものですが)。そのもの珍しさ、いってみれば非日常的なイベントに引き寄せられる野次馬のような人々で動物園の入場者が普段を大きく上回り、動物園周辺の土産物店や飲食店が波及効果で売上が増えたり、便乗商品がつくられて一定の売上をあげたりする。いわばパンダ出産による経済効果が試算されていて、267億円にもなるそうです。大金です。関係者には切実で利益は喉から手が出るほど欲しいとは思います。でもそれは一過性のもので、その事業自体が拡大するわけではないのです。他方で、一時的ではあっても売上規模が増えれば、それに対応して従業員をふやしたり、規模を拡大しなければならなくなるでしょう。つまり、コスト構造も大きくなるわけです。だけど、売上増大が一過性であれば、イベントが終わると売上規模は元に戻って、少ない規模に減ってしまいます。その一方でコスト構造を拡大させたのを元に戻すことは、縮小させることになります。しかし、これは場合によってはリストラ(レイオフ)を伴うなど困難なことです。いったん大きくしてしまったのを、縮めるというのは大変なことなのです。かつて、バブル景気が崩壊して以来、日本企業は縮小に苦吟してきました。当時は、足掻くように本業以外に手を出して、多角化を図ることにより、縮小から逃げようとして失敗を重ねました。それだけ、やりたくないのです。そこで、売上規模を落とさないように、新たなイベントを求めて、一過性の売上の夢をもう一度と、図ることになるわけです。それが繰り返されると、一種の麻薬中毒のような事業運営に陥る危険もある。実際のところ、地方のシャッター商店街の活性化策でイベントを始めたはいいが、イベント頼みに陥って、イベントを開かないと集客できないようになり、イベントを絶やさないようにしているうちに商店街の本業と両立できず、人々は疲れてしまい、次第に本業が等閑になって、却って疲弊を早めたというケースもあるということを聞きます。
 オリンピックや万博も経済効果に期待する向きもあるようだけれど、イベント頼みになる危険は高いのではないか。イベントが終わった後の、つまりは祭りの後の喪失感が蔓延することは避けられない。これも同じです。
 地道に収入を重ねていたサラリーマンが、ある日宝くじで一等を当てて、億単位の多額な賞金を得たとして、それはおめでたいことでしょうが。いわばあぶく銭です。何もしないで、大金を得ることができしまうと、毎日セコく働くのがバカバカしくなって、他方で金遣いが荒くなって浪費癖が抜けなくなり、生活が荒れて、しまいには身を持ち崩すといった例が多いと聞きます。イベント頼みの事業と同じように、私には見えます。
 道徳めいたタテマエかもしれないませんが、脇見などしないで普段の日常的な事業を成長させることを、進める方が好ましいと思うのです。これは、私の偏見なのだろうし、良い悪いではなくて、好き嫌いで書いています。

2017年6月12日 (月)

人生とは自分の存在意味を消し去るためにある?

 『史記』の「五帝本記」は中国古代神話の国の始まりを記したものです。そこには、伝説の皇帝堯舜のエピソードが書かれています。伝説の皇帝堯がお忍びで市井に赴き、庶民の暮している姿を見て、自らの治世がうまくいっていけるかを確かめようとしました。そこで彼は街中で老人が、平穏な生活を謳歌しているのを見ます。老人は、皇帝なんているのか?と歌っていたといいます。皇帝を前にして失礼な話です。これは、中国古代の政治の理想ということとして司馬遷は語っていると考えられます。道教的な思想というのか。言ってみれば、理想の政治とは政治がなくなるということ。“万人の万人による闘争”が人というものであれば、それを治めるには政治が不可欠です。そういう闘争が起こらない世界を創り上げるのが政治の目的ということになるでしょう。もし、かりにその目標を達して、そういう世界が実現したとしたら、政治というのは必要なくなる。
 それは政治に限らず、人と人との関係において、人の理想の目標が、自身の存在意義を消失させてしまうものがあるといえるのではないでしょうか。実際に、その理想を粛然と受け入れている人々がいます。何か畏れ多いものと思われるかもしれませんが、ひとつの見方として、親が子を育てあげると、子は大人になって独立します。つまり、親を必要としなくなるわけです。とどのつまりは、親は子を大人に育てる。自分を必要としなくなるために子を育てる、ともいえるのではないでしょうか。
 こじつけかもしれなませんが、見方によっては、警察の目的は犯罪などおこらず人々が安心して暮らせる世の中を作ることとすれば、そうなった時に警察は必要なくなるわけです。また、真理を究明することが学問研究の理想だとすれば、もし真理に到達したときに学問は不要になるわけです。それは絵に描いた餅のようなもので、辿りつけない理想として、それが分かっていても、そこを目指して、眼の前の瑣事に足掻いているのが実情であるにしても、です。ある種、人の生き方には、そういうところがあるのではないでしょうか。この二つの例は職業でもあるわけです(経済や宗教にも同じことが言えるのではないでしょうか)が、このような究極には自己否定を目指すということ、これは人間にしかできないこと。決して、コンピュータには代替できないではない、と最近思うようになってきました。人生とは、自分の存在意味をなくすことを目指す。それは、まるでニヒリズムのように聞こえてしまいます。こんなことを若い人に言っても、理解できないでしょう。しかし、私のような年齢になって、人としてそれを心の奥底に持っているかどうかは、見ている地平が異なるものです。ということを言い切れる境地には至っていないのが、正直言って、寂しいのですが。
 私が、今、勤め先で従事している仕事は、集団の理想の姿になったのであれば必要のなくなるものであるはずです。そして、その実現を究極の目標として仕事をしているわけです。その理想を持っていなければ、私は保身をしていることになります。また、そういう理想をもてる仕事こそが、企業のなかで、コンピュータには、絶対に代替できないものであるはずです。技術でも、人事でも、営業でも、そういうところがあると思います。

2017年6月11日 (日)

シャセリオー展~19世紀フランス・ロマン主義の異才(2)~1.アングルのアトリエからイタリア旅行まで

 シャセリオーの習作からデビューのころの初期作品です。
Chasseriauself  最初に展示されているのは「自画像」で、画家が16歳の時の作品です。全体として薄味という印象です。伝統的、つまり古典的な薄塗りの画面で、お上手というものです。16歳でこれだけ描けていたわけですから、彼の肖像画はたしかに上手いと思います。この後で肖像画のコーナーがありますが、通常の場合、画家の回顧展で肖像画がまとめて展示されているコーナーは概してつまらないのですが、今回の展覧会では、その肖像画のコーナーが全体の中でも充実していた感じで、この画家は肖像画家としては一流てあったことを認めるについては、吝かではありません。しかし、それは肖像画としてであって、絵画作品としてはどうか(肖像画と絵画は違うのか、と問われれば、答えにくいのですけれど)というと、薄味なのです。弱いのです。例えば、人物の目に力がない。モデルの人物がそうなのだと言われればそれまでなのです。しかし、この人物の両目の瞳の焦点が合っていないように見えます。少し斜視気味で、これはおそらく鏡で自身の姿を見て、そのままを描いていると思いますが、そこで、目がうつろになっているように見る者には映ります。また、そして、全体としてノッペリと色が塗られているような感じで、それぞれの色を塗った面というようになっている。例えば顔の陰影については、影の黒く塗ったとそれ以外の肌色の部分は、それぞれが彩色された面のようになっていて、影の段階が追いかけられていないようです。だから、顔の立体性を感じ難い結果となっています。これは、同時代の画家たちの描く肖像よりも、後世の例えば、ヴァロットンの描く表層的で平面的な画面に似ているところがあると思います。これは若描き故の稚拙によるものかもしれず、これを以ってシャセリオーの志向するところというのは早とちりになるでしょう。ただ、陰影を移ろい行くように細かく描写することによって、怒りとか笑いのようにハッキリと表われる感情ではない、微妙な内面や気分のようなものを表現するロマン主義の志向性が、この作品にはほとんど認められません。むしろ、外形を表面的になぞることに心を傾けているように見えます。だからこそ、立派な肖像画になり得るわけですが。
Chasseriaucopy  「16世紀スペイン女性の肖像の模写」です。模写ということで修業時代のもので出来栄えがよかったので本人も気に入って保管していたものでしょう。スペイン・バロック風の黒を基調として、色白の女性の肖像が浮かび上がってくる。その肌の色や柔らかな質感、叙背課の顔の雰囲気など、今回展示されているシャセリオーの作品の中で、とくに印象深い作品の一つです。しかし、模写です。画家のオリジナル創作ではないのです。ネルサンス時代のような工房で画家が職人のように制作していた時代ならまだしも、近代の、とくにロマン主義の画家として個人の主体性が制作のベースとされていた時代の画家です。シャセリオーは、そのシャセリオーの作品の中でも、(オリジナルよりも)模写が印象に残るというのは、おかしいかもしれません。それは、シャセリオーの作品の中では、とくに肖像画の印象が強く残っているせいもあるのですが、この頃の画家の作品制作の根幹ともいうべきテーマとそれをいかに画面にするかということよりも、モデルを立派に画面に定着させる肖像画や、お手本を忠実に写す模写といった作品の方がシャセリオーの場合、レベルが高いと思われるのです。そこにシャセリオーという画家の本質的かものを私は感じました。それは、手法の洗練とでもいいましょうか。例えば、この「16世紀スペイン女性の肖像の模写」に戻れば、スペイン・バロックのある種の荒々しさ、エル・グレコなどもそうですが、筆の勢いがそのまま残されて作品に近寄ってみると、荒っぽいほどのものかせ遠目に眺めると全体に調和していて荒さが目立たない、そういう秘められた情熱の迸りのようなところがあるのですが、このシャセリオーの作品は、近寄っても繊細で滑らかで、まるでルネサンス時代の滑らかなで筆致を残さない作品のようでした。つまり、表層の滑らかさ、優美さといったところに、シャセリオーの真骨頂があるのではないか。それは、いってみれば頽廃にいってしまいそうなところです。だからこそ、ギュスターヴ・モローのような人が、彼のそういう匂いょ嗅ぎ取って、彼のフォロワーとなっていったのではないか、思うのです。これは、先走りすぎました。
Chasseriaureturn  「放蕩息子の帰還」という作品。旧約聖書の有名なエピソードを題材にした、画家が16歳のときにサロンに初出品した作品ということです。もともと、古くから多くの画家が、たびたび作品にしてきた物語で、例えば、当時ルーブル美術館にあって、シャセリオーも見たと思われるリオネッロ・スパーダの作品と比べると、明らかに似ているところがあります。手垢のついたような題材なので、どうしてもどこか似てくるのは仕方がないのですが、父と子が向き合い、老いた父が上から子を見下ろすように慈悲をほどこすように抱き、子が下から仰ぎ見るように下手にでている二人のポーズや位置関係は似ています。しかし、シャセリオーの場合は、若書きゆえにしょうがないChasseriaureturn2 のかもしれませんが、スパーダに比べて散漫な印象です。そのひとつの要因は、子の表情が父親に向いているのではなくて、観客を向いている不自然さにあると思います。いわば、ポーズをとっているのがあからさまなのです。それによって、父と子の関係が画面で決まっていないのと、子の表情が画面の中で浮いてしまってちぐはぐな印象になっている。そして、全体として色調が抑え気味なのはいいのかもしれませんが、スパーダのように暗闇に父子二人だけが映って二人のドラマが際立っているのにたいして、シャセリオーはドラマのような注意の集中がおきていないので、日常のひとコマを演技のようにわざとらしくやっている程度にしか見えないところがあります。とはいっても、全体にはまとまっているし、ちゃんと形になっているので、題名をみれば、それと分かる作品になっている。この画家の、歴史画を見ていて、どの作品にも共通して感じられる薄味、あるいはもの足りなさというのが、この最初期の作品からある、ということです。
Chasseriaudiana  「アクタイオンに驚くディアナ」という作品です。このころから、シャセリオーは師であるアングルの影響から脱して独自の道を歩み始めるというころの作品ということです。アングルのようにキチッとした構図やデッサンが決まっているところが稀薄になっているのは分かります。例えば、右手の水浴しているニンフと中央の後姿のディアナとのバランスが釣り合っていないので、ディアナが主役として引き立っていない。細かいところをいえば、後姿のディアナの背中や尻の描く場合、アングルであれば、もっと魅力的に、そこだけを見ても十分鑑賞に値するような世界と尻を描いてみせるのだろうけれど。それと、ディアナに衣を渡しているニンフと、水浴しているニンフの二人は顔が横顔と斜め正面で顔が見えるけれど、表情がなくて彫像のようで、闖入者への驚きも、怒っているはずのディアナに対する態度のようなことが見えてこない。右上の水浴から上がるニンフたちは立像彫刻のようです。全体として人物に動きのない類型のようなところ。そして、遠近法で描かれているのですが、先ほど指摘したように水浴しているニンフとディアナはどっちが奥にいるのか分からないような曖昧さと、小さく描かれている鹿に変化させられたアクタイオンの影やその周囲が舞台の書き割りのように平面的なことから、画面全体が立体的な奥行きのある空間の広がりがかんじられず、書き割りのように見えてしまう。それらのことをあわせると、リアルな存在感のある風景と感じさせない。私の個人的な印象ですが、20世紀のシュルレアリスム画家ルネ・マグリットの描く人工的な世界の表面的な感じに近いのです。つまり、シャセリオーの描く世界というのは、表面が滑らかでピカピカだけれど、どこか人工的なつくりもののようなのです。
Chasseriaustone  「石碑にすがって泣く娘(思い出)」という作品をみると、石碑の重量感のなさや表面、あるいは背景の樹木の幹の表面の滑らかさは、マグリットの描き方とよく似ていると、私には見えるのです。

2017年6月10日 (土)

シャセリオー展~19世紀フランス・ロマン主義の異才(1)

2017年3月 国立西洋美術館
Chasseriaupos  久しぶりに美術館をハシゴした。それは、いつもなら行かないような埼玉県の久喜の方まで出かけて、美術館でひととおり見終わって、時間が中途半端だったことと、美術館などにわざわざ出かけることも少なくなって(これは、私自身の気力も減退してきたことも原因している)、折角の機会なので、一時的に欲張ったためでもある。
 この企画展は、始まったばかりの時期でウィークデイでもあるし、多分空いているのではないかと見越したこともあるが、西洋美術館の人ごみは結構あったけれど、この展覧会の展示場所である地下への階段を降りると人影は少なくなった。展示作品数も、それほど多くなかったので、じっくりと作品を見ることができた。
 シャセリオーという名前は聞いたことがなく、まったく知らない人だったのでけれど、展覧会ポスターのこの女性の肖像を見て、興味をもちました。音楽でいうジャケ買いのようなものでした。で、どのような人なのかについては主催者の挨拶で簡単に紹介されているので、引用します。“今回の展覧会は、19世紀フランス・ロマン主義の異才テオドール・シャセリオー(1819~1856)の芸術を日本ではじめて本格的に紹介するものです。11歳でアングルに入門を許され、16歳でサロンにデビュー、やがて師の古典主義を離れ、ロマン主義の最後を飾るにふさわしい抒情と情熱を湛えた作品の数々を残して、1856年に37歳で急逝したシャセリオーはまさに時代を駆け抜けた才能でした。オリエンタリスムの画家にも数えられますが、カリブ海のイスパニョーラ島に生まれ、父親不在の寂しさや師との芸術的葛藤を抱えつつ、独自の道を探った彼自身が異邦的なるものを持ち、いずれの作品にも漂う甘く寂しいエキゾチシスムの香りが観る者の心に響きます。本展は日本で初めてシャセリオーの芸術を本格的に紹介するもので、油彩・水彩・素描・版画・資料など約90点によって画業全体を紹介し、断片を残すのみの会計検査院の壁画についても関連素描や記録写真などを通じて新たな光をあてます。さらに、シャセリオー芸術から決定的な影響を受けたギュスターヴ・モローやピュヴィス・ド・シャヴァンヌらの作品もあわせて展示し、ロマン主義から象徴主義への展開、そしてオリエンタリスムの系譜の中でその意義を再考します。”
 ここで、少し脱線してロマン主義のおさらいをしてみましょう。ロマン主義といっても絵画に限らず文学や音楽にもありますが、それはスタイルというよりも、個人の独自性や自我の欲求、主観など「個」を重視し、叙情的で感情的な表現を追求する考え方ということができると思います。その根底には、社会的抑圧に対する反発です。18世紀末から19世紀初頭にかけて、ヨーロッパはフランス革命とナポレオン戦争によって大混乱となりました。これはアンシャン・レジームとしての王政という権威主義体制に対して虐げられた市民の側から解放を求める動きに呼応するものでもありました。したがって、芸術の世界では権威である古典主義に対抗するというスタンスをとり、激しい表現に傾く傾向にありました。フランスのロマン主義絵画の代表的な画家として一般にあげられるのはドラクロワやジェリコーといった人々です。
 そこで、シャセリオーの作品の印象は、あいさつでの紹介にある“ロマン主義の最後を飾るにふさわしい抒情と情熱を湛えた作品”というのに、どこかそぐわないのです。もう少し教科書的な記述をしますが、シャセリオーが活動していた1840~50年のころというのは、フランス革命に対する反動の時代で、復古王政の社会で革命のロマンのようなものは挫折し、文学の領域でもロマン主義のヴィクトル・ユーゴーから、自然主義的なスタンダールやゾラが主流となっていく時代で、絵画では、この後、リアリズムを標榜するギュスターヴ・クールベが台頭してくるといった状況だったと思います。
 そこで、何を言いたいのかというと、シャセリオーの作品には、比較するのは適切ではないのかもしれませんが、ドラクロワやジェリコーの作品にあるような情熱的な激しさとか、理想主義的な未来を切り開くといったような力強い躍動感のようなものは、あまり感じられず、むしろ静的で落ち着いた上品さとか洗練といった印象です。むしろ、彼の師匠であるアングルに近いのではないかと思われるところがあります。一方で、彼の同時代と言っていい、自然主義とかリアリズムというものは社会の底辺の虐げられた人々を、従来の芸術では美の対象ではないとしていたのを、ありのままに描くという物でもありました。つまり、従来の芸術からは美しくないものを対象としたわけです。こういう状況の中で、シャセリオーは従来からの美の側に立って作品を制作していたわけです。つまり、ロマン主義のおさらいの中であげたような権威に対する反抗ではなくて、権威の側に立っているようなスタンスです。シャセリオーの作品には力強さがあまり感じられず、むしろ逆に洗練の裏腹であるひ弱さのようなものを感じてしまった。慥かに、古典的表現にはない冒険のようなこともしているのですが、例えば、裸女の描写で腋毛を描いてみたりしているのですが、どこか些末な感じで、理想の追求の形骸化のような印象なのです。個人を重視し、抒情的で感情的な表現というロマン主義の行きかたも、それは社会変革という理想のために個人が主導していくものであったはずが、シャセリオーの場合には、その遠大な目標が消失してしまって、むしろ個人の抒情や感情に沈潜する、もっと言うと逃避するニュアンスに近寄っているように見えるのです。つまり、趣向の中身が空洞化したからこそ、表層の表現に集中することができて、その結果独り歩きして洗練していった。それが、後の世代の象徴主義的の画家たちに影響を与えることになったところではないかと思えるのです。
 ここで先に結論を言ってしまうことになるかもしれのせんが、シャセリオーという画家が時代に埋もれてしまったのは当然ではないかと思えるのです。ここで、再評価の動きがあって、ここでも回顧展が開かれているわけですが、それでも、この時代に、過渡期に、こういう画家もいたという程度のマイナー、言ってみればビック・ネームに入らないその他に一括される中で例示されるといった画家ではないかと思いました。
 貶めるような言い方をしてしまいましたが、作品を見ていくことにしましょう。展示の章立てに沿って見て行くことにします。

2017年6月 9日 (金)

私はブルックナーをこう聴いている(8)~Ⅷ.ロマンティシズム素描

 第2楽章を聴く前に、ブルックナーとは直接関係ないことですが、準備段階として少しだけ寄り道させて下さい。ブルックナーの音楽については音楽評論家宇野功芳氏の著作を書店でよく見かけたり、各処で言及される機会に接することが少なくありません。私もいくつか著作を読んだりしました。これは私の個人的な読みなので、違うと思う方もいらっしゃると思いますが、宇野氏の著作では、ブルックナーの音楽について、“人間のはかなさと神の偉大さへの認識、これがブルックナーの音楽の本質へとつながっていく。彼の芸術は決して自然の描写ではない。自然から受けた心象なのである。だから大切なのは曲の形式でもなく知的理解でもない。<感じる心>と<直観>だけである。ブルックナーの本質は<透明な響きに隠された寂寥>であり、<内省>であり、<祈り>であり、<厳しくも孤高な魂>であり、<宗教的な浄福の境地>である。”また第8交響曲のアダージョについても“第3楽章のアダージョは世にこれ程美しい音楽があったのかと思われるくらいである。憧れ、祈り、嘆き全てが集約された驚くべき内容のテーマと言えよう。”とまあ写している方が気恥ずかしくなるような大袈裟な物言いに出遭うことになります。ここで、宇野氏がブルックナーの音楽を“自然から受けた心象”と断じ、そこから“憧れ、祈り、嘆き”を感じとっているように、このようなブルックナーの感じ方の根底には、音楽を感情の表出として捉えている感じ方が横たわっているように思えます。ですから、ブルックナーの音楽に対する態度として重要なのは、“<感じる心>と<直観>だけである。”というわけです。ここでは、このことについて考えたいと思います。
 感情という言葉を持ち出しましたが、ここで言う感情は日常生活で私達が体験している現実の感情、つまり喜怒哀楽といった個別的感情のことではありません。このような個別的感情は無秩序であり、直截的に表出されるものです。ここで言っている感情とは、このような個別的感情とは対極的な純粋化された純粋感情とでも言うべきもののことです。それは、私達の現実生活での各曲面での種々の個別的様相をもって働く心の動きから開放されたものです。つまり日常生活や現実の束縛から解放して私達を浄化してくれる感情であり、対象化しえない現実を越えた超越的感情です。この感情は、美学では「美的感情」と呼ばれていて、以下のように整理することができます(竹内敏雄監修「美学事典 増補版」弘文堂 より『美的感情』の項参照)。
 ①強烈・旺盛であると同時に、全体として静謐・明朗であること。
 ②この強烈さが内面化されて「深さ」の方向に発展すること。それも美的感情は明澄で静謐であめからである。そうしてはじめて感情は深さの次元に変質する。この精度と深度は日常の感情には求められない。
 ③一定の基本情調をもって振動する総体感情としての気分のうちに溶かしこまれ、これによって浸透され、色づけられていること。
 19世紀の近代ロマン主義は、このような感情のうちに魂の奥処の生命自体の神秘的流れの運動を感じとり、それを悟性を越えたものとして捉え、霊的なものとみなしました。このような運動と音楽の動きが重なるわけです。ロマン派の音楽は、こうしたバックボーンの許で準備されたと考えられます。例えば、ヴァーグナーも心酔したというショーペンハウエルは次のように言います。“音楽が表現しているのは喜びというもの、悲哀というもの、苦痛というもの、驚愕というもの、歓喜というもの、愉快というもの、心のやすらぎというものそれ自体なのである。だから音楽はいくぶんかは抽象的に、以上のものの本質を表現し、よけいな添え物をつけずに、また動機をそのなかに入れずに表現しているのである。(ショーペンハウエル「意志と表象としての世界」西尾幹二訳 中央公論社 P.484 21行)”
 しかし、これでは個人の主観的な思い入れと同一視されてしまう危険があります。実はロマン主義の美的感情には、カントが「判断力批判」で展開した共通感覚という概念の批判的摂取が基礎としてあるのです。共通感覚とは何か。英語でいうCommon Senseを、単純に訳せば常識となります。これを逐語訳すれば共通の感覚ということになります。カントはこの共通の感覚を人間は誰でも皆持っている。だから同じように悲しんだり、喜んだりできるのだということになります。ですから、彼によれば人間が普遍的に所有する共通感覚の働きのおかげで、音楽や絵画の美しさをア・プリオリに感受することができるというものです(カント「判断力批判」篠田英雄訳 岩波文庫)。しかしロマン主義ではこのような、皆が美しいと思うものは本当に美しい、という素朴な議論には満足できなくなっていたわけです。カントへの反動からか、フィヒテはすべては各個の自我の問題として片付けられてしまいました(フィヒテ「知識学への第一序説」岩崎武雄訳 中央公論社)。しかし、これでは個人の思い入れでしかありません。ロマン主義の哲学者シェリングは、1800年に発表された「先験的観念論の体系」の中で、自然の世界の上に成り立つ理論哲学と自由の世界の上に成り立つ実践哲学とを包含する、より高い第三の哲学を具体的に展開しようとしました。つまり、実在の世界である自然と意識の世界である自我を同一化して究極の統一的世界を図ろうとしました。その最高の場として考えられたのが芸術なのです(シェリング「先験的観念論の体系」赤松元通訳 弘文堂、「造形芸術と自然との関係について」神林恒道訳(ドイツ・ロマン派全集第9巻)図書刊行会)。ですから、芸術的な美的感情は、ここでは人間の意識の面を越えて普遍的世界に妥当するものとなるのです。例えば、次に引用するのはシューベルトのリートにもなったゲーテの「旅人の夜の歌」(相良守峯訳)です。
  すべての 峯に
  憩ひあり
  すべての 梢に
  かぜ
  絶えぬ
  小鳥は森に声をかわさめぬ
  さらば やがて
  われも 憩はむ
 この詩の特色は、主体と客体、つまり自我と対象、その両者の中間の距離が解消してしまっていることです。言葉は夕暮の情調の中に解消してしまい、夕暮は言葉の中に解消しています。つまり夕暮がおのずと言葉になっているのです。そして自我はうつろいゆくものの中で漂っているように受け取ることができます。これは主客が融合している状態と言うことができます。ここでは、美的感情のもとに人間と自然とが同調しているのです。内面的なものと外面的なものが同じような調子に整えられて、美的感情のもとにおいてはあらゆる存在の本質が一つになって調和するのです。そして、曩にも言いましたように純粋感情の表現として音楽が最も適したものという主張が為されたわけです。
 さて、音楽の中で純粋感情を表現する上で主な役割を担うのは実際には旋律です。したがって、純粋感情を表出する音楽というのは旋律優位の音楽と言うことができます。また音楽に純粋感情を聞き取るということは主に旋律を聴くということに他なりません。曩に続いて、ショーペンハウエルは、旋律は“全体を導き、拘束されない自由意志出、一つの思想の絶えず意味ある関連を保ち続けながら、始めから終わりまで進行して、一全体を表わす主声音”であると言います。彼にとって音楽は最高の芸術的表現です。それを可能にしているのは実際には旋律なのでした。つまり、旋律は“人間の思慮を経た生活と努力たる、意志の客観化の最高段階”なのです。そして音楽が感情の表現であり、同時に理性の表現であるのも、旋律に由来します。しかし“旋律はそれ以上を言い表わす。旋律は最も秘めやかな歴史を物語り、意志のいかなる感動をも、いかなる努力をも、いかなる動きをも描き、つまり、理性が感情という広い消極的な概念を総括して、それ以上はその抽象作用に取入れることのできないすべてのものを描くのである。それ故に、いつでも、音楽は感情と激情の言葉であり、言語は理性の言葉であると言われた。(ショーペンハウエル  前掲書)”
 それでは、このような音楽を聴くというのは具体的にどのような聴き方となるのでしょうか。音楽は聴く者の内面に作用して動かします。働きかけるのは精神とか悟性へではなくて、人間の主観的な中心としての心であり、感情の内奥に窺い知れぬ深みを持つ心情に対してです。音楽は心情の奥底に余響をとどめ感動を心情の深いところから呼び起こします。それは心と音楽との共感あるいは感情の交融です。聴く者の心情が単に圧倒されたり刺戟を受けただけでなく、内的感受性によって音楽と共鳴したということです。この共感に対して理由を問うことは不可能とされます。理由を問うのは共感しない人なのです。ここでは聴く者は音楽を自我に吸収して同化させると同時に、聴く者も音楽に溶け込んで我を忘れ心を奪われるわけです。自他の区別は解消し、我を忘れることで自己は失われ、心を奪われた人の意識は最早いかなる客体にも対立することなく、これから離脱し音楽の滔々たる流れに浸っていくわけです。この時音楽を享受するということは、自他の区別は解消していることから自己享受でもあるわけです。音楽は聴く者の中にあるのです。謂わば“魂の完全なる受動的帰依”、音楽の中への沈潜、それは作品を目の前にあるものとして捉えるのではなく、直接にそれを体験することなのです(ヴァッケンローダー「抽象と感情移入」 岩波文庫)。
 宇野氏がブルックナーの音楽を“自然から受けた心象”と断じ、これを享受するのに大切なのは“<感じる心>と<直観>だけである。”と言っているのは、宇野氏がここで考えたロマン主義の音楽体験の影響下にうることは明白であるように考えられます。しかし宇野氏について、他のことには敢えて目をつぶることにしますが、このようなかたちでブルックナーを深く享受しえたとして、どうしてこれほどまでに陳腐な言葉でそれを語ることができるのでしょうか。蓮實重彦は、かつて物語は知に従属し、知っている者だけが知らない者に向かって特権的に語りえたのに、フランス革命の第二帝政期(1852~1870年)以来、誰もが既に知っていることを確認しあうために物語るようになり、物語を通して知っているものしか知ろうとしない<説話論的な磁場>が形成されたと、説話論的な構造について述べています。彼によれば、この<説話論的な磁場>に生きざるをえない現代の人間は、自分の言葉で語っているつもりが、いつの間にか他人の言葉で他人の問題を語らされてしまっていることになります。このように語られた言葉を彼は<紋切型>と呼び、凡庸であるといいます(蓮實重彦「物語批判序説」中公文庫 P.30~)。感情というのは、本来、美的感情といえども個的なものであるはずです。カントの共通の感覚の素朴さに満たされなかったロマン主義者がかけがえのない個人の個的な感情を導き出したのに対して、宇野氏はあまりに紋切型で語ってしまい感情の主体である個人を圧殺してしまいました。それを殊更に大仰に語るのだから空虚にさえ感じられることを敢えて行なう理由が理解できません。繰り返すようですが、感情というものは美的感情といえども、孤独なもののはずです。聴く者と音楽との間には親密な愛がなければ成り立ちえないものです。私だからこそこの音楽を愛するのだし、この音楽だからこの音楽を愛するのです。ブルックナーの音楽はすべての人に語りかける音楽ではありません。それをあえて陳腐な感情表現の言葉で語ってしまうことでブルックナーと聴く者の親密さへの裏切りをおこなっているのではないか、宇野氏の姿勢そのものに大きな自己矛盾があるのではないか、というのが私の宇野氏に対する批判の要点です。ブルックナーは厳しい音楽だと言いながら、それを聴いて語っている自分が全然厳しくないのは、言っていることと行なっていることが食い違っているというわけです。
寄り道が、また長くなってしまいました。もとより、私はブルックナーの音楽についてこのような態度は取りません。特にこれからの第2楽章のような音楽について、どうしてか宇野氏のように語ってしまう弊に陥らないよう自戒をこめて述べさせて頂きました。

2017年6月 8日 (木)

私はブルックナーをこう聴いている(7)~Ⅶ.第1楽章(2)

 当初この文章を書き始めた時には第1楽章について、このように開始部と(1)、(2)というように分けるつもりはありませんでした。予定に反して長くなっていますが、お付き合い下さい。前章の寄り道では、ブルックナーの音楽にあるコントラストが強い緊張感を生み出す点でフリードリッヒの風景画の世界と共通するものを持っていることを述べました。しかし、フリードリッヒにはなくて、ブルックナーだけが持っているものがある。それが長いブルックナーの交響曲を聴き通すうえで、それがないと困るもの、それについて考えながら第1楽章の続きを聴いていくことにします。
 弱音で「暗い波の動き」の分散和音が現われます。木管楽器が絡みます。トランペットの動機は木管楽器で微かに奏され、続いてユニゾン動機が弦楽器のピチカートに乗って木管楽器で断片が提示されます。弱音で各声部がそれぞれ囁き合うように弦楽器の刻むピチカートのリズムにのって即興的にユニゾン動機の断片を掛け合いします。[9:00~11:20]ここで、おもしろいことに動機が断片に分解されても元の動機の旋律のかたちが変容するということはなくて、ベートーヴェンの交響曲の主題の展開のように主題が分解されて変容していくということは、ブルックナーの交響曲では見られません。動機は、対位法的な装飾が加わったり転調したりしても、あくまでもかたちは元のままであって、これはシューベルトの幻想曲風の展開を彷彿とさせるように思います。ですからここでは、交響曲としての主題の展開を論理的に追い掛けるというような、物語を読むような聴き方は必要ないわけです。その時々の即興的な感興に身を任せる心地よさとでも言ったらよいでしょうか。私の友人は、この楽しみを列車で旅行していて、車窓の次々に現われては消える景色を何気なく眺めている楽しさだと言います。色々な景色を楽しんでいるうちに列車は目的地に着いてしまうのです。ベートーヴェンの交響曲は目的地を立てて、きちんとした計画に従って旅行をするツーリストならば、ブルックナーの場合は時に道に迷いあちこち寄り道をしながら旅をするワンダラーと言うことができます(テオドール・W・アドルノ「楽興の時」三光長治訳 白水社  この中で、シューベルトの音楽を「さすらい人的性格」と評しているところから借用しました。)。ベートーヴェンの交響曲のような主題の展開がなく、主題(ここで、これまで遣わなかった主題という語を持ち出しましたが、これはあくまでもベートーヴェンの交響曲と対比するためだけに便宜的に用いただけのことです。だから、ここ以外ではこれまで通り動機という語を用います。)─しかも主題そのものがはっきりとせずに単独で明確な主題ではなく、いくつかのそれらしいものが集まって主題の群れを形成している。─が色々と手をかえ品をかえ出てくるのです。つまり、主題があちこちと彷徨(ワンダリング)しても一歩も前へは進まず、その場で堂々巡りをしているわけです。このような一種の循環性はブルックナーの交響曲全体の構造にも言えることです。最終楽章では、以前の楽章の主題が回顧的に再現されます。そして、最後はまるで開始部分に戻るかのように開始の動機で終わることが多い。ですから、ブルックナーの交響曲の展開が即興的とは言っても、セロニアス・モンクやチャーリー・パーカーなどのジャズやホロヴィッツやポゴレリッチの演奏するショパンのピアノ曲のように先がどうなるか予想がつかないような厳しい緊張があるわけではありません。先は既に定まっていてその経路の選択に幅があるという程度のものです。だからこそ、その瞬間毎に安心して身を任せることができるものなのです。
 ここで、このジャズやショパンの即興性とブルックナーのそれとでは、どこがどう異なるのかというのは中々説明しにくいものがあります。それは多分、新たに出現するフレーズを聴き取る際の時間意識の違いによる違いだと思います。ジャズやショパンの場合は、意識の時間が演奏の時間に一致するという状態にあるため、聴く者に常に新鮮な印象を与えると同時にその音を聴き逃さないように緊張を強いるものです。時間意識などという小難しげな言葉を遣ってしまいましたが、難しく考える必要はありません。その意味するところは、日常生活の中で日頃経験していてよくご存知のはずのことなのですから。例えば、友人の結婚式に招待されたとしましょう。披露宴で決まってある来賓の祝辞。つまらないですね。どうしてなのでしょうか。あれは、決まり切ったパターンに則って前日にでも下書きをしたであろう原稿をなんとか暗記して、とにかく失敗しないように型通りにやろうとするからではないでしょうか。こういう時の来賓の意識は、現実のスピーチしている時間とは一致していません。口では現在喋りながらも、意識の方は原稿の要点は全部言っただろうか、新郎の出身校を言い間違えないだろうかとあらぬところへ行ってしまっているのです。ところが一方、急に予定外に指名され準備もままならぬ風情の学生時代の悪友のような人が、始めのうちこそボソボソと無内容なことを呟きながらも、突然話が興に乗って、それを聞く人も思わず食事の手を止めて話に聞き入ってしまうことが時々あります。こういう時の悪友の意識の時間は、まさしく話をしているいま現在の時間とピタリ一致していると言うことができます。そしてそれを聞く出席者たちも、本当にこの話はいまこの場で初めて語られるのだという生々しい同時的体験を実感することができる。つまり、ジャズやショパンの即興性というのは、この悪友の祝辞のように、音楽家の演奏の時間と聴く者の経験の時間が一致して、現在起こりつつある新しい出来事を共有しうると感じられる面白さがあるのです。これに対してブルックナーの場合はどうなるのか考えてみましょう。彼は生来生真面目な性なので、友人の結婚式祝辞には十分すぎるほどの準備をして臨みました。彼は本当に生真面目なので、原稿を丸暗記、棒読みするようないいかげんなことはしません。キチンとその時の自分の衷心の言葉で話をしようとします。しかし、真面目すぎる彼には、自分がいま喋ったことが不十分であるという感じが常につきまとうのです。「新郎は○○大学を優秀な成績で卒業し…」と言えば、なにかいまの言い方は型通りのお世辞と受け取られそうだと、すぐに「本当の話で、その証拠に4年間でAを30個も取って…」と言い足しかと思うと、今度はこれでは成績がいいだけのガリ勉だと言っているだと思い直し、「成績ばかりでなくスポーツも万能で、とりわけテニスなどは…」などと言い出し始めて、とうてい時間内に祝辞は終わりそうになく、司会者に袖を引っ張られてむりやり席に戻されたりしてしまう。彼の時間意識は、いつも自分が喋ってしまったこと、すでに現わしてしまったフレーズ、つまり過去の方向に向いています(後藤雅洋「ジャズ・オブ・パラダイス」講談社 P.106より なお、時間意識については、滝浦静雄「時間」岩波新書 を参考としました。)。だからどうしても意識が現実の演奏の後を追ってしまうもどかしさを背負っているのです。そこがブルックナーの音楽の展開が、どこか言いたいことを言い切っていない、何か言い足りないような感じを受ける、同じことを何回もくどくどと繰り返す、そのためどんどん演奏時間が長くなってしまうという印象につながるのでしょうか。ですから、ブルックナーの音楽の展開の即興性というのは、一音でも聴き逃すまいといった脅迫されるような緊張は伴わないで済むのです。このように、たしかにブルックナーの音楽には強い緊張がありますが、その反面、とてもリラックスしても聴けるのです。それがないと、全部で約1時間あるこの曲を聴き通すことはできません。
 ユニゾンの動機の掛け合いの間が短くなってくるにつれて、音量も徐々に大きくなってきて、クライマックスはユニゾンの動機をオーケストラが強奏します。[11:00~12:40]
 これまでのクライマックスのいき方とは、ここのはちょっと違っていて、その点からもここが第1楽章の山場のクライマックスのひとつを形成しています。その違いとは何か、ブルックナーのクライマックスの部分を、どこでもいいから聴いてみて下さい。だいたい、ブルックナーのメロディ―複数のメロディの融合という構造的な特徴をもつ―を、元の複数のメロディの部分に分解して、それぞれを弦楽器群と金管楽器のみ(あるいは木管楽器をも含めて)の群が掛け合いをしていくうちに、掛け合いの幅を狭めていって双方の間の夾雑物を捨て去り対立感を高めていきます。掛け合いの幅が狭まるということは音楽全体の速度が増すということでもあり、それにつれて音量も増していくことになるわけです。つまり、対立感の高まりを全体の速度と音量の増量が煽って緊張を高めていき、その行き着くところがクライマックスということになるわけです。そして頂点に達するやメロディを分解されて掛け合いをしていた各楽器群が、一群となってユニゾンでメロディを高らかに奏することになるわけです。“音楽のクライマックスが緊張の絶頂であると同時に、大きな、底知れないほどの深い解決のやすらぎでもあるということ。(吉田秀和「私の好きな曲」新潮文庫 P.158)”と吉田秀和が書いているのは、このようなことを指すのではないかと思います。つまり、メロディを分割して掛け合いをするように対立していたものが、その対立による緊張の頂点で対立を止揚したようなユニゾンの演奏をするということです。しかし、私が注目するのはそのことではありません。緊張感を高めてクライマックスに至るプロセスはいいとして、その絶頂の瞬間にフッと息を抜くようにほんの少し音量を弱めて、緊張を解くのです。私が、ブルックナーの演奏を聴く場合、指揮者の好き嫌いを分けるのは、この抜き方によるところが大きいと思います。この絶頂での抜きによって、ユニゾンで奏されるメロディは推進力を持って流れるのです。ブルックナーの交響曲の中でメロディが最もうたう処のひとつがこのような処です。この一点を以て、ブルックナーの交響曲はヴァーグナーの管弦楽曲とは決定的に袂を分かつのです。(ちなみに、私にはブルックナーとヴァーグナーを近しい音楽とする理由が理解できません。何度聴いても、私には両者は全く別の音楽です。)さて、ここでのクライマックスはその抜きがなく、ユニゾンの動機を繰り返す時、二枚腰(というよりも火事場の糞力)のようにもう一段高い緊張でメロディをうたいます。ここは、全体の演奏を設計してここを中心に演奏を組み立てるような構築的な演奏では火事場の糞力の雰囲気が出ないし、かと言って刹那的に爆発するような演奏ではここだけの特別な感じが出ないというわけで、ここでの演奏には何かしら意識しながらも憑かれたような冷静な荒々しさが欲しくなります。
 ユニゾンの動機をオーケストラが強奏し繰り返すと、突然弱音のフルートがホルンを吹きつないで、オーケストラの強奏と弱音のフルートの対比があって、その後弦楽部によってユニゾンの動機の後半部をかたちを変えながら対位法的に掛け合いをしながら演奏していきます。[13:00~14:25]
 “暗い波のような動き”をする分散和音から、冒頭に戻ったような演奏が始まります。所謂再現部の開始らしいです。この分散和音は、これまで聴いてきたように曲の開始、展開部の開始、再現部の開始、そしてコーダの開始とこの曲の節目になっているようです。極端なことを言えば、この作品は分散和音に導かれるようにつくられているのかもしれません。[14:30~19:40]
 例によって分散和音から開始するとトランペットの動機とフルートによるホルンの動機が弱音で対比して、最後のクライマックスになってユニゾンの動機を強奏して漸く第1楽章が終わります。[19:40~21:20]この記述では、まだまだ楽器の重ね方の面白さとか、即興的な揺れ動きの興味など細部の魅力がたくさんあるのですが、これは聴く時の感興で楽しんでいるので文章にしようとすると、どうしても洩れてしまいます。できる限り細部の例外的な動きを肯定しながら、ブルックナーの音楽の豊かさを記述したいと思っているのですが、中々うまくいきません。それだけ、私にとって音楽を聴くということは即興的な性格が強いのかもしれません。

2017年6月 7日 (水)

私はブルックナーをこう聴いている(6)~Ⅵ.ブルックナーとフリードリッヒ

Bruknerfred  前回の最後のところで、ブルックナーの音楽の中に強いコントラストを感じさせられる処があることを述べました。ここでは、そのことについて少し寄り道をします。
 18世紀から19世紀にかけてドイツで活躍したカスパー・ダヴィッド・フリードリッヒという画家がいます。この画家の描く風景画にはきわめて強いコントラストが内包されており、それが観る者に訴えかけてきます。たとえば、《山上の十字架(別名:テッチェンの祭壇画)》という作品。深閑たる森の中で、日没の淡い斜光を受けて山の頂に十字架が立っているというものです。しかも、十字架はキリストが磔刑にされている像なのでしょうが、真正面でなく斜め後からの角度から描かれて、観る者に背を向けています。見て下さるとお判りになると思いますが、前景の山の頂上部分はシルエットとなって壁のように聳えていて、奥への視界を遮っています。つまり、この山の向こう側に開けているであろう眺望を見ることはできないわけです。そして、この山の背後には遥かに夕焼けの空がひろがっています。ここには、多種多様なものが謂わば書き割り風に前景、中景、遠景、と配置された遠近法による空間の奥行のパースペクティヴが欠如しています。前景である山の頂上と遠景である空の間に空間的なつながりが感じられません。両者はまるで別々のように画面上で強いコントラストを形成します。さらに、前景である山の頂上の周辺の植物や岩塊は細部にわたって精密に描かれているのが、コントラスト感を尚更煽ります。また、前景の山はあたかも遥かな空中から眺めたように見えるのに、個々の要素はすぐそばから観察したように見えます。これでは、この絵を見る場合の視点というものが、はっきりと定められません。このように書いていくと、私がこの絵を貶しているようにみえるでしょうが、実はこれが魅力でもあるのです。遠近法というのは視点をしっかり定めて、安定したパースペクティヴのもとで三次元の空間的奥行を表現します。そのような絵を観る場合は、一つの特権的な視点から観察するが如く画面を静止的に享受することができるというわけです。しかし、《山上の十字架》では、それらしい視点がないのです。さらに、この絵のまわり額縁が特徴的で、額縁というよりは窓枠のような形をしています。この絵の視点は絵の内部にあるのではなくて、外部=窓の手前にあると考えられます。具体的に言うと、この絵を観る者は額縁=窓枠越しに観ることになる。窓の奥には足を踏み入れることはできません。しかし、視線は窓に導かれるように、前景、そして遠景とすすんでいきます。ここで前景の山頂の上に立つ十字架、磔刑になっているキリストは真正面ではなく、斜め後ろの角度から描かれ、観る者に背を向けています。このことが、観る者の視線を画中のキリストの視線と重なるかのように画面の中に引き込む作用を果たしていると同時に、遠景との分離をも意味しているのです。つまり、この絵を観る者は、見つめることはできても、足を踏み入れることも、手を触れることもできない世界を感じざるをえません。また、フリードリッヒのこの作品では、夕焼けの光に輝く遠景と暗くシルエットになっている前景という光と影のコントラストを形成しています。しかし、そこでも光の中心に向かって同心円を重ねるように薄い絵具を幾重にも重ねることによって、ごくわずかずつ均等に明るさが増していくような、純粋な光の集中的効果が生み出されているのも見ることができます。画面の奥へと順次視線を導いていくような遠近の奥行が欠けている空間は、輝きとシルエットによって隔てられるとともに、光の輝きの集中によって引き締められ、統一感を与えられているのです。
 ブルックナーの音楽に厳しさとか峻厳さを感じるという時、前章で触れたようなコントラストの強さによっているのではないでしょうか。その点で、フリードリッヒの絵画はきわめてコントラストが強く、しかも剥き出しになっていて、風景画であるはずのものが教会の祭壇に置かれてしまうという、観る者に宗教的な感情を抱かせてしまうもので、ブルックナーの音楽と通じるところがあるのではないかと思うことができます。しかし、フリードリッヒの作品を観て感じられるのは、慥かにブルックナーの音楽にも一脈通ずるようなコントラストの強い世界ですが、間をつなぐ中景の欠落した光輝く遠景と暗くシルエットの前景との断絶というように手の届かない遠い世界を自覚せざるをえないのです。遥かな光輝く世界への憧れはいつでも憧れに留まるからこそ強烈でありうるのであって、決して成就されえないものに意識的に向かい合うという、アイロニカルな意識のその一点に止まっているのです。謂わば瞬間の世界なのです。だから、観る者は強いコントラストの緊張に耐えられるわけです。もし、短くても1時間近くかかるブルックナーの交響曲にそのような緊張を強いられるとしたら、耐えられないのではないでしょうか。少なくとも、私は耐えられません。お互いに強いコントラストから緊張の高い世界を形成する点で共通しながら、ブルックナーの音楽にあってフリードリッヒの絵画にないものがあるようです。それについては、後の章で考えていきたいと思います。
Takerome3  次にいく前に、ブルックナーとフリードリッヒが袂を分かつものとして、フリードリッヒの側から《海辺の僧侶》という作品を挙げることができます。この作品は《山上の十字架》よりも更に要素を切り詰め単純化された空間を構成します。画面の大半が天空に覆われ、この茫漠たる空間の中に一人の修道僧と数羽の鴎、これがこの作品に描かれているもののすべてです。画面の六分の五あまりを空が占めています。その空は澄み静まりかえっています。嵐の気配もなければ、陽も射さず、日の光もなく、雷光も雷鳴の轟ききもありません。また、空の下に広がる海原には、艀も船影も何も見あたりません。砂丘には緑の草ひとつ生えてもいない。《山上の十字架》では前景と遠景が無媒介に対峙し合う画面構成によって、遠近のコントラストが強調されると同時に、中景は抜け落ちてしまって謂わば画面の深淵として空間の分裂を意識させられます。これに対して《海辺の僧侶》では中景が拡大され大きく拡がる空と海が虚無の風景として可視化され、深淵の象徴として観る者に迫ってくるのです。しかも、この虚無のひろがりが画面の中で水平に伸びていて絵の横で限定されていないため、果てしない印象を与えます。そして、画面の水平の無限の広がりに対して、唯一の垂直に交わるのが僧侶です。この僧侶は広大な風景の中でたった独りで立っています。さらに、この僧侶は後向きで、やや首をかしげ、手を顎にのせたメランコリックなポーズをとっていて、孤立性を強く印象付けられます。この絵を批評した劇作家のクライストは“…私自身がそのカプチン僧になった(ゲルトルート・フィーゲ「カスパー・ダーヴィド・フリードリッヒ」 松下ゆう子訳 パルコ美術新書 P.43)。”と言いました。この絵の僧侶の姿には、観る者を感情移入させるようです。フリードリッヒは《山上の十字架》では、観る者の位置を額縁=窓枠の外に置き窓枠を通した幻想の光景として示したのに対して、《海辺の僧侶》では観る者を絵の内部に引き入れ孤独の体験にさらしたと言うことができます。このような瞬間に凍りついたような超絶さというものは、絶えず動き流れるブルックナーの音楽からは感じることのできないものです。

2017年6月 6日 (火)

欧州のテロ事件についての無責任な放言

 このところ、ヨーロッパを中心に市街地などでテロ行為があって、多数の人々が犠牲になった事件が頻発しています。先日の英国のコンサート会場での事件については、その当日のコンサートを開いていたミュージシャンが、同じ市内の別の野外会場でより多くの人を集め、豪華ゲストも参加した大々的なコンサートを開いていたのが報道されていました。犠牲者への哀悼とか、テロに屈しない姿勢とか、色々な意味づけはできるでしょう。また、以前にパリで新聞社がテロに遭った時は、街の人々が屈しないとデモンストレーションを繰り返していたのが報道されてもいました。だからといって一般化してしまうのは強引かもしれませんが、ヨーロッパの文化というのか、暗黙の前提なのでしょうか、こういう場合、正面から戦おうとする、その姿勢を鮮明にしようとする。たとえ、暴力には力でも、暴力に対して平和的に対するのであっても、それらは手段の違いだけであって、いわば売られた喧嘩を正面から受けとめ買っていることでは同じです。この場合、やり過ごすとか、静観するといったことは、選択肢にそもそも入っていないように見えます。それは、まるで、ゲーム感覚、あるいは中世の騎士道の一騎打ちの姿勢を見ているようです。沢山の死者がでたことに対してゲーム感覚という言葉は不謹慎かも知れませんが、勝負する、ということがまず前提で、逃げるというようなことは考えられない。この場合、勝負することには理由付けは必要ないでしょうが、逃げる場合には、「なぜそんなことするのか?」ということを言われることになるし、倫理的に正しくないと言われることになりそうです。それはヨーロッパというローカルな地域の特殊な考え方と私には見えることがあります。最初のところで少し触れた、テロに遭った近くで大々的なコンサートを開いて、こみよがしに人を集めて、間接的にテロの理不尽さを説いたり、屈しない姿勢をみせたり、当人たちは自身を鼓舞しているのでしょうが、それは他方では、相手側を挑発することでもあるでしょう。そのメリット、デメリットを衡量することよりも、自分たちの旗幟を鮮明にして主張するのを最優先する。この場合、別の視点でみれば不合理です。しかし、当人たちにはそんなことは考えていないし、報道でも、その人たちの姿勢を称揚している。そこに偏向が、私には見えてきます。そして、当人たちや報道は偏向とは思わず、普遍と思っている。というよりも、当たり前なので、それを意識などしていない。そこに、異文化に対する深層での拒絶があるように見えてしまいます。自分たちは絶対に正しくて、相手は絶対的な悪という、単純化された二元論。あからさまに口に出して言うわけではありませんが。このような場合、両者の間の対立は深まるばかりで、行き着くところまでいくしかないところに追い立てているように見えます。
 こんなことは、私が他人事として、これらの事件を見ているから、言えることかもしれません。

2017年6月 5日 (月)

私はブルックナーをこう聴いている(5)~Ⅴ.第1楽章(1)

 昨日の寄り道で、ブルックナーの音楽は階層構造をしていて、それが中世のゴシック建築の感じに通じるところがあるということを述べました。しかしまた、階層構造と言っただけでは収まりきらないということも併せて述べました。それはそれぞれの階層が流動的だからです。前々章の所謂「暗い波のような動き」は複数の分散和音であると同時に、通奏低音でもあり、金管楽器の動機を導く動機でもあったりするわけです。だから、ブックナーの音楽は、同時に共存しあう複数の音楽エレメント(例えば“暗い波のような動き”をつくりだす分散和音)がその都度織りあげては解きほぐしてゆく謂わば階層状の有機的組織と言うことができます。9曲の交響曲の各々に明確な個性があるとは言えず、ワンパターンを繰り返しているかのように見える交響曲という形式、或いはアダージォだのスケルツォだのといったものは、この階層状の組織にさまざまな刺戟を与える契機にすぎないと言ってもいいと思います。(私は契機と言いましたが、ブックナー自身がそうした口実として交響曲を考えていたなどと主張したいわけではありません。たぶん、作曲家ブルックナーは、そんなことは考えてもいなかったでしょうから。)ブルックナーの交響曲がワンパターンのように繰り返されるのは、「暗い波のような動き」をつくりだす分散和音をはじめとする複数の音楽エレメントの共鳴作用を導きだすためにはなくてはならない要素です。ただ、これらの複数の音楽エレメントの中に特権的に主題だの主旋律だのというような特権的エレメントがひそんでいて、その進展を有効に支えるべく他のエレメントが利用されるといった関係はここでは聞こえてきません。あらゆるエレメントが、ゴシック建築のアーチをつくる石のように同じ資格で作品に加担しているのと言っていいです。その関係は、あくまでも同時的な共存なのです。問題は、交響曲とかアダージォとかスケルツォとかいったものが、ブルックナーの作品のみならず、ブラームスでもベートーヴェンでも、クラシック音楽を愛好する者なら誰でも納得しうるものであるのに対して、所謂“暗い波のような動き”は、あくまでもブルックナーの作品の内部でのみ聴くものを納得させるものなのであって、その意味で、こうしたブルックナーの作品の特質と言いうるものを鮮明に示すと言うことができるのです。
 ところで、一昨日は所謂ブルックナー開始の部分でしたので、逐音的に追い掛けてみました。しかし全編にわたってこれを行なうのは、私の耳では不可能です。それで、これ以降は適当にピックアップして聴いていきたいと思います。作品冒頭の分散和音の“暗い波のような動き”に乗って、トランペットが第1音を長く伸ばした高所から降りてくるような動機を開始のファンファーレのように始める。それをフルートが橋渡しして、ホルンがそれに下から応答するように第1音を伸ばし気味に仰角的な(上昇気味の旋律)動機で続きます。この後、最初のクライマックスとなります[0:00~1:00 CDにカウントされている演奏時間、ここでは開始が0:00なので、開始かに1分のでということ、以下、この凡例にしたがって時間を目安として注記していきます]。このクライマックスにおいてオーケストラのユニゾン(?)でffの第1音を長く伸ばした後下降する動機が、さらに一拍おいて弦による弱音の動きの少ない動機が演奏されます。この動機は前半と後半で正に動と静のような対比できくことができて、動である前の動機は冒頭のトランペットの動機のリズムを切り詰めて音程の上下を強調させたように動きを凝縮させ、静である後半の動機はホルンの動機の音程の上下の動きを抑えて旋律が静かに横に流れるようにしているようにきこえます。また、前半と後半のそれぞれの末尾で韻を踏んでいるかのように細かい上下の動きをすることで動機全体の統一感を強めており、つまり、トランペットとホルンの動機を融合させて成長させたもののように聞こえるわけです。このユニゾンの動機はもう一度繰り返されたあと、ホルンの短い橋渡しから、オーボエが短くユニゾンの動機後半の静の部分を演奏し終わりの下降音階を繰り返すと、今度は弦が強く同じことを弾き、金管の刻みが加わって下降音階の小さなクライマックスに達します。[1:00~2:35]ある解説書は、このユニゾンの動機を交響曲の第1主題としています(「作曲家別名曲解説ライブラリー5 ブルックナー」音楽之友社 P.57 23行)。また、別のある解説では、冒頭のトランペットの動機を第1主題としています(「ブルックー/マーラー辞典」東京書籍)。このように解説書によって第1主題の受け取り方が全く違うのが、ブルックナーの主題の特徴ではないかと思います。この場合、どれが第1主題かと問うのは無意味としか思えません。どれが第1主題かなどというのは、どうでもいいことなのです。それよりも、この先、曲が進行していくと尚更明らかになりますが、例えばトランペットの動機とホルンの動機がそのまま現われる時と、それらが融合してユニゾンの動機として現われる時とが、同一でもなく全くの別物でもないというような、通底しあい、葛藤を内包しながらも豊かな調和を生きることで、音楽全体の階層状の組織に微妙な震動を波及させるとき、ブルックナーの音楽は生き生きとした生彩を帯びるのです。最初のトランペットの動機がきこえてくると、これが第1楽章全編にわたって執拗に繰り返される単調さに、私はああまたかと些かげんなりとしながらも、またその一方で、ホルンの動機や弦楽器の分散和音などのような関わりを持つものが、どのようにしてこれと絡んでくるのか、その時を見守ることになるのです。つまり、交響曲のソナタ形式のプログラムが、私にはトランペットの動機が他と絡んで変わったりする全体の流れとして現われてくるわけです。この場合、聴く私が一見、単にソナタ形式のパターンでしかないかに感じられる音楽の動きの背後に、トランペットの動機と他との戯れが煽りたてるサスペンスを張りめぐらさずにはいられないのです。この戯れが、交響曲的な主題とその展開という面でのブルックナーの音楽は単調に聞こえてしまうにもかかわらず、豊かな拡がりと複雑さを与えているのです。
一旦総休止した後、冒頭の繰り返しが長調に転調して低く短く再登場します。トランペットの動機がこれに続きますが、今度はホルンの動機に続かないで、トランペットの動機をトランペットとフルートが交互に吹きます。そして、両者の受け渡しの感覚が次第に短くなり他の金管楽器も加わりクライマックスに達すると、ユニゾンの動機が前より低い音程で演奏されます。ホルンとフルートが後半部分の末尾を短く吹いてつなぐと、弦楽部によってこの末尾の音形を長調に転調させて、弦楽四部で掛け合いをするように演奏されます。[2:30~4:30]末尾の音形は4音による下降ですが、これをヴァイオリンが問い掛けるように演奏すると、これに応えるようにヴィオラなどの内声部の音が浮き上がってくるのが、ひとつの聴きどころかもしれません。ブラームスなどは内声部の音が分厚くて、それが全体の響きの基調となってオーケストラの各声部の間の接着剤の役目をしています。そのため全体の響きが内声部を中心に重く分厚くなっているのです。ブルックナーの場合では、むしろ内声部が独立して動くことが多く、全体の響きにはブラームスのような渋さや重さは感じられず、寧ろブラームスにはない明快さや響きの薄さが感じられます。それがこの部分ではよく現われていると思います。ヴォルフが“同時に生み出され、互いに欠くことができない二つのメロディ線があらわれる。両者は互いに引き立て合う(ヴェルナー・ヴォルフ「ブルックナー 聖なる野人」喜多尾道冬・仲間雄三訳 音楽之友社 P.163 11行)。”と書いているのは、このような箇所のことでしょうか。個々のパートのメロディがそれぞれヴォルフの言うように“欠くことができない”存在で、それらが互いに共存してひとつの場をつくりあげている。ここに、音楽の豊かなふくらみが生じてくるのは、これまでに何度も述べてきたことです。しかも、ここではメロディの流れがどれも上下の動きよりも横に流れる動きが豊かで、全体に競ってメロディの線が伸びていく感じがします。その意味でユニゾンの動機の後半部が遥かに反映していると思ってよいのではないでしょうか。さて、弦楽四部の掛け合いにはホルンなどの管楽器が加わり何度か繰り返されます。4つの音を介しての下降によるヴァイオリンの問い掛けを重ねていくうちに全体の音量が大きくなり小さなクライマックスをつくります。[4:30~5:45] 突然弱音となり、また強くなってコントラストを見せると、小さなクライマックスでこれまでとは全く異質な動機が始まります。ffで弦楽部と金管楽器によって2音単位の幅の少ない下降の音の動きが提示され、それに対位法的に絡むように弦楽部が副旋律を形成します。これが多分2小節程度の長さで、その後突然ppとなって上昇の音の動きを示して、前と強い対照を印象付けられます。動機自身の中に対立を内包しているのです。これを繰り返して、トランペットが派生するように弱く音を細かく上昇させ問い掛けをすると残りの声部が強く音を伸ばし気味に下降の動きで応えます。[5:45~7:00] この一連の動きを繰り返して一度盛り上がり頂点で冒頭のトランペットの動機から派生したような音形が現われると、弱音となりこの音形を各声部で受け渡しながら消え入るように弱くなっていきます。[7:00~9:00] さて、上述の異質な動機は、強い対照(コントラスト)を内包しています。ff/pp、下降の音の動き/上昇の音の動き、長い音/細かい音。以上のような対照が掛け合いをするのです。さらに述べたようなブルックナーのオーケストレイションはブラームスのような内声部が接着剤となって各声部の響きを求心的にまとめあげることがなく各声部の独立性が顕になるために全体としての響きは薄っぺらになってしまうため、このようなコントラストがなお一層強調されて聞こえてきます。これが階層状の組織としてのブルックナーの音楽にアクセントを与えるのです。様々な細部が積み上がって複雑な階層状をなしていると聞いて、スタティックな印象を持たれたことと思います。これにアクセントを与えダイナミックにしているのが、ここでの強い対照ということができます。私が異質と述べたのは、そういうわけです。そして、このような異質な要素が入りこむことで、交響曲の主題的な統一性は不均衡となってしまいますが、反面ブルックナーの音楽に生き生きとした動きを与えているのです。それがまた、ブルックナーの音楽の包容力の豊かさを示しているとも言えると思います。

2017年6月 4日 (日)

私はブルックナーをこう聴いている(4)~Ⅳ.ブルックナーとゴシック建築?

Brukneramian  前回で触れられなかったことがあります。ここでは、そのことを少しだけお話ししたいと思います。開始部分の分散和音の「暗い波のような動き」が、実は低弦の前のめりの循環と、ヴァイオリンの前へ前へ…の上昇と後へ後へ…の下降という幾つもの動きを包含していることは前章で述べました。このことでブルックナーの音の動きに大きな広がりを感じさせられるわけです。そしてまた他方では、この「暗い波のような動き」が曲全体を動かしているとも言えるのです。前章で開始部分の私なりの素描を行なった際、「音楽の流れ」という言い方をしました。比喩的な言い方になりますが「暗い波」がいくつも寄り集まって、全体の「流れ」をつくるというわけです。具体的にはどうか、ということは前章の記述を参照して下さい。ヴァイオリンの前への下降の動きが優勢になると、「暗い波」は推進力が増し、また管楽器が後に引かれるようなアクセントでの動きと、ある時点では動きの方向が均衡して曲全体が静止したり、次の時点では大きく前へ進んだりという具合です。この「暗い波のような動き」をする分散和音が曲全体の節目節目の至る所に現われるのです。例えば第1楽章では、音楽の流れの節目には必ずといっていいほど現われています。第3楽章のスケルツォ主題など分散和音の変形ととれないこともありません。第4楽章も冒頭は分散和音です。こうしてみると、ブルックナーの音楽の流れは一種の階層構造を持っていることに気が付きます。階層構造などというと難しく聞こえるかもしれません。例えば、海を想像してみてください。海岸に立っていると大波小波が寄せては返すがわかります。海原の至る所に小さな波が起こりそれが寄せてくるわけです。これらの小さな波を呑み込むような大きな波が起こり、その大きな波が幾つも集まって大きな海の流れが起こる、それが海流です。小さな波から海流まで色々な波が何段階にもバリエーションがあり、それらが互いに関わり合ってということです。そして更に様々な階層の波がすべて平等に扱われているのが何よりもブルックナーの音楽の特徴と言うことができます。小さな波は最大の海流の部品ではないのです。具体例はこれまでのところで何度も触れてきているので参照して下されば幸いです。
Brukneramian2  さて、ここで寄り道をします。ブルックナーの音楽そのものとは離れますので、興味のない方は次章までとばしてしまって下さい。上述したブルックナーの音楽の多層的な階層構造というと、私は中世のゴシック建築とりわけ大聖堂(カテドラル)を連想してしまうのです(こじつけですが、ブルックナーの音楽を建築に喩えているのは私以外にもオーストリアのカトリック教会のバロック建築に見立てている吉田秀和(「LP300選」新潮文庫 P.205)のような例もあります。他方、ゴシック建築を持ち出すならば同時代のノートルダム楽派に対して(皆川達夫「中世・ルネサンスの音楽」講談社現代新書 P.91)が適当かもしれませんが、この文章はあくまでも私の独断と偏見の聴き方に基づくものですから。)。パリ郊外のシャルトルの大聖堂やアミアンの大聖堂など12世紀から13世紀にかけての時期の建築です。大きな特徴として、ばかでかいこと、多くの尖塔が高く聳えていること、バラ窓と呼ばれる大きな円形のステンドグラスが正面にあることなど、すぐそれと判ります。このゴシック建築の構成についてアーウィン・パノフスキーという美術史家は「ゴシック建築とスコラ哲学」(前川道郎訳 平凡社)のなかで次のような指摘をしています。パノフスキーはゴシック建築とスコラ哲学の間に、著しい平行関係があることを指摘しています。彼の挙げる平行性とは、部分と全体の関係におけるものです。彼によれば、スコラ哲学の記述形式の特徴はまず、神は存在するという究極で唯一の命題からすべての記述が展開されるという演繹を主として用いていることであり、またその展開の際の精妙で徹底的な階層性であり、そしてその厳密な階層的な展開の結果として生じる、同一階層に所属する各部分の等価性です。全体はまず冊に分解され、冊はさらに章に分解され、章はさらに項に分けられ、論述は演繹的な手続きを経ながら、細部へ向かって限りなく階層的に分解されていく。これが、彼の言うスコラ哲学です。そして、この階層的分解こそが、ゴシック建築の構成論理であったと、パノフスキーは指摘します。まず全体は身廊、袖廓、シュヴェ(教会の東端部、内陣と周廓のこと)という三つの部分に分解されます。分解されたそれぞれの部分は、さらに再分割されます。身廓は中央の主廓を中心にして両側に側廓を持つ形式に再分割され、シュヴェの部分もまた同一の形式に従って、内陣と周廓とに再分割されます。このような階層性はゴシック建築のすべてを覆い尽くしていると、彼は言います。支柱は大柱(ピア)へ分割され、大柱はさらに小柱(シャフト)へと分割され、小柱はさらに細かい小柱へと再分割されます。このような特性を持ったゴシック建築と、例えばアテネのアクロポリスの丘の上に建つパルテノン神殿に代表されるギリシャ古典主義建築と見比べてみて下さい。神殿の支柱は自体分割不可能であり、ゴシックの重層性は見当りません。神殿は、縦には柱(支えるもの)横にはまぐさ(支えられるもの)との組み合わせで構成されていて、柱とまぐさは構造的に不等価です。そして、この不等価性ゆえに神殿の柱の力強さや象徴性が感じられることになるのです。これに対して、ゴシックの特徴的なアーチは、それを構成するひとつひとつの石が構造的に等価なのです。つまり、どの石にも同じような力がかかっているため、支えるものと支えられるものの区別がないのです。つまり、ゴシック建築の構造的な階層性とエレメントの等価性は各部分がとくに個性をもつことを抑えてしまいます。それは建築がどんどん非物質化して抽象的な空間となって中の人間を包み込むことになります。
 さて、パノフスキーの指摘にはありませんが、ゴシック建築とスコラ哲学を持ち出したのはもう一つ理由があります。スコラ哲学というのは、実はアリストテレスの中世キリスト教的な読み替えなのです。アクティーノの聖トマス(トマス・アクィナス)に代表されるスコラ哲学の以前は聖アウグスティヌスの教説があり、こちらは新プラトン主義でプラトンの読み替えです。かなり強引な類比ですが、この当時まではプラトンとアリストテレスという二つの教説の潮流が存在していたと言っていいと思います(哲学史の簡単な概説書を参照してくだされば、判ると思います。たとえば、バートランド・ラッセル「西洋哲学史2」市井三郎訳 みすず書房)。プラトンとアリストテレスは共にイデアという超越的なものを指向する点で共通していますが、そこに至るプロセスは全く異なっています。先ずプラトンにとって、イデアとは超越的であると同時にきわめて客観的なものです。それは、現実とも人間とも切り離された、それ自体が存在するきわめて客観的なもの、理念です。つまりプラトニズムは一種の客観主義です。古典主義建築であるパルテノン神殿は、プラトニズムの建築の世界における対応物と言うことができます。そこは建築各部の寸法を支配する比例体系をはじめとして、きわめて客観的な美の基準(イデア)が全てを支配する場所であり、かつアテネの現実の都市とは明確に区別された超越的な神話の世界なのです。一方、アリストテレスはプラトンに比べて現実的であり、分析的であると言えます。彼は、プラトニズムのイデアの超越性を、即ちイデアと現実の切断を批判します。彼によれば、イデアはこの世のあらゆる現実の中に存在しているのです。イデアは個物とともにあるというわけです。イデアの次に問題となるのはイデアへの到達方法です。プラトンはイデアという超越的かつ客観的世界に向かって人間は理性的に上昇すると説きました。これに対しアリストテレスは、個物の中にあるイデアを人間は個人の感覚によって把握すると考えたのです。プラトンの客観主義に対してアリストテレスは主観主義なのです。さらに彼は、物を感覚で把握する時、人間は物の質料(素材)からではなく形相から作用をうけると考えました。この意味において、アリストテレスの教説とゴシックの建築空間は似ていることが指摘できます。前ページの例でアーチの石の等価であるため個々の石の材質としての個性が抑えられて非物質化していくことからもあきらかなように、ゴシック建築は非実体であり、主観的なのです。アリストテレスが感覚を呼び起こす原因を形相に求めて質料(実体)を否定したように、ゴシックの建築もまた徹底的に実体感、素材感を否定しました。実体のかわりに幾重にも階層化された構造という抽象的な形相として建築を構成しました。階層とは即ち一つの個物です。階層という個物を積み上げていくゴシック建築は、単一な階層が全体を支配するパルテノン神殿とはまさに対極的な構成法と言うことができます。中世の神学者たちは、神という唯一絶対なるものを頂点とする階層的な体系を築きあげようとしたわけであり、そのスタティックで階層的な体系は主観主義で生命を与えられたわけです。それがスコラ哲学であり、ゴシック建築の大聖堂なのでした。スタティックでヒエラルキカルな体系と主観主義を組み合わせたところにアリストテレスの哲学の本質があり、中世において両者はそれを継承したのでした(馬杉宗夫「大聖堂のコスモロジー」 講談社 P.147)。
 さて、長い寄り道になってしまいました。前のページで海の波に例えたブルックナーの音楽に私が感じる階層性は、このようなゴシックの階層性とそこから派生する物質の否定及び主観性に通じるところがあると思うのです。ブルックナーの音楽が、他の作曲家のショパンやバッハと違って作曲家のパーソナリティと一緒になって語られてしまいやすいのは、そういった点から説明できるのではないでしょうか。但し、だからと言って私はブルックナーの音楽を、そのように語るつもりはありませんし、ブルックナーの音楽自体そのような枠に収まってしまうようなものではないと思います。それでは、そのような枠からはみ出てしまうものとは何なのでしょうか。それについては、後で考えていきたいと思います。

2017年6月 3日 (土)

私はブルックナーをこう聴いている(3)~第1楽章開始部

 かなり前になりましたが、このブログを始めた頃に、当時よく聴いていた音楽について自己流で語ってみようと、書き始めたのですが、うまくいかないので、途中で投げ出してしまいました。そのことが気になっていました。それから何年も経ってしまいましたが、その続きを試みようと思います。かなり読み難いものですが、個人的なけじめのようなものです。
なお、その途中で投げ出してしまったのは、2010年の次の投稿です。
 それでは、続きを断続的に始めます。
3.第1楽章開始部
 それでは、アンプのスイッチをONにして、CDをトレイに乗せましょう。ちなみに使用するCDは、ベルナルド・ハイティンク指揮ウィーン・フィルの演奏のもの([PHCP-1675])です。この選択には特別の理由はありませんが、この文章を読み進めていくにしたがって、その理由を分かっていただけるのではないかと思います。
Bruknercd  まず、低音の木管楽器による持続音と同時に、低弦による前のめり気味のベース(アクセントがフレーズの最初にあって、聴いた印象が前へ前へ…という感じになる)に引っ張られるように上昇音階の分散和音が弦楽部によって2節繰り返されます。と、それに被さるようにヴァイオリンの下降音階の分散和音が絡んできます。なおかつ、この下降する分散和音はフレーズのアクセントが後にあるようで、聴いた印象が後へ後へ…という感じになります。つまり、ここで前のめりの上昇と後ろを振り向く感じの下降が絡み合うように併存しているわけです。このように曲の開始からわずか数秒のところで既に声部とそれに伴うリズムの交錯が出現してしまうわけです。しかし、この時点では未だ下降する分散和音は低音部の土台を欠いているため散発的に高音部を浮遊し明滅しているような印象で、前のめりの上昇する分散和音の勢いに従って全体の流れは前へと前進を続けます。少しだけ時間を戻して、下降する分散和音と同時に、トランペットによる持続音が奏せられると、この持続音に導かれるように第1音を長く伸ばすファンファーレのようなトランペットの動機が登場します。この動機の前半部は高音から音が徐々に下りてくるような旋律になっていて、しかもフレーズのアクセントが後にあります。この時に、前のめりの上昇する和音は伏流となり、対する下降する分散和音はパーパパパというトランペットの動機と相俟って漸く、前への動きと後への動きが均衡に達します。ここに至って低音の管楽器の持続音と共に、トランペット音が漸く上へ昇り動きの少ない旋律で流れ始めます。ここで音楽全体の流れは一旦一本化します。そこで、フルートが流れを波のような小さく上下するフレーズで短く受け継ぎます。この辺りでは、ヴァイオリンの下降する分散和音は第1と第2で掛け合いで奏され、伴奏の形をとっているかに見えて、実はトランペットやフルートの音の動きが少ないため、そのヴァイオリンが能くきこえます。この後に続くようにしてホルンの動機が始まります。この前のトランペットの動機が前半で下降して後半上昇する動きだったのとは対照的に、前半上昇して後半下降する動きをします。それだけでなく、トランペットの動機が後拍気味のアクセントでとどまっているような印象を与えるのとは逆に、ホルンの動機は先の方へ旋律が流れていこうとする印象です。これだけなら、まるで第1主題と第2主題の提示のようなのですが、この二つはスムースに連なり、ギャップがあらわになるような対立的な扱いはされてはいません。このホルンの動機の後半部分からヴァイオリンの下降する分散和音が裏返って前拍となって曲全体の推進力が増していきます。そして、この部分をフルートとホルンがワンサイクルずつ掛け合いをしながら、段々と掛け合いの幅が短くなっていきます。それと同時に全体の速度が増していって、参加する楽器がふえて音量も増していき、緊張感が昂まって最初のクライマックスに達します。ここまでが、このCDの演奏時間で、最初の1分間のことを、私が聴いた限りを記述してみました。この開始して未だほんの1分弱の間に、私のような、耳のクラシック音楽の鑑賞に慣れていない者でも、これだけの要素を聴き取ることができるのです。そして、これこそがブルックナーの交響曲の魅力のひとつであると言うことができるのです。これを、単に“弦の暗い波のような動きに始まり、まもなく、トランペットが序奏の開始の旋律をだす。まったくブルックナー開始そのものである。” (「作曲家別名曲解説ライブラリー5 ブルックナー」音楽之友社 P.57 19行)などと言ってすませてしまえるものでしょうか。例えば、“弦の暗い波のような動き”で一括されてしまう分散和音の刻みなどは、管楽器で奏される動機の伴奏を越えて、ここまでの間の曲全体の流れの主導の一翼を担っていると思います。この分散和音のアクセント位置の変動によって曲全体の流れが停滞したり流れたりしているのです。しかも“弦の暗い波のような動き”と単純にひとつの動きとされてしまっているのが、実は低弦の前のめりの循環と、ヴァイオリンの前へ前へ…という上昇と後へ後へ…という下降の分散和音の交錯があるのです。これらの異質な要素がたがいに排斥しあうことなく共存しているのです。どれかひとつの要素が主となって、他の要素が従となるような繰り返しはここにはありません。これらの要素がお互いに我を張って対立することなく、相互浸透的にまるでひとつの“弦の暗い波のような動き”に聞こえてしまうのです。これは弦楽器の動きのみに留まることなく、弦楽器の分散和音とトランペットやホルンなどの管楽器による動機にも言うことができます。こういう現象こそがブルックナーの音楽を特徴づけるものと言うことができるのです。諸要素が互いに否定することなく肯定しあいながら豊かな融合を実現していく。ブルックナーの音楽は全体を眺めるか細部に目を懲らすかという議論が片手落ちなのは、そういう点からなのです。そして、その融合が具体的な旋律や響きとして触知可能となったとき、豊かな広がりを与え、音楽全体の持続に生々しいリズムを生み出すのです。ブルックナーの音楽が、もっぱら音の運動として聴く者の耳に迫ってくるのはそうしたときです。
 このようなブルックナーの音楽の独自性は、他の作曲家の作品と聴き比べてみるとはっきり分かります。分散和音で曲が開始してその後に主題が導かれるものとして、例えばモーツァルトの交響曲第40番が有名です。ヴィオラの刻むシンコペーションのリズムに乗って、ヴァイオリンが小林秀雄が“悲しみが疾走する”と評した有名な主題を演奏します。ここでの分散和音は、あくまでもリズムだけを担当するものです。主眼はヴァイオリンで演奏される“悲しみが疾走する”メロディです。分散和音で刻まれるリズムは悲しみの主題を土台で支えていると言えます。
 また、他の曲、例えば、シューマンの交響曲第2番も弦の分散和音とホルンによるファンファーレのような動機から構成されるという、一見、このブルックナーの交響曲第3番に似ているように聞こえる曲です。しかし、シューマンの場合は、弦の分散和音とホルンによる動機のサイクルがずれているのが特徴的です。つまり、弦の分散和音の1フレーズとホルンによる動機の1フレーズの長さが違うのです。ここでホルンによる動機の1フレーズ終わったときに、弦の分散和音2フレーズめの途中にいます。その両者に間にズレが生じて、それが曲の進行につれて徐々に広がってゆくのです。このズレのひろがりから不安底感が生じてきます。また、シューマンの場合の弦の分散和音とホルンによる動機との関係は、あくまでも伴奏と主旋律の関係で、伴奏が主旋律に同調しながらも隙あれば前面に出ようとする緊張関係でもあります。不安定なリズム感と相俟って、ここから感じられる落ち着きのなさは、一種の躁状態として聴く者に印象付けられるのです。シューマンには「謝肉祭」というピアノ曲がありますが、まさにカーニバルとでも呼ぶべき乱知己騒ぎに終始一貫するところに、この作曲家の狂気が表れていると思います。ここに、シューマンの音楽の醍醐味と言えるものがあると思います。
 これらの音楽には、ブルックナーの音楽に見られるような、すべての要素を肯定してしまうような大きさは感じられません。

2017年6月 2日 (金)

オルセーのナビ派展「美の預言者たち─ささやきとざわめき」(7)~6.裏側の世界

Nabisdoni6  “ナビ派の美学的理想を育んだのは、哲学や秘教、宗教についての読書であり、かれらは「神殿」とよびならわされたランソンのアトリエで週ごとに行われる会合において、それらについて議論を交わしていた。彼らは芸術家を可視の世界と不可視の世界の仲介者とみなし、夢や、詩や、象徴と関係した主題に熱中した。”と解説されていました。それで、このようなコーナーが設けられているわけです。しかし、画家たちが哲学や宗教を論じようと、不可視のと可視の狭間に立とうと、結局は、作品として画面に画像として表わしたときにどのようなものになるのか、で見る者は作品と接しているのであって、その背後で、画家たちが議論しているとか、そういうことは背景にすぎません。要は、表わされた画面から、見る者が、そういうことに想いを至らさせることができるかどうか、で私は見ているので、そういう作品なのか、というと、これまでの他のコーナーの展示も併せて、ナビ派の作品世界は表層に終始している点に、独自性とか魅力があるので、背後のものは、むしろノイズで、付加価値にもならないのではないか、というのが私の思っているところです。
Mag2015inin  モーリス・ドニの「ミューズたち」という作品です。“マロニエの木々の間に女性が集い、それぞれに過ごしています。椅子に座っている者、立っている者、書を広げている者、踊ったり、語り合ったりしているような姿もあります。真ん中の女性は、スケッチブックを膝に広げ、鉛筆を削っているかのような仕草をしています。描かれているのは、古代ギリシャ神話に登場する技芸の女神(ミューズ)たちですが、同時代の衣装をまとい、現代の物語として描かれています。”という説明がなされています。ここで、この解説に反論するつもりはないですし、タイトルがそうなので、画家はギリシャ神話を主題にして描いたつもりなのでしょう。しかし、これを見る側が、わざわざギリシャ神話の女神を描いていて象徴として見ていくような作品なのでしょうか。私には古典の教養がないからでしょうか、「ミューズたち」という作品タイトル以外にギリシャ神話に関係するものが何もないのです。全体の雰囲気がそうなのかもしれませんが、だから象徴を感じようもないのです。それよりも、構成の面白さのほうが、この作品の魅力なのではないか思えるのです。ルネ・マグリットの「白紙委任状」を想わせるような構成は、マロニエの木の幹と、背景の人物たちが立ち姿であるのが画面のなかで垂直のタテの線となってリズムを作り出していて、その垂直で仕切られた部分がそれぞれのシーンをつくっていて、樹の幹を区切りとして場面転換をするようにシーンが移っていく要素があります。また、木々の枝に繁る葉や地面の落ち葉が模様のような正面の姿の葉の形で、木の幹で仕切られたタテをまたぐようにあって、それぞれのシーンのつなぎの役割を果たしているように見えます。そして、前景の3人の人物のうち2人の女性の着ている衣装の模様とも繋がっているように見えます。また、視点を変えると人物や椅子、木々は、それぞれ太く明確な輪郭線で描かれて、平面のようで、しかる、それぞれが類型的な外形になっています。それらはタペスリーやステンドグラスのデザインのようにパターン化されています。例えば人物はすべて横顔になっているとか、それに対して木の葉は正面の角度ど描かれている。しかし、人物の横顔の輪郭の内側は陰影がつけられて、陰影がつけられ立体的に、割合に写実的で、それぞれの人物の個性が描き分けられています。それだけが、画面の他の部分と異質になっています。そういう視覚的効果が、この作品の特徴ではないかと思います。そして、おそらく、ドニという画家には、この世界が、そういう秩序のように見えていたのではないかとおもえるのです。以前にも、この人は単に目で見ている、いわゆる写実とは違うものを見ていたと、のべましたが、この作品も、そういうところがあって、ドニというひとはには、実際に認識したものを描いたのではないかと思えます。このコーナーは裏側の世界ということになっていますが、私には、ドニという人は表も裏もなくて、ただ表層だけという作品として見ていました。このコーナーは、もっともらしいタイトルなのですが、こじ付けで無理して集めたような感じで、こんな無理してコーナーにしないて、素直に見たほうがいいと思える作品ばかりでした(他のコーナーに比べて、たいしたことはないとは言いませんが)。
 これまでの感想の中でも述べましたが、こうして通してみてみると、ナビ派の特徴は展覧会でも説明されていましたが、私なりにまとめてみると、一般市民に消費される商品として絵画が売られる状況に対応して、画家はパトロンの注文に応じてじっくり作品を仕上げで出来栄えを評価してもらうことから、画廊や展示会に並べて趣向やセンスで購買者の目をひいて購入してもらうということが制作のめざすところになったことに、いち早く対応した人々のひとつがナビ派ではないか、と思います。そのひと目をひくために採ったのが、ナビ派の特徴として説明でも触れられているスタイルだった。だから、徹頭徹尾表層的で、見た目の効果にこだわるというところが、私としては、この展覧会を見ていて強く印象に残りました。

2017年6月 1日 (木)

オルセーのナビ派展「美の預言者たち─ささやきとざわめき」(6)~5.子ども時代

Vallootnball  ヴァロットンの「ボール」は、数年前のヴァロットン展以来2度目でした。私は、あまり、画面の深読みをしない人なのですが、解説で説明されているような何重にも張り巡らされたという伏線がなくて、一見牧歌的な画面が、一筋縄ではいかない雰囲気があるのは分かります。ヴァロットンという人の悪意ともいうべき、屈折した作為というのは、他の展示されているナビ派の画家たちとは一線を画していて、それが、ヴァロットンという画家の特徴を際立たれていました。
 これに対して、モーリス・ドニの「メルリオ一家」という作品です。これも上手い作品であると思います。しかし、ヴァロットンにあるような作為的な仕掛けはなくて、視覚的な楽しさに溢れています。背景をグリーンの色調で、その淡い明るさを様々な段階の濃淡で描き分ける、その色遣いの巧みさ。そして、草や葉を点描のように描いて、その点の大きさや並べ方、密度の使い分けで画面にリズムを作り出している、まるで音楽が聞こえてくるような様子。これに対して、人物の中心は3人の子どもたちで、背景の淡いグリーンに対して淡いブルーの衣装を着ていて、グリーンとブルーの対照でもない、同系列でもないが、落ち着いて、静かな印象をつくりだしていて、子供たちのきているものがシマの柄になっていて、その身体のポーズに合わせて波打つように屈曲しているのが、背景の点描とは別のリズムを作り出し、それは他方で母親と子供たちの金髪の髪の毛のウェーブ(波)と呼応しています。Nabisdoni5

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