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2017年6月29日 (木)

 私はブルックナーをこう聴いている(15)~ⅩⅥ.第3楽章(2)

 クライマックスの後、ヴァイオリンの循環モチーフの繰り返しをバックに中間部を予告するかのような舞曲風の旋律が奏でられる短い経過部分。そして、前章の部分を繰り返します。[0:50~2:20]
 この楽章はヴァイオリンの循環モチーフの繰り返しでてきていると思います。このモチーフはそれほど長くはなく、またよくうたうメロディというのでもないので、このモチーフの繰り返しが謂わば通奏低音のように楽章全体のリズムをつくりだしているように聞き取ることができます。そこでブルックナーの繰り返しを聴くということが、この楽章では一つのポイントとなっています。繰り返しを聴くということでは、前章でも申し上げました同じことを同じように繰り返すか否かという点、この点においてはブルックナーの繰り返しは何かしら前回とは変化が見られるということがあります。前章の記述では部分的なことに終始しましたが、この楽章全体においては通奏低音となっているヴァイオリンの循環モチーフがカノン風に変奏されている。ブルックナーには珍しい変奏曲として聴くこともできるということが挙げられます。通奏低音の変奏といえば、バッハ等で有名なパッサカリアという形式がありますが、そこまで厳格に受け取る必要はなく、ロマン派の作品に多い性格変奏(バッハのゴールドベルク変奏曲とかブラームスのハイドン・バリエィション等)的な受け取り方をしてほしいと思います。ここでは、その他の点について述べさせて下さい。
 さて、ここで話がブルックナーから離れます。モーツァルトのピアノ・ソナタ第8番イ単調K310をマリア・ジョアオ・ピリスというピアニストの1974年の録音で聴いたときの印象です。第1楽章の提示部のあと展開部への間の短い経過句の演奏です([C37-7387] 19 0:40~2:20)。付点リズムの和音に乗って前打音の導きで第1主題、そして長調に転調して第2主題の提示が行なわれます。その後、左手のバスがドソミソという分散和音をずっと弾き続けるところがあります。
 註 *1:[C37-7387] 19 0:40~2:20

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