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2018年4月20日 (金)

没後20年麻田浩展…静謐なる楽園の廃墟(3)~第2章 変化する意識と画風

Asadadown  麻田は父親の許しを得て、30歳で会社員としての生活をやめて、画家として再出発します。そして、ヨーロッパに旅行し、現地で多くの作品を見て、旅行先の日本とは異質な土地で自己の原点を見つめ直し、画風を変化させていきます。その一つは、透視画法による空間構成や直感的に実在に迫ろうとするイメージの世界、つまり、伝統的な西洋画の再認識だったようです。そこで、それまでのマチエールにこだわったような絵画に行き詰まりを自覚し、平面的なパースペクティブをもった具象に方向転換をしていきます。それまでの手法にいたったのが、自身の表現衝動に形を与えようというものであったのであれば、そこに伝統的な形をあてがうのではうまくいかない、そこで、薄めに溶いた絵の具を用いて、いくつものの具象的イメージをシンボルのように画面に並べて構成するというもの。作品は、イメージの断片を繋ぎ合わせたような、結果的にシュルレアリスムのような画面になった作品を描き始めます。水色や黄色、白、ライトグレーといった明るい色調の画面に、身体や風景を配置する光景は、よく見ると、頭蓋骨や火のない煙、巨大なトンボの羽など呪術的なシンボルのような不穏なイメージが積み上げられています。シュルレアリスム絵画であれば、そこで解釈がうまれ意味を持つかのような様相となります。同時にコラージュのような平面的画面に地平線が見え始め、ひとつの奥行きを持った風景が生まれます。「浮上風景」や「落下土風景」といった作品では、意味ありげな身体のパーツが、「浮上風景」では女神の下半身とかが、物語を想像させるかのようです。
 Asadaup しかし、それよりも、「浮上風景」では真ん中の水色の長方形を取り囲むような幻想的な背景の何ともいえない透明感あるブルーとグリーンの色調の組合せだったり、「落下土風景」では茶色の色調の地面の下半分と上半分の灰色に近いグリーンの色調の対比の真ん中にブルーの風景が挿入されている。そういう色彩のセンス。それが「水の風景」という作品での深いグリーンで統一された画面をみていると、上で述べたような何が描かれているかということよりも、この色調で画面が占められているという、その雰囲気の味わいとかイメージに惹かれるところがあります。
 ここまでが、1階の展示室。いったんロビーに出て2階の展示室に階段を上がります。言ってみれば、ここまでが序章のようなもので、これから本番というところです。

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