無料ブログはココログ

« 水口剛「ESG投資 新しい資本主義のかたち」 | トップページ | 没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(2)~1.闇の守一:1900から10年代 »

2018年5月31日 (木)

没後40年 熊谷守一 生きるよろこび

Kumagaipos  12月の暮も押し詰まってきた20日過ぎ、中国の子会社に出張してきた。中国の街角は、日本のような歳末といった感じはなくて、普段どおりの忙しく、活気に溢れた人々が行き交っていた。そういう中に身を置いていると、日本よりも慌しいはずなのに、ほっとする気持ちになった。おかげで、いつもの、この時期の、浮ついたような心持ちを落ち着かせることができたと思う。数日の出張で帰国したときには、普段の感じに戻れていたと思う。それで、空港についた時間も早かったので、折角の機会だからと、羽田から竹橋に廻ることにした。
 地下鉄の竹橋駅を降りて、お堀端にでると、平日の午後の静けさで、観光客と見られる外国人とランナーがチラホラだった。近代美術館のロビーは静かで、展示室は、ほとほどの人で、緊張感を保ちつつ、マイペースで会場をぶらつくくらいに、ちょうどいい雰囲気。結果的に熊谷守一の作品を見て廻るには、ちょうどよい雰囲気だったと思う。熊谷守一に抱いていたイメージは、下手さを味わいという言葉にすり替えて、ちょっとお洒落な中高年の趣味に媚びるイラスト風詩画で、民芸風のカフェに飾ってある、というような毒にも薬にもならない、というような感じでした。実際、そういう作品もありますが、この展覧会は、そうではない熊谷の作品の性格を提示しようとしているようでした。それは主催者のあいさつにも表われているので、引用します。“熊谷守一(1880~1977)は、明るい色彩とはっきりしたかたちを特徴とする作風で広く知られています。特に、花や虫、鳥など身近な良きものを描く晩年の作品は、世代を超えて多くの人に愛されています。その作品は一見ユーモラスで、何の苦もなく描かれたように思えます。しかし、70年以上に及ぶ制作活動をたどると、暗闇でのものの見え方を探ったり、同じ図柄を何度も使うための手順を編み出したり、実にさまざまな探求を行っていたことが分かります。描かれた花や鳥が生き生きと見えるのも、色やかたちの高度な工夫があってのことです。穏やかな作品の背後には、科学者にも似た観察眼と、考え抜かれた制作手法とが隠されているのです。”例えば、次のように解説します。“熊谷の作品をよく見ると、一見簡単に描かれているようで、本当はどれも緻密な色や形やタッチの計算の上に成り立っていることがわかる。花や猫といったモチーフの親しみやすさと高度に考え抜かれた画面作りとのギャップは驚くほどだ。膨大な数にのぼる作品は、熊谷守一とは何者か、というミステリーを解くための最大の手がかりだから、もっと突っ込んで見る必要がある。”何か、今まで無縁に思っていた熊谷守一の作品に対して、親しむことができる突破口が見えたような気がしました。この展覧会のタイトルは「生きるよろこび」という副題があり、チラシには熊谷の晩年の仙人のような飄々とした姿の写真が載せられていますが、むしろ、熊谷の作品は、そういったこととは無関係に、作品として独立しているというようのが、この展覧会の姿勢であるように思われるので、むしろ作品に親しむ上では邪魔になるように感じました。そんなように、これから作品を見ていきたいと思います。

« 水口剛「ESG投資 新しい資本主義のかたち」 | トップページ | 没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(2)~1.闇の守一:1900から10年代 »

美術展」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/66780390

この記事へのトラックバック一覧です: 没後40年 熊谷守一 生きるよろこび:

« 水口剛「ESG投資 新しい資本主義のかたち」 | トップページ | 没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(2)~1.闇の守一:1900から10年代 »