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2018年2月 9日 (金)

ジャコメッティ展(9)~13.ヴェネツィアの女

 この間に矢内原伊作をモデルにしたスケッチや人物以外のスケッチその他が展示されていましたが、「マルグリット・マーグの肖像」を見てしまった私としては、ジャコメッティの研究をしているわけでもないし、そういう対象として以外は、とくに見るべき価値が分からないので素通りです。例えば、矢内原伊作とディエゴのスケッチを一目で見分けるのは、私には難しいし、どうでもいいことです。そこに、ジャコメッティの作品を楽しむことに関して意味があることとは思えません。展示方法に対するコメントになってしまいますが、矢内原伊作のスケッチだけを「モデルを前にした制作」のコーナーの一部でなくて、あえて独立させているのは、それなりの作品上の意味があったと思うのですが、それを明らかにするような作品が展示されていなかった。そういう、ちくはぐさが、この展覧会全体にあったように私は感じました。それで、いくらか興ざめしたことはなかったとは言えません。そこで、ヴェネツィアの女という、女性立像をまとめて展示しているところですが、これも、前の「女性立像」の展示と何が違うのか、会場の順路を戻って、違いを、自分の目で確かめようとしたのですが、あえて、これだけ取り上げて展示しなければならないような、作品の特徴てきな違いは見つけられませんでした。ジャコメッティの作品から話が離れてしまっていますが、あえていえば、ジャコメッティ自身は意図的にやっていたわけではないかもしれませんが、マンネリ芸のような彼の彫刻作品について、人々が飽きてしまうことがないように、新たに制作していく作品には従来の作品との差異を印象付けなければなりません。それは前の作品に比べて付加価値があるということを示せばよいことなので、しかし、彫刻作品そのものについては、たいして変わり映えするものではないので、付録を付けてあげれば良い、その付録はものがたりであったりイベントであったりといったことです。それが、ヴェネツィアのイベントで女性立像をあつめて見せるということで、そういうイベントをやったという物語を伝説として残して、それを消費の対象とすることです。とくに、そういう付録は、マスコミでは扱い易いので、大きく取り上げられば、情報が拡散し、作品の評判に尾鰭が付けられることになり、付加価値が高まることになります。ジャコメッティの周囲に、そういうブレーンがいたのか、彼自身にも、そういう人の忠告に従ったのであれば、そういうマーケティングのような才能があったのではないかと思います。これは、彼を誹謗しているのではなくて、私は、そういう才能を彼がもっていたのであれば、それはいいことだし、私にとって、彼の作品というのは、工芸的な要素が強く感じられたので、そういう側面は作品の価値とは切り離すことはできないと感じたということもあります。
 最後は広間のようなところで3点の彫刻がおいてあって、撮影OKとのことで、スマホで撮影している人がいっぱいいました。その人たちには、その程度のものなんですね。

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