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2018年1月10日 (水)

八木雄二「聖母の博士と神の秩序─ヨハネス・ドゥンス・スコトゥスの世界」(6)

7.スコトゥス神学の特徴

スコトゥスの学説として哲学史に紹介されているのは、次の三つです。

(1)神学は理論的な学ではなく、実践的な学である。(2)神と被造物に「存在」は一義的に述語される。(3)個別者を個別者たらしめている個別化の原理は質料ではなく「このもの性」と呼ばれる形相性である。

もっとも、このうち個別化の原理以外は神学の命題です。

8.精妙な博士の形相的区別

スコラ哲学の有名な学者たち、たとえばトマス・アクィナスは天使博士というあだ名をもらっていたように天使のイメージを与えられるのが普通ですが、スコトゥスは珍しく「精妙な博士」とあだ名されていました。これは、彼の神学の内容から生じたものと考えられます。

スコトゥスには「形相的区別」という独自の区別がありました。ふつうなら同一のものがもつ異なる側面と言葉で説明する論理上の区別を、あえて実在上の区別として立てるということです。

9.実在論のうえでの「区別」

スコトゥスの「形相的区別」は実在上の区別です。この実在というのは、現在では目に見える物体をイメージしますが、スコトゥスの場合には物質的なものばかりでなく思考の対象として客観的と考えられるべきことのすべてが実在でした。

この実在と対置される論理とは、実在を直接に指していない「ことば」、つまり言葉を分類して関係をつけるためにある用語、すなわち名詞とか動詞とかの文法用語とか、あるいは、種とか、類とかそういうものに限られます。

このようにスコトゥスは、実在に立脚していたという点では当時の有力な神学者たちと同じです。しかし、大概の学者はアリストテレスやアウグスティヌスらの権威が見出した以上の区別を実在的区別と名づけようとはしませんでした。これに対して、スコトゥスは、実在自体が持っている区別の細密化を、だれもしていないところまで徹底してすすめました。実在のうちにこれといって見出しにくい細密な区別であっても、実在の区別である、と主張しました。

中世では論理によって対象を分離すると言っても、その分離されたものが、論理によるからと言って必ずしも論理上のこととは限りません。実在の区別であれ、ことば上の区別であれ、論理によって区別するのが学問としての一般的なやり方でした。これに対して、スコトゥスが示した形相的区別は、論理によって実在を区別する中で、実在上ものと確定される区別でした。

10.形相的区別の必要

形相的区別のもとになる形相と質料の区別は、アリストテレスによる被造物のうちの区別です。したがって、形相と質料の区別は神に適用できないことになります。スコトゥスが形相的区別を導入した理由のうちで最大のものは、神に適用できる実在的区別が必要だったからということです。神は、唯一の実在であって、そのなかに被造物のような区分はない、というのがキリスト教の教義です。しかし、ペルソナの区別や、神の属性(神が持つ完全性の各々、たとえば、正義、善、美、真理など)の区別もキリスト教の教義です。神学のなかで区別されるし、教義上、そうしなければならない。つまり、これらの区別は人間の側の勝手な都合によってつくられた区別ではなく、神の実在に即した区別であると見なければならないとされていました。この必要性のもとに出てきたのがスコトゥスの「形相的区別」です。

 

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