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2018年3月 7日 (水)

池田学展「The Pen─凝縮の宇宙」(5)~Chapter3 自然と文明の相克 The Rivalry of Nature and Civilization(2)

Ikedameltdown 「Meltdown」という作品です。「予兆」が東日本大震災の津波を想起されると公開が自粛となり、カナダ・バンクーバーに拠点を移した時に描いたということです。そういう作家のエピソードもあって、「Meltdown」というタイトルは東日本大震災の福島原発の炉心溶融との関連で扱われ易いところがあると思います。工場の氷河が溶解しようとしている姿は、福島の原子力発電所の姿を連想させ、それが着地しようとしている陸地のまわりの海は全く平穏な状態です。澄んだ水面とは対照的な工場の禍々しい形が不穏さをかきたて、自然と人間の秩序が崩れる前兆が暗示されるという解釈に導かれてしまいます。私は、あまり作品外の事情から作品を眺めることはしないので、このくらいに留めておきます。池田は、自身のブログのなかで、この作品について次のように述べています。“夏に行ったカナディアンロッキーで見た、徐々に溶けゆく氷河。氷に含まれる成分が混ざり合い、見た事のない青さで光り輝く湖。急斜面にそびえる巨大な岩の塊。美しくも険しいロッキーの風景を見ながらふと浮かんだのは、釜の底で今も溶け続ける放射性物質でした。全く異なる世界に共通する「溶ける」というキーワード。皮肉にも、震災以来ずっと描きたいと思っていたもやもやしたイメージがこMatumag こではっきりと形となって現れました。湖に面した斜面に立つ巨大な氷塊。そこには発電所や工場等が取り囲むように建っていて、住宅はその工場の下部や配管などにフジツボのようにくっついている。人間の生活をより良くするという目的で作り出された発電所はどんどん増え続け、いつしか住民の生活を隅に追いやり、漠然とした不安との共存を余儀なくさせている。大量に溜まった汚染水と熱はついにその氷塊自体を溶かし始め、発電所もろとも美しい湖に向かって滑り始める。人間は我先にと逃げ出す事しかできず、巨大な廃棄物となったそれは環境への深刻な汚染だけを置き土産に、やがて水中深く沈んでいく。タイトルは「Meltdown」。”池田自身にも、そういう意図があったと、このように語っているので、そういうものでもあるのでしょう。この作品には、そういう点で解釈し易いところがあると思います。その関連で言えば、「燈台」という作品などは、廃墟を描いたと解釈されることになると思います。しかし、池田の作品を見る楽しみは、そのような一様の解釈をしようとすると、細部に必ず、それを裏切る要素が次々に見つかって、そういう解釈を宙ぶらりんにしてしまうところにあると思います。たとえばこういうことです。

Ikedalighthouse 「予兆」のようなサイズの大きな作品ではありませんが、描き込まれた細部の細かさと量は「予兆」に劣らないでしょう。そこから別の視点で見てみたいと思います。実は、私は、この作品から、ルネ・マグリットの「ピレネーの城」を思い出したのです。これは、海岸風景の中に、絵画とは無関係の大きな岩が浮いていて、その岩の上部には中世の古城が築かれているという内容です。シュルレアリスムの風景です。言葉だけで画面の概要を記述すると、「Meltdown」も同じような説明ができると思います。両者とも自然の風景を背景として、水面があり、その水面から岩や建物が浮かんでいるように存在している。池田は隅の方から細部を描き始め、描いていくうちに徐々にイメージを膨らませ画面を構成するという描き方をするようです。つまり、池田はキッチリ画面構成する描き方をする作家ではないということです。しかし、それは、何の方向性もなく、行き当たりばったりで隅の方から細部を描き始めるというのではないでしょう。あらかじめ、大雑把な画面をイメージとして持っていて、それを基に作品の制作を始めるのでしょう。その際の画面イメージとして、おそらく池田の記憶に残っているだろう自身か他のFukudaymi 作家かに関わらず過去の作品の印象がベースになっている、例えば「Meltdown」の場合は「ピレネーの城」であり、「予兆」の場合は「神奈川沖浪裏」という具合です。それは、ジャズがスタンダード・ナンバーを演奏するときに、よく知られたテーマを演奏し、それを基にアドリブという即興で音楽を展開させていくという創作方法に、なぞらえて考えることのできるものではないかと思います。しかし、結果として出来上がった作品は、基の作品とは似ても似つかない独自のものとなってしまっている。

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