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2017年11月 7日 (火)

篠田英朗「集団的自衛権の思想史─憲法九条と日米安保」(10)

第4章 内閣法制局は何を守っているのか?─1972年政府見解と沖縄の体制内部化

第一節 沖縄返還と集団的自衛権

集団的自衛権の行使を違憲とする政府見解を述べた文書が初めて作成されたのは、1972年10月のことでした。その伏線は沖縄返還を達成した佐藤内閣に始まります。

佐藤内閣は、非核三原則を提唱し、沖縄返還を実現しつつ、他方ではアメリカに日本のための核報復体制を要請したり、沖縄への核持ち込みを密約で認めたりするなど、二枚舌での外交を行いました。「裏」でアメリカの安全保障の傘を強く求め、「表」では集団的自衛権は違憲なので行使し得ないと説明する立場を確立しました。特に重要なのは、沖縄の返還後も米軍基地を米軍が自由使用することを容認する取り決めをしたことです。基地の自由使用は。集団的自衛権違憲(=日本が行使している状態の否定)を強調する姿勢と表裏一体の関係にあります。サンフランシスコ講和条約の際に日本の沖縄に対する「残存主権」が認められながら、米側から「極東に緊急事態が続く限り米国が沖縄を保有することは日本にとっても有利」という判断が示されたのは、「米国が沖縄を保有していれば、日本は沖縄基地からの戦闘機発進について責任を持たなくて済む」という考えに基づくものでした。

内閣法制局長は、国会で「集団的自衛権に基づく相互援助行動は、憲法が当然認めている自衛権の範囲には含まれない」と発言し、「日本が武力を行使できるのは、日本に対して武力攻撃があった」場合に限られると説明しました。この発言はアメリカが集団的自衛権の他の下にベトナム戦争で行っている軍事行動の正当化をめぐる議論においてでした。沖縄返還で譲歩を引き出すためにジョンソン政権のベトナム政策への指示を表明した佐藤政権は、野党の攻撃に晒されながら、必死に日本の実質的関与がないことを強調しました。

1969年にアメリカはニクソン政権の下でベトナムから撤退しました。これも原因して、沖縄返還交渉においてアメリカは、沖縄返還を機に、日本本土の米軍基地が事実上の自由使用化状態になるように交渉しました。そして、アメリカ側が、日本本土は日本が防衛し、極東防衛を日本の支援を受けて米軍が担当するするという方向で日米同盟体制が進展したと理解したのに対して、日本側は引き続き日米安保条約は日本だけを防衛するものであり、日本に無関係な米軍の行動は事前協議の対象である(いずれにせよ日本と無関係な米軍独自の行動にすぎない)という理解を堅持しました。1972年の時点において、日米同盟は双方の思惑が食い違い始めていました。日本側は、「裏」の理解では紛れもない基地の自由使用容認を、「表」向きでは何も変化はないという態度で押し通し、さらに集団的自衛権は違憲(したがって米軍の軍事行動に日本は一切関知しない)という見解で押し通しました。アメリカが行っている軍事行動に日本の基地が使われている場合、日本の安全に関する事柄であれば日本との関係におけるアメリカ側の一方的な集団的自衛権の行使ということになります。また、日本の安全とは無関係である場合、日本はこれを自国に無関係な軍事行動として黙認する。米軍基地及び米軍の行動は、基本的に日本国憲法とは無関係であり、日米安保条約に関しても単に事前協議という手続をとるだけで実質的な関与はない。これは実質的には米軍の基地の自由使用です。その代わりに、ベトナム戦争の現実が進行中の時代にあって、在日米軍が日本から離れて行う戦争に、日本は一切関知しない、という突き放した議論を行われました。

当時の返還前の沖縄はベトナム戦争の米軍出撃基地でした。通常は、戦争に使われることを知って基地を提供するのは、戦争行為への支援であり、集団的自衛権の行使に該当します。それにもかかわらず内閣法制局は、゜憲法が禁止している集団的自衛に日本が参加することはできず、沖縄が返還されてもそれは同じだと強弁します。実際には、事前協議では日本国憲法を適用して米軍の行動を審査するわけではないので、実際には自由使用を黙認する仕組みとなっていました。そのときに黙認した米軍の軍事行動は、例えば北ベトナムの空爆は、少なくとも集団的自衛権を一切行使しない日本からみれば、アメリカが勝手に行っている行為であり、日米安保条約を通じて日本が関与している要素などは一切ない単なる外国軍の行為に過ぎないものというわけです。

 

第二節 1972年政府見解

1971年のニクソン・ショック。日本に事前通告なしに、訪中とドル金兌換停止宣言。1972年、佐藤政権を継いだ田中政権は日中国交回復を実現した。そうした情勢の中の参議院決算委員会で内閣法制局長が質問に答えたのが1972年の政府見解です。

その特徴として第一に指摘できるのは、「わが国はみずからの存立を全う」するために「自国の平和と安全と維持しその存立を全うするために必要する自衛の措置をとる」という、「国家」が主語をなった論理構成で自衛権が擁護されていることです。ここで「国権の発動として」という文言は、国家が自分自身を守る際に依拠する自然権的な権利というような趣旨で用いられています。国家法人説の擬人法的な発想に基づいて「国家が自分自身を守る自然権」だけが基本権として認められるという論理構成となっています。

第二の特徴として、「必要な自衛の措置」は「必要最小限の範囲にとどまるべき」なので、集団的自衛権は違憲だ、という論理攻勢が定まったことです。国家が自分自身を守るのが自然権的な国権であり、したがって「必要最小限」で「憲法が容認する措置」だという確信に訴える表現があるだけです。

第三の特徴として、憲法十三条を根拠にした自衛権の擁護をしていたということです。初めて集団的自衛権に関する政府見解を文書にするにあたり、憲法典上の根拠を示す試みがなされたということです。

この資料提出に至った委員会での質疑応答のやりとりのなかで「自衛権発動の三要件」を内閣法制局の解釈として明確化して主張しました。「憲法九条が許しているのはせいぜい最小限度のものであって、わが国自身が侵害を受けた場合に、その侵害を阻止し、あるいは防ぐために他に手段がない、そういう場合において、しかもその侵害を防止するために必要最小限度の攻撃に限って行ってもよろしいと、いわゆる自衛権発動の三要件とか、三原則とか申されておりますけれども、そういうものに限って、そういう非常に限定された態様において、日本も武力の行使は許されるものであろう」といういわゆる最小限度論です。

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