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2017年8月 3日 (木)

『石油の呪い─国家の発展経路はいかに決定されるか』マイケル・ロス

 「芝浜」という落語。立川談志が得意にしていた噺なので、ご存知の人も少なくないと思う。酒に溺れて落ち目になった棒手振りの魚屋が、魚河岸に仕入れに行く途中の芝浜で大金の入った財布を拾う。その金で大宴会を開いて眠ってしまった彼は、目覚めた時に女房から、財布等ないといわれる。そこで追い詰められた彼は、性根を入れ替え、酒を断って正業に励む。その甲斐があって商売が繁盛したある日、女房は、実は財布はあったが隠していたと真実を明かされる。この財布の金に手をつければ、彼は働くことがバカバカしくなって、堕落するだろうから、敢えて嘘をついたのだった。現実に、海外では大型の宝くじに当たって億万長者になった者は、破産して家族離散といったような身を持ち崩すことが多いという。
 これは、個人に限らず、国の経済にも当てはまる。発展途上国で、貴重な天然資源が発見されると、それにより潤沢に資金を確保できて、基幹産業とすることで経済成長に向けて、他国との競争で有利になって社会が向上していくはずなのに、奇妙なことに政治的に有害な結果を導き、歪んだ社会がエスカレートしてしまう。それを「石油の呪い」として分析する。
 例えば、貧しい前近代の社会が経済的に豊かになる時、とくに女性がそうだが家族の生活は劇的に変化する。貧しい途上国(明治期の日本もそうだった)では低廉な労働力を生かした輸出により外貨を蓄積して産業を育成する。その典型が繊維服飾産業だ。そこで活用されるのは地方の若い独身女性だ。ここでは特殊な技能や訓練、あるいは教育を求められない。また多大な筋力も要しない。必要なのは集約的労働のための時間とまとまった人数、統率に従うこと(従順さ、男性のような余計な手間がかからないこと)、そして低賃金。彼女たちは工場での労働を通じて自身を獲得するととともに、家庭の中では作れなかった新しい社会関係を築き、健康や避妊などに関する新しい情報を獲得し、またそれまで従う相手だった男性と交渉する術を学ぶ。若い女性たちから徐々に意識が変わり始める。親は娘たちが家計に貢献することを理解するようになると、学校に通わせるようになる。就学、就労は女性の晩婚化を促し、出産数の低下を招く。こうして家族の人数は減少し、大家族にはならなくなり、核家族に至る。
 教科書のような図式だけれど、しかし、石油資源を手にしたことにより、そういう初期の蓄積を経ないで、経済を作ってしまった社会では、女性を経済的な戦力として参加させる機会を失ってしまう。石油で得た豊富な資金で、労働力のニーズは増えず、しかも賃金は増える。そこで女性は専業主婦として家庭に閉じ込められ、男子の収入は増えるので、家父長制の家族制度は、むしろ強化される。その環境では新たな裾野産業は育ちにくくなり、産業界での新陳代謝は鈍くなり、社会の流動性は減退する。全体として、前近代的な伝統社会が強化されてしまうことになる。それが中東や北アフリカの産油国では、伝統的な部族社会での家父長的な家族が権威を失わない。
 個人でも国でも、地道にコツコツ努力して実績を積み上げていくのが、いいんだよ、という当たり前の処世訓がオチ。

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