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2018年5月 3日 (木)

オットー・ネーベル展(3)~2.建築的景観 Architectural Views

Nebelform_2  もともとネーベルは建築の専門家として出発した人だそうで、計算された秩序が構造として現れたものとして、建築を描く対象として好んだということは理解できます。“ある村や町の建築的な輪郭を、いくつもの手順を経て一筆ずつに解体し、ふんわりと描くような透明感に包み込んでいることがわかる。ペンによる「ハッチング」を重ねた層は、対象である建築物の重量感を打ち消し、風景に空気のような軽やかさを与えている。繊細な線の層によって、色彩の重なりは透明となり、建物は無重量化する。”と解説されています。
 「建築のフォルムと緑」という作品です。そのタイトルの通りに建築のフォルムが幾何学図形のように線と面に解体されています。建築の立体感とか存在感は平面化されて色彩を施された影のようです。でも、解説もそうなのですが、そういう見方をすると、バッと見でもそうなのですが、クレーがチュニジアで新たな色彩を見出したときに街の風景を描いた作Nebelkakeami 品なんかと変わらない印象になってしまのではないかと思います。むしろ、私には、この作品ではハッチングがあからさまになって、ネーベル自身が、その面白さ、自身の性向に気づき始めたころに、この作品の面白さがあるのではないかと思います。ハッチングというのは“ハッチングとは、絵画や製図について行われる描画法の一種で、複数の平行線を書き込むことである。ハッチングは元々「細かい平行線を引く」という意味の英語である。絵画技法としては、細かく(あるいは粗く)平行線を引き重ねていくことで、絵に重厚感を与えることができる技法として知られている。また、それぞれ異なる方向を向いて書かれたハッチングを重ねて線を交差させていく描画法は、特にクロスハッチングと呼ばれる。”まんがのカケアミという技法も、その一種かもしれません。ちなみに、このカケアミの技術においてはあすなひろしというマンガ家の原画をみると目眩がするほど細かい作業であることがわかります。それをネーベルを突き詰めようとした、その表われが建築的景観を対処とした作品にあると思います。その意味では、建築という対象は適したものではなかったかと思います。
Nebeltower_2  「プロイセンの塔」という作品は、そのハッチングが縞模様のように画面を彩る効果をあげていると思います。
 「聖母の月とともに」では、だんだんハッチングが細かくなってきて、その細かさが画面に目を近づけてよく見ないと気がつかないようなものになりつつあります。ここで印象派のスーラの点描を指摘するのは見当違いかもしれませんが、絵の具を混ぜて塗り分けるのでは表わせない微妙な色合いや透明感が、ここでは、見る者にはそれと気づかず見せているものになっていると思います。ただし、ネーベルは印象派の画家たちのように光を捉えようとして点描という技法を使ったのではなくて、微細なレベルでの秩序を積み重ねていった結果、そういうものができてしまったという気がします。そもそもヨーロッパの建築というのは石を積み上げてドームやアーチ、あるいは家型を形成させていったというところがあります。部分である石がまずあって、それを積み上げた結果として建物ができた。それはネーベルの作品にも似たようなことがいえる、とここで展示されている作品には当てはまってくるのではないかと思います。だから、ネーベルの建築的景観を扱った作品が、一見クレーに似ているのは、結果であって、もしかしたらNebelmoo 建築を平面化するアィディアはクレーに倣ったのかもしれませんが、その細部について目を凝らしてみれば、全く別物の作品であるわけです。別に似ていると誤解されても、それは見ている奴が、よく見ていないからだ、と言えるわけです。
 「建築的な青」という作品です。ここでは、細かなハッチングが建築の構造的な秩序と必然的なように結びついたという一方で、色という要素との結びついたときの効果が生まれていると、私には見えました。ネーベルが自覚して、意識的にそうしているかどうかは、私には分かりませんが。何を言っているのか、読んでいる人には、分かり難いかもしれません。独りよがりの言葉づかいになっていますが、この作品では、一部でグリーンの部分がある以外は、すべて青系統の色が使われています。その青が建築を平面にしたような幾何学図面のような画面で塗り分けられています。それだけであれば、モンドリアンの幾何学的な塗り分けたコンポジションと同じような作品ですが、これは全く違います。それは、色を平面的に塗っているのではなくて、細かいハッチングのよる色のポイントが敷き詰Nebelblue められているからです。そこに、たんに平面的に色を塗ったとはまったく異なる効果を作り出しているわけです。例えば、モンドリアンの場合には違う色の塗られた部分が対立するような緊張関係を作り出しますが、この作品では、違う色が隣り合っても、境界線が鮮明でなく、境界線のところでは互いに浸透し合うような親和的な感じがします。しかし、グラデーションのような境目がなくなってしまうのでもない、そこに独特の曖昧さが生まれています。しかも、色の塗られている部分が一様ではなくて、ハッチングされた図の部分と下地の地の部分があるわけです。それが、同じ色が塗られた部分で複数あっても、ハッチングの違いによって、見え方が異なってくる。その違いが独特の色の見え方をしています。それを整理して秩序の中で見せるには、建築的な秩序が都合がいいというわけです。このような、細かいハッチング、建築的な秩序、色の三要素が互いに結びついて、このような画面になった、そういう見え方がしました。それは、結果としてなのか、意図的に作られたのか、それは、この作品を見ている限りでは、何とも言えません。ただ、当初のシャガール、クレー、カンディンスキーといった人々に埋もれてしまいがちという印象から、ネーベルという画家に対する見方が変化してきたように思います。

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