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2017年9月

2017年9月30日 (土)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(11)

4.分岐図の外へ

著者はいいます。諸可能性からただ一つの可能性を現実化させる要因は、時間分岐図の上には低位できない、と。ただ偶然のみが無要因の要因として、つまり、諸可能性を選ぶ要因としてではなくて、ある個別の可能性の無根拠な現実化そのものとして、承認されうるものに過ぎない。つまり、いつくかの選択肢の中から結果的にひとつが現実化したことの後付けの理由説明にしかならないということです。だから、この場合、ある時間に偶然が在ることは、ある時間に分岐が在ることと同義であり、それ以上に付け足される偶然の要素はない。このような偶然(=分岐)があるのであれば、諸可能性の一つは無根拠に現実化することでしょう。もしそのようなものがないのならば、単線的決定論は真となります。この文脈で自由意志について考えてみましょう。例えば、行為者因果説では、ある可能性の現実化が自由に為されるのは分岐図のどこに位置するのか。この問いには、「分岐図上に」と答えたくなります。この説での行為者は、諸可能性として並置されているところから、分岐点においてひとつを選択して行為をひき起こすように見えます。つまり、行為者自らが因果の起点となる仕方で、自己原因というような伝統的に神に付されてきた働きを、行為者が引き継ぐということになってきます。

しかしまた、分岐点に置かれた行為者は、どのような意味で「その時点に在る」と言えるのか。あるいは、その行為者は通常の出来事間の因果連鎖にどのようにして影響を及ぼすことができるのか。これらに対しては、行為者は通常の時間系列や因果系列から脱したところに位置するといわざるを得ません。しかし、それでは行為者因果説の矛盾ということになります。

次のようにも考えられます。歴史選択の要因が分岐点上にあるという返答は、分岐問題において、次のような理由で退けられていました。すなわち、分岐点上のあらゆる出来事は(選択肢の)両方の歴史に含まれるのだから、一方の歴史を選ぶ役には立たない。歴史Aと歴史Bの分岐点上に偶然を置くとすれば、それは歴史Aにも歴史Bにも含まれていることになるわけで、その同一の偶然は歴史Aにおいては歴史Aが、歴史Bにおいては歴史Bが選ばれるような働きをしなければなりません。偶然が自己同一性をもったものであれば、これらの両方の要請に応えることは不可能に近いでしょう。偶然の存在は、分岐点ではなく、分岐の存在ということです。

しかも、このとき、その分岐において一方が選ばれる要因は何なのかという要因がないということが、偶然の選択ということです。つまり、無根拠な選択がなされること自体が偶然なのです。実際には、偶然の選択などありえず、諸可能性の一つがなぜか、無根拠に、現実になっていくにすぎないのです。

このようにして、自由意志説における分岐問題への応答は、現実化の要因はまず分岐点上に求められ、次いで、分岐図のどの箇所への定位をも拒むことになりました。

 

5.両立的自由

著者は両立論と分岐問題の関係について考えることに移ります。本来なら両者は無関係です。両立論では、決定論は真でないか、真であっても自由は成り立つと考えるからです。両立的自由の各種の規定によって、在る行為を両立的に自由とみなす根拠は、単線的/分岐的時間系列のさまざまな場所に、出来事や性質として定位されることになるでしょうが、著者は、この時間系列上の分岐の有無は問題を生むとして考察を始めます。

両立的自由のためのきわめて重要な規定は、邪魔されずにしたいことをするということです。この邪魔されないというとは多義的です。そのひとつは、ある行為の意志とその行為の実現の間に「妨害」がないという意味です。そしてまた、意志していない行為を強いられることがなかったという意味での「強制」のないことという意味でもあります。両立的自由の議論においては、これらは的確に区別されていません。

ある特定の行為Aに関して、Aをするように心に決めることをMaと呼び、Aをしないように心を決めることをMaとよびます。そしてある行為が現実に、ある時点においてMaをなし、その後、妨害なくAを実現したとします。このときの、その妨害のなさを意味づける有力な方法は、Maをなしつつもある介入によってAを実現しえなかった反事実的可能性を、単なる仮想ではなく現実化し得る個別の可能性として承認すことになります。

この「邪魔のなさ」について著者は次のように言います。決定論的な歴史だけを見て、反事実的可能性を真性の可能性として承認しないなら、両立的自由の規定に含まれる「邪魔のなさ」の理解は困難である。

例えば「妨害」に的を絞ってみましょう。仮に決定論が正しいとして、ある行為者が現実に、MaをなしAを行ったとします。このとき、「Maをなし、その後、妨害なくAを行った」ことと、「Maをなし、その後、Aを行った」こととの違いを、明確に分けられるかどうか疑問だと言います。MaからAまでのあいだにどんな出来事が起こっていようと、現実にAが実現されてしまっているわけです。そして、それ以外の諸可能性がなかったので、妨害はなかったといわざるを得ません。こう言った方が正確でしょう。妨害の有無を有意味にする反事実的可能性─ある出来事によってAが妨げられた可能性─がない以上、その「妨害のなさ」は実質を持たず、無内容ということになります。著者は、Maを行い、妨げられることが決してありえないAが「妨害なく」実現されたというすうことの概念的な空虚製を問題にします。

このような「妨害のなさ」についての議論は、狭義の「強制のなさ」に限らず、僅かな修正を加えることで広義の「強制のなさ」にも当てはまることになります。それらをまとめた「邪魔のなさ」に関して、両立的自由のその規定と、

決定論と整合的かどうかが問題です。

2017年9月29日 (金)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(10)

3.何かからの自由

自由という概念を「あるものから不自由でない」ことを理解の前提にする観点があります。このような観点に基づく自由は、社会的権利としての自由、例えば本人の同意なく財産を奪われないことといったように、内容を明示し易いものです。これを著者は「何かからの自由」と呼びます。

自由意志も何かからの自由なのでしょうか。この場合の何かというと決定論ということになるでしょうか。しかし、何かが自由意志を妨げるからと言って、その束縛から逃れることが自由意志の実在性をささえるとは限らないでしょう。

もし、法則的決定論からの自由が自由意志の正体であるなら、いっさいの法則性に縛られない事態こそ純粋な自由意志と重なるはずです。しかし、例えば私の右手がまったく無秩序に、何の要因もなしに動くとします。このとき私の右手が突然誰かを叩いたとしても、それを純粋な自由意志の発露とみなすことは難しいでしょう。単線的決定論で考えると、「何かが何かをひき起こす」という意味での因果作用全般は幻想となりかねないのです。その場合、世界の個々の出来事はすべて、ある仕方で起こるとすればその仕方でとか起こりえず、他の出来事や対象によってひき起こされる余地はないからです。単線的からの自由も、自由意志とは言えないのではないでしょうか。

著者は、ヴァン・インワーゲンの思考実験を紹介します。人間の脳には火星人によるM装置が埋め込まれているが、我々は気付いていません。M装置は、人生の全体にわたるプログラムを含んでいて、人間の行為に影響を与えるものです。この場合の人間は不自由なのでしょうか。自由意志論者は「われわれが自由とみなしてきたものは、自由ではなかった」と言った具合になるでしょうか。そこで、あなたのM装置が故障して機能しなくなったとしたら、あなたは自由を獲得するでしょうか。「獲得する」と考える人は、人間がM装置なしにも自由でありうることは自明と考えています。しかし、M装置はあらゆる自由な人間の内部で働いてきたものです。M装置を失ったあなたが、どのような振る舞いをするかは分かりません。このとき、あなたがM装置の束縛から自由になる(束縛を逃れる)ということは確かです。しかし、それ以上の何らかの自由、とくに意志の自由が増すということとは別のことです。

実際のところ、人間の行動には様々な制約があります。例えば、引力から逃れて空を飛ぶことはできません。では、人間が引力から不自由であることと、M装置から不自由であるとに違いはあるでしょうか。まず考えられる返答は、引力は人間の行為は制限するが、決定はしないというものです。しかしそうでしょうか。M装置はすべての人間にあらかじめ埋め込まれています。それゆえM装置は各人の行為を完全に決定するものではありえないはずです。なぜなら各人の行為は、M装置によって決定されていない他の様々な要素(基本的には周囲の環境)によって影響を受けるからです。この論点は局所的な決定論の不可能性の根拠となりえます。

結局のところM装置は、何らかの規則性や傾向性のもとに人間を支配しているのであって、このような束縛の力は自然物の多くに見出されるものです、例えば私の心臓は自然法則に従っているし、それが私の振る舞いを束縛することになるでしょう。このような束縛とM装置による束縛とは、同質のものとみなしてよいでしょう。こうしたことからM装置に自然法則以上に脅威を感じる人がいれば、その人はM装置を神のような超越的なもののように見ているからです。M装置をセットした火星人の目から見れば人間の選択は決定されている、というようにです。

これを懐疑の目で見れば、人間を火星人が支配しているのであれば、その火星人を背後で支配しいてる金星人がいる、その背後にはという無限後退ができてしまいます。

では、火星人の支配の超越性は、いかなる立場の下で発揮されるのでしょうか。つまり、自由意志は何によって脅かされるのか、という疑問です。決定性と自由意志とが直接対立するということはなく、決定されていないこと(非決定性)は、自由意志と同じものではありません。もしし火星人が決定性のもとに私たちを脅かすのだしたら、そこで対立させられるのは、自由意志ではなく非決定性でしょう。

さらにM装置がプログラムの実行装置ではなく、遠隔操作の受信機であると仮定すると、火星人は私たちを観察し、その観察に応じて、私たちを操作する。このとき、私たちは法則というよりは、火星人の自由によって操られているように感じるかもしれません。この火星人の超越性は、決定性ではなく、自由の立場の下に発揮されているようにみえてきます。

このとき私たちは火星人を擬人化しています。つまり、私たちの自由意志を超越者としての火星人に譲り渡すということを想像するのです。その意味で火星人は私たち同じように考え行動し、限界をもつものと考えるわけです。それでは、火星人の自由が私たちの代替物ということになれば、その自由とは何なのかということ、その不明瞭さという当初の課題は手つかずのままです。

2017年9月27日 (水)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(9)

第2章 自由意志

自由意志や両立的自由についての諸説を踏まえて自由とは何かを考えていきます。その土台となるのは、前章の分岐問題です。

1.概観

自由と決定論に関する非両立論者と両立論者の対立は、有名なマクタガートの時間論をめぐるA系列論者とB系列論者の対立に似ていると著者はいいます。非両立論者は伝統的な意味合いでの「自由意志」─他行為可能性や起点性を持つ─を擁護するもので、両立論者に自由意志を説明することになります。彼等は、自由意志こそが人間のせいかつにおける不可欠な基底であると信じているからです。

このような自由意志の実在性の擁護を自由意志説と予備、その支持者を自由意志論者と呼ぶことにします。自由意志論者は、必ずしも一致はしませんが非両立論者の代表と言えます。この人たちがA系列論者になぞらえるのは、それだけではありません。彼等が相手となる両立論者の道具立てを必要とするのに対して、相手は必要としていないという非対称な関係です。すなわち、両立論者が要請する自由の条件は自由意志論ものにとっても重要であり、B系列論者が要請する時間的順序関係(現在の推移)を重要と考えます。

今日では自由意志説と両立論の議論は複雑化していますが、著者は自由意志という両立的自由の支えの必要性を巡る対立に単純化してみようとします。著者は、議論を複雑化させている要因の一つとして、道徳的責任論と組み合わせられて議論されてしまう点を指摘します。つまり、ある想定状況における行為を有責なものとみなすか否か、という日常的・直観的な判断を土台にして、その判断に合うような責任概念を構築し、それに準ずる自由概念をさらにこうちくするというものです。こうした議論には一定の有用性がありますとくに法の基礎付けにおいて、実践を追認することができます。両立論における様々な自由の定義は、責任に関する実践に調和するものですが、自由意志論者はそうした定義の有用性をほぼそのまま承認できます。

多くの自由意志論者にとって、「もし決定論が正しいなら人々は有責であるはずがない」という直観は、自由意志の実在を擁護するとても強力な動機になるでしょう。とくに重要なのは自由意志説の核心となる他行為可能性と起点性にどのような評価を与えるかです。自由意志の源泉をこれらの特徴に求める議論は次のような批判を受けてきました。─未来の諸可能性の一つが、過去のあり方や自然法則などに縛られずに現実化するという自由意志への見方は、自由意志をたんなる偶然と区別のつかないものにしてしまう。自由意志がそのようなものであるなら、自由意志に基づく行為に責任を認めることはできない─というものです。これに対して他行為可能性と起点性の源泉を「行為者」の能力に求めるならば、ある自由な行為が有責であるのは、他ならぬ行為者が原因とになって行為がひき起こされたからであり、その因果性は、出来事の自然科学的な因果性とは異なるといいます。

 

2.意志と主体

自由意志論者が自由意志の実在を直観しているからと、定義や説明を拒否するのであれば、議論は平行線を辿ることになります批判者がどれほど自由意志の理解不可能性を訴えたとしても、自由意志論者はそれを非実在性の証とは認めず、ただ自由意志の定義不可能性の訴えとして受け止めるでしょう。このとき直観の対立は、数の力によってのみ調整されてしまうかもしれません。

ある行為が自由であることの根拠を、その行為者の主観的心理状態、いわば一人称的な「自由感」に求める見解はほとんど支持されていません。単純かつ決定的なのは、自由感とは何なのかという問題で、われわりは身体運動の感覚(自分の身体が動いていることの感覚)をもち、たとえば、他人に手を動かされている状況で自分で手を動かしている状況との区別を付けられるが、その際に何か、行為の自由─とりわけ自由意志の働き─を裏付けるような特有の感覚があるでしょうか。

「自分で」手を動かしているとは、主観的感覚の観点から言うなら、外部からの物理的強制を感じず、自分の手が動いていることを感じ、いまから手がどう動くのかをかなりの程度まで予測できるです。さらにその予測される運動が、合理的な目的や事前の計画にかなっていればなお望ましいものです。しかしここに、分岐問題と交わるような選択の自由は含まれていません。単線的かつ法則的な決定論とも、これらの感覚は調和します。そして、手を動かすという行為の起点が自らのうちにあったという感覚や、手を動かさない可能性もあったという感覚もまた、自由を根拠づけるものではありません。それらは文字通り「感覚」に過ぎず、行為の起点が本当に自らのうちにあったことや、他の可能性を本当に選べたことを保証してはくれません。

自由意志論者の中には、意志に言及することなしに、自由の実在性を擁護する論者も多いそうです。つまり、自由意志説とほぼ同じ狙いをもった主張を、自由な「意志」という概念に依拠せずに主張する論者です。その方針を採る理由は、大きく二つあるでしょう。第一に、物理主義的な決定論の台頭が挙げられます。意志の自由をどれほど擁護しようとも、物理的な身体運動が決定されているならば、私たちの自由は脅かされるからです。第二に。「行為をひき起こす意志」という図式自体への抵抗があります。もし行為が意志によってひき起こされるなら、意志は何によってひき起こされるのか。それは「意志の意志」によってでしょうか。こうした問答は原因の無限後退を要求するように見えるのです。この後退の中で持ち出されるのが「人間」や「主体」といった概念です。この「人間」という概念の内容や自由との結びつきを、さらに考えなければならなくなるし、人間より後退する可能性もあります。そこで著者は、「意志」「人間」「主体」といったことをいっしょくたにして併用する。つまり、行為を自由にひき起こすものに与えられた名前と考えることとします。重要なのは、この場所に何かが収まることを多くの人が欲するという事実であって、それがどう呼ばれるかではない。そしてさらに重要なのは、その何かが、諸可能性からの現実の選択や、因果的な起点性にむすびつけられることです。

「他の行為もできる」という点に自由の源泉を求める議論は、自由を責任の問題と関連づける上でしばしば重視される。もしある犯罪者が当該の犯罪行為をしないことができなかったとするなら、その人物の責任を問うことは不合理ということなります。このとき自由な行為とは、他の選択肢の存在によって初めて意味をもつものとなるという考え方もあります。この「できる」という表現は、「他の行為がある可能性がある」ことに比べて、自由に関する直観的な共感を呼び起こすものと言えそうです。この立場においては、行為者因果説では、行為者こそが第一動者(何ものにも動かされずに、他のものを動かす主体)であり、それゆえ行為者は起点性をもつものです。すなわち行為者は新たに因果連鎖(行為)を開始する子ができる、とされています。

このような起点は原因遡及の臨界点─それ以上の原因を辿れない点─が、重なってくるように思います。そうなると原因遡及についての私たちの認識能力の限界が、起点性の識別ができるかどうかに重なってくることになります。

2017年9月26日 (火)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(8)

8.解決

分岐問題の解決として、最も簡明な答えは、可能性自体を消してしまうことだ。可能性というものがそもそもン意なら、可能性からの選択もありえなくなります。この場合可能性とは、人間の─言語によって作られた─錯覚ということになるてしょう。一方、実像としての世界は、単線的決定論に従うものになります。

他の解決として、確率が世界の実在的なあり方に関わっているならば、答えは二つに絞られます。説明不可能な偶然を認めるか、多世界説を認めるかのどちらかです。前者は分岐問題に対し、「選択はたしかになされるのであるが、どのようになされるかの答えはない」と応じ、後者は「可能的なすべての世界、それぞれが単線的決定論に従う、選択のなされない世界である」と応じます。

前節での表現によれば、以上の解決は、次のようにまとめられます。錯覚としての可能性理解は、「あるのにない」ものとしての可能性を消去し、それを単に「ない」ものにする。多世界説の承認は、「あるのにない」ものとしての可能性を消去し、それを単に「ある」ものにする。この二つの「解決」がともに単線的決定論に至るものです。

そして説明不可能な偶然の承認は、「あるのにない」ものとしての可能性を説明不可能なままに残す。ここではいわば。説明しないことが唯一の説明なのです。

著者は、これらの解決は十分には見えないといいます。それをこれから探していくことになります。

2017年9月25日 (月)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(7)

7.現実主義と可能主義

このような多世界説のような馬鹿げた考えをせずに、現実の歴史だけが実在すると考えるのがよいのでしょう。

可能世界意味論には、可能主義と現実主義と呼ばれる立場があります。可能主義は、多世界説に類するもので、すべての可能世界は対等に実在するものと考えます。また、これに対して、現実主義によれば、ただ一つの世界、すなわちこの現実世界だけが実在し、それ以外の可能世界は非実在的なものだとされます。一般的には、可能主義が異端視されるの対して現実主義には多くの支持者があります。

可能世界が現実世界内の構成物だとするなら、その素材は、現実に存在している何かです。しばしば候補としてあげられるのは、言語的具体物としての文(インクや音波によって形成された)や、言語的抽象物としての命題(あるいは性質)、時空的位置を占める物体といったものです。つまり、可能世界とは、文や命題の無矛盾な極大集合であったり、あるいは粒子の時空的配列だったりするわけです。

このとき可能世界を文の無矛盾極大集合とみなす場合、その集合が無矛盾であること─東京タワーが赤く、勝つ、東京タワーが赤くないような矛盾がないこと─をいかに定義すればよいのか。それぞれの文の表わす事態が両立可能であるという定義は循環的なのです。時空点上での素材の配列も同様で、現実以外の可能世界としての配列は、実際に素材を並べ替えてされを作ることができない以上、可能な配列として概念的に志向せざるを得ないことになります。

こうした問題提起の裏には、可能世界はどうして「世界」なのかという問題があります。可能世界は世界だからこそ、こちらの世界ではなくてあちらの世界が現実だったかもしれないという仕方で、この現実世界と並び立つ。しかし、可能世界が現実世界の構成物であり、とりわけそれが、ありえた世界の表象にすぎないのだとしたら、それは現実世界と並び立たない。例えば、可能世界が現実世界内の文の集合であるなら、それは決して世界ではないのです。可能世界がそもそも世界でないなら、それは可能な世界でもない。それは、ある可能世界がこの現実世界に代わって現実となることは、可能世界が世界でない以上、不可能だからです。世界にとって代わられるのは、対等な存在としての世界だけであり、現実世界内の構成物にその役目は果たせないでしょう。

「ないのにある」と表現した可能性の本質がここにあります。「ないのにある」ものとしての可能世界は現実には「ない」が、それは「ある」ことが可能である。そして、もし「ある」ならば、それは完全なる世界であるでしょうし、現実世界と対等な、もうひとつの完全なる世界だからこそ、それは現実世界に代わり得るのです。ここに、現実主義的な可能世界の定義が循環する理由のひとつでもあるのです。可能世界の定義の中で「可能」という言葉が再度使われるのは、「ないのにある」ものとしての可能世界の、対等性をひきいれるためです。かりに、この現実世界を文の無無旬極大のひとつとみなしてしみましょう。このとき可能世界はもうひとつの極大集合となります。両者はともに極大集合であるので、表面的には対等に見えます。しかし、極大集合としての可能世界が現実世界の一部分であるなら、それは現実世界と並び立つことは別の極大集合とは一致しません。しかし、循環的定義によれば、可能世界と対等な極大集合は現実には「ない」、しかし「ある」ことは可能です。可能という言葉をもちいることで「ないのにある」というものが再帰するのです。

このような循環に陥ることなく、現実主義を首尾一貫したかたちで理解するためには、可能世界が文字通りの意味で「可能」な「世界」ではないことを認めるしかない。例えば、可能世界は世界ではないし、何らかの可能なものでもない。現実世界だけが世界であり、現実世界だけが真に可能なものであり、事実、現実世界だけが実在するのです。

現実主義の以上のような困難を、可能主義は以下のようにして克服します。可能世界はもちろん世界であり、本当に実在している。私たちのいる現実世界もそうした可能世界の一つであり、この現実世界と他の可能世界は、世界としては対等です。こうして可能主義によれば、「現実」は「今」や「私」と同じ自己反射的な指標となります。つまり、どの時点もその時点から見れば「今」であって、どの人物もその人物から見れば「私」であるように、どの可能世界もその世界から見れば「現実」です。「現実」とは、その語の使用者が住んでいる世界のことになるということです。

現実以外の可能世界は、それが世界であるからこそ、この世界に代わりうるものとなります。可能世界は現実世界の一部ではなく、現実世界と同様、それ自体としてひとつの全体なのです。私が今文章を書いている代わりにそばを食べていることも可能です。ということは、私の対応者が今と同じ日時にそばを食べている世界が実際にあるということです。実際にあるからこそ、そちら側にいる「私」は本当にそばを食べているわけです。抽象的構成物としてのそばではなく、味も香りもある具体的実質としてのそばが、そこでは現実に食べられています。

もしすべての可能的歴史が実在するならば、結局それぞれの歴史において単線的決定論が成り立ちます。この世界のこの私が今そばを食べていないのであれば、その私が今そばを食べている可能性はありません。世界内のあらゆる個体は、その個体そのものとして、実際に持たない別の性質をもつことはできないです。

可能主義は、現実以外の可能的世界が世界であることの意味を十全に生かすのですが、それらが、この現実世界の別の可能性であることについては、そうではない。他の可能性にいる私が私の対応者に過ぎないように、他の可能性は現実世界の対応者に過ぎません。他の可能世界は、この現実世界そのものについての可能性を表わすものではなく、この現実世界に似た独立自存の世界です。

結局のところ、現実主義と可能主義のいずれかに安住するなら、分岐揉んだ巣は表面化しません。現実主義においては、可能的なものは「ない」。可能主義においては、可能的なものはたんなる「ある」。「ないのにある」ものとしての可能性は消えて、歴史の枝はそれぞれ両極端な意味で単線化することになります。しかし、これは、可能性を可能性以外のものにすることで問題を回避しています。

2017年9月24日 (日)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(6)

6.単線的決定論

法則的決定論が歴史の分岐を消し去ったように─可能性の枝はすべて刈り取られ現実の幹だけが残る─多世界説もまた歴史の分岐を消し去ります。とはいえ多世界説の場合、単線の歴史は一つではありません。それは複数実在します。今、私がいる歴史も、そうした歴史のどれか一つとなります。多世界説によれば、今ここにいる私がこれから「病院に行く」可能性と「病院に行かない」可能性の両方をもっていると考えることはできないでしょう。私はすでに歴史Aか歴史Bのいずれかにいるのです。歴史Aの方にいるなら、私は病院に行くだろうし、歴史Bの方にいるなら、私は病院にいかないでしょう。ただし、私がまだ歴史内容の重複部分にいるなら、自分がどちらの歴史にいるのかをその時点で判別することはできません。

この描像下での意思決定とは、私的な予言のようなものです。これから何をしようかと考えるのは、これから何をする歴史に自分がいるのかを当てるということに近いです。ふだん、私たちが自然に行為し、自分の意志で動いていると感じるのは、この予言がしばしば当たるからです。

そのように考えると、この描線は一種の決定論ではないか考えられるということです。未来はすべて決まっていて、私たちにできるのは、それが良い未来であることを祈ることだけではないのか。ここで、二つの決定論を区別します。ひとつは決定性によって歴史が単線化するもの、もうひとつは単線性によって歴史が決定化するものです。前者については、一般的にいわれる決定論と考えられます。物理法則等によって何が起こるかが決まっているなら、現実以外の可能性の枝は消失してしまいます。ひと通りの現実が決められてしまうことによって、現実以外の可能性の枝は消失してしまうでしょう。したがってひと通りの現実が決められたようになって、歴史は単線になります。これに対して、後者の場合は、まず単線の歴史があって、その歴史が単線であること、そのことによってのみ歴史が決裁される。この意味で運命論とか宿命論と一般的にはよばれるものです。ここでは「単線的決定論」と呼ぶことにします。

この単線的決定論では、私たちが決定内容を認識できるか否かにかかわらず、また法則性も必要とせずに、あらゆる時点で何が起こるかは決まっているということです。

多世界説をとるならば、あらゆる可能性は現実化されます。すべての可能的歴史が、それぞれ単線の歴史として実在することになります。だから、どの可能的歴史を見ても、その歴史内の人物にとっては単線的決定論が成立しています。何が起こるか分からなくても、起こることは決まっています。

単線的決定論の語義を確認してみましょう。法則的決定論と対置される種類の単線的決定論(歴史の単線性が潜行する議論)を狭義の単線的決定論とし、この狭義の単線的決定論とそうでない単線的決定論(実在的にも可能的にも歴史を単線とすねもの)を合わせて、広義の単線的決定論とします。このとき狭義の単背的決定論と対置した法則的決定論は、法則性によって歴史が単線化する点で、広義の単線的決定論の一部となってしまいます。法則的決定論では、実在的・可能的に残るのは単線の歴史です。多世界せつにおける樹形図はすべての枝の実在性が認められることで、個別の単線にばらされてしまいました。ばらされた個々のたんせんをみると、そこには様相はなくて、ある単線について、それが別様でありえたらということを考える余裕がありません。

可能世界意味論における対応者との関連で考えてみましょう。この文章を書いている私が歴史Aのほうにいるなら、歴史Bの方にいるのは私と対応者関係をもつ私以外の人物です、そのような人物がいることは「私は病院に行かない可能性がある」という文の意味となるわけです。その人物は私とそっくりな性質を持つけれど、私ではない。だから、歴史Aに内属する私を見るなら、彼が歴史Aにいない可能性─病院に行かない可能性─はありません。というより、ここで「可能」という表現を用いることがそもそも間違いです。同様に、「彼が歴史Aにいることは必然だ」と言うこともできない。一つの単線的歴史だけを見て可能性や必然性を語ることは、もはや意味をなしません。彼が歴史Aにいることは、偶然でも必然でもなく、たんなる事実です。

多世界説では、私の対応者がどの歴史で何をしようと、この歴史にいる私については、すべての事柄が決まっています。(本来ならここでは「必然」という表現が使えないのと同様、「決まっている」という表現も使えないはずだけれども、単線的決定論を決定論と呼ぶのと同じ意味において「決まっている」。)私についてだけでなく、この歴史内のあらゆる存在者についても同じことが言えます。多世界説は、可能的対象の実在化と引き換えに、個別の歴史内のある個体についての可能性を問うことを禁止します。ある個体とその対応者ではなく、ある個体そのものの可能性を問うことを無意味にします。しかし、これは結局、可能性という概念を常識とはまるで違ったものに変えてしまうことになると著者はいいます。

感覚的な言い方をするなら、反事実的な可能性の本質は「ないのにある」という点にあります。すなわち、現実としてはないが可能性としてはある、ということをどのように理解するかが問題なのです。現実に私が病院に行くならば、私が病院に行かない歴史はない。しかし可能的にはその歴史はある。。それはたんに、「病院に行かない」という表現によって心理的に思い描かれたものではありません。そちらの歴史もまた、現実の歴史と同様に完全性を持っている。だからこそ、それは非現実のものでありながら、現実になりえたとみなされる、と著者はいいます。

2017年9月23日 (土)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(5)

5.多世界説

将来を確率的法則で見ていく場合、九鬼周蔵の言うように、偶然性を解明の対象とならない予見として可能性から除外することで確率論的な科学は可能になります。このことは、自然現象や人の性格について、確率的法則が多くを教えてくれる事実と矛盾しないし、ある一度限りの諸可能性の選択が偶然によってなされること、その選択の結果が、事前の事柄と何らかの整合性をもつことと矛盾しません。分岐問題における偶然とは、一回ごとの選択の無根拠さをもちながら、法則性や整合性をもち得るものであり、たんなるでたらめとは異なるものです。

確率的法則を世界の実在的なあり方として、分岐問題への返答を考えてみると、二通りの返答が考えられます。第一に、確率的な出来事の生起は偶然によるものであり、いかにして一つの可能性が選ばれるかは説明不可能である、というものです。ここで言われる偶然とは一回ごとの生成における無根拠な選択のことです。分岐問題は、確率因果でも単称因果にかかわります。一回ごとの生成に関しては説明のできない選択が残る。つまり、そのケースの各選択肢にいかなる確率付与がなされたとしても、ある一回の選択においてはどの選択もなされうるのであり、実際になされた選択に関してもその理由を述べることができない、というものです。

第二に、可能性としての歴史はすべて実在するというものです。著者はこれを「多世界説」と呼びます。多世界説では、樹形図に描かれた歴史は、どれも同等に実在するのです。つまり、可能性の樹形図は実在の樹形図ということになってしまうのです。先の病院に行くかどうかという例で考えるなら、歴史Aと歴史Bはともに実在し、歴史Aは病院に行っている私が、歴史Bには病院に行っていない私が存在しています。多世界説が多々思惟のなら分岐問題は成立しません。分岐点においてどちらかの歴史を選択する必要がなくなるからです。

それでも分岐点での選択を考えてみると、歴史Aと歴史Bがそれぞれ実在するならば、樹形図ではなくて、歴史Aと歴史Bは一本の直線がある点で二又に分岐するのではなくて、はじめから二つの直線であらほされるべきです。樹形図において1本の線に見えているところは共有部分で、歴史Aと歴史Bの内容の重複部分と考えられます。そこでは、性質的な内容は一致しても、個別的な実在としては別々のものです。だかに分岐点において突然、歴史が分岐したのではないし、たった今が二つの分裂したのではありません。歴史は独立に二つあり、今の独立に二つあるねということです、

分岐点において歴史が分裂すると考えるなら、それはどういうことなのだろうか。全体が複数化するということなのでしょうか。

時間を樹形図で表現するときには、それは時間が樹形図のようであるということを表わしているはずです。しかし、樹形図というのは、空間的な一定方向へ樹形となっていることを表わしているものです。右の方向が未来の時間的方向として理解されている場合に、それは時間の樹形図であると認められる。それは、樹形であるとは別に、空間のどの方向を時間的な方向とみなすかということが見られるのです。著者は時間の矢という言い方をしていますが、樹形図には、この単線の時間の矢があるので、それを見て時間の分裂を考えるといいます。今という時間が分裂するという発想は時間が単線の矢のようであるということが前提されている。そこでは、分裂を意味づけるためには分裂しない今があることが必要です。つまり、最初から分裂していては分裂できないのです。歴史Aに進んだ今と歴史Bに進んだ今が分裂後もともに未来に進むのは、この分裂しない今の単線の進行が必要です。

その意味で今は分裂しません。歴史は分節するが、今は分裂しない、という折衷案は役に立ちません。この場合、どちらか一方の歴史のみに今が進む理由を明らかにしなければならなくなるからです。したがって、多世界説を採ることで分岐問題を回避しながら、なおかつ歴史の実在的分裂を認めることは、混乱を生むだけだということが明らかになりました。そこで、樹形図に固執することなく、時間や今の複数化を問題として直視すべきです。そのためには、歴史Aと歴史Bが別々の矢印である図にしたがって、考えるべきということになりそうです。二つの歴史は、因果的な断絶にとどきらず、時間的にも断絶しています。にもかかわらず歴史Aと歴史Bが重複部分をもつのは、時間的な重複性によってではなく内容的な重複性─歴史内容の性質的な同一性─によってです。

2017年9月22日 (金)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(4)

4.作用と決定

いま宙を舞っている枯葉が落ちる経路には、どれ程多くの可能性があっても、ただひとつの経路を通ることになります。その経路き枯葉自身が意思決定をして選ぶのではない。そのただ一つの経路は、ひとつの言い方は自然法則によって決められるという。しかし、歴史の分岐点において自然法則が歴史を決めることことができるのでしょうか。自然法則を決定論的なものと考えれば、分岐問題は無化されてしまいます。分岐後にどちらへ進むかが決められているからではなく、あらかじめ、すべての分岐が失われることによって。あるいは、自然法則が確率論的なものと考えるなら、分岐問題は手つかずのまま残されます。いずれにしても、分岐点において自然法則が歴史を決めるということはありません。

自然法則が、枯葉の落下経路を決定するとすると、ここで言う「決定」とは、今後の枯葉の落下経路を、これまでのデータと自然法則を組み合わせて導くことができるという意味です。例えば古典物理学では、ある時点の世界データと自然法則があれば、原理的に、どの時点の世界データでも算出できる。今この瞬間のデータがあるなら、枯葉が十秒後にどこにあるのか、何年後にどこにあるのかも、きちんと求めることができる。

この場合、分岐問題はどうなるのでしょうか。枯葉が私の靴の上に落ちる歴史と、別の場所に落ちる歴史として考えてみましょう。この二つの歴史の分岐点が、今この瞬間にあると仮定します。現在の世界のデータと自然法則の組合せによって、どちらの歴史が現実になるかは完全に決まります。しかし、このことによって、今この瞬間、分岐した枝の選択がなされたと考えることはできません。なぜなら現在の世界のデータは、より過去の世界のデータによって決まるからです。そして、この過去への遡及はいつまでも止まることはありません。現在のデータが一秒前のデータによって決定されていると言おうとしても、その一秒前のデータもまた、より過去のデータによって決定されています。もし世界の誕生の瞬間があるなら、過去への遡及はその誕生の瞬間にまで至ることになります。そして世界誕生時のデータと自然法則があるなら、その後のどの時点のデータも決定されるということになります。

この過去への遡及によって、分岐点の位置もまた、どんどん過去に移されていく。現在のデータが一秒前のデータによって決まるのなら、現在における分岐は真の分野ではなく─そこで可能な技とされていたのは、現実に選ばれる技を除き、どれも可能なものではなかった─ひとまず一秒前のデータがより過去のデータによって決定されているのなら、分岐点はさらに過去へ移ることになり、結局は世界の誕生時に行き着く。

それでは真の歴史の分岐は、世界誕生の瞬間にあるのか。世界が誕生する瞬間に、可能なたくさんの初期状態のうちのただ一つが選ばれるのか。もしそのように考えるのなら、分岐ということが意味を失う。世界を誕生するよりも過去の世界というものはないからです。分岐という考えが意味をもつには、ある同一の世界から、それぞれに異なる可能な世界への変化が考えられるのでなければなりません。

私たちの住むこの世界の初期状態をS1として、その他にも、S2を初期状態とする世界が可能であったとしましょう。このときS1とS2の分岐点を考えることは、世界の始まりの前に時間を遡ることであり、定義上不可能なことです。それでもなお、ここに選択を見ようとするなら、それはもはや時間的な選択ではありません。あくまでも分岐という描像を採るなら、それは時間外部での分岐─極めて理解困難なもの─であらざるをえなくなります。

初期状態S1に続く歴史と初期状態S2に続く歴史は、それぞれの歴史の内部に可能性の分岐を含みません。歴史上のすべての出来事は、初期状態と自然法則によって決定されています。一方の初期状態を選ぶことはその歴史全体を選ぶことに等しく、また、歴史全体を選ぶことなく初期状態だけを選ぶことはできません。つまりこれは、世界の誕生時においてどちらの初期状態を選ぶかという話ではなく、時間とはまったく無関係に、どちらの全体を選ぶかという話なのです。だから、ライプニッツをまねて神の創造という比喩を使うなら、神が最初の世界を創り、ドミノ倒しのように、その後の歴史が進行した、と考えるべきではありません。そうではなくて、神は歴史の全体を一挙に創造した─時間の外部において非時間的に創造した─と考えるのが適当ではないでしょうか。これが、非時間的な選択ということの意味です。

自然法則の決定性をここまで強く認めると、歴史の可能性の分岐という見方は、はじめから成立しなくなります。可能性というものを未来向きの分岐によって考える理由が失われるからです。もし、この歴史の他に可能な歴史があるとすれば、それは過去において枝分かれした歴史ではなく、この歴史とはまったく別物として想定された、独立の単線の歴史です。でからもちろん分岐問題は発生しません。どの枝が選ばれるのかが決められているからではなく、個々の歴史の内部には枝がもともないからです。

物理学の基本法則は時間対称的である─その法則下にて生じうる現象は逆の時間方向に生じうる─とされます。この物理学的な事実は、この結論をさらに強化するでしょう。「今この瞬間のデータがあるなら、枯葉が十秒後にどこにあるのか、何年後にどこにあるのかも、きちんと求めることができる」ということは、物理法則の時間対象性を考慮するなら、今この瞬間のデータがあるなら、枯葉が十秒前にどこにあるか、何年前にどこにあるかも求めることができる、ということになります。

ある時点データから未来のデータが決定されるように、ある時点から過去のデータも決定される。ということはつまり、初期状態に限らずとも任意の一時点のデータさえあればそこから歴史の全体像を算出できるということになります。だから、今この瞬間の世界のデータが定まっているなら、歴史全体のデータも定まっていることになります。

ここまでくれば、可能性を分岐で考えないことの意味がよりハッキリしてきます。初期状態の選択を「時間外部の分岐」として理解する必要もありません。初期状態は歴史の他の状態に比べて、何の特権ももたないのたせから。可能な他の歴史とは、現実の歴史のある時点で選ばれたものではなく、単にこの歴史とは違う別の歴史なのです。

これは、時間非対称な因果的見方との訣別でもあります。あらゆる出ごとにはより過去に原因となる出来事があるという見方は、因果的な決定が未来向きにのみ成り立つことを前提にしているものです。時間対称的な決定性を、こうしたイメージで捉えるべきではないのです。とくに過去から未来へと向かう因果的な作用のイメージのもとで。いま考慮されているのは、任意の二時点のデータ間に常に、どちらかでも他方を導くことのできる法則が成立している、という状況です。こうした法則が成り立っているとき、ある時点から別の時点への作用という発想は余計なものです。すべての時点は、他のすべての時点と時間対称的な決定関係をもつのであり、ある特定の諸時点のあいだに一方向的な作用を認める必要はないでしょう。

したがって、「決定」という表現も誤解に注意すべきです。「選択」という表現がそうであるように、「決定」という表現もまた、一方から他方への作用を思わせるからです。時間対称的な決定性のもとで、「世界の初期状態によって現在の世界の状態が決まる」という言い方を認めるなら、「現在の世界の状態によって世界の初期状態が決まる」という言い方も、まったく同様に認めなくてはならないでしよう。もし後者に違和感があるなら、それは、「決まる」ことを「決める」ことと、つまり、決定関係の成立を因果的な作用と混同しているためです。

2017年9月21日 (木)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(3)

3.準備的応答

この問いかけに対する、よくある応答を見ていきます。決断Xや出来事Xを時間的な幅をもったものとしても、問題の本質的な点は変りません。例えば、主観的な「今」に500ミリ秒ほどの時間幅をもたせて「今」における決断/出来事としてのXがその時間幅を持つとしても、分岐問題が解消するわけではありません。その時Xは分岐点の前後に広がりますが、なぜ歴史Bではなく歴史Aのほうが現実の歴史となったのかについて、Xの広域性は答えてはくれないからです。

もし、分岐点以前のXの部分があることでXの残りの部分が実現することが定められているなら、歴史Bへの可能的分岐は実在しないので、歴史A以外の歴史への分岐点はXの先端より前にあることになります。他方で、歴史Bへの分岐が本物であるとすれば分岐点以前のXの部分と全く同じ内容を持つ出来事Yが分岐点の前後に広がっていることになります。このとき、YではなくXが実現した理由は、歴史Bではなく歴史Aが選ばれた理由として、再び分岐問題のもとで論じられることになります。

時間が最小単位としての幅を持つと仮定し、時間の分岐図は、そうした単位時間の非連続的な集まりから成ると考えても、分岐問題は消失しません。歴史の単線部分から複線部分への移行においては、時間がたとえ非連続的であろうと、歴史の選択の問題が現われてきます。あめ単位時間の後に、可能的な二つの諸単位時間のどちらかを選択するのというかたちで。

この分岐図に対しては、Xを歴史Aのみに含め歴史Bには含めないかたちでの、時間軸の切断が試みられるかもしれません、時間軸を実数と同様の連続性をもったものと仮定して、この図を三つの部分から成る図に改変してみましょう。それぞれの部分を「共有部分」「歴史A専有部分」「歴史B専有部分」と呼ぶなら、共有部分の未来派開いており、歴史A専有部分と歴史B専有部分は閉じている。Xは歴史A専有部分の最小元に位置づけることができて、他方で、歴史B専有部分はXを含めないことが求められることになります。このとき注意が必要なのは、歴史B専有部分がXと同時の点を含むことです。さらに、そこにはXと排他的な何らかの出来事が存在しているということです。

Xの位置する時点を「分岐点」と呼べるか否かは、微妙な問題です。歴史Aのみに分岐点を含めることは不合理であり、歴史Bにも「分岐点」を含めざるを得ないでしょう。この意味での分岐点は独立に二つあり、それは当初の図における単独の分岐点とは異なるものです。

三つの部分の図はXは歴史A専有部分の始点にあり、それゆえ、歴史Aが選ばれた後にXが実現したとは言えません。しかしそのことをもって、Xによって歴史Aが選ばれたと述べることにも困難があります。Xの実現は明らかに歴史Aの偶然的選択と同義であり、なぜYではなくXがしょうじたかついて実質的には何も述べることができません。

ここでは、可能的歴史の内容が形而上学的に思考されている。つまり、「病院に行く/病院に行かない」のような荒い言語的弁別は、それぞれの可能的歴史への、認識論的興味からのラベリングにすぎません。歴史Aや歴史Bは、これらのラベルには記載されていない細部─例えば何歩で病院に着いたかなど─をもっており、だからこそ完全性を持っているとは、任意の主題に関してその真偽が定まっているということです。

諸可能性の内容が定まっている人は、未来の非決定性とは独立であり、未来の真理価の実在論を前提とするものではない。また、可能的なある未来において、この現実の、現在の言語では指示不可能な対象が存在したとしても、本章の議論には抵触しません。ある可能的歴史の内容は、その歴史的内部での言語によって命題化できればよいのであり、その言語は当該の歴史全体を眺望した観点からのものであって良いのです。話者の認識的・言語的限界によって拡大・縮小します─時制的にであれ、人称的にであれ─いわば心理主義的な様相はここでの争点ではないし、仮に様相とはその種のものにすぎないなら、分岐問題も肇から問題にならないでしょう。なぜならその場合、様相とは話者の無知ゆえのおしゃべりにすぎず、世界の実像は決定論的である、と述べてもかまわないからです。

歴史の言語的弁別における認識論的ラベリングの問題は、分岐図における二又の歴史を、二つの個別的な毛旗幟を表わしたものと考えて良いし、二つ歴史の集合を略記したものと考えて良いでしょう。つまり、病院に行く歴史と行かない歴史にはそれぞれ無数のバリエーションを持つが─百歩で病院に着く歴史と、百一歩で病院に着く歴史のように─そうした無数の可能的歴史が、病院に行くか行かないかという二分のもとで略記されているものとして。だから、分岐図のような二又のは実際には百叉であっても千叉であってもかまわないわけです。いずれにせよ重要なのは、どの個別の可能的歴史も完全性を持つことてす。

非空間的な(すなわち持続的な)自由の経験は空間化された描像ではとらえられない、としても、そのことから、分岐図のような空間化自体を退けることはできません。分岐問題を形成しうるに十分な略記で可能的歴史を概念的・言語的に空間化できること(例えば病院に行く可能性と行かない可能性の分岐を描くこと)は、現実での自由の経験のすべてを空間化できないことと矛盾しないし、後者の指摘によって分岐問題が解消することもないでしょう。そしてわたしの見るところ、ベルグソンの語る「自由」は人格(過去の人生の履歴)の表現・投企としての自由であって、未来の非決定性と直接関係はしません。というのも、そこで重要なのは「作品と芸術家とのあいだに時に流れるあの定義しがたい類似」が、行為と人格全体との間に存在することであり、それは決定論的世界においても十分に設立可能だからです。

分岐問題は、同一性についての─何かが複数に分裂した時、どれが分裂前と同一のものかという問題─ではない。分岐点において、これまで単一だった歴史が複数に分裂するわけではないし、複数に分裂した歴史のうち、どれがこれまでの歴史とつながっている(同一であか)が問題なのではない。可能性の樹系図における分岐が可能的分野である以上、文字通り、分岐後の歴史はどれも分岐前の歴史と繋がっていることが可能です。歴史は可能性として分岐するのであって、実在として分裂するのではありません。

2017年9月18日 (月)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(2)

第1章 分岐問題

ここでは、これまで自由意志/決定論の対立として論じられてきた問題を、自由とは何かという議論をいったん保留し、諸可能性からの現実の選択という形態、それが分岐問題ですが、として議論を始めます。結論として、この分岐問題への返答は二つに絞られます。諸可能性の分岐そのものを消去し、歴史は実在としてだけでなく可能性としても単一であるとするか(単線的決定論)、説明不能な偶然を認め、それによってのみ諸可能性の選択はなされる、というどちらかです。前者の返答は法則的決定論の正否とは独立なものです。他方、偶然の承認は分岐問題への一種の降伏を意味します。興味深いのはこの二つの返答がともに、諸可能性の一つを現実化する要因を世界から消去するということです。これを無自由と、著者は呼びます。

1.導入

人は、日常の生活においても、何かを行動する時には、その決定をする。しかし、その決断をした瞬間を特定することはできない、と著者はいいます。例えば風邪をひいて病院に行くかどうか迷っている時には、症状はどのくらい重いか、スケジュールは空いているか、評判の良い病院はあるかといったこと等のいろいろな事柄がでてきますが、最終的にどの時点で、何を重視して決断したのかはハッキリしません。どんなに強い思いをこめて、病院に行くと宣言しても、どんなに深く考えて病院に行くべきだと判断しても、結局は病院に行かないかもしれません。

 

2.問題の構造

著者は、この決断のときは選択の時でもあるとして、樹形図を考えます。たとえば、歴史の可能性は樹形図として表現できるといいます。過去から未来に向かって枝が分岐していく形。その樹形図のどの地点から身とも過去の歴史はひと通りですが、未来の歴史は枝分かれのように分岐していくつもあります。そこで人間は決断をすることによって、このたくさんの可能性の枝から、ただ一つの現実にとる枝を選択してくというように見えます。

そこで著者は問いかける。それは本当だろうか。もし人間の決断によって枝が選ばれたのだとしたら、その決断は樹形図のどこにあるのでしょうか。

前章の例を振り返ってみましょう。私が病院に行ったのは、熱が39度を超えたから。体温計を見た瞬間、私は病院に行く決断をして、その後すぐに家を出た。まさにその瞬間が病院に行く歴史が選択された。こうして見ると、体温計を見た瞬間が、決断の瞬間で、この瞬間が、病院に行く歴史と行かない歴史の分岐点に当たるということになるでしょうか。

しかし、この考えは、実は上手くいかないのです。枝分かれしたどちらの歴史にも、分岐点が含まれているからです。決断という分岐点は歴史Aとは繋がっていても、歴史Bには繋がらないはずです。しかし、「病院に行く」という歴史Aと「病院に行かない」という歴史Bはどらも、それらの歴史の分岐点を歴史の一部として共有しています。だから、この分岐点上での決断によって歴史Bではなく、歴史Aに進むことはありえないということになります。

分岐点上のすべての出来事は両方の歴史に存在していることになります。「決断Xによって病院に行った」「決断Xなしには病院に行かなかった」このようなことが可能になるのは、決断Xが分岐点よりも後に、つまり歴史Aのほうだけに存在する場合となります。ところがこの場合には、決断Xは歴史の選択に関わっていないことになります。なぜなら、決断Xが実現したのは、歴史Aがすでに選ばれた後だったからです。

歴史の分岐という考えは謎めいたものだす。それが分岐であるからには、分岐後のどの未来から見ても、分岐点までの歴史は同一のはずです。しかし同一の歴史から、いったい何を根拠にしてその後の歴史が選ばれるのでしょうか。無根拠な歴史の選択は、選択というより偶然に過ぎないのではないか。だが決断のような狭義の根拠は分裂後の歴史にしか見当たりません。しかもそれは歴史を選ぶものではありません。それでは人間は、どのようにして歴史を選択するのでしょうか。

この問題は、一般的なもので、決断Xの代わりに任意の出来事Xを置いても、同じ問題が発生します。出来事Xが分岐点上にあるなら、出来事Xによって歴史Aが選ばれたということはできないでしょう。なぜなら、その出来事Xは歴史Bにも含まれるものだからです。そして出来事Xが分岐点より後にあるとしても、出来事Xによって歴史Aが選ばれたとはいえません。出来事Xは、すでに歴史Aが選ばれた後に起こったのですから。

分岐点での歴史選択の問題は、意思決定の場面に限らず、可能的な歴史が選ばれるあらゆる場面で発生します。著者は、これを分岐問題と呼びます。

2017年9月17日 (日)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(1)

序文

著者は序文で著作の全体像を概観します。浩瀚な未来図として、人間の脳の常態を見ることで、その人物の直後の行為を高い確率でよそくするということです。この際に、脳状態に基づく予測が、その人物の内面における意思決定の自覚にも先立つということです。つまり、現在の脳状態を見ることで、その後の行為だけでなく、行為者の内面的な意思決定を予測することができることができるということです。このことは、次のように言い換えることができます。人間がこれからどんな行為ををするか、どんな行為をしようと思うかは、その人物の脳によって決められる。

それはつまり、私の行為を決めているのは私自身ではなく脳であり、それゆえ行為選択の起点─そこから可能な諸行為のひとつが現実に開始される─としての自由意志など存在しない。このような見解は、行為の責任を問う際に、どんな悪事であっても脳がやったとみなされるということになってしまう。

このように脳が人間の行為を決めるというような、人間は脳に操作された不自由な存在であるといった図式は不正確なものであることを見ていく。まず、起点としての自由意志ということにいて、脳が決めるということは、その起点を脳にうつしたということで、構造は同じです。脳を操作するという図式も同様で、脳を操作する何らかの起点があることになります。例えば、意志や政治家の判断によってある人物の脳が操作され、よりよい社会が実現されたとして、その判断はどのように行われたのかということです。医師や政治家の脳によってでしょうか。いったい誰(何)が起点となって、未来のあり方を決めたのかということになるわけです。

この選択の起点となるような何かは存在し得ないのではないか。それが著者の主張といえます。そこから、不自由なものとしての人間から無自由なものとしての人間へと視線を移していこうとします。

著者のそのための議論として、したいことを妨害されずにする自由と、何をするかを自ら決める自由との区分を始めます。前者は社会的に承認される自由例えば恋愛や結婚の自由で、後者はいわゆる自由意志にたいおうするものです。私が水を飲みたいと思い、何の妨害もなしに水を飲むことができたなら、前者の意味で私は自由です。他方、水を飲むことに決めたのは私であり、私以外の何ものかによってその意志をもたらされたのでないなら、わたしは後者の意味で自由と言えます。

この自由意志の働きが認められるのは、私がほかならぬ自分の意志によって行為するときです。自由意志の存在を擁護する人々が確保したいのは、その意志が行為選択の起点という意味での起点性であり、さらには、現実になした以外の選択も可能であったという意味での他行為可能性です。それゆえ自由意志はしばしば、催眠術のような個別の意志操作にとどまらない、世界が何らかの意味で決定論的であれば、そのことによって自由意志が損なわれるというこになるでしょう。

これに対して、したいことを妨害されずにする自由というのは、決定論的世界においても成立可能です。例えば、私の行為や意志が、物理学や心理学等の法則のもとですべて決定面的に生じるのだということになっても、私が水を飲むことを意志して妨害なしに水を飲んだなら、私は自由に水を飲んだといえるでしょう。他方、水を飲むことことに決めたのは私であり、私以外の何ものかによってその意志をもたされたのでないなら、私は後者の意味で自由です。もう少し、詳しく見ていきましょう。自由意志の働きが認められるのは、私がほかならぬ自分の意志によって行為するときです。自由の存在を擁護する人々が確保したいのは、その意志が行為選択の起点となっという意味での起点性であって、さらには、現実になした以外の選択も可能であった(それ以外の選択をすることができた)という意味での他行為可能性です。それゆえ、自由意志はしばしば、世界の決定論的なあり方との関係で考えられてきました。すなわち、もしこの世界が何らかの意味で決定論的、それは何が起こるかすべて、あらかじめ、決まっている、のてせあるならば、そこに自由意志はないというわけです。これに対して、したいことを妨害されずにする自由というのは、決定論的世界においても成立し得るのです。たとえ私の行為や意志が、物理的法則や心理的な規則のもとですべて決定論的に生じるのだとしても、水を飲むことを意志して妨害なしに水を飲めたのであれば、私は自由に水を飲んだと思うでしょう。

このようなしたいことを妨害されずにするという、決定論と両立できる自由のことを、著者は「両立的自由」と呼びます。両立的自由は決定論と両立することが可能な自由であって、非決定論とは必ずしも衝突するとは限りません。両立的自由とみなされものの大半は決定論的世界と非決定論的世界のどちらにおいても成立します。それゆえ、ある非決定論者が自由意志の存在を認めつつ、同時に、両立的自由の存在も認めることにとくに矛盾はありません。ただし、自由意志の擁護者にとっては両立的自由は副次的な自由です。

自由についての論争は、両立的自由と自由意志の二つの軸で、展開されてきたと著者は言います。両立的自由こそが自由の中心的概念だと考える論者は、自由意志を非現実的な幻想と見なすことが多いですが、自由意志の実在を認めることは可能です。これに対して、自由意志の擁護者は、両立的自由が実在しないとは考えていません。彼らは、両立的自由はたしかにありますが、表層の自由に過ぎず、自由意志ののようなより深いじゆうがあってこそ両立的自由も真の自由の発露と見なすことができると考えています。このように、両立的自由と自由意志の対立は、一方が他方の実在を否定するという単純な図式の対立ではありません。真の自由とは何かをめぐっての主導権争いといったところでしょう。

2017年9月12日 (火)

倫理はエゴイズム?

 人を害してはいけない、殺してはいけないといったようなルールに従うとか、倫理的でいるということの動機として、私が、そうであろうとすることからスタートして、みんなもそうだというように考えると、その動機には、私が害されないためというエゴイズムが見えてくる。私が、他人を害さない、殺さない、というのは、私が他人を害したり殺したりすることができるのに、私の意志であえて、そうしないということは、そこには自由があって、そこであえて倫理的であることを選択したということだ。しかし、これを正しいことだからと、他人に求めた場合、私を含めた他人が人を害さないという場合、私自身の身を守ることが目的でもある。そして、それを他人に求める場合には、正しいこと、倫理だから守らねばならないということになって、私自身の身を守るという自己保存の動機を隠すことができる。そして、私を害した、あるいは害しようとした他人を糾弾しようとして、私の個人的な怒りの発露を倫理というタテマエで正しいことをしていることにすることができる。
 おかしな議論に見えるかもしれないが、結果的に、誰もが他人を害することはないし、殺すこともないという社会は安全で安心して暮らせる社会だろう。しかし、他人を害してはならない、殺してはいけないという社会は安全を強制される社会。実際に、違いはないように見えるかもしれない。
 しかし、ことの内容の善悪とか正邪を別に措いて、現在の東アジアの情勢について、孤立した国、あるいは指導者に周りの国々が寄ってたかって正しさを押し付けている、と外形上は、そういう構造に見える。これと同じ構造を、日本の1930年代に見てしまうのだ。当時の日本の指導者というのは、フランクリン・ルーズベルトなどからは現在の金正恩と同じように見えていたのではないか。いわゆるABCD包囲網は、現在の経済制裁と同じようではないだろうか(だから戦前の日本を正当化しようと考える人は論理的に北朝鮮の現在を認めざるを得ないはずだ)。その90年前の日本が行き着いた先は真珠湾攻撃だったのは歴史の教訓。あのとき、どうして戦争を避けられなかったのか、といことについて散々分析や検証が行われてきたものを、教訓として、生かすべき時ではないのか。
 この国は正しくないことをしているというのは簡単で、周囲の国は正しいから制裁することができる、ということだ。ただ、私たちは北朝鮮ではない側にいるということ。どっちが正しいとか正しくないとは、こっちの側で言っていること。
 だからといって、北朝鮮に妥協しろというのではない。生産性のない戯言ではあるのだけれど

2017年9月 9日 (土)

不倫は政治家の能力と関係あるの?

 文春砲とかいって、こういった既婚者の配偶者以外の相手と交際したということを、ことさら不倫としてはやし立て、ジャーナリズムにおいても大きく取り上げることが目立つ。そういうのが、今、うけるこということなのかもしれないが。そういうのは、昭和のはじめに戦争に反対する記事よりも、戦争を鼓舞する報道の方が派手で景気づけになるから人々の受けがいいと、かつ販売部数を伸ばせるとエスカレートしていった挙句翼賛報道になってしまったことに通じるものがあるのではないかと思う。
 そもそも、不倫と政治家としての能力は別の問題ではないか。ましてや犯罪でもない。当然、個人的に失望を覚える人は多いだろう。議員に求める倫理観ということは無視できない。しかし、その人に失望を覚えたのであれば、次の選挙で候補者や所属政党に票を入れなければいい話で、議員辞職までさせて、わざわざ時間と予算を割いてまで補欠選挙を行うような事態に発展させる必要があるのか。
 もしも清廉潔白な人間しか議員になれないのだとしたら、出自から過去の経歴からなにからなにまで調べ上げられ、どこまでも潔白であることを証明できなければ選挙に出馬できないということになる。そんな人間がどこにいるというのだろうか。
 一方、民進党の人々は、蓮舫さんといい、この人といい、女性議員を広告塔として、さんざん利用して、利用価値がなくなると切り捨てることを何度も繰り返すのを見ていると、多様な人々の意見をきちんと聞いたり、尊重するといったことよりも、自己の保身を優先している姿勢が垣間見せてしまっている。この議員さんたちって、浮気なんか、あそびなどとほざいて、けっこうしていそうだけれど。
 そもそも、自立した個人としての男女が、人格的な出会いにより、愛情をもって一対のカップリングをし、夫婦として制度により社会的に認知され、その成果物として子供をつくり、家族という集団を形成し育成し、次の世代を育てる。こういうモデルは産業化がすすんだ資本主義経済の大衆社会に適していたのだろうけれど、現代の社会には適さなくなってきているのでは。フィクションとして結婚とか育児とか教育ということのリアリティーがなくなってきている。いつまでも、それに固執している意味はあるのだろうか、と思うこともある。そういう政策ビジョンを考えてみる方が、離党届の受理なんかの議論するより、よっぽど建設的だと思う。

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