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2017年8月 2日 (水)

AIに人間が負けるというのは「能力」の定義が関係する? 続き

 人間の棋士に対してAIが将棋に勝つということは、将棋というゲームの勝ち負けということだけを抽出した純粋状態なおいて、そのための「能力」ということを設定したということだ。しかし、プロの棋士としての本質とは、その一部ではあるかもしれないが、別物であるということ。従って、AIが将棋で棋士に勝つものであるとしても、名人戦のトーナメントを棋士にかわって、AIのトーナメントになることはない。
 おそらく、企業のおれる採用や人事評価のさいにキーとされている「能力」もそのような純粋化されたフィクションを、みんなで信じて、そういうものだとして則っている、と思えるところがある。それは、慥かにフェアであるという外見を保つのに好都合なのだ。例えば、大学の入学試験において問われる学力という能力。これはフェアであるだろうと見えるし、点数化できるので合否の評価判断が容易だ。しかし、どこの大学でも掲げている教育理念では、このような人格を育てるとか教養をもたせるといったことが謳われていて、それは学力をその人の人生のなかでどのように生かしていくかということなのだ。そこで、学力のあるなしは、関係ない。むしろ、理念で考えれば、そういう教育に向いている人をセレクションするほうが本質的で、そのためには、その人がどのような人格形成をしてきたか、によるべきではないか。そのために有効なのは、その人の文化的な背景、例えば出身地、階層、性別、民族、宗教といったこと。つまり、それで選別すると差別になるような要素だ。そして、その内容を効率的に判断する方法として考えられるのはコネ、つまり、その人をよく知っている人で、信用できる人のお墨付きだ。
 それを企業の人事において行うということには、十分合理性はあると思う。本質的でもある。暴論だろうけれど。

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