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2018年4月 7日 (土)

内部監査担当者の戯言(5)

 監査もそうですが、企業のなかで仕事をする際に、基本的な姿勢として合理的に物事を考え、そして行動するが大事と言うことがあると思います。今が、その季節の新入社員に対する研修の席でも“合理的にものを考える人の言動には無駄がありません。効率よく仕事をするためには合理的に考え、行動する力が不可欠です。仕事だけでなく日常生活のさまざまな場面においても、合理的に行動することの意義は大きく、筋道の通った考え方の出来る人として周囲の人から頼りにされる存在になります。”といった説教をすることがあると思います。
 ところで、この「合理的」というのはどういうことか。そう考えて、思い当たるのは、マックス・ウェーバーです。彼は近代化ということはどういうことかを追究したひとですが。近代の特徴として合理性ということを指摘します。ウェーバーは、その合理性を目的合理性と価値合理性の二つに分類します。その中で目的合理的な行為とは、目的を実現するために合理的な手段を選択して行う行為で、これに対して、価値合理的な行為とは、行為の結果如何を問わず行為そのものが絶対的価値があると確信して行う行為です。例えば、マニュアルというのは仕事を効率的に、間違いなく行うためにあると捉えるのが目的合理的行為とすれば、マニュアルに書かれている通りに行うことが仕事であると捉えるのが価値合理的行為ということになるでしょうか。もっと具体的に言うと、会議の資料用に5部コピーするように指示されたときに、後者は単に5部コピーをするのに対して、前者はコピーして順番に並べ資料として見やすいように揃えるということです。資料を揃えるということをするには、コピーせよという指示の意図を忖度して、何をするのが適切かを判断することが必要です。そういう判断をすることに伴い、意図を見誤る、或いは判断を誤るリスクを積極的にとることになります。だから、そのリスクを敢えてとるので、自主性とか主体性とかが必要になってきます。ということで、ウェーバーは近代市民社会には合理性といっても価値合理性でなくて、目的合理性が特徴的なのだといいます。近代の市民社会では、大方の合意の得られる目的を設定し、その目的に対して合理的な手段が選択され、その結果が評価されて、手段に、目的に対して合理的な選択であるか否かについて明晰な説明責任をはたすことになる。というわけです。
 当たり前のことを長々とかきました。しかし、いま、実際は日本の会社で、目的合理的な行動をするということは、却って、難しくなっているかもしれません。目的合理性が成立するためにはある程度、目的を共有していることが前提されているからです。それが。いまの企業のなかでは、その目的の共有が難しくなってきているのではないか。5部コピーをしなさいという指示が、会議の資料を用意するためという目的が共有されていてはじめて目的合理的行為をすることができるわけです。そのためには、指示をする際に目的を明示しなければなりません。しかも、その目的を、指示をする相手に目的を理解させて、その指示が目的のために必要なことを納得させなければなりません。仮に、指示する側にそうこうことができていないと、指示を受ける側が目的合理的行為をする準備ができていても、価値合理的行為をせざるを得なくなることになってしまうことになります。例えば、「プロジェクトのプレゼン資料を作れ」というだけの指示。どのような人を対象にしているのかといったことが分からないと、どの程度まで説明するのか判然としません。それで中途半端なものができてくる、その挙句・・・ということになってしまう。以前であれば、そんなことと、暗黙で了解されていたことが、そうでなくなっている。日本の上場企業の情報開示として、ことさらに経営理念や方針の開示を求められる理由のひとつとして、却って、そういうものが失われてきている環境で、とくに意識しないと保てなくなってからかもしれない、と思ったりします。そんな中で、年配の会社員が若い部下に、合理的であれと口先で求めても、その当人が、そういう考えることや判断することから逃げていることが多々あると思います。こんなことを書いている私自身、他人事ではないのかもしれませんが・・・。
 えっと、本題に入る前置きが長くなってしまいましたので、改めて出直します。

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