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2017年10月 5日 (木)

青山拓央「時間と自由意志─自由は存在するか」(16)

5.現実と可能性の紐帯

現実世界にいる「私」は、私や私の周辺についての指標的な知識を持ち、この現実世界にいることを知っています。その「知識」は、論理や文法や生活形式の外にあり、もちろん自然法則についても、その外にあるわけです。この現実世界とまったく同じ論理・文法・生活形式そして自然法則に支えられた諸可能世界があるとして─それらの諸可能性はタイプ的な無矛盾性のもとで開かれる─それらの諸可能世界のどこに私がいるのかを、タイプ的な知識から知ることはできません。

ここで重要なことは、私や私の周辺についての現実的で指標的な知識でさえも、それを世界の事実として述語的に記述したら、一種のタイプ化してしまうということです。つまり、現実世界についての個別的知識も、言葉にしてしまうと、その言葉のうえでは、複数の諸可能的世界においても成立しうるタイプ的知識に読みかえられてしまうということです。この個別性を尊重することが、個別的知識の由縁ですから(たとえばこつなんかが代表的でしょうか)、この現実世界の内部から「これが現実であり、私だ」と直接示されるわけです。しかし、そのこと自体を世界について言葉にして表現することはできません。

最初のそれらの諸可能世界のどこに私がいるのかを、タイプ的な知識から知ることはできませんに戻りましょう。例えば、「ここに私の手がある」「私の名前はLWである」「私は月に行ったことがない」といった知識をどれだけ並べてみても、それらをもとに諸可能世界のどこに私がいるのかを知ることはできません。これらの条件を満たす「LW」が、この現実世界と同じ論理や法則のもとで生きている諸可能世界は、論理的可能性のもとで無数にあります。「私はここにいる」と手をあげたとしても、同じように手をあげている可能世界は無数にあります。そして私自身ですら、それら私の無数の「私」のうち、どれが私なのかを、記述的知識によって知ることはできません。現実にいずれかの人物であることによってしか、どれが私であるのかは分からず、「ここにいる」と手をあげているから、それが私なのではないのです。

これが私なのは、たんに(諸可能性のなかでタイプ的に)手をあげているからではなく、現実手をあげているすんらい゛ありも私的な個別的知識とは、どんなこれなのかを知っていることです。だからこそ、その個別的知識は通常の意味での知識ではありえず、他の、通常の知識を知識たらしめる、基礎としての知の「河床」になるといいます。すなわそれは、そもそも何かが(現実が)在ることについての、知識以前の知識です。

信長タイプについて我々が何を知ろうとも、現実の信長という人物をつかまえることはできません。それどころか、現実の信長という人物が存在することさえ保証できません。現実の信長についての諸可能性を知るには、信長タイプについての諸可能性を現実の信長という人物の現実性へとつなげ、その現実性の内側から諸可能性を開かなくてはなりません。それこそが、時間が様相に先立つという言い方で著者が述べたかったことだと著者はいいます。

 

6.言語的弁別

分岐問題における二叉の分岐図は、ふたつの歴史集合の樹形図として読むことを考えてきました。他方、これを原理的な可能性として考えれば、未来の諸可能性の分岐を、歴史集合ではなく個別の歴史として描くことが可能であることになります。歴史のあらゆる細部に関して完全な言語的弁別を行い、それに応じて樹形図を描くならば、そして、あらゆる分岐が何らかの命題の真偽によって弁別できるなら、この樹形図は二叉の分岐(真か偽)のみで構成されるものとなるでしょう。

そうであれば、世界を構成する原子的な要素は、樹形図における二叉の分岐の真偽に対応する事態ということができます。もし、このように考えるのであれば、世界の原子的要素である諸事態は、真偽それぞれの実現確率が純粋に二分の一となるかもしれません。しかしこのような枝の個別化は、実践上不可能です。諸可能性の弁別はその目的に応じた粗さをもち、弁別されるのは、ある集合と他の集合です。私がこれから病院に行くことは、「病院に行く」諸可能的未来のうちどれか一つへ進むことであり、これと見定めた個別の未来に進むことではないのです。

それゆえ、最初に見た樹形図は可能性の樹形図で、その可能性の弁別が言語的かつ実践的になされているならば、どの枝も諸可能的歴史の集合の略記とみなすことができるということです。それゆえ、未来の細部について完全な記述を与えられることはない。

これから私が病院に行くとして、「病院に行く」歴史には無数の諸可能性があります。百歩で病院に着く歴史と百一歩で病院に行く歴史とは別の歴史です。また診察時に、シチリアの火山が噴火している歴史もまた、別の歴史です。私が自宅に戻った瞬間も飼い猫の毛がちょうど何本であるかによっても、歴史は無数の諸可能性を持っています。

この歴史のような直示的表現に頼ることなく、諸可能性としての歴史からただひとつの歴史を指示するには、諸可能性のあらゆる言語的弁別に対して特定の記述を考えて当てはめていかなければなりません。たとえば、先ほどの私は何歩で歩いて病院に着いたか、診察時に火山は噴火したか、帰宅時に猫の毛は何本あったか、ひのような問いにいちいち答えねばならない。これは不可能であり、このような言語的弁別をどこまで繰り返しても、ただ一つの歴史にいきつくとはありません。また、未来の場合と同様に記憶の集積でなし得るのは、過去の諸可能性を絞り込むところまでです。

過去の諸可能性が無数にあるとき、現実の過去を指示する唯一の方法は、直示的表現を用いることです。いま私のいる「この歴史」こそが現実の歴史であるという事実によって、「この歴史」における過去は、現実の過去となります。つまり、「この今」と地続きの過去こそが現実の過去というわけです。そうであれば、そうした過去への直示は、「この今」への直示に依存することになります。しかし今への直示についても、過去と同様の指摘ができます。樹形図上の枝は可能的集合であるから、個別的時点としての「この今」は、樹形図上のどの点とも同一ではありえないことになります。どの点も可能的瞬間の集合であるためです。とはいっても、「この今」は、その集合つまりは点の内部にはあるといえるとおもいます、それがどこに在るのか知るのに、私たちは自分の周囲、つまり「この今」がどのような内容の世界かを見ることで、樹形図のどこにいるかを探るでしょう、とはいえ、このような作業続けても、個別的な点に至ることはなく、指示集合が絞り込まれるのが精一杯です。したがって、「この今」の直示とは、樹形図上の一点を捉えることではなく、樹形図上のどこかは不明でも、定まった位置を持つものとしてそれを指すこと、そしてその一点を含むものとして歴史集合としての枝を思考することです。

これは指標詞に類する指示ですが、通常の直示も本質的に同じ作業を伴うと著者はいいます。「この今」の直示とは、樹形図上のどこかは不明でも、定まった位置を持つものして、示すことです。そしてむしろ、その一点を含むものとして、歴史集合としのて枝をし行為猫とです。

目の前の何らかの対象を指すことは、その対象の諸性質だけでなく、まさにその対象が含まれるただ一つの個別的な今(現実)を指すことでもあるからです。そうでないなら、その対象と実践的に識別不可能なほど類似した諸可能的対象のうち、どれがその対象なのかはけっして定まらない。「私」が指したものがそれなだ、と言えるのは、その「私」が「この今の私」としてすでに把握されているときだけです。

すでに述べたように、「この今」を樹形図上に個別に定位することはできません。にもかかわらず、それは形而上学的に定位されており、諸可能性の樹形図はむしろ、その定位を核に構成されます。すなわち、「この今」を含む何らかの枝がまず存在し、その枝のもつ諸特徴が他の可能性と弁別されることで、樹形図は時間的に展開していく。一般に、面識された対象には認識を超えた無数の細部があるとされるが、この形而上学的な信頼は、「この今」の定位への信頼と通底している。「この今」が樹形図上の一点に形而上学的に定位されるとき、その点から他の点への時間的連続性をもって、「この歴史」の全体が思考される。もし分岐が未来方向にしかないなら、「この今」の定位によって同時に、「この歴史」の過去もひと通りに決まる。

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