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2017年8月 4日 (金)

endless 山田正亮の絵画(1)

2017年1月 東京国立近代美術館
Yamada2017pos  都心の用事が思いのほか早く終わったので、近代美術館は5時に閉館となるので30分前に受付すれば間に合うと思い、駆けつけた。地下鉄の竹橋の駅はいつも風が強くて、煽られてしまうほどだが、今日は冬の冷たい風がかなり堪える。駅から堀端を歩くが、いつもは目に付くランナーも、これだけ寒いとほとんどいない。時刻も4時過ぎということで、近代美術館は閑散としていた。近代日本画の大家なんかの企画展であれば、受付やロビーは人ごみとなっているのだが、山田は知名度がないからか、展示会場の入り口が分かり難いところでまよっていたら、わざわざ受付のチケットのもぎりの係りの人が案内してくれた。会場に入ったら人影は皆無。人影は私のほかに美術館の係の人が要所に座っているだけ。区切られた展示室にはいると、座っていた係の人があわてて立ち上がるのが気になってしまう。それほど人影がない。近代美術館の企画展の展示室は広い。そこで見渡す限り係のひとを除いて私一人しかいないという、贅沢といえば贅沢、しかし、なれないせいもあり違和感もなきしもあらず。ひろい室内に私の靴音だけが響いて、普通の革靴なのに、アンプで増幅しているのかと思うほど高く響いている。それだけ静寂ということで、自分の息をする音も響いてしまいそうな環境。そこで見た作品は…。そういう環境、雰囲気もあったと思う。しかし、それだけではなく、そこで見たものは、いや、そこに私がいたところは、異世界とでも言う他ない異様なしかし、ゾクゾクするような、ワクワクするような、一言「スゲエ!」という以外に何も言えないようなものだった。ストライプの画家ということが展覧会のポスターなどにあったが(山田は決してそれだけの画家ではないのだけれど)、そのストライプが半端でなく、広い展示室の壁一面に、遠くから見た限りでは、どれも同じように見えてしまう色違いの細い横線がびっしり引かれただけの作品が数十点並べられていて、それは壮観という他ないのだが、その部屋の真ん中にいて、見渡す限りストライプで、他に誰もいない、私一人だけで、そこで時間が経っていくのを茫然として佇んでいる(こんな空間にいて、一枚一枚作品を鑑賞するなんていうこと、私にはできなかった。こんな空間があったのか、という感じ。そんな落ち着いて、作品に距離を置いて観察するように…そんな心境ではなかった)そこで時間が過ぎていく、これは妄想なのだろうけれど、普通じゃない空間が、そこにあったと思う。いつもと違って、かなり混乱した書き方で。実際の作品のこととか、何も分からなく、情緒的な印象をおしゃべりしてしまっていることも、私自身いつもはないことという自覚もある。
Yamadatenrankai  山田正亮の回顧展は2005年の府中市美術館で見たので2回目で、初めての画家というわけではないのだけれど、しかしかといって好きな画家にも入ってはこないが、気になる画家ではあった。しかし、この展覧会は、以前に見た時の印象を覆すものだった。(その時の印象は別のところに書いたので、こちらを参照いただきたい。)府中市美術館の時は初期の具象的な静物画から形態が崩れて、消失していくまでが多数の作品が展示されていたのと、当時の最新作で「color」のシリーズの巨大な作品が展示されていたのが、今回は初期作品の展示は多くなく、巨大な「color」の作品の展示はなかった。そのかわりに府中市美術館の時に比べてストライプの作品の展示が凄かったのと、その後の作品の展示があったことが大きな違いだった。そのあたり、具体的な展示されているものを語っていくのは、この後で、私自身の印象を、もう少し落ち着いて反芻しながら書いていきたいと思います。
 山田正亮という画家については、以前の府中市美術館の展覧会の感想も参考としていただくといいかもしれませんが、主催者のあいさつの中で紹介されていますので、以下に引用します。
 「山田正亮(1929~2010)は50年以上にもわたってコンスタントに、5,000点を超える絵画作品を制作し続けました。終戦直後の混乱期、生きる指針を求め、「絵画との契約」という独特な思いをもちながら、描くことに身を託したこの画家は、長い不遇の時期にあってもひたすら描き続け、やがて1978年、東京の康画廊での個展で一躍注目を浴びました。1980~90年代を通じ多くの美術館に作品が収蔵されるなど高い評価を受け、生前の2005年には府中市美術館で初期作と近作による個展が開催されています。
 山田正亮の活動は大きく3つの時期に分けられます。活動の初期、1948年から1955年までには、画家自身が「記憶から描いた」と述べている静物画Still Lifeのシリーズが描かれています。瓶や果物など個別の要素は年を経るごとに徐々に解体され、まわりの空間と溶け合っていきます。そして、背景と事物が一体化した1956年、山田正亮の仕事の格といえるWorkのシリーズが始まります。このシリーズの作品のすべてには、1950年代ではWork B、1960年代ではWork Cというように年代を表わすアルファベットを付し、そのあとに通し番号をふる、機械的なタイトルが与えられています。Workのシリーズは、ストライプやクロス(十字架)といった直線的なモチーフに基づきながら、1990年代のWork Fにいたるまで間断なく継続されました。1995年、山田正亮はWorkのシリーズに自ら終止符を打ちますが、その2年後の1997年、画面をほぼ一色で塗り込めるColorのシリーズによって制作が再開され、2001年まで続いてきました。」
 展覧会チラシの説明は、もう少し主体的に、この画家に対するスタンスが表われていますので、こちらも参考に
 もし仮にいきるということが、つきつめると起きて食べ寝ることの繰り返しであるならば、画家山田正亮(1929~2010)は、「絵画と契約する」ことによって、生きることに絵を描く営みをも加えてしまった人間です。50年以上ものあいだ、絶え間なく描き続けられた絵画作品の数は、ほぼ5,000点。彼は世俗や流行に背を向け、誰かにおもねることもなく、東京の郊外に構えたアトリエで、ひとりで制作を続けたのです。(中略)
 山田正亮の一点一点の作品は、常に熟練の技巧によって丹念に描きこまれた高質なものですが、その一方で彼は、自らの全作品をひとかたまりのものとしてとらえ、その全体の持続と整合性こそがまるでひとつの作品であるというような独特な姿勢を保ち続けました。それは、一見すると作者の意図の通りに編集された、クールな知的探究のようにも見えます。しかし、50年に及ぶ作家と絵画のやり取りは、実際には決して平坦なものではありえず、掌握しきれない偶然や矛盾、飛躍や相克のドラマに満ちてもいたはずです。作家の没後6年を経て、山田正亮の仕事を鳥瞰できるようになったいま、私たちは、夥しく繁茂する彼の絵画の総体を、作家の色どりある生きざまの発露としてあじわうことができるでしょう。
とこのようなアグレッシヴなメッセージが発せられるのは珍しいことだと思います。いや、展覧会は、本来主催するキュレーターの思いのようなものがあるはずなので、開催すること自体に、作品を選択するに、その人の主体的な選択があるはずなので、このように発信してくれることは大歓迎です。そのように、主催者に書かせてしまう山田の作品群に、そうさせるものがあるということだと思います。
 このチラシの紹介の中で触れられていましたが、山田は“自らの全作品をひとかたまりのものとしてとらえ、その全体の持続と整合性こそがまるでひとつの作品であるというような独特な姿勢”をもっていたといいます。それは、上述のように、私が展示室で感じた異世界に取り残されたような感覚と通じているのではないかと思います。例えば、山田のストライプに似ていると言えるかは議論が分かれるかもしれませんが、直線だけを用いて画面を構成した「コンポジション」という作品をたくさん制作したモンドリアンと比べると、そういう面が際立つのではないかと思います。モンドリアンの「コンポジション」も山田に負けないほど多数になっているはずですが、それを集めて一堂に会して一室の壁にずらっと並べてみて、つまり、この展覧会での山田のストライプ作品「work」を一面に並べたのと同じようにしてみて、果たして異世界に連れて行ってくれるかということを考えてみました。多分、そういうは起こらないのではないか。それが私の結論です。それはモンドリアンの「コンポジション」はひとつひとつの作品が完結しているからです。ひとつひとつの作品が、その中で完結した閉じた世界を形作っていて自立している。それは、他所からの干渉を許さない確固とした世界です。そういう世界が横並びに展示されていても、それぞれの作品が完結しているため、ひとつひとつが独立しているのです。そこで多数の作品が展示されていても、そこには多数の作品が並んでいるということなのです。これに対して、山田の「work」の場合には、モンドリアンの「コンポジション」とは違って、それぞれの作品が完結していないとは言いませんが、並べると相互に干渉し合うようなのです。それぞれの作品が個々に閉じてしまっていないで開いている感じなのです。ある作品の右側にどんなストライプの作品が置かれているかで、その作品の見え方が変わってくる。あるいは、その作品が端にあるか、真ん中で両側に作品が並んでいるかによっても変わる。そしてまた、展示室の向かい側に展示されている作品によっても変わる。そのように、展示されている空間で、それぞれの作品の位置関係や他の作品との関係が網の目のように張り巡らされて、絡み合っている、その関係が全体として、その室内にいる私を取り囲んで迫ってくるそういう空間を作り出しているのです。モンドリアンの作品が「コンポジション」というタイトルで名詞が使われていて、静止しているという物であるのに対して、山田の作品のタイトルは「work」という作品という名詞でもありますが、働くという動詞でもあり、そういう働きかけの意味も含んでいるというのは象徴的なことかもしれません。
Benmond  これでは、印象を情緒的に言葉にしているだけで、実際の作品がどのようなものであるのかが分かりません。このような書き方をしてしまうと山田の個々の作品を取り出して、語ることは無意味のように思われるとしてか、それは誤解です。個々の作品について、語ることはできるし、そういう作品でもあります。ただ、それだけでは終わっていない。それが山田の作品の特徴ではないかということなのです。それを、これから語っていきたいと思います。ただし、全体のマスということが、どうしても入ってくるので、あまり細かくかたることはないかもしれません。いつものように展示の順にしたがっていきたいと思います。さしあたっては、次のような章立てになっています。
  Color 1997~2001
  Still Life〔静物画〕1948~1955
  Chronology〔作品の変遷〕1948~2001
  Work B 1956~1959
  Work C 1960~1969
  Work D 1970~1979
  Work E ,Work F 1980~1995

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