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2018年4月 4日 (水)

没後30年銅版画家 清原啓子(6)

Kiyohararose  「楽園の薔薇」という作品。制作年代は1987年ということになっているので、「魔都霧譚」や「孤島」と同じ頃ということになると思います。こちらの方が、行き詰ったような閉塞感があまり見られません。むしろ、「Dの頭文字」や「海の男」にあった不気味さがソフィスティケイトされて様式的になっていると思いました。私の個人的な好みかもしれませんが、「魔都霧譚」や「孤島」といった作品よりも、こちらの方が、清原の特徴的な魅力を見出すことができるのではないかと思います。展覧会やパンフレットの説明などでは、清原が久生十蘭や三島由紀夫などの耽美的、幻想的な文学への傾倒とか、ヨーロッパ19世紀末の象徴主義的、耽美的な版画や絵画の影響を指摘していますが、前のところで少し触れましたが、この人の作品を見た印象と、この人が生きた時代の環境から想像するに、サブカルチャーの影響があると思えるのです。それは、公式的に説明される文学や芸術面での影響のように直接的ではないので、具体的にここがそうだと指摘することは難しいのですが、ベーシックな部分で少なからずあるのではないかと思えるのです。例えば、清原の年齢からすると少し上のお姉さんにあたる世代の人たち、24年組といわれる年代の作家たちによる少女マンガの革命が、この人の間近なところで起こっている影響は避けられなかったのではないかと思います。24年組の少女マンガはどのようなものか、ということはひと言では言えないほど広範で根本的なものだったのですが、清原の作品に関連するKiyoharaoshima ところで考えてみれば、いくつかの点をあげることができます。まず、大きな点として世界を客観的な対象として見るのではなくて、自分もそこにいて、世界と相互関係があるものとして捉えているという点です。それは、さらに突き詰められて、自己と世界との境界が曖昧になって相互に侵犯していくような作品が登場します。例えば、大島弓子の『綿の国星』のなかの1ページですが、マンガの常套的な枠であるコマからふき出しがはみ出ていたり、左下などは、そもそも枠線すら引かれていません。それを反映してか、ここで描かれているのは仔猫が捨てられていて、それを通りかかる人たちが見捨てていくという場面で、左下の少女は捨てられた仔猫を擬人化して描いたものです。そうであるとすると、左下のコマは見捨てられた仔猫と見捨てていく人が同じように並べられています。しかも、その両者を第三者的に客観的な場面で見るのではなくて、映画でいえばカットバックで両者をそれぞれアップにして連続して繋げて見せるところを一つの場面に同居させています。文章であれば、ひとつの文章に主語がふたつあるようなものです。これは、猫の主観が客観的な場面に入り込んで侵犯しているわけです。ここでは、客観的な実在の世界と猫の内面の境界が曖昧になっています。それは絵だけではなく、マンガの中で語られているセリフにも表われています。実際に言葉として喋られているものと猫が思っている内心の声との区別が曖昧になっているのです。その結果、読者はマンガの場面とも猫から見た世界、つまりは猫の内面とも曖昧なところで、その両方を見ることになり、しまいには猫に同化するように物語に参加していくことになるのです。そこに、少女マンガ独特の繊細な内心の表現空間が生まれ、読者がそれを共有することになるわけです。これは、清原の作品世界では境界の侵犯といったことに短絡的かもしれませんが、客観的な風景では区別されていた自然物と人工物が融合していたり、そういう要素を敢えて入れてしまう姿勢、そこに清原の内心の投影などいう短絡的な言い方はしませんが、そこで境界を曖昧にしてしまうという行為自体にメタファーとかシンボルとしてか何らかの反映があるように思えます。その時に少女マンガの手法がヒントとなったと考えても無理はないのではないかと思います。そして、第2の点は繊細な線とそれによる描写です。例えば、萩尾望都の『トーマの心臓』の1ページですが、それまでのマンガの線は手塚治虫のような丸ペンによる筆のような真ん中が太くなるKiyoharamoto ような丸みを帯びた線や劇画のGペンによる太く角張った線で、入りと抜きという力の入れ具合によって線自体に生命感とか感情が宿るものでした。これに対して、この画面の線は細く流れるような線で、微妙で消えてしまいそうな、少年の自分でもあるかないか自覚していないような感情の形を表わそうとしてみたり、結果としては太い線になるのを細い線を何本も重ねることで、実は太い線のなかにも、その太さの中にも中がスカスカなところと充満している差があって、その微妙なさは線の入りと抜きで一気に引いてしまうのでは表現できないものだったりするのです。このページの右下に植物が描かれていますが、そういうものを描くときに繊細な線は本領を発揮し、花や草を様々なシンボリックな意味を持たせたり、装飾として場面を彩ったりさせられることができることになるわけです。清原の作品における繊細な線や植物が繁茂する図案などには、19世紀のユーゲントシュティールの影響もあるでしょうが、少女マンガの影響の方が、より直接的ではないだろうかと思うのです。
 そのような視点で見ていくと、この「楽園の薔薇」という清原の作品は植物を装飾的に図案化し、繊細な線で描いているという姿勢のベースに少女マンガの影響を、私は感じます。それが、この作品では良い面として出ていると思います。そして、繊細で様式化した画面の静謐さを破るかのように真ん中で大きな裂け目ができて、パックリと開いた中が覗けて、何か生々しくおぞましい感じがするし、中から何かが出てきて一部が現われている。そこに破綻が生まれているわけです。様式化して安定したところに止まっていない、そういう動きが、すくなくとも生まれている作品です。清原の作品には繊細さとか神秘的というところは慥かにあるのですが、その一方で、この作品で垣間見えるような、生々しさとか不気味さといった底知れぬところがあるのです。それが実は清原の作品に生き生きとした生命感や動きを与えているのではないかと私は思うのです。しかし、繊細さや耽美さを追求していくと、そういう面が後退して行ってしまった。その結果、画面にどこか閉塞感が生まれてきたように思えるのです。

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