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2017年12月 8日 (金)

橋爪大三郎「丸山真男の憂鬱」

「丸山眞男の憂鬱」を読んだ。

丸山真男には岩波新書青版の『日本の思想』で出会った。岩波新書青版は、コンパクトな外観とは裏腹に下手な単行本よりも難しいという評判で、この本も典型とされている。しかし、私の感想は、晦渋な言葉づかいなどがあって読み難いのはたしかだが、論旨は明快で何が言いたいのか曖昧なエッセイなんぞより却って、分かりやすいと思った。『現代政治の思想と行動』も『忠誠と反逆』もそうだった。ただ、『日本政治思想史研究』だけは、チンプンカンプンだった。

著者は、その『日本政治思想史研究』を批判的に読み解く。江戸時代の幕府統治の正統性のイデオロギーとしての朱子学の変遷を追いかけ、その過程を自然から作為とし、その完成者を荻生徂徠に見る。これに対して、発展史としてみると、荻生徂徠という完成者以前の儒者たちは徂徠の出現のための踏み台ということになり、ヘーゲルの言う死体累々の思想史と批判し、例えばとして山崎闇斎を取り上げる。丸山は闇斎とその学派を教条主義、リゴリズムと切って捨てる。しかし、闇斎から言わせれば、仁斎や徂徠は朱子学を摘み食いして、自分の思想を展開したにすぎない。闇斎こそは中国の現実の政治から生み出された朱子学の論理が、政治風土のまったく異なる日本の現実政治に当てはまらないことを真正面から受け止めた人だった。他の儒学者が、“あるもの”を語ったのに対して、闇斎は“あるべきもの”を語った。その具体的な例として、闇斎だけが易姓革命を現実政治の論理として追究しようとした。支配者の正統性は“あるべきもの”として徳をなえているから。だからそれは裏を返せば、徳がなければ支配の正統性はないことになる。そして、この思想は間接的に水戸学に継承され、幕末の尊王討幕の思想的根拠を提供するようになる。つまり、明治維新に繋がっていくのは、丸山が近代性を備えているとした徂徠ではなく、教条主義と切り捨てた闇斎ではなかったか。著者は、そこに丸山の近代性の歪みを指摘する。

闇斎に関する記述は、目から鱗だった。興奮した。そして、丸山真男という近代合理主義の権化のような人のデモーニッシュな面があることに気づかされた。

丸山真男は1946年に創刊間もない「世界」に「超国家主義の論理と心理」を発表したことが大きな反響を呼び、一躍、時代の寵児となる。当時の読者は、丸山の超国家主義とか無責任の体系とかいった耳新しい難解そうな概念に、決別すべき悪を、自分たちの外側にあるもののようにイメージすることができた。それによって皇国史観にまみれた過去と決別し、責任を特定の人々に押しつけ、それ以外の日本人が免責される理屈づけにもなった。

それは、他方で日本社会の構成員を二つに引き裂くことになった。しかし、戦前には軍部や皇国史観を振りかざす人々は実際にいた。それに対して、それ以外の人々の実体のカテゴリーはなかった。

丸山が「日本政治史研究」で荻生徂徠を封建体制を擁護する御用イデオロギーからその批判から近代思想の萌芽となったとして高く評価したのは、決別すべき戦前の思想に対する逆張りとなった。結果として、丸山は都合よい逃げ道を供給うる存在となった。人々に、そう受け取られることで丸山は自縄自縛になっていった。

それは、生臭い現場を離れて高所から建前をかざして正論とほざくような、ある種のお気楽な議論に絡み取られていった、ということだろうか。言ってみれば、そこに悪いということを排除している。悪意つまり意志ということではないかと思った。

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