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2017年12月13日 (水)

没後40年 幻の画家 不染鉄(5)~第4章 孤高の海

このコーナーに移って印象がガラリと変わります。強靭さを秘めた繊細な線によって作られ、枯れ草のような渋く薄い色遣いで、描き込まれた作品から、線は太くなり、墨の黒が基調となった画面となります。

Fusensea 「海」という板の屏風に描かれた作品で、画面全体が黒を基調とした、夜の世界か、深海の陽光の届かぬ暗黒の世界のようです。そこでは、線による明確な形はなく、墨の濃淡によるぼんやりとした輪郭により、黒い海の中から白い影で魚の姿がぼんやり窺えます。民家も魚と同じように描かれています。これは、海と夜の暗さにより境界がみえなくなり、一元化されたポジとネガが反転した世界になっているという尋常でない世界です。この世界を深層心理っぽい物語で解釈することも可能ですが、不染の絵はそんな安易な物語に頼ることなく、画面そのものだけで勝負している潔さがありますが、この作品はそういう欲求をそそられるところがあり、この屏風の裏面に描かれた「ともしび」という夜の民家を描いた作品にも、同じような欲求をそそられるところがあります。

Fusennankai 「南海之図」という作品も異様です。最初にひと目見た時、画面の上半分は何なのか分かりませんでした。全く関係ないないところで、フランチシェク・クプカの抽象画のにょきにょきと鍾乳石が成長するような形態の連続を思い出してしまいました。妙な形をした真っ黒なものが蠢いているように見えました。しかも、下半分は灰色のグラデーションです。波形が連続しているので、海であることを分かる、といったものです。「山海図絵」が徹頭徹尾、明確な形が細部から画面全体を作り上げてしまったようなのと対照的に、明確にそれと分かる形をしているのは中央右手の帆船くらいのもので、あとは形状の連続しか見えてきません。ある程度、みていて上半分の形状が山水画の深山の岩稜と似たような描き方であるのに気がついて、断崖となっている海岸線の岩場であることが分かりました。

この変わりようは何なのか、何となく「山海図絵」によって、やり尽くしてしまって、もはや、それ以上の作品を難しいというところで、不染は別の方向性に活路を探したというように、私には思えます。ここでも、墨の濃淡に諧調の変化によって、波を描き分けて、幾重にも打ち寄せるさまを表現していたり、細かな工夫をしているし、上半分の岩についても線を上に行くに従ってボカシを入れていったりしています。これはこけで迫力あるものとなっていると思います。

Kupkatales そして、「廃船」という作品で、この作品には同じ傾向の作品がありませんでした。この画面をみて、最初は船が集落の上に乗っかっているように見えてしまいました。何か、これまでになかった不自然さというのを、私は感じてしまうのでした。それまで、不染がなんども繰り返し描いてきた民家の描き方は、少し変わってきている感じがしました。どこか崩れた感じがします。これは、茅葺屋根のきっちりとした形の民家を描いてきたのに対して、ここでは、掘っ立て小屋に毛が生えたような今にも倒れそうな粗末な家が寄り添ってかろうじて建っているような風景です。ここで感じられるのは貧しさであり、全体的に暗くくすんだ色調からもくる重苦しさです。ここには、それまでの作品にあって、私にはもっとも印象的だった線が見えてきませんでした。展示場では、比較的人だかりのしていた作品でしたが、私には、それほど感心できるものではなくて、どうしても「山海図絵」を見てしまうと、その後は、比較して見てしまうことになってしまいます。

Fusenship

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