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2017年6月16日 (金)

シャセリオー展~19世紀フランス・ロマン主義の異才(6)~5.建築装飾─寓意と宗教主題

Chasseriaumages  シャセリオーが手がけたとされた会計検査院の壁画は代表作だったにもかかわらず、パリ・コミューンの騒擾で建物と共に焼かれてしまって、断片やスケッチが残されているのみということですが、それ以外にも、彼が手がけた壁画を展示で再現しようというコーナーです。それは意欲的な試みなのでしょうが、油絵作品をずっと見てきた身としては、壁画の複製として、油絵とは明らかに異なって大雑把な描き方でしかもレプリカということですから、変わった趣向で物珍しさはあっても、仕上げられた油絵と同列に並べて鑑賞するには、無理があると感じました。私は研究者や画家の熱狂的なファンでもなく、いい作品をひとつでも多く見たい、とただそれだけの者なので、作品が並べられて最後に、これでは些か白けてしまうのは避けられないし、展覧会全体の印象が変わってしまうように思えて、残念だったという他ありません。
 ここで、とにかく見ることのできたのは「東方三博士の礼拝」という作品しかありませんでした。“粗末な馬小屋の前の飼い葉桶に生まれたばかりの幼子を膝に乗せて座っており、その上半身は神々しく輝いている。救世主誕生のお告げを受けて聖母子のもとを礼拝に訪れた東方の三博士は、絵画の伝統通り、若者、壮年、老年と人生の3段階を示しつつ、それぞれ褐色、黒、白と肌の色の違いで異なる大陸を表わしている。一番手前の白髪の老人は赤い宝石で飾った金の器を差し出し、真ん中の黒い顎鬚の博士は両手で真珠を捧げ、一番後ろの若い博士は左手で白馬を連れ、右手を恭しく救世主のほうへ差し出している。この馬の向こう側には御付の者らしき人々が見え、さらに右奥には大きなラクダに乗った人物がか彼らを導いてくれた天の星を指さしている。その向こうには棕櫚の木が見え、異国情緒を高めている。”という解説がされています。シャセリオーの早すぎた最晩年の作で宗教的な題材の作品ということですが、画家本人もとりたてて死期を悟った集大成のような作品でもないし、早熟の画家が成熟した画風となったというものでもなく、日常的に制作を続けていて、ある日突然死んでしまったというようなことが、作品を見ていると分かる、そういう気がします。晩年の最後のような作品が聖母子像で、それなりのストーリーを捏造しようと思えばいくらでもできそうな作品です。シャセリオーの作品では珍しく明暗をの対照を強調した劇的効果を狙った構成になっていることや、聖母の顔が、シャセリオーの作品の例に倣って表情がないことが却って神々しく見せているといったことは、これまでにはなかった技法の戦略的な使い方であろうという作品です。それが宗教的な感情を呼び起こすとか、そうなっていないところがこの画家の特質なのかもしれないと思います。
 このように通してみると、埋もれた画家というのは分かります。無理ないと思います。むしろ、それを無理に掘り起こして脚光を浴びせるほどの画家であるかどうか、そう思います。マニアックな物好きが、あまり知られていない画家として珍重するマイナー好みの枠内に留まっている程度の評価で十分ではないかと思います。後世のギュスターヴ・モローらへの影響が指摘されていましたが、モローのファンが話題のために顧みる程度でいいのではないか、あまり評価しすぎるのは、この画家にとっても無理があるような気がしました。

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