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2017年7月

2017年7月24日 (月)

ものづくりの追求って?異論?

 休日の昼に、たまたまテレビで日本の自画自賛を煽るような番組をやっているのを見ました。その内容の一部が、裁ち鋏をつくっている職人さんを取り上げて、海外の著名な服飾デザイナーが惚れ込んだということが取り上げられていました。日本の職人の熟練を称揚するような内容で、その職人さんは高齢になっていますが、よりよい鋏づくりに努めていて、ものづくりへの情熱と、その人のつくった鋏が海外で高く評価されているという話でした。
 それは、それで日本のものづくりとか職人魂といったことで自画自賛したくなるだろうし、そうしたい人はそれでいいのですが。それは、ある時期には過剰品質とか生産効率の悪さといったところで、散々批判の対象のなっていたことです。それが批判ではなく、称揚されるようになったのは、状況が変化したのか、というと、そうとも思えません。
 何を言いたいのかというと、その鋏をつくる職人さんを批判するつもりは全くありません。本人が好きでやっていることなのですから。でも、この鋏という規格品を製造し販売するということについて、考えてみると。この職人さんが作っている鋏というのは、現時点でかなり高い品質のはずです。それをより高い品質にすることに、どれだけメリットがあるのかを、ひとつの事業として考えてみると、どうなのでしょうか。職人さんが日夜努力を続けて、少しずつ品質が向上していくとして、その向上した品質をうけとる消費者の側は、それをメリットとして受け取ることがあるのかということです。そして、それだけの労力がかかっているわけですから、それに見合うもの、例えば、品質が向上したことで鋏の価格を上げることができるということができるのか。それがなければ、職人さんが苦労しても、その苦労に見合う対価を受け取れないことになります。それは、外形的にはただ働きということになり、いわばブラック企業です。それを事業として許しているということになります。もし、事業としての合理性を考えれば、よりよい製品をつくるという向上のための努力という方向を、より多くの製品をつくる方向に転換させれば、製造数が増えるので、生産効率は向上し、そり努力に見合う見返りを受ける可能性は高くなるでしょう。また、高い品質の鋏が多くのひとに使われることになるというメリットがあります。
 日本の職人仕事とか、熟練というのは、求道的な精神性のような視線でみられて称揚される傾向があります。例えば、ゴールのない精進というようなあいまいさです。この鋏の場合では、工業製品であれば想定されたスペックがあるとして、それを満たす、つまり100%の完成度に満足することなく、スペック以上のもの、切れ味とか使い易さといったものを120%を目指してしまう。それは、作っている当人は、やっているうちに熱中してしまうでしょうし、そういう場合は好きでやっているのでしょうから、本人は幸せなのかもしれません。しかし、その職人さんも生活のために仕事をしているのであって、その努力をしても収入が増えないのであれば、その家族は、得られるはずの収入を得られないことになるわけです。別に、この職人さんを批判しているわけではありませんが、そういうことを踏まえて、それを周囲で眺めている人は、日本のものづくりということで、無条件に称揚できるのか、私には疑問が残り、テレビを眺めていて釈然としませんでした。かりに、これは個人の職人さんであるわけですが、これが多くの従業員を抱えたメーカーの企業で同じような、利益にならないようなよりよいものを追求する、いわば過剰品質を求めるという場合であれば、手放しで称揚されるでしょうか。個人と企業は違うと言われるかもしれませんが。それで、御マンマを食べているという点では同じではないかと思います。

2017年7月20日 (木)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(6)~第6章 ブロート・クンスト

Walflijapan  ブロート・クンストとは日々の糧のための作品という意味だそうです。例えば、アウトサイダー・アットの巨匠ヘンリー・ダーガーは死ぬ寸前まで作品が発見されませんでした。つまり、ダーガーは他人に見られることを想定せずに、ひたすら自分のために膨大な作品を描いたといわれています。このダーガーに比べると、ヴェルフリは生前から絵が評価され、彼は絵を売るために描いた。作品サイズも新聞紙用紙よりも小さな手頃な大きさで、複雑な構成をとらずに、シンプルになっていく傾向が見えます。コラージュも使われています。
 今まで書いてきたように、線によって構成された宇宙、世界という見方で接すると、コラージュは、そこから後退しているように見えました。画面全体として線の稠密さが薄れてきたと思います。その分、この後の展示作品は親しみ易いかもしれません。私の好みとしては、最初に展示されていた初期のものがもっとも稠密で、文様とも抽象画とも挿絵のどれでもあって、どれでもない作品の方が好きです。
 全体としてみていくと、ヴェルフリの作品はユニークな現代アートのひとつとして見てもいいのではないかと思います。彼の作品を、殊更に、アウトサイダー・アートとかアールブリュッケといって特別扱いをする必要はないと思います。

2017年7月19日 (水)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(5)~第5章 葬送行進曲

 第4章 歌と舞曲の書は素通りです。
Walflicanvel  「無題(キャンベル・トマト・トープ)」という作品では、スープの缶詰の公告のコラージュの余白に文字だか、音符だか分からないような記号が延々と書き連ねてあります。まるで呪文だか、お経のようなものにみえてきます。その記号のパターンが繰り返しのような感じが画面にリズムを与えているのか、それに対してコラージュとして貼ってある缶詰の広告が、書き連ねてある記号の列と全然あっていない、不釣合いな感じが、なにかとっても変です。そこに、これ以前のコーナーで展示されている作品にあったようなコスモス=秩序のバランスがきっちりしていたのが、ここでは崩れ始めた作品になっていると思います。それに伴って、絵を描く部分が減って、コラージュとか、記号を書き込むことの比重が大きくなってきているためでしょうか。文字のような記号を書き連ねるのであれば、横書きにしてそのまま記号を書いていけばよいので、構成をデザインする必要がなくなります。その代わりに、記号の並びやレタリングの変化をデザインしていて、それが画面にリズムを作り出させていると思います。それは、“歌と舞曲の書”ということで、空間を創造するのではなく、一定時間の区切りの中で時間を過ごすということに、目的の重点が移ってきたのかもしれません。ヴェルフりが、作風を変化させていったということなのか、叙事詩のストーリーをつくることから、“葬送行進曲”と銘打ったシリーズを書くことに関心が移ったということかもしれません。そのヒントは、次の第6章 ブロート・クンストに見ることができるかもしれません。
Walfliadruf

2017年7月18日 (火)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(4)~第3章 地理と代数のノート

 Walflisecond 作品は絵だけじゃなくて、文字も数字も加わってきます。この前に作品でもレタリングした書かれた文字が構成要素としてありましたが、ここでは絵の部分ではなくて、同格になるほど画面にびっちりと書かれています。それだけでなく、音符とも幾何学パターンともつかないものが多数入り乱れるように画面に溢れるようになっています。
 「二冊目の大きな本=行進曲」という作品では、色鉛筆は用いられず白黒ですが、音符と数字の0が大きく画面にフィーチャーされて、画面全体にリズムを作っています。これが、画面構成の骨格を作っています。
 「小鳥=揺りかご.田舎の=警察官.聖アドルフⅡ世., 1866年, 不幸な災=難」では、横長の長方形の画面の形態に当てはめられるように、まるで楽譜のような文様が、楽譜だからというわけではありませんが、音楽的な画面のリズムを作り出すような構成を作っています。こうなってくると、何かを、対象となる事物を写すということが描くということではなくて、そういうことと切り離されたかたちで表現ということが行われている。そこに、この人のユニークなところがあると思います。これを、美術教育を受けなかったとか、苛酷な環境にいたとか、精神障害とかいったようなストーリーを当てはめて、特殊なものだからとして捉えるものか、作品自体がユニークなので、その作品で見ていくかは見る人の志向によるものでしょうが、そういうストーリーに収斂させて、納得して終わりというというものに作品をおさめてしまうのは、もったいない気がします。
 私の好みでいうと、ここまでが展示の核心部で、この後はコラージュが加わったり、画面がこなれていくように見えますが、その反面、これまで述べてきたような特徴が薄れていきます。敢えて言ってしまえば、手抜きのテクニックを覚えた、といえなくもありません。そういうこともあって、もう少し、ここで、書き洩れたことを少し書いていきたいと思います。細かいことかもしれませんが、いくつかの点を、脈絡なくアトランダムに気がついた点としてあげていきたいと思います。まず、ヴェルフリの鉛筆で引かれた線についてです。彼の鉛筆の線についは、何度もふれましたが、具体的な点で、書き洩れている点があるので、追加の意味合いで少し述べたいと思います。これまで見てきたように、彼の作品は一部の隙もないほどにぎっしりと描きこまれていますが、それらはすべて鉛筆による線描です。色鉛筆で彩色されている場合でも、油絵のように下絵で引かれた線の上に絵の具を重ねて、線を見えないようにしてしまう(描写する対象の現実には線というものが実体として存在しないという考え方ですね)のとは反対です。むしろ彩色は塗り絵のようなものなので、画面に何が描かれているのかという形は線による輪郭で成り立っています。したがって、彼の作品で溢れんばかり描かれているのは、実際には線なのです。つまり、画面の中に宇宙とか世界を創造するということで、そこにおいて線が構成要素としてあるということで、線に存在の意味がある、そういう世界なわけです。そして、世界の輪郭をつくる構成要素という特別な意味があるということだろうと思います。それで、その特別であるというその線について、ヴェルフリは、たぶん柔らかい芯の鉛筆(日本の鉛筆であればBとか)で太い線を引いています。しかもハッキリと。これは、輪郭を形づくるという役割を果たしていることから、その役割の線を差別化して、一律に引いているためではないかと思います。おそらく、色鉛筆の場合も含めて鉛筆ででも塗るということが施してあるところも、それは面として塗られているのではなくて、線が集まった結果として面に塗られている。色塗りと言っても線を引いたのが集まったものになっている。従って、伝統的なアカデミックな絵画のデッサンのような面で捉えて、線を消そうとする発想とは異質な発想で描かれていると思います。だからこそ、デッサンの場合のような線を使い分けして、細い線から太い線、あるいは濃淡とか、線を布でこすってぼかしてみたりするような緻密な使い分けをしていません。ヴェルフリの作品は細かく描きこんでありますが、決して細密でも緻密でもありません。それゆえに、沢山のものをぎっしり詰め込んだような画面のはずなのに、渾沌とした感じではなく、秩序があって静かなのです。
 Walflikotori そして、また、画面上の宇宙、または世界が線で構成されているのは絵の部分だけに限られることではなくて、線で書かれた文字や音符も例外ではないわけで、画面、というより、紙の上で引かれた線によって宇宙、つまり、コスモス、ということは秩序、には、絵、文字、音符がひとしく含まれている、とみることができると思います。だから、紙に文字が書かれているのは、そこに言葉が綴られていることはもちろんですが、文字という線で形成された形態は絵と同じように形態としてみることができると考えていいわけです。

2017年7月17日 (月)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(3)~第2章 揺りかごから墓場まで

Walflinegel  ヴェルフリがつくった物語が「揺りかごから墓場まで」というもので、そこで描かれていた作品が展示されています。しかし、一般に物語の部分として描かれた絵画というのは、その物語の場面を再現するものではないでしょうか。ここで展示されている作品には、そのような場面を描いたものはありません。いや、もしかしたら、見ている私がそのように見ていないからなのか。ヴェルフリは物語の場面として描いたのか、分かりません。
 「ネゲルハル(黒人の響き)」という作品です。たしかに、「ニュー=ヨークのホテル・ウィンザー」が文様の組合せのようだったのに比べると、画面の下半分は円周上に建物や岩山のような形態が見分けられるようになっています。しかし、それは、物語の一部を切り取って、その中で起こっていることを、その物語の登場人物か、あるいはその人物を物語の中で近くで見ている人間の視点で写しているものには見えません。物語から距離をおいて、鳥瞰的に見渡して、物語の宇宙全体を描いているのか。あるいは、この作品のあちこちに頭に十字をのせた顔が描かれていますが、まるである種の神学の主張するような神が遍在するようなかんじで、あらゆるところに、この顔がいて、その顔があらゆるところから、あらゆるものを見て、それを画面に写し換えたとでもいうような感じがします。言わば、描いているヴェルフリは、物語でも現実世界でもこっち側でなく、あっち側に行ってしまって、そこからこっち側を描いているような感じです。それが、色鉛筆によって彩色されていると、絵の具と違って原色に限定されて、色を混ぜたり、グラデーションを施すことがほとんどないので、均一に塗られていると、極彩色に塗り分けられるようです。しかし、色鉛筆の色は、絵の具のような鮮やかさがなくて、彩色された極彩色はくすんだような、色褪せたような仕上げになっています。そのような色彩の感じられ方で、文様化された宇宙のような画面は、仏教の曼荼羅に似たものに見えてきます。「デンマークの島 グリーンランドの南=端」という作品では、山の形をした宇宙、まるで須弥山のかたちをなぞった曼荼羅のようです。また「氷湖の=ハル〔響き〕.巨大=都市」という作品では、おそらく湖を上から鳥瞰的に見下ろして、湖を楕円に文様化して、全体を描いていますが、まるで胎蔵界曼荼羅のようです。
Walflidenmark  実際のところ、このような複雑に構成されたものを、ヴェルフリは、どのようにして制作したのでしょうか。新聞用紙をそのまま使っているので、画面の大きさとしては、新聞を広げた大きさで、鉛筆で描いていくには、小さいとはいえない大きさです。そこに、曼荼羅のような複雑なものを描いていくわけですから、全体をこのように描くというイメージが固まって、それで画面全体を設計するというのが、普通、想像できます。しかし、そうであれば、下書きのスケッチとか、試し書きとかいったものが残されていてもいいはずです。そうでなければ、大雑把に下書きを施して、何度も修正をしながら、描き進めていくといったやり方でしょうか。ところが、実際の作品には消しゴムをつかった形跡が全く見られないのです。消しゴムを使えば、紙の表面が削られた跡が残りますし、消し切れない鉛筆のあとが残っているはずです。そのような痕跡がまったく見つからないのです。だから、ヴェルフリは下書きもしないで、修正や描き直しをすることなく、ぶっつけ本番で一気呵成に描いていったとしか思えないのです。実際の作品において鉛筆で引かれている線をみても、迷いなく引かれているようなのです。下絵をなぞったような中途半端さはなくて、勢いがあって、しかも、その勢いは一定しているのです。ヴェルフリは確信をもって線を引いているようにしか見えない、そんな線です。淡々として、疾るでもなく、かといって途中で止まることもない。ぶれることなく、真っ直ぐに伸びていて、力も一定で、途中で太さが変わることもない。定規にあてて引いたような機械的なところはなくて、おそらくすべてフリーハンドなのでしょうか機械的なところは全くありません。つまり、線が生きているのです。この線を見ているだけでも、この人が描くということについて高い技量をもっていることが分かります。そして、もしかしたら、この複雑な構成を一発勝負で描いてしまったのであれば、かれは、その点だけでも天才だったと言ってもいいのかもしれません。それほど、ちゃんと表現として出来上がっていると思います。
Walfliice_2

2017年7月16日 (日)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(2)~第1章 初期作品

 Walflinewyork 普通、画家の個展とか回顧展というのは、最初は初期のスケッチとか誰々風とかいうような、基本となるものや既にあるスタイルの模倣から始まって、だんだん独自のものになっていく過程を見ることが多いのですが、この展覧会は、いきなり独創的なスタイルの作品から始まって、そのテンションが続くというものでした。これは、たしかに型破りのインパクトがありました。作品は、新聞印刷の用紙、つまり大判で安いザラ紙、白い紙でなく、昔のワラ半紙のようなパルプの繊維の色が残っているような紙に、鉛筆で、ときに色鉛筆が使われることもありますが、おそらく彼が生活した刑務所や病院では、紙と鉛筆くらいしか揃えてもらえなかったのでしょうか、モノクロの画面がほとんどでした。
Walflifront  「ニュー=ヨークのホテル・ウィンザー」という初期作品のなかにあった作品です。おそらく、この作品について語れば、ヴェルフリの作品について語ることができてしまうのではないかと思います。それほど、ワンパターンで、少しずつ作品は変遷していきますが、大きく変化することなく、このパターンで一貫しています。まず、この作品を見た印象は空間を埋め尽くすように描かれている、その物量です。しかし、だからといって、その物凄い物量が、画面の枠を乗り越えるように突出して、画面が一種の躁状態のようになってはいなくて、表面的には静かに落ち着いているのです。それが、ヴェルフリの最大の特徴ではないかと思います。彼の作品では、空間を埋めるといっても、単に余白を塗りつぶすといったことではなく、隅々までていねいに細かく何ものかが描きこまれているということです。それは、強迫観念で衝動的に描かれるということの対極に、この作品があるということではないかと思います。おそらく、ヴェルフリは冷静に個々の細部を丁寧に根気よく描いたのではないかと思います。それは、画面のどの部分でも同じように、集中して丁寧に描かれているからです。そして、ヴェルフリは空間の構成力とかデザインで優れている点に大きな特徴があると思います。この作品では、全体としてシンメトリーの文様のような全体デザイン構成で、そこに抽象のパターンやキャラクターのような形態の構成要素が、バリエイションを持ちながら、在るべき場所におさまるように描かれています。この構成要素は「ヴェルフリの形態語彙」としてパネルで説明されていて、紙にプリントされて展示一覧表とともに配布されていました。また、鉛筆で描かれているのですが、その鉛筆の線が整っているし、鉛筆での塗り方が、とても洗練されているのです。だから、全体として完成度の高さとか洗練という印象を強く感じました。

2017年7月15日 (土)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(1)

Walflipos  5月の終わりごろは、いつも真夏のような暑い日がある。かつての習慣では、6月に衣替えとなって、一斉に夏服に着替える。街の風景も、一日にしてがらっと人々の着ているものが一変したものだった。それで、衣替えをすると、梅雨の空で雲が多くなって、肌寒くなったものだった。最近はクールビズが一般化したため、そんな風景は見られなくなった。5月のはじめから薄着の人も多い。あまり、自発的に外を出歩きたいとは思わない季節に差し掛かってきた。また、ちょうど今頃は、各美術館で春からゴールデンウィークに開催していた大型の企画展が終わって、夏休みの集客を見込んだ企画展が始まる前の狭間の時期となっている。休館しているところもあるし、常設展というところもある。それで、外出の用事があって、そのついでに寄ることのできる展覧会を物色していたら、私のよく立ち寄る美術館は、そんな状況だった。この展覧会も、少し時期がずれて始まったため、終わっていなかった、というところ。おそらく、そうでもなければ、他の展覧会を見ることができるのに、それらより優先して見に行こうという展覧会ではないと思った。正直なところ。東京ステーション・ギャラリーという交通の便のよいところでやっていた、というのも理由の一つだろう。会期は終わりが近づいていたが、平日の夕方5時過ぎという時刻のゆえか、有名な画家ではないからか、会場は混み合うこともなく、閑散でもなかったが、静かで落ち着いた雰囲気で、リラックスした、いい展覧会だったと思う。
 アドルフ・ヴェルフリという画家を、私はよく知らなくて、また、この展覧会についてのことも、簡単にパンフレットに紹介があるので引用します。“アウトサイダー・アート/アール・ブリユットの芸術家として世界的に高く評価されながらも、日本ではほとんど知られていないアドルフ・ヴェルフリ(1864~1930)の、日本における初めての大規模な個展です。スイスのベルン郊外に生まれ、孤独で悲惨な幼少期を送ったヴェルフリが絵を描き始めたのは、罪を犯し、精神科病院に収容されて数年後の35歳の時。以後、病室で一心不乱に描き続け、生涯に描いた作品は25,000ページ。余白を残さず、絵と文字と音符で埋め尽くされた作品はどれも、既存の芸術や美術教育の影響を受けることなく生み出された他に類を見ない表現力と、奇想天外な物語性、そして音楽への情熱にあふれています。自分の不幸な生い立ちを魅惑的な冒険記に書き換え、理想の王国を築いて世界征服をたくらみ、音楽監督として作曲に没頭したヴェルフリ。彼が描いたのは空想の世界の出来事ではなく、すべて真実と疑わない自らの姿を投影したものでした。ヴェルフリの初期から晩年までの74点を厳選した本展は、アール・ブリュットの源流をたどる待望の機会です。緻密にして壮大、エキセントリックにしてファンタスティックな創造力を是非その目で確かめて下さい。”この紹介の最初でアウトサイダー・アート/アール・ブリユットと言っていますが、私の理解では、正規の美術教育を受けていない人のアート、とくに何らかの障害によって受けることができなかった人が描き始めたとか、そういったイメージです。ただ、作品を見る側としては、面白ければいいのであって、美術教育なんて人に面白く見せるためにどうすればいいのかを教えるものと、私は思っているので(西欧のアカデミズムはそれだけではないのだろうけれど)、教育を受けたか否かは、とくに関係ないと思っています。むしろ、その教育をうけていないということを殊更に強調するようなところが感じられて、私は、そのことを胡散臭く思っていました。正規の美術教育という段取りを踏んでいないので、型破りのインパクトとか、そこまでしても描きたいという情熱とか、そういうものを期待してのことなでしょうが。また、このヴェルフリや、あるいは話題になったヘンリー・ダーガーなんかも精神障害を抱えた人のケースが多いので、健常者とは違う、ある種の異常さとか、その裏返しで障害者に対する福祉精神とか同情のようなものをスパイスにして、それをウリにしているところが見透かされたりするところがあると思います。上の紹介文にも、そういうテイストが感じられます。どうしても、色眼鏡で見てしまうので、仕方のないことなのでしょうし、また、逆に、殊更にそういうストーリーを拒否するのも、結局同じことになると思います。そんな、めんどくさいことは嫌なので、この手の展覧会は、避けていました。しかし、この展覧会は、面白かったです。
 展示は次のような章立てで、ヴェルフリは長大な叙事詩を書いて、絵はその一部だったようですが、私は、絵を見に来たので、それ以外の物語とか、彼が作曲をしたそうですが、それには興味がなくて、絵の部分だけを取り出してみました。展示の章立ては、そういう物語とか、絵も一緒に総合的な作品として、区分しています。しかし、絵の部分だけでは、ワンパターンが執拗に繰り返されるだけなので章立てて分けるのは意味がないと思います。
 第1章 初期作品
 第2章 揺りかごから墓場まで
 第3章 地理と代数のノート
 第4章 歌と舞曲の書
 第5章 葬送行進曲
 第6章 ブロート・クンスト

2017年7月12日 (水)

海外へは歳をとってから?

 恥ずかしながら、私は50歳をすぎて、初めてパスポートを取得しました。いまから30年以上前、私が大学を卒業するころから卒業旅行が一般化し、その後20代でバブル景気を通り過ぎ、若い頃に海外旅行に行ったり、あるいは企業に就職した人で、若いころに海外へ出張や赴任という人が沢山いました。私は、あんまりそういうのには行きたくなくて、務めた会社も海外にそれほど進出していないところだったので、日本の外に出ることはないと思っていました。出たいとなどとは思ってもいませんでしたし。
 しかし、会社の仕事の関係で近隣の国ですが、出かけなくてはならなくなって、若い人には嗤われそうですが、50の手習いのようですが、初老に近いオッサン、というよりジイサンがおっかなびっくりで、とにかく飛行機に乗り、入管を通り、わずか数日ですが行ってきました。それが数年前。それから、何度か、同じところですが、行ってくるようになりました。
 そして、行くたびに、かなり考えさせられて帰ってきます。私が行くのは、仕事の出張なので、観光要素はなく、ホテルも日本語は通じる場合があるとか、食事も現地の会社の人と似たようなところに行ったり、と当初はかなり覚束なくて不安も伴いました(今でも本質は変わっていません)。それだけに、些細な身体感覚の実感で、簡単に言うと異文化を突きつけられています。それが我が身に振り返って、自分の来し方を、結構考えさせられることが、毎回、かなりあります。
 昨日の投稿で、会計に結びつけたところを少し書きましたが、その関連でも、中国の労働者の賃金に対する考え方、人事評価の考え方、例えば、日本では当たり前の定期昇給は中国ではおかしなことというのは、日本でもビジネス書にも書かれていますが、それがどうしてなのかというのは、人々の日常の動きを見て初めて合点がいくもので(とはいっても100%納得しているわけではありませんが)、それは振り返って考えれば、どうして自分は定期昇給を当たり前として受け容れることができたのだろうかと問いに直面させられることでもありました。
 それは、そんなお題目のようなことだけでなく、卑近なところで、風呂にはいることとか、空調の感覚とか、まで。
 そして、それらを考えるようなことができるのは、私の場合、それらのことについて情報とか知識の蓄積がある程度あって、視点を自分で多少は自覚していたからこそ気がつくことができたと思います。もし、これが20代の若い頃のことであれば、新鮮さは感じたかもしれませんが、我が身に問いかけるところまでは出来なかった、多分、そのためのツールも素材も持ち合わせていなかったのではないかと思いました。
 だから、かなり偏見かもしれませんが、海外へ行くのは、思考や感性が柔軟と言われている若いころよりも、ある程度、考えたり感じたりする方法が確立している年寄りになってからの方が発見が多いのではないか。

2017年7月10日 (月)

客観的、抽象的な数字のベースになっている身体感覚の文化ということ

 食事の時に、茶碗でご飯をたべていて、一杯で足りなくて、おかわりをするときに、その茶碗にご飯を一口残して、おかわりを求めますか、それとも茶碗を空っぽにして求めますか。私は、前者が当たり前でしたが、大学の時に友人と旅行していた時に、友人が後者であったのを知って、そういうお代わりの仕方があることを初めて知りました。地方、あるいは育った家庭によって、習慣が違うということです。私の場合は、お代わりを求める時に茶碗に一口残すのは、ご飯が終わっていないからで、食べ終わったときに茶碗を空っぽにする、まあ、そんなことは理屈ではないんですが。しかし、別の考え方では、友人の言では、おかわりを求める時に、ご飯をのこしてあるのは失礼だ、ということだそうです。どちらが正しい、というものでもないだろうと思います。それは、習慣の違いということでしょう。
 似たようなことは、外国、例えば中国や韓国で食事をするとき、全部食べきれないほど出される。それを残すのは失礼と思うのは日本人の慣習で、こっちは食べきれないほどださないのが失礼になるので、むしろ残さなければならないのです。ただ、習慣とは身体感覚で身についてしまったものなので、供された食事を全部おいしくいただくことをしないで残すというのは、何となく、悔いが残るような気がする。
 このようなことは、実際に体験してみて、はじめてそういうものだと実感できるものだろうと思います。机上において情報として得ることができるとしても、具体的に実感することはできないことと思います。それが、抽象化されたり、理論化されていった時に、具体性を欠いた言葉や数字がひとり歩きしたときに、すれ違いが生まれ、その違いは実践の場面で、大きなものとなることがあるのです。
 それは、とくに海外と仕事をする場面で、大事なところで現れるのです。しかし、それに気がつかない人も少なくありません。
 具体的には、企業会計の数字は世界共通で、企業業績については売上高とか利益額などの数字を、国を問わず数値でもって、比較して、良し悪しを判断するだろうし、数字が少なければ、イマイチだろうし、数字が大きければ業績がよいとか実力があるといったことになるものです。日本企業のグループ企業の海外子会社に対しても、その数字によって、ハッパをかけたり、誉めたりします。
 しかし、例えば、中国と日本とでは売上をどの時点で計上するのかという考え方が違うし、それに伴って利益がどう生まれるかという考え方が違うのです。関連して在庫ということの意味が違う。これは、台湾や韓国も、日本よりも中国に考え方が近い。実は、アジアの中で日本の環境というのは特殊なのだ。これは現場に立ち会わないとわからない。立ち会っても分からない人もいますが、それだから問題であると思います。
 中国の慣習では、耐久消費財とか固定資産となるようなものは、あるいは製造業の仕入れ売買のような場合、基本的には代金前払いが原則で、売主は代金を受け取ってから手配して買い手に納品することになっています。そして、代金の支払いを受けた時に売上を計上する、これがルールです。これに対して、日本の場合は売り手が納品し、買い手に代金を請求して、回収することになっています。売上は買い手に納品した時点で計上するのがルールです。何だ、たいそうなことを言っても、そんなに違わないではないかと思われるかもしれません。しかし、これで生まれる実際上の違いは、例えば、納品時に欠品があった時、日本の場合には、欠品は買い手が受け取らないか、あるいは欠品分の代金を払わない。これに対して、中国の場合は売り手は既に代金を受け取っているので、欠品があっても、取り替えないし、代金を返すことなどしない。つまり、買い手は欠品があっても泣き寝入りとなるのです。この場合、買い手は、納品された中に欠品があっても、在庫としては既に金を払っているので、そのまま計上することになる。つまり、在庫が納品の時点で物品と支払った金が合っていない(と見なすのは日本の特殊性)。仮に月末に代金を受け取って、翌日に納品したとすると、売上を計上しても在庫は残っていることになって、その月の利益が一時的に増えることになる。そんなことが通用していると、中国では、生産して納品する業者は、納品した製品に欠品が混じっていても、自分たちがそれで損をすることにはなりません。(最終的には、辻褄があって、めぐりめぐって損をすることにはなるのですが)だから、欠品を減らすことに真摯にならないのです。従って、品質向上への取組みに真剣さや切実さが、どうしても足りなくなるのです。
 中国でこうなってしまっているのは、いくつか理由があります。まず、各企業が正直に帳簿をつけていないこと。そのため、お金が動いた時点で間接税が発生し、領収書と役所に提出しなければならない。企業の帳簿は、その領収書をもとに役所が把握し、企業はそのとおりに帳簿をつけることで、税務当局が企業会計を作っています。その原因は、もともと通貨にたいする信頼性がなくて、その通貨の上に成り立っている企業間の取引の信頼性がうすく、借金の踏み倒しの被害に救済や踏み倒しによる制裁(信用なくした場合に不利になる)といったシステムがしっかりしていないからだ。それには、歴史的な経緯もあるのだけれど。
 だから、数字がいい数値であっても企業の経営の内実や事業の実力はガタガタになっていることは、よくあることだという。それは文化の違いによるものでもあるわけです。

専門家の枠組みが変わって、従来の専門家はAIに取って替わられる?

 この数日の九州の豪雨災害とか北朝鮮のミサイルといったことなど、その報道で専門家のコメントをみていると、全く参考にならないと考えさせられました。私の誤解かもしれませんが、専門家というものをどのように捉えるかということについて、報道をみていて私が感じるのと、報道している側やそこでコメントをしている専門家当人との間で大きな齟齬があることに気づいた。私の捉えていることが、ひとりよがりなのかもしれませんが。
 実際のところ、例えば、九州の豪雨災害というのは全容はどうなのか、それは従来とどう違うのか、それで従来の災害対策を考え直すようなことなのか、つまり、評価とか意味づけということを知りたいとおもうわけです。しかし、そこでコメントしている専門家という人は、今回の豪雨は異常だとか、しかし、どうしてそんな異常なことが起こったのかというメカニズムの説明はなくて、こんな量の雨が一気に降ったから異常だという結果と原因を混同した説明しかなかったり。地盤が特殊だったという説明、そんな特殊な地盤であることが予め分かっていて、従来の対策は適切だったのかとか、許容量はどのくらいだったのか、他に同じような危険のあるところはどうなのか説明もなかったり、といったように毒にも薬にもならないように無駄話しか聞けないという印象でした。
 北朝鮮のミサイルに対しての専門家という人々のコメントは、ミサイル技術の教科書の概説を丸暗記したような言葉しかなくて、実際のミサイルの脅威について、例えば実験で成功しても、それを現実的な軍備として機能するのか、そのためには量産とかメンテナンスとか人員といった運営や、それを支えるロジスティックスなんかを整備できているのか、できていなければ整備するのにどのくらいかかるのか。ミサイルという兵器の物体に限るのであれば、最低限その程度のことを明らかにしてもらえなければ、現実の威力が分からないでしょう。また、兵力というのは外交とか国の戦略の一環ですから、それによってどのような変化があって、それがこちらにとってどの程度の現実の脅威であるかが想像できるのでしょうけれど、そういう評価とか意味付けのようなことは、いわゆる専門家の人は北朝鮮情勢ならそれに限って教科書の説明の丸暗記とか、その程度の説明しか行われない。それなら、記者の書いた記事やニュースキャスターが台本を読み上げるのと変わらないものです。しかも、専門家の人の話し法はへたなので聞きにくく、いってれば時間の無駄です。
ほとんどというよりも、私の聞いた限り全部そうでした。
 いわゆる専門家の人というのは、大学なんかの体制で学部とかいった学問の分野で仕切られた昔からの枠組みのなかで知識や経験を得てきた人ということなのではないかと思います。かつて丸山真男がタコツボといいましたが、その枠組みのなかでの知識や経験だけを積み重ねて、枠組み自体の有効性とか、それ以外のところには知識や経験は及んでいない。いまどきこんな人いないだろうと思っていたら、ニュースなんかに出てくる専門家の話しているのを聞いていると、まさにそんな感じです。話していることが教科書の丸暗記といったのは、従来からの蓄積された知識データをあげて、災害であれば、今回は、その蓄積との差異を話すことばかりだからです。
 でも、こういうのであれば、今、巷で話題の、ディープラーニングするAIにやってもらった方が、ずっと深掘りができて正確で精度の高いものがでてくると思います。こういうのっていうのは、限られた枠組みのなかでデータを蓄積して、その解析と、新たな事態においては、その差異を分析するというのですから、パターンの繰り返しです。つまり、将棋と同じです。要は、パターンが複雑であるということだけです。だから、これから数年かすれば、いま大学にたくさんいる専門家はコンピュータに取って替わられてもおかしくないということだと思います。私には、それは、人がわざわざ頭をひねって労力をかける意味があるのかと思えるのです。おそらく、真摯な企業の現場であれば、生産性が低く、価値創造もできないものは無駄と見なされてしまう、そんな程度ではないかと思うのです。
 おそらく、専門家というものの意味合いが、このような大学なんかの枠組みとは異なる基準で捉えられるものになっているのではないかと思います。前述の災害や北朝鮮のミサイルに関して私が専門家から知りたいというのは、実際の場で、どう対処したら良いのかを考えために必要なこと、情報の切り分けとか評価といったようなことです。それは、実践の必要に応えて枠組みを新たに創造するようなことです。
 これは、報道に限らず、ビジネスの場でも、実際の企業現場でもそうです。例えば、法律行為は弁護士が専門家ということになっていますが、取引の契約書の吟味といった形式的なことでも、法的リスクをあげることができない人が大多数なのです。一般的には、弁護士は専門家だから、企業の従業員なんかよりずっとくわしいと思われています。しかし、私の経験です、有名な大手法律事務所の弁護士で、書類を見てもらって、問題ないと言われたものについて、後で、こういう時はどうすればいいのでしょうかと質問すると、それは問題ですという答えが返ってきて、そういう後付けで問題だといわれたことが数件、極めつけは、それについて株主総会で株主から追求されるリスクをきいたところ会社法の常識では考えられないような素っ頓狂な回答があって驚きました。その後は、懲りたので、この後は書類の吟味を依頼する前に疑問点をさきにあげておくことにしました。それにはちゃんと答えてくれます。しかし、私の基準では専門家というのは、そういう疑問点は私などが思わぬところにあることを指摘してくれるものではないかと思っていました。
 おそらく、そういうことは、特に企業では、日本の場合、かつては現場で問題提起して解決していたのではないかと思えるのです。多分、従来の枠組みのなかでパターンとおりの繰り返しという仕事、マニュアル通りでできてしまう仕事であれば、AIやロボットに取って替わられる運命にあるのではないかと思います。

2017年7月 7日 (金)

北村周一 フラッグ《フェンスぎりぎり》一歩手前(4)

Kitamurainfumi  「または、逃げる韻を踏む日々・AA」という作品です。同じような白一色のモノトーンの作品です。この作品は「小石を繋ぐ」のような規則的なところは、見つかりませんが、表面の凸凹を同じような視点で見ていくと、細部の戯れが見えてきます。北村という人が絵画をどのようにかたちづくってきたかは、私には分かりません。これは、あくまでも作品を、個人的に見ての、主観的な印象で語っています。したがって、事実と違うことがたくさん含まれています。そういうことで語っています。
 これまでロスコとの対比で語ってきましたが、そのことも含めてそもそも論に遡ってみたいと思います。最初にも少し述べましたが、絵画というのは“なにか”を対象として、その“何か”を描いたものです。例えば、人物画は人物を描いたものです。それは、歴史上の事件でも神話や物語の場面でも、人物とか建物とか物体としての“何か”でするそういう絵画は、後年の抽象画との対比で具象画に一括されるようになりました。これに対して抽象画は、具体的な物体を描くことがありません。その代わりに不可思議な図形だったり、模様だったりしても、それは事物を視点を変えて見た“何か”であったり、イメージという“何か”であったり、そのような“何か”を描くものであり、抽象画であろうが具象画であろうが、絵画という点で“何か”を描くという点で一緒です。しかし、ロスコの抽象画は、その“何か”があって、それを描こうとしたというよりは、描かれてしまった画面を見た人が、ある効果を受けた、例えば、瞑想に誘われるという効果がうまれたということから、仮に画家がその効果を認めて、その効果を生み出すことを狙って絵画を制作していこうとした。つまり、“何か”を描くということを否定した。描くということが先にあるという姿勢の転換があったという。絵画のあり方に、ロスコの絵画は特徴があると思います。私は、そのロスコの絵画の在り方に、北村の絵画は近いところがあると思います。しかし、日本の伝統的な絵画には“何か”を描くというあり方が徹底していないところがあると思います。それが余白という“何か”を描かない空白が意識的に画面に導入されているという点に、典型的にあらわれていると思います。北村の作品の姿勢にも、そういうところがあると、私にも見えます。それが、前に少し述べましたが、曖昧さを明瞭にしようとしているというのは、その在り方の具体的な表われではないかと思います。
Eikyusakuhin  この作品で、それが表われているところを見ていきましょう。ここで、もうひとり瑛九という画家の作品と比べて見たくなりました。瑛九は“何か”を描くというあり方でない作品に、多様な色彩という要素を排除していない作品です。そこで、北村の作品を見ていると、作品を全体して構成されていないと感じられます。というよりも、全体としての印象というのが稀薄で、作品を見ていると、細部に視線を導かれます。この作品のように色彩を白一色にして画面の凹凸から生まれる陰影が際立っています。視線は、そこで生まれる細かな陰影の変化に導かれます。ここに、色彩という要素が加われると、むしろ注意が散漫になってしまいます。ここでは、色彩という要素の加わった複雑な構成を作られていません。北村は、菱形を並べて、その変化を積み上げて、結果として全体の画面が出来上がっているように見えます。ここで、私には、この作品で明瞭にみえるのは、そういう一つの単位を素材にして、それを変化させて画面を作っていくということです。言ってみれば、言葉の世界で文章を作っていくときに従う文法のようなものです。その文法に従って出来上がった画面が、結果として、見る者に何がしかの効果を及ぼすということ。それが、北村の絵画の基本的なあり方ではないかと思います。

2017年7月 6日 (木)

北村周一 フラッグ《フェンスぎりぎり》一歩手前(3)

Kitamuraline1  「ライン消し・左」と「ライン消し・右」という一対の作品も、同じようなところがあります。薄く塗られた黒い墨の下に、違う種類の黒い塗料が描かれた形態が透けて見えています。ここでは、「瀝青」の表面の凸凹から生まれる影の代わりに、何重もの層に重ねられ透けて見ることのできる塗りの層があります。その層の透け方の変化が、時間をかけてみていると変化してくるわけです。それは、比喩的な言い方になりますが、ロスコが形にならない曖昧さを見出して、それをキャンバスに定着させようとしているプロセスであるのに対して、北村は曖昧をすでに持っていて、曖昧さは自明のことで、それをはっきりさせようとしている、と私には思えます。曖昧さをはっきりさせるという言い方は形容矛盾ですが、曖昧であるとは、形がないことでネガティブな言い方をせざるを得ません。おそらく、ロスコは、もともと表現というのは能動的な言い方で、ハッキリとした形をもっているものを表わす、たとえ抽象画であっても抽象的な形を描いていましたから、そういう形で表わしきれないものを見出したというのは、それだけで画期的であった、と言えると思います。これに対して、日本の絵画では余白といった描かれないものを表現として味わうこともあったことから、曖昧さということは認められていたのではないかと思います。北村にもそのベースはあると思います。そこでの課題は、それを西洋の伝統の上での絵画で描くということ。つまり、形を表現するという絵画に当てはめるていくということです。しかし、形が確立してしまえば曖昧ではなくなってしまいます。そこで、北村の絵画は形にならない形を模索するというものではないか、と私に思えてきたのです。例えば、この作品では、半透明で多層化された画面に透けて見える下層に描かれているものが、形はハッキリしていませんが、何かの描かれているだろうことは分かります。それは、他の作品では絵の具が積み上げられた物質だったりします。
Kitamurastone  「小石を繋ぐ-ⅰ」という作品です。ここまでモノトーンの作品ばかりピックアップしていますが、北村の作品はそういうものばかりではないことを断っておきます。私が、ここで感想を述べている北村の特徴をよく表われていると思うからです。「瀝青」や「ライン消し」が黒一色であるなら、この作品は白一色です。このほうが画面上の変化が見えやすくなっていると思います。ロスコとの違いに拘泥しているようですが、私の場合は北村の作品をロスコを手掛かりに見てきたので、どうしてもこうなってしまいます。これは、私という偏向した好みの人間の視点で語っていることです。ロスコの大きな特徴として、作品の巨大さがあります。壁のように立ちはだかって、見る者を圧倒します。ロスコは絵画を距離をおいて観察するように眺めるのではなくて、作品に取り囲まれるようにして空間に包まれるような体験をしてもらうことを求めていたようです。そして、ロスコの絵画の特徴として色彩があります。これは作品スケールとあいまって、見る者を空間に包み込むような気分にさせる機能を果たしていると思います。そして、眼を転じて北村の作品には、その両方がありません。この作品の大きさは縦横、それぞれ約30センチ前後で小さいのです。また、色彩はごらんの通り、白一色です。これでは、ロスコの作品のように空間をつくって、見る者を包み込むということは難しい。むしろ北村の作品は、ロスコが避けようとした、距離をおいて眺める作品になっていると思います。それは、北村の作品は画家が画面を計算して作っているように見えるからです。これに対して、ロスコの作品は、即興性がある偶然にできてしまったことを作品としているところがあると思います。絵の具を塗っていて、偶然できた画面を作品として提出する。全くの行き当たりばったりということはないのでしょうが。これに対して、北村の作品をみれば、連続模様のような菱形?が連続して、規則的に並んでいます。それも、絵の具を物質のようにして置いて積み上げています。このような作業を行き当たりばったりで偶然の結果できたとは到底考えられません。画家が、面倒な作業を、こうしようとして行った結果です。つまり、ロスコの場合とちがって、この作品では、縦横に並んでいる菱形のそれぞれについて、画家はこうしようとして作業をしているわけです。そこに偶然的な要素が入っていることはありますが、基本は画家の意図です。したがって、この作品の細部には画家の意図があるわけで、私のような作品を見る者の前に、意図が表われてきます。もちろん、私はそれを無視して、好きなように見ていいわけです。しかし、ロスコの作品のように偶然出来てしまったものに比べると、その細部に視線を誘導されるのです。例えば、同じような菱形が並んでいる、その菱形の差異を見ようとする。積み上げられた絵の具の形や高さの違いと、そこから生まれる影や白の見え方の差異といった細部です。そして、そのような細部の積み重ねが、先ほど述べましたが、北村の作品が曖昧さがすでにあることを前提にして、その曖昧であることを確固として提示するということではないと私は思います。ただし、だからといって北村のこの作品は、何かを表わそうといった意図が感じられません。いわば、この画面全体が余白のようなものに感じられます。それは、日本画であれば、何も描いていない余白が、画面全体の雰囲気とか空気感をつくったりしている。北村のこの作品は、その余白だけでできているように見えます。だから、重さとか、緊張感をあまり画面から感じ取れないのです。そこに在るのは、たんにあるということだけなのです。だから、私は、この画面をみていて、細部の差異をいちいち見て、こんなことがあるとか、ここが違っているといったことを見て喜々として戯れていました。ロスコの作品には、そのような遊戯的に楽しさがありません。

2017年7月 5日 (水)

北村周一 フラッグ《フェンスぎりぎり》一歩手前(2)

Kitamurarekisei1  「瀝青.左」と「瀝青・右」という2010年の作品です。二作ペアで一対として並べてありました。この作品は展覧会場の中でも奥の方に展示されていて、私が会場でずっと北村の作品を見ていて、この作品にいたって漸く作品をみる手掛かりを掴めたと思えた作品です。その手掛かりというのが、この作品をみていて、アメリカ抽象表現主義の画家マーク・ロスコに似ていると思えたことです。ロスコの抽象画というのは、赤、青、オレンジ色、緑、黄色などに鮮やかな色の塊が二つか三つ、横長に縦に積み重なる様は、まるで色を異にかる光を背後から受けた雲か霧の集積のようにも見えて、キャンバスの縁をわずかに残して画面いっぱいに茫漠と漂っているスタイルです。そこに見られる特徴としては、左右対称の構図、矩形キャンバスの内部に矩形が繰り返されるという安定感であり、そこに色彩とフォーマットの無限のヴァリエーションが展開されることでしょうか。しかし何と言っても、特筆されなければならないのは、画面が一気に巨大化して行ったことです。小さな絵とは違って、背丈を超える大きな絵は見る者をその内部に包み込むかのような感覚を与えます。作品画像を比べて見てもらうとよく分かりますが、色彩こそ違え北村もロスコも外面いっぱいに単色の絵の具で塗りつぶしている点で共通しています。その両者の違いのひとつは作品の大きさです。ロスコの作品は往々にして壁のような巨大で、見る人を包み込んでしまうところがあります。しかし、北村の作品は約1.5m×0.9mの大きさで、見る人を包み込むというより、見る人と正面から向き合うという感じです。そこで、作品を見ている私は、ロスコの場合よりも距離をおいて冷静に観察するような視線でよく観るという態度をとることになります。そのような見方で視線に捉えられるのは、細部です。
Kitamurarekisei2  このことを覚えておいていただいて、唐突ですが、話題を変えます。ロスコの作品の特徴的な魅力について、その大きさ以外に次のようなことをあげることができます。ロスコの単に絵の具が塗られただけのような画面は、絵の具の塗りが全般に薄く、地肌が透けて見えるほど薄いところもあれば、しっかり塗りつぶされたところもあるという調子で、無地と見えて濃淡にムラがあります。無地と見えて濃淡にムラがあります。このような濃淡のムラという、それまでの絵画の常識では意識的に排斥されきた人間の手の痕を、一貫して尊重しているのです。ここに、ロスコの絵画が抽象的であっても、決して冷たくならず、暖かみと安らぎが感じられる要因の一つがあると思います。そして、濃淡だけでなく色彩の面でも、しばしば似たような色へと段階的に微妙に変化していくような、中間的な、はっきりと色の名前を言えないような色合いです。何色ということを決めかねるような色彩は、自然の光のもとでは天気や時刻によって差し込んでくる光が変化し、それにつれて色調の印象が変容していく、そういう静かなドラマを生んでいきます。こうして画面の表面全体がドラマの場となります。そして二次元的空間の中でポイントごとにたえずニュアンスが変化してやまないのみならず、外から訪れる光もまた動いてやまない。時間的な変化が加わってくるのです。だから、ロスコの絵画は時間を内包しているというわけで、ずっと作品につつまれて時間を過ごしていても、飽きることがないのです。
 Rothko_big この画面では分かり難いかもしれませんが、北村の「瀝青」にも濃淡もあり、手の痕もあります。その上、北村の作品はロスコのような薄塗りではなく、厚く絵の具が盛られていて、画面の表面にはっきりと凹凸が作られています。画像では分かり難いかもしれませんが、北村の作品は表面がゴツゴツしています。ロスコの作品の表面の滑らかさは物静かで柔らかく優しげなところは、細部に気付き難いところがあります。しかし、あるポイントの前後を楽しみ、ムラによって生み出される表面の変化を視線を移していくことで認識して、その静かな余韻を楽しむ。また、一ヶ所にポイントを絞ってじっと見ていると細部が見えてきます。それが見えてくると、薄塗りの滑らかな表面に視線を滑らせていくことが分かる変化に身を任せるという楽しみ方ができます。何か、北村ではなくロスコのことばかり語ってしまっていますが、現時点では、私自身が北村の作品の楽しさを語る言葉を見つけられないでいるので、ロスコとの比較で相対的な語り方になってしまっています。で、話を戻して、ロスコに比べると北村の場合には、ロスコのような滑らかさや柔らかさの代わりに、表面は凸凹でゴツゴツしているので、視線の滑らかな移動はし難くなっています。その代わりに、視線を止めて、一点を凝視するように誘っています。そこでは、表面の凸凹から生み出される影が表面に変化を作り出していきます。それは、少しでも視線を変えると影は変化し、その影の変化は色合いやグラデーションの見え方を変化させていきます。その変化はロスコが滑らかな、音楽で言えばメロディのように流れるものであるのに対して、北村の場合には、時には流れがストップしたり、跳躍したりするような意外性があって、視線に運動を強いる変拍子のリズムのようなところが違います。それゆえに、ロスコの作品のような観る人を沈潜させるような瞑想的というよりも、観る者の視線を裏切って驚かすようなダイナミックなところがあると思います。それは、ロスコとは違うものの対象として突き放してみるというよりも、作品に入り込んで直接体験するような、作品への対し方をすることができます。だから、この「瀝青」という作品に対しては、何かが描かれているとか、意味を読み取るとかいったことではなくて、作品の前で時間を過ごして、体験するというところがあると思います。

2017年7月 4日 (火)

北村周一 フラッグ《フェンスぎりぎり》一歩手前(1)

2017年5月 武蔵野市立吉祥寺美術館
Kitamurapos  都心での仕事を夕方に終わられて、帰宅する途中に立ち寄った美術館。この美術館は開館時間が、平日でも19時30分までなので、丸の内で5時に仕事が終わってからでも、少し駆け足になるが立ち寄ることができる。それは、とてもありがたい。場所は、吉祥寺駅から歩いて数分の、駅前繁華街の商業ビルの最上階にある。繁華街の喧騒を抜けるのを少し我慢して(渋谷のBUKAMURAに行く途中のゴミゴミした環境に比べれば、まだましだ)、エレベーターで最上階に上がると、デパートのフロアのような、小さなギャリーがある。仕事が終わって、家に帰る前に、立ち寄って絵を見て過ごすには、ちょうどよい大きさかもしれない。入場料も、常設展100円、企画展300円と安い。これは、私のような人間にとっては、立ち寄り易いことこの上ない、しかも過去の展覧会の履歴を見ると、面白そうな企画が並んでいたので、今後、また来たいと思った。
 さて、北村周一という画家については、私は初めて作品に接する人なので、画家の紹介を兼ねて、主催者のあいさつを引用します。“個展を軸に作品の発表を続けている画家、北村周一(1952年生まれ)。「フラッグ《フェンスぎりぎり》」という奇抜な展覧会のタイトルは、2008年の個展から一貫して彼が使い続けているものです。「フラッグ」とは、「上下左右に動く二本の線が一点で交差しようとするとき、その交差の直前(一歩手前)に発現する空間」についての北村独自の呼称であり、彼の作品に通底する空間概念です。彼がつくりだす画面において、「フラッグ」はさまざまな様態に展開されている。北村の作品には、「小石を繋ぐ」「縁側」「ライン消し」などのように、しばしば画面からは思いもよらない題名が与えられています。題名は、作品の背後に存在する彼自身の経験や思考の痕跡を示すものであり、彼にとっては作品を「名づける」ということも大きな意味を持っているのです。このことは、彼が日頃から取り組んでいる短歌とも深く関わっています。自らの仕事について、「ごくあたりまえのこと、基本的なことを、堂々巡りに見えることを恐れず、繰り返す」行為であると語る北村。彼の主題は、「フラッグ」のように、日常ではごくあたりまえのように目にしていながら省みられることがない、そんな事象のうちにあります。本展は、都内の美術館では初の個展となります。北村周一の特異な仕事の一端に触れる好機です。”
 このあいさつは、ある程度北村の作品に親しんでいる人向けのおしゃべりで、初めて彼の作品に接する人には、北村の作品とは、どのようなものなのかは分かりようもありません。私たちが絵画を見るという経験をするときのことを考えてみましょう。例えば、私がダ=ヴィンチの「モナ・リザ」という絵画を知らなくて、初めて見た際には、それまでの似たような絵画を見た経験をなぞるように見ることになるでしょう。それまで、私が女性をモデルにした人物画を何度か見たことがあり、その時に、どのように絵画を見たのかという経験をパターンとして蓄積しています。そこで、私が「モナ・リザ」に初めて出会ったときに、中央に女性が描かれていること、女性は半身像で、斜め正面でこちらを向いていること、背景に景色が描かれていることを、それとすぐに把握することができます。その場合、そのほかの把握の仕方、例えば、地味な色だけを見て、その色で編んだ模様として捉えることは、ありえません。「モナ・リザ」という作品が、とりあえず人物を描いた作品であり、そのような形を描いていることを前提にして、作品を見ていきます。それは、私たちが作品を見ていくための手掛かりのようなものです。抽象画の場合は、それとは少し違います。その手掛かりとしての何かのパターンが決まっていないのです。それが「分からない」という言われるひとつの原因ではないかと思います。しかし、逆に言えば、そのような経験したことのない出会いによって、新たに経験をつくるということが抽象画を見る場合に可能になるということでもあります。とは言っても、抽象画の有名な作品は、そのパターンが出来合いで用意されていることもあって、それに乗ることもできるということもあります。また、人というのは、どうしても過去の似たような経験のパターンをアレンジして当てはめようとします。目で見るということは、具体的に事物を見ることです。だから、抽象画といえども、見るのは具体的な何かです。それは、上のあいさつにあるような抽象的な言葉ではありません。そのような言葉になるのは、具体的に何かを見て、それに対して言葉で意味づけをしたときに、初めてでてくるものです。このあいさつには、その見た何かが省略されています。その何かを、私なりに考えながら、感想を綴って行きたいと思います。

2017年7月 3日 (月)

株主総会って、ホントに必要?

 このところ、株主総会をめぐって荒唐無稽なことを書き込んできました。かなり馬鹿馬鹿しい議論かもしれませんが、そもそも~と始めてみて、それについて、ちゃんとした説明ができない、まあ、言わずもがなの当たり前のことなので、そんなこと訊いてくるほうがおかしい、と言ったところでしょうか。今日も、その馬鹿馬鹿しいのをもう少しやろうと思います。
株主総会は必要なのか、ということです。会社法で決まっているから、手続き上不可欠だというのは、たしかに理由ですが、では何のために会社法で株主総会をやらなければなないと規定しているのか、といわれて、ちゃんとした答えができるのかどうかです。
 おそらく、欧米系の嗜好性という議論するのが好きなので、会議をおいたということなのかもしれません。そうであれば、株主総会というのは単なる好みの問題です。果たして、それ以外のりゆうはあるのでしょうか。小規模な個人企業や、創業時のベンチャーなどでは、会議などやっているでしょうか。そんな暇はないのではないかと思います。そもそも、会社を維持し、さらに成長させていくために正しい経営判断をしていくことが目的であるはずで、そのために株主総会というシステムが絶対的に適切という保証はどこにもありません。個人事業主がひとりで判断したほうが正しい場合もあるでしょう。そのような効率性の問題であれば、株主総会の必要性は絶対的ではありません。
 また、会社に出資し、会社の所有者である株主の権利保護とか、株主が納得するためという説得のためということであれば、株主の納得と会社の成長とが対立した場合に、株主の納得を取るということになるわけですが。それで理論上よろしいのでしょうか。また、株主は、納得できない場合には会社の株式を売却できるという保障があるわけです。現在の機関投資家等は実際の問題として、一旦取得した株式を売却し難いという事情があるという意見があるかもしれませんが、それは、会社の責任もあるかもしれませんが、株式市場が売却できるようにしなければならないはずで、単に株式市場が怠惰なだけです。
 会社法の条文の意味内容になりますから、会社法の専門家である法律学者や弁護士の偉い先生は、ちゃんとした説明ができるはずですが、そういう文献のようなものは残されていないようです。

2017年7月 2日 (日)

株主に対してもガバナンスを?

 昨日に続いて、株主総会を機に考えることがあって、少し、その中からまとまったものをアップしています。コーポレート・ガバナンスということが、このところよく話題になります。企業不祥事がおこると、そのたびにコーポレート・ガバナンス体制はどうなっているのか、あるいは内部統制が働いていたのかということが追及されるようになりました。また、政府や証券取引所などが主導して、上場企業に対してコーポレートガバナンス・コードがつくられて、従うようになかば義務付けられました。上場企業はその実践の状況を開示したり、あるいは株主総会で説明したり、株主からの質問に対応するようになりました。また、経営体制についても社外取締役を、半強制のようになったり、と動きが活発化しています。
 コーポレート・ガバナンスには、色々な建前はあるのでしょうが、狙いは海外の投資家にとって日本企業はよく分からず、リスクを量りにくいので、彼らの目線にあわせるようにして、投資を呼び込もうというのが狙いということだと思います。そのような本音は分かるのですが。そのような狙いの、そもそもの目的は、企業が健全に成長するということが最終目的であると思います。
 それは建前かもしれませんが、そのためには、投資を呼び込むのも大切で、そのために企業の経営陣にたして株主のことをちゃんと考えろということを制度として形にしたのがコーポレート・ガバナンスであると言えると思います。そこで疑問が生まれてきます。これは私の個人的な偏見かもしれませんが、株式会社という経営体制について、そもそものところで教科書的な説明であれば、株主と経営者というのは株式会社の車の両輪のようなものだと、とこかで習ったような記憶があります。そうであれば、コーポレート・ガバナンスとして経営者にだけ一方的に株主のことをちゃんと考えろというのは、片手落ちではないかと思えるのです。株主は会社の所有者だから、そんな必要はないというのでしょうか。株主は経営者のことをちゃんと考えてあげなくていいのでしょうか。例えば、株式会社に投資をしてその会社が事業を成長させて、会社が発展していて、株価が上がっていったり、配当をたくさん受け取るといった投資の回収をする。そういう姿勢で投資をする株主というのが教科書で説明されているような人々でしょう。でもそうでない人もいるでしょう。時には、その会社に迷惑をかけるために株式を取得する人とか、会社を食い物にすることを目的として株主となる人とか、実際にそういう人振り回されて会社が潰れてしまうこともあるでしょう。そういう株主、これは極端な例かもしれませんが(歴史的事実として、アメリカには日本やヨーロッパにあるような街中の路面電車がないのは、自動車メーカーが自家用車のライバルになる可能性があるからと、路面電車の会社を片っ端から買収して潰してしまった結果だと言われています。)、例えば、株主総会に来て、受付でお土産を受け取って会場に入ることもなく帰ってしまう株主、お土産は総会が終わってから帰りのときに渡しますといったら、ごねて騒ぎ出す株主、株主総会で議長不信任の動議を出して目立つことを楽しみにしている株主。あるいは、議論は分かれるかもしれませんが、アクティビストと言われる投資家の中の一部の人たち。株主にだって色々な人がいます。それなのに、経営者にはガバナンスが必要とか、倫理をもとめる一方で、株主は所有者だからということで、手放しでいいのでしょうか。株主は財産を投資していますが、経営者だって自身の能力、というよりも人生をそこに投資しているわけですから。株主にたいしても、経営者と同じような水準で倫理とかガバナンスを求める必要があるのではないかと思うのです。
 ちなみに、機関投資家に対してスチュワードシップ・コードというのがありますが、これは投資する側のガバナンスとか倫理ではなくて、資金を預かる業務をする人のガバナンスとか倫理ということなので、ここで述べている投資をする側を規律するというものとは違います。

2017年7月 1日 (土)

株主総会は不平等?

 昨日で6月が終わりましたが、6月の終盤は日本の上場会社の定時株主総会が集中して開かれた時期で、テレビや新聞のニュースでも話題になった会社の株主総会が記事になっていました。私は、以前は、会社の中で、株主総会の準備や運営に携わっていたことがあり、今でも、他の人よりは注意して見てしまっています。そこで、細かいことなのですが、ずっと疑問に思っていたことがありました。あまりに基本的なことで、訊ねるのも恥ずかしかったし、自分なりに色々と調べて見ましたが、答えは見つかりませんでした。それは、株主総会の多数決のことなのです。
 会議等の集まりで、何事かを決めようとすれば、メンバーの間で議論を重ねて、疑問点を明らかにし、相手に対して説得が試みられ、利害の対立があれば調整が行われるといった、いわゆる熟議によって、ある人は最初持っていた意見を変えたりすることもあるでしょうし、そういうことを踏まえて最終決議で結果を出すことに至るわけでしょう。理想としては全会一致が望ましいのでしょうが。現実的には、メンバーが多ければ難しいので、多数決ということになるわけです。
 そういう原則は、会議とか議会と名のつくもの、ほとんどすべてにあてはまり、株主総会も例外ではありません。それはそれでいいのですが。株主総会だけに、特徴的で、他の会議ではおよそみられない特徴があります。それは、多数決する際にメンバーの投票権が平等ではないということです。例えば、国会での決議では国会議員が1人1票で決をとります。その中で、国会議員で1人2票を投票できる人はいません。内閣総理大臣であろうが、当選したての無所属の新人議員であろうが、同じように1票を投じます。それが平等です。これは、他の議会でも会議でも原則として1人1票の原則で決議が行われます。しかし、株主総会は違います。株主一人で100票の投票ができるような制度になっていて、それが平等であるということになっているのです。それは、持ち株数に応じて投票するということです。これは、株主というのは会社の持ち主であってお金を投資しているのであるから、その投資に応じて発言権が強かったり弱かったりするのだ、というのが理由の説明としてあるのでしょうが。これって納得できるほど、筋が通っているでしょうか。気持ちは分かりますが、金を出している分、口も出させろということは、果たして平等といえるのか。例えば、国でも地方公共団体でも、税金をたくさん払っている人は選挙権を他の人の数倍持っているでしょうか。あるいは、財産を出し合っている集まりであれば、マンションの管理組合なんて、マンションの部屋の広さや価格は違うし、払っている管理費は一律ではないはずですが、投票権は1人1票です。
 そもそも論でいえば、そもそも人が集まって相談して物事を決める会議とか議会というのは、一人で決めてしまうと間違う確立は半々だけれど、人が集まれば間違う確率は減るし、正しい答えが得られるとは限らないが、正しい答えに近い答えを得る確率が高いからやっているものです。国会にしても、株主総会にしても、政府や会社にとって非常に重要なことを、間違って決めるしまわないために、人が集まって、正解に近い答えを導くのが目的です。そのために、集まった人々が様々な視点から忌憚なく意見をたたかわせる熟議が必要になるわけです。その熟議をおこなうためにも集まる人々が遠慮したりすることのないように平等であることが必要となる。その際に、議論する人々の間にあらかじめ格差があると、遠慮とかあきらめが、議論の前に生じてしまうのではないでしょうか。そうであれば、正しい答えから遠ざかることになってしまう。おそらく、株主総会という会議の議論については、そういう会議の原則とは違う原則がなければおかしいとはずなのですが、それが、私の探し方がおかしいのか、見つかりません。会議での議論という常識から考えると、株主総会は変です。
 ひとつ、理由として想像できるのは、最初に株式会社をつくったときに(歴史の教科書では東インド会社ということになっていますが)、そこで、たまたま、深く考えないでやってしまったことを、何も考えずに前例として踏襲して、みんなか真似して、そういうものということになってしまった、という馬鹿馬鹿しい理由で、今のところ、これが一番納得できるものです。
頭脳明晰で偉い、経営学や会社法の学者が、そうであれば、とっくの昔にひはんしているはずなので、そんなことは、現実にはありえないはずでしようが。

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