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2017年11月 5日 (日)

失敗することのむずかしさ

失敗をして、はじめて気がつくことがある。失敗しないと気がつかないことがある。だから、失敗をしないことが最大の失敗だと就職して間もない頃、先輩に教わったことがあった。ある映画評論家がマイケル・チミノの「天国の門」について失敗できるのは才能だと評したことがあった。駄作と失敗作は違う、と。以前に述べたことがあった。実際、それほど多くの作品を見ているわけではないが、「天国の門」ほどの明白な失敗とまではいかないまでも、失敗することができないのでは、と思わされることがある。それは、失敗すらできないというもので、見ても、失望も怒りも湧きおこさない、空白のようなもの。

今は、失敗ができにくい、あるいは失敗させてもらえないような環境なのかもしれない。それは、失敗の反対である成功にもならない、そのどちらにもいかない中途半端なところで落ち着いてしまう(減点を回避して無難ですます、とでもいうか)。

そういうものかと考えていたが、失敗ということが分からない。失敗しているにもかかわらず、自身でそれが分かっていない。それゆえ、失敗ということにならない。そういうこともあるのを、このごろ、目にする。

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