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2018年4月16日 (月)

内部監査担当者の戯言(8)

 私の勤め先は一昨年、会社法の改正に伴い監査等委員会設置会社に移行したことは、以前にも書きましたが、それで、新しく監査等委員になった取締役、とくに私の勤め先では監査等委員は社外取締役なのですが、その人たちに説明をしていくと、皆さん、チェックリストにチェックをいれてお終いという形式的な手続を考えています。それだったら、わざわざ役員にやってもらう必要もないわけですが。また、社内の内部監査についても、そういうものだと思っているようです。これは、何も、この方々に限らず、社内の内部監査を受ける側も大なり小なり、そう考えているようです。これは、私の勤め先に限ったことではないでしょう。そしておそらく、当の監査担当者の中にも、それが当然であると思っている人も少なくないと思います(ただし金融監査のような定型的でなければいけない特殊なものもあるので、一概には言えないのですが)。
 私も、監査にはそういう要素もなければならないと思います。実際のところ、チェックリストをチェックするようなことは、私も少なからず行っています。しかし、それがすべてではない。しかし、それだけにとどまらない。むしろ、それ以外のところがメインと思えるほど重要なのではないかと思います。
 例えば、監査等委員(監査役でもです)が監査をするのは経営陣、つまり取締役の行動です。経営陣が適正に行動しているか、妥当な判断をしているかをチェックするわけです。その経営陣の行動というのは、定型的なものであるはずがありません。経営というのは道を切り拓いていくものです。そもそも前例などないことを創り出すようなことで、それをチェックするのに、新しいことのチェックリストなどあるはずもありません。しかも、後になってあれはこうだったとか言っても手遅れです。その時に即してチェックを入れていかなければならないのですから、チェックすること、つまり監査をするということは、経営判断と同じレベルで切り拓くものでなければ追いつかないはずです。
 社内の監査は、そこまでは行かないかもしれませんが、現在の企業での事業活動は前例を踏襲しているようでは競争に負けてしまう世の中です。だから、さかんに経営者は社内に向けてイノベイションと煽り立てたりします。そして、企業内において小さなことでもイノベイションがいるという状況で、前例の積み重ねともいえるチェックリストでチェックしていて間に合うでしょうか。しかも、そういうイノベイションというような新しいことを始めるということが一番リスクが大きい。それに対してチェックをしていくことが、企業活動にとって必要になっているのではないでしょうか。そうだとすると、このようなチェックは、少なくともイノベイションを作っているところと同じレベルにいなければ、有効な機能を果たせないはずです。何か、議論が飛躍しすぎかもしれませんが、そう考えると、チェックするということは、クリエイティビティが求められるようなものではないかと思うのです。それは、実際のところ具体的に言えば、企業の外部の視線、つまり、企業の内部にとどまらず、企業の外部と企業の間の立場に立つということです。ということで、こじつけかもしれませんが、このような立場とか姿勢というのが、私が以前に担当していたIRというのか、企業の公報といったところと、意外と近いところにいるのではないか、ということなのです。
 それが、今日の結論です。8回目にして、ようやく、このシリーズの趣旨、出発点をはっきりさせることができました。これから、このことについて、雑談をしていきたいと思います。

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