無料ブログはココログ

最近読んだ本

« 篠田英朗「集団的自衛権の思想史─憲法九条と日米安保」(7) | トップページ | 篠田英朗「集団的自衛権の思想史─憲法九条と日米安保」(8) »

2017年11月 3日 (金)

東京の電車内の静けさとか異様に見えることがある

二十年以上前に、大阪からきた人から東京の地下鉄では人々がおしゃべりもしていないで、静かで不気味だ、ということを言われたことがあった。その時は、驚いたものだった。しかし、ここ数年、外国で地下鉄やバスを利用して、改めて帰国して、東京の通勤電車に乗ってみると、たしかに異様で不気味に見えた。人間らしさというのは個人の主観的な見方になってしまうが、電車の静寂は人間がいるような生々しさが稀薄に見えた。街角にゴミが目立たず清潔な感じが、衛生的ということは、人間以外のあらゆる生命を殺戮して排除することだ、ということを思い出した。人が生物として生きていくことから遠ざける環境に見えてきた。とはいっても、それから何日も経って、今は、それに再び慣れて、それが当たり前になっていて、外国の賑やかな環境が喧しいと感じる以前の状態に戻っているが。

« 篠田英朗「集団的自衛権の思想史─憲法九条と日米安保」(7) | トップページ | 篠田英朗「集団的自衛権の思想史─憲法九条と日米安保」(8) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 東京の電車内の静けさとか異様に見えることがある:

« 篠田英朗「集団的自衛権の思想史─憲法九条と日米安保」(7) | トップページ | 篠田英朗「集団的自衛権の思想史─憲法九条と日米安保」(8) »