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2017年10月31日 (火)

選挙についての妄言

有権者は政策には関心がない。地方では人物重視、都市部ではイメージだけの争い。そうなると政治家は全員個人商店になる。そのような現代日本社会の選挙においては、政党は重要でない。

その場合、与党だけが組織として持続可能となる。政権交代を目指す野党は組織としては存続し得えない。なぜなら、選挙に負けた場合、次の選挙まで野党の落選した候補者は、普通は無職で次の選挙まで地道に選挙のための活動を日々続ける必要がある。事務所を借りて、秘書を雇って、家族も養わないといけない。とにかく当選するまであらゆる手段を使って、なんとか生活していかなくてはならない。だから、次回の選挙では是が非でも当選しなければならない。

このとき、日本の政党はあまり助けにならない。金銭的援助がないだけでなく、当選するためには、上述したように個人で、野党のその選挙区の一国一城の主として奮闘しなければならない。しかし、実は城はなく、兵糧もない。政党の評判、イメージが有権者の間で悪ければ、そんな助けにならない党にとどまる意味はないどころか、足かせになる。そこで、風を求めて、政党を移ったり、作ったりすることになる。それが、あっけなく民進党が分解した構造的な原因だ。

与党の自民党は別格として、政党として組織がしっかりしていて、このような人を曲りなりにもサポートして、忠誠心を持てているのは公明党と共産党くらいしかない。

そこで、政権選択という議論には、実体が伴わない。むしろ、政党という組織が実質的に成り立ちえないようになってきている状態で、従来の選挙という制度自体の是非が議論する必要があるのでは

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