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2017年11月15日 (水)

生誕140年 吉田博展 山と水の風景(5)

第4章 木版画という新世界:1921~1929

Yoshidahodaka3 おそらく、このコーナーが核心部ということになると思います。吉田が木版画を始めたのは世話になった渡邊庄三郎から求められてことが理由と説明されています。しかし、吉田の絵画を見ていると、事物の輪郭の外形をとらえるのが巧みであるのに、それがキャンバスに描かれると、空間とか奥行きとか立体感のないペッタンコになってしまうように見えるのです。そのひとつの画面上のあらわれが、彩色が、塗り絵のように見えてしまって、事物の面の質感とか、光が当たってできる陰影で立体感をだすとか、空気が遠くは霞んで遠い感じがするといったようなことが色彩で十分に表現されていない。というよりは、彼には、その方向の視野が欠けているのではないかと思われるほど足りないように見えてしまうところです。それを木版画という、絵画に比べて表現上の制限があるところでは、そのような吉田のもの足りないところが、木版画の制約とかなり重複しているところがあって、彼の輪郭を描く特徴を、絵画よりも活かせる可能性があると思えるのです。ですから、吉田自身も、何らかの必然性を感じたのではないかと思います。

Yoshidahodaka4 「穂高山」という大正10年の作品です。渡邊庄三郎の求めに応じて下絵を描いたのを、渡邊のところで木版画にしたものでしょう。風景の木版画といえば、北斎や広重の浮世絵版画の伝統があるでしょうが、木版画という制約の上で出来てきた様式のようなものがあると思いますが、前景の木や水面の処理、水面に映った森などは、その様式に乗っていて、平面的なのでしょうが、むしろ、それを利点として樹木の形を精確に描写していて、その形だけでリアリティを感じさせられてしまいます。そして遠景の山岳の、岩稜の形の面白さはリアルであるだけに、なおさら興味深いものです。前のコーナーで穂高岳を油絵で描いた作品がありましたが、あの作品の山岳の形の面白さだけを抜き出したもので、油絵で感じられた存在感の不足といったことが気にならないので、ずっと興味深いものになっていると思いました。

Yoshidaturugi 吉田本人も、何か手応えを感じたのではないでしょうか。5年後に、同じ題材で制作し直しています。木版画の経験を積んで、吉田は独自の木版画の制作方法を考案したと説明されていますが、ずっと洗練された画面になっています。例えば、山岳の表現が大胆な省略が為されていて特徴的な形が強調されるようになっています。色の使い方も、グラデーションっぽい使い方から対照によって各々の色が際立つようにして、全体のメリハリがはっきりしています。これは、山岳や樹木といったものの輪郭の形リアルなのでしょうが、それを際立たせるように演出するような画面構成をしています。それによって、山岳の地形的な形の意味、具体的には、穂高連峰の中でも、山岳を知らない人には、前穂高岳と奥穂高岳の違いが分からない。その違いを吉田は理解して描いていても、もともとの違いが分からないので、描かれた違いの意味を理解できない。それを理解できるように画面上で演出をするようになっていると思えるのです。山岳は単なる岩の塊ではなくて、その形に意味を人は感じることができるのです。ただし、それはすべての人とは限らない。登山をする人やその関係の人以外には、なかなか分かり難い。穂高岳や剣岳を単なる岩の塊と見分けて、そこに個性を見出し、険しいとか崇高だとか評Yoshidaturugi2 するには、その理解がどうしても必要です。しかし、登山をしない普通の人には、その理解ができない。吉田も山岳風景を描いても、そういうことの理解がベースになければ、なかなか本質的なところを味わいきれない。それを大正15年の版画は、ベースのところを普通の人にも理解し易いように考えて画面を演出しています。これは、木版画ではじめてできたことではないかと思います。そこには吉田が手法を開発したことも寄与しているわけですが。

この大正15年の作品は「日本アルプス十二題」というシリーズのひとつですが、この他にも「剱山の朝」という作品は、おそらく、黒部川の対岸である後立山連峰(唐松岳あたりではないか)からの剱岳の風景だろうと思います。参考の写真と見比べてもらうと分かりますが、手前の尾根は剱岳よりも標高が低いので樹林帯となって、その樹木のせいで稜線のシルエットが滑らかでなく、細かいデコボコがあり、樹木の緑は一様ではないのですが、画面では、その細部を大胆に省略して、朝日を浴びて赤く染まる剱岳の独特な岩稜が際立つようになっています。

Yoshidahodaka 「鷲羽岳の野営」では、遠景のシルエットでかすんで見える左端の槍ヶ岳の尖峰から右へ南岳をへて大キレットへと落ち込む稜線の形がよくわかります。

「白馬山頂より」は、夏山の残雪が残っているのと、明るい日差しの下で、杓子岳から白馬鑓岳の稜線を描いたものです。杓子岳の破風屋根のような特徴ある形や右奥の白馬鑓岳の丸みを帯びたどっしりとした山容との対照的なところが強調されているように見えます。ただし、形は正確に描かれています。これらを見ると、山岳の形を純粋に抽出した、吉田独特の世界ができていると思います。

Yoshidahakuba2 このような姿勢は、実験的な試みに繋がっていって、それがヨーロッパのアルプスやアメリカの山岳風景を題材にした作品で大胆な試みに結実していると思います。「エル キャピタン」というアメリカのヨセミテ国立公園の風景です。100メートルの断崖で、現代ではクライマーのメッカになっているそうですが、浮世絵のような日本的な風景に見えてしまいます。広重の「箱根」のような構図で、写真に近いような写実的で正確な描写によって、西洋絵画を見慣れた者にも、違和感なく見ることができるようになっていました。

Yoshidaelle 「マタホルン山」という作品は「マタホルン山 夜」という同じ構図で、色遣いを替えて夜の風景にするというバリエイションを作っています。版画という制約もあるのでしょうか、使う色が制限されてためか大胆なものになってきていると思います。

吉田の木版画の特徴を、展覧会では次のように説明されていました。

博の木版画の他にない特質、あるいは人気の秘密として、概略、次の三つを挙げることができるだろう。

その一つは、いわゆる「大版」とよばれる大作である。これは渡邊版版画店の「新版画」にも江戸時代の浮世絵にもない、いわば博の技術へのあくなき執念と挑戦によって初めて実現したもので、多くの版画ファンを唸らせるものである。通常、木版画の摺りは紙が大きくなればなるほど、水分を含んだ紙の伸縮が大きくなり、「見当」がずれやすくなって摺りの困難さは倍増する。こうした状況の中で、博の大版、例えば“富士拾景”のなかの《朝日》とか《雲海 鳳凰山》などは摺りのズレなどは微塵もなく、まことに見事な完成度を見せる迫力満点の大作で、そのすばらしさに感嘆するばかりである。

二つ目は、平均30回以上といわれ、多いものでは《陽明門》のように96回を重ねるという他に類を見ない摺数の多さである。「とても木版画とは思えない」ような精緻な写実性は、薄い絵の具を何度も摺り重ねて深みを出したり、小さな版を巧みに重ね合わせて摺るという独特の技法から生み出さている。

Yoshidahansen 最後は、同じ版木による“色替え摺り技法”とでも呼ぶ独自の技法である。その代表例は“瀬戸内海集”の《帆船》シリーズであろう。同じ版木を使って、朝、午前、午後、霧、夕、夜の六景の各々の光の表情を細かく摺り分けたもので、あたかもフランス印象派のモネがルーアン大聖堂にあたる太陽の光の刻々と変化する様を描き分けたように、瀬戸内海に浮かぶ小さな帆船にあたる光の変化を的確に捉えた博の新しい工夫であり、自信作であった。

ともあれ、日本の古い伝統を持つ木版画の世界に洋画の新しい視点を導入し、新しいシステムのもと、数々の新しい工夫と技術の高さを示した博の木版画は他に類例を見ない独自の創造として高く評価された。

この説明は木版画の世界での吉田の特徴ということでしょうが、吉田の作品の中で、木版画の特徴という点で見てみると、大きな点は塗りの意味の変化、というよりは転換ではないかと思います。いままで何度も触れてきましたが、吉田の絵画作品は塗り絵のようなペタッとしたところがあって、線描による精確なスケッチがすごいほどなのに、塗りで作品をYoshidamatta3 つまらなくしているように見えて仕方がないのでした。なまじスケッチが突出しているので、それに比べて塗りが眼を覆いたくなるほどのもの、という感じがしました。それが、木版画になって、塗りを自身で行うことがなくなり、職人の摺りに委ねられたことで、全体の印象がどれほどまとまったものになったか。それは、前にも述べましたが、それだけでなく、塗りの画面上の働きが変化していることも感じられました。端的にいうと、色彩が独立して、装飾的に動いているようになったということです。具体的に言うと、吉田の絵画において色塗りとは、風景とか事物には色があるので、それを描いたものだから色もつけるといった程度のもので、描く対象の輪郭の形を描くことには集中するものの、それだけでは絵画として完成しないので、色を付けていた、という絵画が完成する必要条件のようなもの、言ってみれば嫌々、仕方なくやっていたと見えます。ところが、版画では、吉田は同じ版木で色を替えるなどのあそびを試みています。そこには、嫌々が感じられません。そこでは、風景画を完成させるために必要だから色をぬっているのではなくて、必要性からはなれて、風景を映すことから少し離れても、制作した画面の風景らしさを作る際に色が積極的な機能を果たすという意味に変わってきていると思います。

Yoshidamatta 例えばも海外の観光地を題材にした作品では、アングルや構図は陳腐など誰にでも分かるものですが、色彩の遊びによって、他の人にはできない独特の世界を作り出しているのです。吉田が元々持っている突出したスケッチ力と陳腐な構図によって、何が描かれているかは一目瞭然です。そこに、大胆な塗り分けと、あそびごころのある色遣いによって対象の形が際立ってきます。見る者は何が描かれているのかがすぐに分かるので、ある意味で安心できるので、余裕を持って画面を眺めて、色彩のあそびを余裕を持って楽しむことができる、という見方ができるようになっています。例えば、「マタホルン山」という作品では、麓のツェルマットの町の風景をいれた風景を前景に奥にマッターホルンの特徴的な山容を構図は、観光パンフレットのようです。しかし、マッターホルンの描き方は写真のように精確に見えます。それを全く同じ版木で、色遣いを替えることによって「マタホルン山 夜」という夜景にしてしまうと、趣向が変わってしまいます。また「スフィンクス」という作品では、これも観光パンフレットのような構図ですが、スフィンクスの頭部は写真と見比べてもらうと正確に描写されていますが、色塗りは図案化されたような塗り分けられていて、石像の肌の触感とか、立体の陰影によるグラデーションを、色彩の模様のように塗り分けています。そのせいもあって、初期のカンディンスキーが風景を色彩の塗り分けに一元化してしまったような抽象的な印象すら感じられます。また一方で、スフィンクスの頭部の図案化されたような印象は、アンディ・ウォーホルがスープ缶を連作で並べたものを連想させるところもあります。それは、同じ版木をつかって、色遣いを替えて「スフィンクス 夜」という、全く趣向が変わってしまう作品を制作しているところからも感じられます。このとき、吉田にとって風景は実在している存在というよりは、その形を抽出したイメージのようなものとしてあったのではないか、と私には思えます。だからこそ、色彩を操作して画面の中に世界を創造することが発想できたように思えます。

Yoshidariver それだけに、吉田の画面には形が第一要素で、形があってこそで、その形が不明確ではっきりと決まっていないといけない。たとえば、不定形なものや流動するもの、動くものを対象としたときに生彩を欠くように見えます。例えば、「渓流」という作品を見ると、“川の流れは絶えずして、しかも同じ水にあらず”ではないですが、流動するものを静止した明確な形にしようと悪戦苦闘しているように見えます。つまり、その外形を正確になぞろうとするあまり、川が流れているという動きが感じられないのです。流れている一瞬を切り取って瞬間の映像とするということができそうですが、その外形を追求するあまり、渓流の形を模したオブジェを描写しているようにしか見えないのです。小さな滝が流れ落ちて泡立つ様は白く塗られた浮世絵の図案のような波型の模様です。このような水の流れだけでなく、人間を対象として描いた作品は、山岳や建築物の風景に比べると、途端に生彩を欠いて、類例的なパターンになってしまいます。それは、ある意味では、パターンから渓流や人物を描いたものとして分かり易いので、見る者は安心して見ることができます。

これまで、あまり触れて来ませんでしたが吉田の風景画は、見る者は安心して眺めることができるという要素があります。それが、展覧会の混雑具合に如実にあらわれていると思います。

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