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2017年7月16日 (日)

アドルフ・ヴェネフリ展 二萬五千頁の王国(2)~第1章 初期作品

 Walflinewyork 普通、画家の個展とか回顧展というのは、最初は初期のスケッチとか誰々風とかいうような、基本となるものや既にあるスタイルの模倣から始まって、だんだん独自のものになっていく過程を見ることが多いのですが、この展覧会は、いきなり独創的なスタイルの作品から始まって、そのテンションが続くというものでした。これは、たしかに型破りのインパクトがありました。作品は、新聞印刷の用紙、つまり大判で安いザラ紙、白い紙でなく、昔のワラ半紙のようなパルプの繊維の色が残っているような紙に、鉛筆で、ときに色鉛筆が使われることもありますが、おそらく彼が生活した刑務所や病院では、紙と鉛筆くらいしか揃えてもらえなかったのでしょうか、モノクロの画面がほとんどでした。
Walflifront  「ニュー=ヨークのホテル・ウィンザー」という初期作品のなかにあった作品です。おそらく、この作品について語れば、ヴェルフリの作品について語ることができてしまうのではないかと思います。それほど、ワンパターンで、少しずつ作品は変遷していきますが、大きく変化することなく、このパターンで一貫しています。まず、この作品を見た印象は空間を埋め尽くすように描かれている、その物量です。しかし、だからといって、その物凄い物量が、画面の枠を乗り越えるように突出して、画面が一種の躁状態のようになってはいなくて、表面的には静かに落ち着いているのです。それが、ヴェルフリの最大の特徴ではないかと思います。彼の作品では、空間を埋めるといっても、単に余白を塗りつぶすといったことではなく、隅々までていねいに細かく何ものかが描きこまれているということです。それは、強迫観念で衝動的に描かれるということの対極に、この作品があるということではないかと思います。おそらく、ヴェルフリは冷静に個々の細部を丁寧に根気よく描いたのではないかと思います。それは、画面のどの部分でも同じように、集中して丁寧に描かれているからです。そして、ヴェルフリは空間の構成力とかデザインで優れている点に大きな特徴があると思います。この作品では、全体としてシンメトリーの文様のような全体デザイン構成で、そこに抽象のパターンやキャラクターのような形態の構成要素が、バリエイションを持ちながら、在るべき場所におさまるように描かれています。この構成要素は「ヴェルフリの形態語彙」としてパネルで説明されていて、紙にプリントされて展示一覧表とともに配布されていました。また、鉛筆で描かれているのですが、その鉛筆の線が整っているし、鉛筆での塗り方が、とても洗練されているのです。だから、全体として完成度の高さとか洗練という印象を強く感じました。

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