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2017年10月12日 (木)

「篠田桃紅 昔日の彼方に」展(1)

2017年5月 菊池寛実記念 智美術館
Shinodapos  欧米と違って、日本人のコレクションは公的な政府や美術館のような団体に寄付されるのではなくて、財団法人を設立して個人美術館をつくることが多いという。東京には、そういう美術館がたくさんある。そういう美術館の傾向として、瀟洒で凝ったデザインの建物で、しゃれたカフェが併設されているという場合が多い。そのうえ、都会の隠れ家でもないが、土地勘のある人でないと分かりづらいようなところにあって、「東京に、こんなところがあった!」とでもいうような意外性を訪れる人に印象付けるようなとろがある。残念だけれど、こういうものは、私には、絵画を見る場合に邪魔になってしょうがない。だから、個人美術館は好きではない。この美術館も、そういうのに典型的にあてはまるものだった。まず、都会に土地勘のない私には、行きにくいことこの上ない。ちょうど昼間で、暑い日だったので、地下鉄の駅から歩いて、何度も道を探して迷った。漸く、玄関にたどり着いた時には、汗をかいていた。
 篠田桃紅という人についての知識も情報も、私は持っていないので、どういう作品を制作しているのかについては、展覧会パンフレットの紹介を引用します。“篠田桃紅氏(1913年~)は書家だあり、また「墨象」と呼ばれる墨の色と線による抽象画によって国際的な評価を受ける芸術家です。幼年時に手ほどきを受けて以来、ほぼ独学で書を学んだ篠田氏は、1956年からの二年間を単身ニューヨークで過ごし、当時先端の美術に刺激を受けつつ、墨による表現を広げていきます。瑞々しく、潤いを感じさせる淡墨から、濃墨の力強い黒、鮮やかな朱や金銀泥など、篠田氏の引く線は豊かな表現を見せ、紙の上に無限の響きを奏でます。日々の心象や思いを筆に託し生み出される作品は、今日まで半世紀を超えて多くの人の心を捉えてきました。”私は、何かの折に、この展覧会のことが紹介されていたのを見て、抽象画のような作品があるので興味を持ったのが動機です。この引用を読む限りでは、この人は、抽象画というような美術史的なアプローチをとっていないので、絵画の伝統とはべつのところがでてきたエキゾティックな要素とか、アウトサイダー・アートのようなニュアンスなのかもしれないと思いました。書家から始まったとも紹介されていましたが、今回展示されている作品を、私は書とは思えなかったので、独学ともありましたが、書とも絵画とも、それらの伝統的な概念とはべつのところで制作をしている人で、たまたま出来上がった作品を現代アートとして発表している、というもののように思えました。別にジャンルに拘るわけではないのですが、私が、この人の作品を見ていて、さきほどもチラッといいましたが、絵画とも書とも見えないので、どのように見ていいのか、そのとっかかりがつかめず、ただ、入場料を払って入館したので、すぐに出て行ってしまうのはもったいないので、もとをとろうと、しばらく館内にいて、作品を眺めていました。

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