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2017年9月 9日 (土)

不倫は政治家の能力と関係あるの?

 文春砲とかいって、こういった既婚者の配偶者以外の相手と交際したということを、ことさら不倫としてはやし立て、ジャーナリズムにおいても大きく取り上げることが目立つ。そういうのが、今、うけるこということなのかもしれないが。そういうのは、昭和のはじめに戦争に反対する記事よりも、戦争を鼓舞する報道の方が派手で景気づけになるから人々の受けがいいと、かつ販売部数を伸ばせるとエスカレートしていった挙句翼賛報道になってしまったことに通じるものがあるのではないかと思う。
 そもそも、不倫と政治家としての能力は別の問題ではないか。ましてや犯罪でもない。当然、個人的に失望を覚える人は多いだろう。議員に求める倫理観ということは無視できない。しかし、その人に失望を覚えたのであれば、次の選挙で候補者や所属政党に票を入れなければいい話で、議員辞職までさせて、わざわざ時間と予算を割いてまで補欠選挙を行うような事態に発展させる必要があるのか。
 もしも清廉潔白な人間しか議員になれないのだとしたら、出自から過去の経歴からなにからなにまで調べ上げられ、どこまでも潔白であることを証明できなければ選挙に出馬できないということになる。そんな人間がどこにいるというのだろうか。
 一方、民進党の人々は、蓮舫さんといい、この人といい、女性議員を広告塔として、さんざん利用して、利用価値がなくなると切り捨てることを何度も繰り返すのを見ていると、多様な人々の意見をきちんと聞いたり、尊重するといったことよりも、自己の保身を優先している姿勢が垣間見せてしまっている。この議員さんたちって、浮気なんか、あそびなどとほざいて、けっこうしていそうだけれど。
 そもそも、自立した個人としての男女が、人格的な出会いにより、愛情をもって一対のカップリングをし、夫婦として制度により社会的に認知され、その成果物として子供をつくり、家族という集団を形成し育成し、次の世代を育てる。こういうモデルは産業化がすすんだ資本主義経済の大衆社会に適していたのだろうけれど、現代の社会には適さなくなってきているのでは。フィクションとして結婚とか育児とか教育ということのリアリティーがなくなってきている。いつまでも、それに固執している意味はあるのだろうか、と思うこともある。そういう政策ビジョンを考えてみる方が、離党届の受理なんかの議論するより、よっぽど建設的だと思う。

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