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2017年10月31日 (火)

篠田英朗「集団的自衛権の思想史─憲法九条と日米安保」(4)

第五節 「八月革命」と「国民主権主義」

日本国憲法の制定時に、当時の東大法学部の憲法学の担当教授であった宮沢俊義によって「八月革命」説が展開されました。八月革命説とは、日本がポツダム宣言を受諾した際に、「天皇が神意にもとづいて日本を統治する」天皇制の神権主義から国民主権主義への転換という根本建前の変転としての革命がおこったという説です。この革命があったということにして、彼は日本国憲法の樹立が可能になったといいます。

しかし、革命ということは、そういうことなのでしょうか。宮沢は「法律学的意味で革命」が起こったという説明が、日本国憲法成立の法理のために必要だという、あとづけの説明ストーリーのような話です。しかし、彼の弟子にあたる憲法学者たちは、これを強く支持しました。

現実には、日本国憲法は、大日本帝国憲法73条の改正手続によって制定されたもので、国民にとっては、憲法制定によって、国民が主権者となったことを知った、いわば八月革命説と逆です。また、ポツダム宣言やアメリカ政府の見解では、無条件降伏した日本に対して、占領軍の連合国最高司令官が、国民の自由意志に従った政体を決めていった、ということで、これとも八月革命説は食い違っています。

宮沢の師にあたる美濃部達吉は、ポツダム宣言受諾が「憲法をも超越した絶対の拘束力」を発揮し、国民に新憲法制定の権力を与えたのは、「憲法違反の革命的行為で、戦敗国として戦勝国の要求に応ずる為」であったと解説しました。つまり、戦争に負けて占領されたのだから仕方がないという事実を認めたわけです。

その後、八月革命説は東大法学部の憲法学者たちに受け継がれていきます。その特徴としてあげられるのは表面的には「憲法改正限界説」を守るものでした。憲法は自らの全面改正を許すものではないので、革命という手続を経ることで可能になったという説明です。しかし、より重要なのは、アメリカによって作られた憲法は無効だという主張に対して、日本国憲法は革命によってつくられた自律的なものだという根拠になりえたというとです。併せて、日米安全保障条約といったアメリカの影を憲法制定の後付けの付属物として取り扱うことを可能にしたということなのです。つまり、八月革命というのは、日本国民が自らの意思で自らの手によって作ったものだ(決してアメリカ人がアメリカの憲法を押し付けたものではない)という物語を確立させるために必要な措置だったというわけです。それゆえに、数十年にわたって宮沢を含む憲法学者たちが憲法典を知的作業の拠り所とすることができたのです。著者は、この八月革命物語の政治的動機こそが、今日にまで至る70年以上もの間、日本の憲法学者が日米安全保障体制の問題と決して折り合いをつけることが出来ない状態に陥った事情を如実に説明する、と言います。

このことは、主権者である国民の権力を制限する立憲主義という転倒したテーゼを、むしろ憲法学者が生み出したのではないか、と著者は指摘します。

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