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2017年11月 2日 (木)

篠田英朗「集団的自衛権の思想史─憲法九条と日米安保」(6)

第四節 日米安保条約と集団的自衛権

当初から日米安保条約は、憲法九条との間で整合性があるのか、合憲なのかどうかが、議論の対象となりました。政府の対米追随路線に批判的な多くの日本人が、日米安保条約は自衛隊と並んで、違憲なのではないかと考えていました。違憲のポイントの一つは、憲法九条が戦力不保持を宣言しているにもかかわらず、米軍の駐留を認め続けることが憲法に合致しているか、ということでした。次のポイントとなるのは、日米安保条約は、日本がアメリカとともに戦争をすることを前提にしていないか、という疑念でした。この点の背後に、憲法九条と集団的自衛権の関係という原理的な問題が横たわっていることは、多くの識者が意識していました。当時は、集団的自衛権の行使が自動的に憲法違反に直結するかという観念はなかったものの、憲法との関係が非常に複雑になる領域の問題であることは認識されていました。

著者は、憲法学者を中心に様々な議論がたたかわされたことを紹介していますが、1950年代には、まだ自衛の戦争を憲法が許しているかどうかが、大きな論争点でありました。そのとき、「集団的自衛権」は、むしろ密かに自衛権の合憲性を作り出してしまう裏口のように扱われたといいます。日本が単独で積極的に行使する自衛権こそが憲法論の中心でした。

 

第五節 反共同盟としての日米安保体制

日米安保条約は、アメリカ側の視点から見ればも冷戦期のアメリカの反共戦略に、日本が基地提供という具体的な方法で協力することを定めた条約に他なりません。一方の日本側でも、共産主義の脅威を除去するためには米軍基地の存在は効果的で、必要不可欠なものでした。安保条約第1条は米軍を「一又はニ以上の外部の国による教唆又は干渉によって引き起こされた日本国における大規模の内乱及び騒擾を鎮圧するため日本国政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて、…使用することができる」と定めていました。この内乱条項が物語るのは、冷戦期において日本の共産主義化を防ぐという点において、日米の政策担当者の利害が一致していたということです。日米安保条約に付随して締結された日米地位協定によって米軍施設に日本の行政機構は入ることができず、米軍管理空域を日本の航空機は飛行できず、日本の当局は米兵を処罰できないことになりました。それこそが戦後の日本の国体の一部であり、それは、共産主義に対抗するという関心を日米の政策担当者が共有していたからです。

石川健治によれば、憲法九条は同盟政策の否定によって成り立っているため、日米安保条約は、実質的に日米同盟と化してきたこともあって、そもそも違憲の疑いが濃厚なものだったといいます、しかし、内閣法制局の狡知としての集団的自衛権違憲論が、二国間の安全保障条約としての建前を維持し、日米安保条約そのものが違憲となるのを防いでいた、といいます。

その議論のベースとなったのは相川武夫の議論です。かれによれば、自衛でないものを自衛と呼ぶために、国連憲章に則った集団的自衛権が、国内では憲法に合致した個別的自衛権だと説明されのは、実際には軍事同盟にすぎない日米安保条約を、あたかも軍事同盟ではないかのように矯正したいからだ、ということです。日米安保条約は軍事的占領条約であり、アメリカの対ソ戦略に基づく日本の前進基地としての規定から必然的だといいます。

 

第六節 憲法学における「九月革命」の不在

著者は、日本の国家体制には、憲法九条と安保体制という二つの大きなはしらがあり、両者の関係が体系的に整理された形で正面から議論されないことが特徴的だといいます。双方の相手側を無視したいという欲求があるといいます。

本来であれば、日本国憲法においても、主権を回復したした瞬間、つまりサンフランシスコ講和条約は、その憲法の存在に大きな影響を与える事件であったはずです。しかし、憲法学においては、憲法成立後に起こったいくつかの政治的事件のひとつぐらいにしか扱われず、それが否定された時には日本の主権回復という事実自体が白紙に戻ってしまうということは考えられていないのです。憲法学にとってポツダム宣言受諾は八月革命説という名の通り革命でしたが、サンフランシスコ講和条約による主権回復はそれほどでもないのです。九月革命にはならないのです。

対外的な主権が回復したサンフランシスコ講和条約と日米安保条約で語られた「個別又は集団的自衛の固有の権利」や「集団的安全保障取極」を憲法枠外の出来事として無視した上で、ただひたすら憲法学における自衛権の概念なるものを主張し続けたことに妥当性はあるのか、著者は疑問を呈します。

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