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2018年5月 8日 (火)

オットー・ネーベル展(8)~7.抽象/非対象 Abstract/ Non-objective Paining

Nebelrondolet  ネーベルは、1936年に「新しい絵画の本質と精神」という講演を行い、“根本的には、芸術の中では『抽象』と『具象』の境界は存在せず、また存在し得ないと言うべきである。芸術においてはフォルムが、内容の表現だからである。”と言っています。つまり、すべての描かれたモティーフ、描かれた風景、描かれた肖像が、実物のものではなく、ただ見せかけの現実であり、独立した現実性や価値をもたないものと考えるとしたら、それはたしかに、どんな具象的な表現も抽象的なものであり、逆に考えれば抽象化された純粋なフォルムも現実であり、具体的なものであると言えるということです。そこには、具象絵画と抽象絵画とを区別することに何の理由はなく、同じように追求することに矛盾はないわけです。彼の創作は、例えば後の抽象表現主義のように、内的な感情や情動、衝動を直感的に汲み取ったものではなく、明確な思考を経て、分析的に構造を築き上げ、緻密な手作業の技術によって描き上げられたものなのだ。こんなような解説がされていました。それは、作品を見た印象とは遠くないものであるのですが、評論の言葉で語られると、もっともらしさはあるものの、とってつけたような印象もあります。具体的にどこがどうなのよと糾したくなりもします。ただ、これだけ細かい手作業で執拗に描くことに徹する、というよりそれしかないというときに、もはや具象だの抽象だのと理屈をこねている余裕はなくて、手が動いてしまっている、とはいっても、感情をぶつけるようなすぐに形になってしまうような描き方はしていないので、描くという行為に縛られて、その身体の動きのルールにしたがって制作をするほかなくなってしまっている、といった方が、私にはしっくりきます。結局、同じようなことを言っているのですが。
Nebelred  しかし、ここで展示されている作品は、建築的作品や音楽的作品の病的なところが見え隠れしている作品に比べると、ネーベルが手法を洗練させて、病的なところをオブラートに包むようにしていった傾向があると思います。
 「ロンドレット(三つの三日月型)」という作品です。画像で見ると、青く彩色された背景は、さっきのカンディンスキーの作品の水色の背景のようにきれいに塗られていて、ハッチングが施されていないように見えます。色彩のきれいな、その色彩を引き立たせるように計算された幾何学的な図形というカンディンスキーっぽい作品です。それは画像で見るからで、実物を近寄って、表面に目を凝らしてみると、絵の具がきれいに凹凸の縞を作っている。マチエールといって、絵の具を物質としてキャンバスに盛り上げるように塗りたくる手法がありますが、そんな荒っぽいのではなくて、ネーベルは絵の具を立体的に盛り上げるように塗っているのですが、それを秩序立てて模様のようになっているのです。つまり、ハッチングで描いていたのを、絵の具の盛りによる凹凸の縞模様で替わりにやっていたのです。だから、よくみないと気がつかない人は気がつかない。そんなことをして分からないでは何の意味もないではないか、そこに何らかの効果が見えてこないのか。そういわれると、たしかに微妙に違うのです。そして、気がつくと、その違いが癖になってくるようなものなのです。それは画面の味わいとしかいえないかもしれません。一つあるのは、そこで画面に出来た凹凸に光が照らされたときの微妙な、画面の光の反射の違いです。そこで画面が様々な表情を見せるようになるのです。
Nebelyellow  「赤く鳴り響く」という作品は、音楽的作品の展示の中に入れてもいいタイトルと音楽記号を想わせるような赤黒い線がダイナミックな動きを見せている、というように見える作品です。しかし、目を凝らすと全体に点描で、点と地がそれぞれに黒-赤-白の段階分けを、土に点が乗ることで見る者にグラデーションを感じさせるように巧みに配色されて、しかも、点が平らに絵の具を塗られるのではなくて丸く盛り上がるように、ひとつひとつが丁寧に塗られていて、展示されている光の当たり方や見る者が画面に向かう角度になって影のできかたが異なってきて、微妙に陰影がかわってくる。そこで分かってくる表情の微妙な変化。そこに、細かい点描をする意味や効果を見る者に分かり易く提示するということに、ネーベルがたどり着いた、そこに、作品を見る者という他者をネーベルが実感として意識したことが具体的な証拠のように表れてきたと、私には見えます。つまり、それまでは、一見カンディスキーやクレーのような外観のうちで、ネーベルの嗜好する病的な細部を人目につかず自己満足のように描いていたという他者を避けるところがあったと思うのです。私には、そのような人目をはばかるところで、隠すように自己の抑えきれない細部への嗜好にはしってしまう病気のような作品に魅かれます。そNebeldui れが、ここに至って、他者の視線にうまく晒すようになるということで、それは洗練ということになると思います。同じことは、「黄色がひらひら」という作品にも言えると思います。この画面での、白い細かい点が際立っていて、散りばめられた黄色と対立したり、引き立てている様にセンスのよさが感じられます。見ていて、楽しいです。さらに言えば、「赤く鳴り響く」のそうなのですが、点描に線という要素が加わって、点描でひろがる画面を線が断ち切るように挿入されるという新しい画面の動きが加わっているということです。これによって、点描との対比がうまれ、画面の動きが多彩になっていると言えると思います。
 ネーベルはカンディンスキーのフォルムや色彩は自然の表象から導くのではなく、画家の内面から汲み取られるものなのであるという主張を、彼なりに進め、精神的な意味での内的な光を可視化することを目指したと言います。このプロセスで出会ったのが『易経』で、そこに記されている複数の線を組み合わせた卦(ヘキサグラム)から自分の制作への後押しを感じ取ったと説明されています。「兌(喜び)」という作品は、そういう経緯で制作Nebeldui2 された作品のようです。兌というのは八卦のひとつで図のような卦(ヘキサグラム)ということですが、そうすると、この作品が易と関係があるのか、私には分からず、この説明は余計なお世話ということになります。何か、インスパイアされるものがあった程度のものではないかと思います。この作品から蛇行する線のように図形の絡む要素が現れてきて、建築物を題材にしていたり、直線による幾何学的な図形を取り扱ってきたのが、曲線の要素が増えて柔らかく有機的な形態に変化し始める。そして、線にだんだんと太さがくわわり、その太さも一定でなく変化するように変わってきた。そういう変化が、この作品のころから生じている。また、展示の順番なのかもしれませんが、この作品の後になると、点描の使い方がさりげないものに変化していって、それに伴うように、画面が静かに、スタティックになって、以前のネーベルの画面にあった輪郭のメリハリが後退していくように見えます。
Nebelhappy  「幸福感」という作品です。これは洗練が行き過ぎたかもしれませんが、今までの作品にはなかった穏やかさがあります。その代わりに、突っかかり所のあまりない作品になってしまっていますが、親しみ易いというか、ふつうの家庭の居間に飾ってもお洒落な感じで、ほとんどインテリアとして違和感のないものになっている作品であると思います。この中では、背景の黄色い地のところに、碁盤目のように秩序だった細かな点描というより絵の具を点状に盛り上げた集合が、グルーピングされて、そのグループが間をおいて並べられているところです。それが画面には、小さな影を作っている。その並びが秩序感をつくりだしたり、場合によっては波打つような動きを感じさせたりしています。ちなみに、このような手法を点描のヴェールと言うのだそうで、“画面全体に規則的に散った小さな点は、まるで画面に一部半透明なフォルムや印が浮かんでいるかのように印象を与える”ものだそうです。これが、画面中央の黄色が濃くなっている部分の点描状の模様のある図形のベースを重層的に支えているように見える。一見、穏やかで軽そうに見えて、しっかりした土台がある。それが安定感を生んでいる、というところでしょうか。
Nebelkandyn2  参考として展示さていたカンディンスキーの「緑色の結合」のようなベタ塗りの図形のような抽象的な作品の平面的なノッペリした感じとは異質の画面をつくっていることが、明らかに分かるようになってきたのが、ここに展示されていたネーベルの作品です。

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