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2017年10月13日 (金)

「篠田桃紅 昔日の彼方に」展(2)

Shinodamounment  「Mounment/いしぶみ」という作品は、展覧会のパンフレットでフィーチャーされている作品です。無造作に左から右に水平に幅広い横帯が引かれています。おそらく、筆で引かれた面で、墨がにじんだり、かすれたりしています。水墨画のようなモノクロームのなかで唯一、真ん中に細い赤い横線が引かれています。それが印象的のようです。しかし、私には、篠田が、このような幅広い横帯を引いたというモティーフで作品を制作したのか、理由が分からないのです。作品表現に関して言葉で論理的に説明できるものではないとは思っています。だから、べつに説明できなくてもいいのですが、篠田がこの作品を制作したということに違和感、とまではいかないまでも、ちぐはぐした感じをもってしまうのです。具体的なあらわれとして、この作品と似たような作品が見つけられないのです。正統的な抽象画家で名の知れた人々を見渡すと、その画家なりのパターンをもっていて、そのパターンを繰り返すようにして似た作品を量産するものです。抽象画というのは、何を描くのかという対象があらかじめ与えられているわけではないので、自分で描くことができるもの、自分の技量を最大限に活かすことができるもの、そういう自分の描く範囲、限界を手探りしながら、描くものや描きたいものを見つけていく。何でも描いていい、というのは、実は何も描けないというところから、描くものを見出していくための、取っ掛かりを何かの偶然に見出して、それを繰り返していくことによって、その方向性で手探りしていくことが、何をみつけだしていく。それが似たような作品をパターンのように制作していくことにあらわれると思います。ところが、今回の展覧会では、篠田の作品には、そういうパターンを見出せませんでした。それは、展示作品数は少ないし、体系的な回顧展のような展示の仕方をしていないようなので、この展覧会での展示を見た印象のみで語っているので、誤解をしているのかもしれないことは、お断りしておきます。
Shinodaflamboyance  「Flamboyance/はなやか」は在原業平の有名な短歌を書いたものです。“ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは”という百人一首にも入っている短歌です。同じ短歌を書いた作品として、「Momiji/もみじ」のほか、いくつか作品が展示されていました。私には、書を見る目がないのかもしれませんが、の二つの作品を見比べて見ると、着せ替え人形のような気がします。それは、短歌を書いた文字(書)はひとつの形のモチーフとして、その色や大きさの変化を与えたり、背景を替えて、その組合せによってヴァリエイションを作り出しているように見えます。これは、私の個人的な見方なのでしょうが、百人一首の人気歌で、知っている人知っているし、比較的よく知られている歌なので、その短歌が書かれていることを知れば、歌の内容や詠み人である業平という歌人、あるいは伊勢物語のエピソード、それを連想させるような舞台装置のような背景の図像から、持っている情報を引き出して、それをもって作品の印象に加えていく。そういう効果を見る人に及ぼすように考えられて画面がデザインされているように見えました。
 少ない作品数でもって即断してしまうのは、誤解の危険が大きいのかもしれませんが、間違っていれば、後で修正すればいいので、敢えて、ここでとりあえず表明しておくことにします。この人の作品は、表層の効果に特化したもので、作者は、ある程度は即興的に制作をして結果オーライで出来上がったものを拾い上げて、その段階で厳しく取捨選択をして、残ったものを作品として残している。そんなようなものに見えました。したがって、この人の作品には、強い批評性、それは対象に対する批評性ではなくて、自身に対する批評性を感じました。それは、この二つの作品の背景の使い方もそうだし、「Mounment/いしぶみ」でもそうなのですが、これを表現したいとか、伝えたいんだというようなオリジナリティというより、それはインパクトと同時に反発をもまぬくものであるわけで、そういうことは避けて、どこかで見たような既視感を覚えるような感じで、抵抗感は大きくないので比較的安心感をもって接していて、その表層での効果を考えて画面を作られている。マーケティングでいえば、全く新たな市場を作るような、強力ではあるがリスクがある製品ではなくて、既存市場において売れ筋とは一線を画すけれど、一定の収益が計算できるニッチでシェアを確保することを目指す、といった性格ではないかという印象です。そこに、篠田という人の批評性があるように思えました。
Shinodamomiji  「Mounment/いしぶみ」では繰り返しの試行錯誤が感じられなくて、「Flamboyance/はなやか」と「Momiji/もみじ」は着せ替え人形のようなパターンの焼き直しというコメントは、矛盾していると受け取られる人も多いのではないかと思いますが、上述の意味合いで考えていただければ、感じ取ってもらえるのではないかと思います。つまり、前者は何を描くかという点のこと、つまり新しい市場を開拓することに関して述べているのに対して、後者は既存市場の中で差異化によりシェアを確保することに関して述べていると理解していただければ、矛盾しているこにはならないのではないか、ということです。

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