無料ブログはココログ

« 内部監査担当者の戯言(2) | トップページ | 内部監査担当者の戯言(3) »

2018年3月29日 (木)

没後30年銅版画家 清原啓子(1)

2017年12月八王子市美術館
 この展覧会については、以前に、何かの折に知って興味を持ったのは確かですが、その後、忘れていました。それが、この前日に用事に向かう途中で、偶然この展覧会のポスターを見て、今週中で会期が終わってしまうことに気がついてしまいました。この美術館は、職場から比較的近いところにあり、午後7時の閉館ということなので、仕事を終わらせて駆けつければ、1時間程度は見ることができると計算がつきました。
Kiyoharapos  この美術館は八王子の駅から15分くらい歩いた、いわば駅の外れの位置ですが、商店街で1階にスーパーマットが入っている雑居ビルの2階の一部のスペースをつかっています。公民館の分館のような雰囲気です。このような場所で、平日で、時間も閉館1時間前ということで閑散としているかと予想していましたが、数人の来館者がいて、この画家のファンはけっこういるのだということが分かりました。それも、来ていた人には老若男女の偏りがなくて、バラエティに富んでいました。適度な人影があるので、静かな中で、緊張感もあるという、割合にいい雰囲気だったと思います。
 さて、清原啓子という人については、展覧会のパンフレットに書かれている紹介を引用します。 “銅版画家、清原啓子(1955年~1987年)が、その短い生涯の中で残した作品は僅か30点。久生十蘭や三島由紀夫などの文学に傾倒し、神秘的、耽美的な「物語性」にこだわった精緻で眩惑的な銅版画は、没後30年を経て、今なお人々を魅了しています。本展覧会では、夭折の銅版画家として伝説的に語られる清原啓子の全銅版画と、銅板の原版及び下絵素描、最後の完成作「孤島」の制作過程を示す試刷り、制作ノートなど、未発表を含む様々な資料を展示します。また、彼女が影響を受けたヨーロッパの画家・版画家(ジャック・カロ、ギュスターヴ・モロー、ロドルフ・ブレスダン、オディロン・ルドン)の作品を紹介し、清原の制作の源泉をたどり、その全貌に迫ります。”
 私の展覧会の感想は、こういう引用で一般的な画家像を紹介して、私個人は必ずしも(というよりは大抵)一般像の通りに受け取るわけではないので、その一般像と異なるところを述べていくというやり方をしています。だから、この引用は、私の感想を述べるための便宜程度に思っていただければ結構です。清原啓子という画家像について簡単に大雑把に感じたイメージを述べておくと、この人の作品は、ここにこういうアレがあって、コレをあのように描いていてと、比較的言葉で説明し易いところがあります。そうして語った言葉を後で反芻すると物語の場面を語る言葉のようになっている、というのが彼女の作品の物語性ということではないかと思います。というのも、彼女の作品の画面には物語的な動きがなくて、止まっている状態なのです。それと、画面に登場する人物は一人で、人と人との関係は画面にはありません。だからドラマは生まれないのです。彼女の伝記的事実からは読書家で、作品を小説の表紙に使われたとか、画家本人もノートに言葉をたくさん残したということから、そういう捉え方がされるのかもしれませんが、そういうことを抜きにして、虚心に作品の画面から物語を感じることは、私の場合は、ありませんでした。ただ、画面を言葉にしやすいということと、画面が展開したり、深められるという動きが感じられないということなどから、この人の作品は、それ自体で独立、自立していて画面を見るだけでいいというのではない、画面外の何かに依存しているところがあることは否定できないと思いました。ただし、それは物語ではありません。何と言ったら言いか、例えば、いわゆる少女趣味といったらいいのでしょうか(かなりオジサン的なアナクロの言い方になりますが)、今はあるのか知りませんが、昭和の頃の少女雑誌の投稿欄などによくあったポエムつきのイラストに通じるようなテイストではないか。もっというと、この人の作品は、普通は少女時代が終わると卒業してしまうところに、ずっと居続け、それを突き詰めていったものという印象を強く持ちました。ある意味、一時期の少女マンガに近い世界です。閉じられた空間の中で内面と外観の協会が溶解し、その反面で世界を濃密にしていく。だから、見る人を選ぶことになるし、私には、その世界に入り込めない感じを持ちました。その一方で、こういう世界は嫌いではありません。
 では、個々の作品を見ていきたいと思います。展示は、初期の習作以外は版画作品と鉛筆の下絵を2枚並べて展示してありました。2枚を見比べると、清原が頭の中で描いた作品を想像できるという展示だったと思います。また、フロアの真ん中には参考として、画家のノートと試し刷りを繰り返して完成までに手を加えられていった形跡を追いかけることができるようになっていました。ただし、私は出来上がった画面を見て、あれこれ考える見方をするので、作品以外はどうでもいいので、ほとんど見ませんでした。
Kiyoharabird  最初の「鳥の目レンズ」という作品は画面を4分割した連作のような作品ですが、鳥にだんだん視点が近寄っていって、最後は眼に接近して水晶体を顕微鏡でみるように拡大して描いたという作品です。その水晶体のレンズが網目で描かれているのですが、その微細さがすごい。この微細に描くというところが清原という画家の特徴なのではないかと思います。私は銅版画という分野に詳しくはないのですが、有名な作品ではドイツ・ルネサンスのデューラーの作品、例えば「メランコリアⅠ」という作品などは、細かいところまで詳しく描かれていて、もともと銅版画というのは中世以来、細かい作業なのだとは思いますが、それにしても清原の場合は、銅版画という表現方法で筆をつかって面で絵の具を塗るということができずに、銅版に傷をつけた線で描くしかないので、面を表わすために細かい線を無数に引いて面に見せるという必要を超えたところで、それ以上の細かさを自発的に追求しているということが、この作品の眼のレンズを見ていると、そういう姿勢が剥き出しに表われていると思います。
 また、清原の作品に頻繁に登場する網や蔓に覆われるというパターンが、この最初期の作品から見られるということで、この網目の細かい線を一本一本精緻に引いていたということが、この人の嗜好が当初から備わっていたことが分かります。

« 内部監査担当者の戯言(2) | トップページ | 内部監査担当者の戯言(3) »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/66552060

この記事へのトラックバック一覧です: 没後30年銅版画家 清原啓子(1):

« 内部監査担当者の戯言(2) | トップページ | 内部監査担当者の戯言(3) »