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2017年11月28日 (火)

ベルギー奇想の系譜(2)~Ⅰ.15~17世紀のフランドル美術

 Belgfantaboss ヒエロニムス・ボス本人の作品はなくて、工房の人が倣って描いたものなのでしょうが、そのお手本としてボスを考えてみると、同時代のイタリアのルネサンスを経た画家たちの神や聖人を賛美するような壮麗な作品を描く能力では勝てなかったのではないかと思います。おそらく当時の先進国であるイタリアの画家の作品をフランドルの王や貴族たちも競って購入したのだろうときに、ボスがそれに対抗しても勝てないということを、本人も分かっていたのではないか。そもそも、描くということとか、その基本的なスタンスとか、どのように描くかという基礎が、イタリアの画家たちとは違ったベースを持っていたと思います。それは、同じフランドルでも後世のルーベンスの描く豊麗な人体と比べると、ボスの描く人体は細かいけれど身体のプロポーションが異質としか言いようがなく、人体の見え方が根本的に違っていたのではなBelgfantakamogawa いかと思わせるところがあります。ルネサンスのリアリズムで自然科学的な視点で描く人間の理想的な姿という基準では、ボスの人体は美しいと言えるものではありません。そこで、同じ土俵で描いていては注文をイタリアの画家たちに奪われてしまう。そう考えたか、そこで差別化が必要になり、聖書の物語の裏読みという、イタリアの画家たちがやりそうもないことをやった。多分、フランドル地方のローカルな絵画の伝統を取り入れたのだろうけれど。それで、悪魔が聖アントニウスの修業を妨害するために試みた誘惑にスポットを当ててみたり、聖人が妄想してしまったよからぬこととか、神や聖人のありがたさを正面から描くのではないことを始めたという、そんな想像をして眺めていました。それは、滑稽でユーモラスなので、見ていると、バカだなあと笑ってしまう、そこに、すこしだけありがたい説教なんかが付け足されると、多少ひねくれた人でも、ありがたく聞いてしまう、そういう効果がありそうな作品です。たくさんのことが細かく、画面に隙間のないほど詰め込まれていますが、その詰め込みが作品の迫力とか滑稽さを強調するものにしていると思います。ただし、その個々の描写はルーベンスの人物等と比べると細かいけれど貧弱であることは否めません。
Belgfantajustice  ブリューゲルになると、詰め込みはよりエスカレートしていきます。全体として、画面の中に描かれる人々の数が飛躍的に増大し、それだけで小さな画面から溢れそうです。しかし、ブリューゲルも細かく描いていますが、一人一人の人間に実在感はなくて、その他大勢なのです。まあ、その他大勢が集まった迫力で圧倒的な画面をつくってしまうところが、この画家たちの魅力なのではないかと思います。
 彼等の詰め込んだ画面のごちゃごちゃした感じは、1970年代後半に活躍したギャグマンガ「マカロニほうれん荘」で鴨川つばめがよく描いたキャラクターが入り混じったカオス状態のような見開きのコマによく似ていると思うのです。この画像を見ると、この中のひとつひとつの部分は普通の場面なのですが、それが多数、一つの画面にごった煮のように詰め込まれると俄然、普通さがなくなって、異常に見えてくるのです。これは、日本の中世の洛中洛外図屏風などもそうですが、細かく描かれている個々の人物の描写は下手なのですが、それがたくさん集まって京都の町全体としてひしめき合うと、全体として存在感とか迫力が生まれている。ボスやブリューゲルにある奇想とは、そういう性格のものではないかと思います。ここで展示されている作品の細部を個々に眺めていると、貧弱さを、どうしても感じてしまうのです。
Belgfantarube  そんな中で、ルーベンスの版画作品は、ボスやブリューゲルのその他大勢のパワーであるとすると、その他ではなくヒーローがそれとして画面に存在している作品になっています。これらの版画は、油絵の具で彩色して大画面の作品で見たくなる作品でした。ひとりの個人としての人物を立派に描くという点では、ルーベンスはフランドルの画家たちとは異質な感じがします。たぶん、ボスやブリューゲルの詰め込みの画面の個々の人物をヒーローのように立派に描くことができることをして、その画面で神や聖人を正面から壮麗に描いたところにルーベンスという画家の凄いところがあるということが、今回の展覧会を見ていて、そんな気がしました。

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