無料ブログはココログ

« 国会の質問時間枠を取り合うのは筋違い? | トップページ | 生誕140年 吉田博展 山と水の風景(5) »

2017年11月14日 (火)

生誕140年 吉田博展 山と水の風景(4)

第3章 画壇の頂へ:1907~1920

Yoshidayokata 吉田は外遊から帰朝して、国内の展覧会で相次いで賞を得たり、画壇での抗争を繰り広げて、成り上がっていった時期ということです。しかし、作品を見ていると、成り上がるために万人ウケを狙ったためか、もともと一点突破型の欠点は多々あっても突出した一点で魅せていた画家が、平均点の高い、つまりは展覧会の点取り競争でいい点をとるような作品を描くようになっていた、私には、そのように見えます。したがって、このコーナーで展示されている作品は山岳を題材にした作品以外は、別に吉田が描かなくても、別の画家が描いてもたいして変わらない作品という印象です。

「月見草と浴衣の女」という作品です。人物に焦点を当てた作品は、この作品以外には「裸婦」くらいしか展示されていませんが、画家自身には得意ではないという意識はあったのではないかと思います。依頼があって、しかたなく描いたのか分かりませんが、人間の感じがしませんし、生きていません。動きが全くない。この人の作品に共通していることなのですが、塗りがおざなりにした見えなくて、要は、下手な塗り絵なのです(画像では、そうは見えないのが不思議です。でも、画像でマトモに見えても、他の画家っぽく見えませんか、例えば黒田清輝とか)。何かポロクソですが、何も、この画家があえて描いて作品に残す意味がどこにあったのか、と疑うのです。

Yoshidaechigo 「越後の春」という水彩画です。画面手前の垂直に屹立する杉の木がアクセントになって、遠景の越後の山並み(越後三山なのかしら)の形が、中景の緑の低山の緩やかな稜線と重層的にのぞんでいる姿を見ていると、この画家は地形の意味を本能的にわかっていて、それを忠実に絵画の上で形にすることに秀でていたという気がします。私の個人的な偏見かもしれませんが、浴衣姿の女性よりも、この遠景の山の方に存在感やリアルさを強く感じられるのです。

Yoshidahodaka そして、北アルプスなどの山岳を題材として描いた風景画を、ここから見ることができます。「穂高山」という油絵作品です。おそらく常念岳あたりから梓川をごしに見えた穂高岳の姿ではないかと思います。参考に常念岳の山頂から写真を載せますが、吉田がいかに正確に穂高岳の地形を描いているか分かると思います。正面の奥から手前に吊り尾根の稜線が一直線に伸びてくるのを「不同舎風道路山水」と言われた一点透視の遠近法の道路に見立た遠近法で、その吊り尾根の突き当りから右方が奥になって前穂高岳の頂がピラミッド型になっていて、そのさらに右に雲に隠れた奥穂高岳で、それらの山に囲まれるように手前が凹んでいるのが涸沢カールと、少しでも登山をかじって、それらの地形を身体で分かっている人には、実感できる山岳の形が描かれています。写真と見比べると分かりますが、吉田は必ずしも、写真のように正確になぞって写しているわけではないのです。しかし、それが上で説明したように穂高という山であるとわかるのは、吉田が穂高という山の存在の意味を、山の形がこなっているという意味を理解して描いていると思われるからです。しかし、残念なことに油彩の彩色が形のスケッチに追いついていないのです。緑色は植生にみえないし、茶色は岸壁のゴツコヅした硬さを表現しきれていないのです。だから、折角の穂高の山稜が、急峻さとか、岩稜の厳しさとか、人が山岳を見上げるときの畏怖のような感情は湧いてこないのです。

Yoshidahodaka2 「槍ヶ岳と東鎌尾根」という油彩の連作です。おそらく東鎌尾根を登って槍ヶ岳に近づいたところで左が槍ヶ岳、右が北鎌尾根でしょう。少し霧か雲がかかって薄ぼんやりした空で、黒い影のような槍ヶ岳のシルエットのようにのしかかってくる迫力は、実際に喜作新道を辿って行かなければ分からないものです。これで彩色がイマイチなのが残念としか言いようがありません。

その後で、自宅のバラを連作で描いた油彩の連作は、私にはつまらないし、日本画の掛け軸を制作しているのも、こんなのを見ている時間があれば、山岳の風景画を見ているというものです。ただし、当時の社会では登山は一般的でなく、山岳風景の価値は一般的ではなかったでしょう。そうであれば、職業画家としては一般に受け容れいれられる題材の作品の方がむしろ必要と言うことになります。吉田がプロとして、そういうことを意識して、本心は山岳風景を描きたかったのに、プロの画家としては人物やバラのような一般受けする作品を無理して制作したなどというのは事実ではないでしょう。現在の登山が趣味として一般化した時代から吉田の作品を眺めると、その趣味を先取りしていたかのような山岳風景にどうしても注目してしまうのです。おそらく、彼の同時代の評価は全く別だろうことは分かります。

Yoshidayari 考えてみれば、そもそも、山岳を風景画の題材として、意味があるものとして取り上げたのは、吉田が開拓者なのではないでしょうか。それまでの風景画では、山というば富士山が代表的で、葛飾北斎の「富嶽三十六景」がすぐに思い浮かびますが、それは富士山をピラミッド型の理想化された山の姿として様々な風景の中に当てはめたものです。富士山そのものでなくて富士山のある風景です。また、別の伝統として文人画などで中国の山水画の伝統を受けたものがあるでしょうが、それは特定の山そのものを写したものではなくて、ある思想とか雰囲気を絵にした場合の、その雰囲気をつくりだす素材とて用いられたものです。谷文晁の「日本名山図譜」なんかがあると説明されていましたが、富士山とか筑波山とか、いわゆる和歌に歌われたり信仰されていた名山で、地形を正確に描くというものではなかったでしょう。もっとも、山岳という地形を美術の対象として考えられるようになったのは、西洋においても、そんなに古いものではなくて、前のところで少し触れましたが、近代になってロマン主義の風潮の中で、アルプスの急峻な高山が人知を超えた存在として、また遭難という自己にあってしまう危険な存在として、人にとって恐怖であったことが畏怖に変質、それをあがめるようになる、それが「崇高」ということで捉えられます。例えば、エドマンド・バークは『崇高と美の観念の起源』の中で、奔放に荒れ狂う自然を目の当たりにするとき、人の心にわき起こる強烈な不安や恐怖に思索をめぐらせた。「崇高」には古典的な美に劣らないほど、人の心に強く働きかけ、精神を高める力があるとバークは論じた。美術の分野では、これが視覚的な刺激の追求となって表われた。鑑賞者は雪崩や地震、激しい雷雨や時化の海など自然の根源的な力を描いた絵を見て、身を安全な場所に置いたまま、危険を体験することになった。このような崇高さを風景画に持ち込んだ画家にイギリスのターナーがいます。彼は、当時の絵画のヒエラルキーでは最高位の歴史画に対して、風景画のステイタスを高めようと風景画も、歴史画と同じように、人の感情と知性に強く働きかけることができるということを実地に示そうと試みます。崇高な風景として彼が取り入れたのが山でした。この場合は、イギリスでは産業革命とともにブルジョワ経済社会が進展し、市民がスイスのアルプス登山を趣味として始めるという社会変化が背景としてありました。そのアルプスの登山が明治維新後の日本にも外国人たちによって輸入されたのが、日本アルプスへの登山ということになります。上高地の山開きをウェストン祭ともいいますが、宣教師W・ウェストンは日本で初めて、そういう登山を行った人ということになります。だから、吉田の登山というのは流行の最先端どころか、あまり人のやらないこと、何やら外人がやっている訳の分からないことことだったのであり、それを絵画の題材とすることは、普通では理解の閾を超えていたことだったかもしれません。そこで、ここに展示されている作品のような、現在の登山趣味の者の鑑賞に耐えられるような形に仕上げるということだけでも驚くべきことだと言い切ることができます。ある意味、それまでにない新しい芸術を開拓したと言っていいのですから。このことは、いくら言っても言い足りないことだと思います。しかも、吉田の山岳風景画が現代的なのは、ターナーの風景画にあったような崇高といった理念が感じられないということです。展覧会の説明では“日本人特有の自然への畏敬の念や愛着、人と自然との親しい調和を願い続けながら、自然の中に溶け込み、自然と一体となり。「仙骨」を自負して自然の中に自らを没することで初めて人を感動させる風景画が描けるものだとする生涯を貫いた。”となっています。これは、おそらく吉田自身が後年になって自身の山岳画を語ったのを、批評家や学者が広めて、人々がそうだというなった常識のようなものだ思いますが、写実的に山岳を描いて、共感を誘うというのは、こんな風に説明するしかないのでしょう。そして、おそらく現在の山岳風景を写真にしたりするときの視点は吉田が試行錯誤によって創り出していったものではないかと思います。現在の視点では、絵葉書的に映ってしまうのも、それは後年にみんながまねしたからで、当時は誰も思いつかなかった視点であったのではないかと思います。ただし、吉田のほかの風景画を見ている限りでは、もともと、絵葉書になりやすい視点をもっていた人であることは否定はできません。それが、この後、木版画を制作するようになって、ある程度の通俗性に通じるところが有利に働いたと言えるのではないでしょうか。

« 国会の質問時間枠を取り合うのは筋違い? | トップページ | 生誕140年 吉田博展 山と水の風景(5) »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/66043877

この記事へのトラックバック一覧です: 生誕140年 吉田博展 山と水の風景(4):

« 国会の質問時間枠を取り合うのは筋違い? | トップページ | 生誕140年 吉田博展 山と水の風景(5) »