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2018年6月

2018年6月30日 (土)

ルドン─秘密の花園(6)~5.「黒」に棲まう動植物

Redondream3  版画集『夢のなかで』より「Ⅰ.孵化」という作品です。おなじみの、いかにもルドンという作品で、球形の卵ということなのでしょうか、それが円形の断面の中は男の顔が出てこようとしています。そして、次の「Ⅱ.発芽」という作品では、同じ顔が球形から出て真っ黒の円形に囲まれて中空に浮かんでいるように見えます。また、画面全体は、「Ⅰ.孵化」では真っ白で無ということをおもわせるような何もないというイメージで、「Ⅱ.発芽」では暗闇という世界があるという画面になっている。穿った見方をすれば、発芽したことによって顔が誕生したわけで、人間であれば意識が生まれたことになって、人の意識は自分のいるところを、周囲の環境を自分にとっての世界と認識して、そこにいる自分を置くということで実存するということを考えると、ここでは、発芽することで世界が生じる。その世界というのは暗い世界だったというわけです。もちろん、ルドンはそんなことを意識して論理的に考えたりはしていないでしょうけれど、そういう解釈も成り立ちうる。こころなしか、顔のほうも、「Ⅰ.孵化」から、「Ⅱ.発芽」になって、すっきりと整っているように見えます。
Redondream4  版画集『起源』から「Ⅱ.おそらく花の中に最初の視覚が試みられた」という作品です。目玉が花ということなのでしょうか。そう考えたとしても、その目玉をべつにしても植物とは思えないのですが、仮にそうとして目玉の周りに針のようなのがたくさん出っ張って広がっているのが花びらのようなものなのか、さらに、その外周に円状に描写が段階をつけて変わっていくのは、「ドムシー男爵夫人の肖像」の背景部分で、光が円状に広がっていくことの先駆けのようなものとして見ることが出来るかもしれません。「ドムシー男爵夫人の肖像」では色彩の変化とタッチによるグラデーションで、それを幻想的に表わすことができていましたが、ここでは白黒の版画の画面であるので、草の描き方によって、同じような効果をあげている。つまりは描かれている草の変化によって、「ドムシー男爵夫人の肖像」であれば空気とか光であったのが、生い茂る草の変化で同じような幻想空間を作り出していると言えます。そう考えると、ルドンの作品というのは、一般的な絵画では対象物が画面の中心にあって背景があるというのとは違って、背景の方がむしろ画面のメインの地位にあると言えるのかもしれません。この作品では題名のとおりに視覚が生まれることによって、視覚の対象として見られる世界が生じてきRedonorigin た。その世界が生じるところがメインであって、視覚は、その契機に過ぎない。したがって、単なる契機であれば、そのために都合として描けば良いのでとくにリアルである必要もないわけです。単なるスイッチです。この場合は生い茂る草を世界として描くわけですから、スイッチはその中にある同じような草である方がいい。そして、視覚が生まれるために目を付け足してやればいい。あとは、作品の画面の中で、“らしく”はまってくれていればいいというわけです。同じ版画集の「Ⅲ.不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた」という作品です。この画面にはタイトルで触れている岸辺というのが何も描かれていません。一つ目の巨人は大きく画面の中心にありますが、その背景が不定形の波か雲のようなのが一部にあって、あとは空白です。これは「ドムシー男爵夫人の肖像」の背景のようなグラデーションなのでしょうか。版画のために色彩の変化を使うことができないので、何ともいえないのですが。タイトルで岸辺と言っていることだから、何かしら描いているか、それを見る者に想像させるか、いずれにせよ、「ドムシー男爵夫人の肖像」の場合と同じように、この作品では、ひとつ目の巨人が明確に描かれていて、その背景と対照的になっている画面と見ていいのではないか。
Redonorigin2  しかも、「Ⅲ.不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた」という題名からは、この中心に描かれているのは一つ目の巨人ではなくて、ポリープ、つまり瘤かイソギンチャクのような海洋生物が、たまたまそのように見えたということを言っています。つまり、不定形な物体なのです。一方、背景については「ドムシー男爵夫人の肖像」のように背景の不定形の部分が画面上の多くの面積を占めているわけではありませんが、こちらも形をなしていません。この前の作品「Ⅱ.おそらく花の中に最初の視覚が試みられた」が、目の前に存在が現われたという作品であるならば、この作品は何かが存在しているということ、それがたまたま風景として現われているという作品と言えると思います。変な言い方かもしれませんが、このような幻想的とか、あるいは抽象に近いような画面ですが、それは理念とか理論でたどり着いたのではなくて、ルドンは実際に見えていたものを描いていたように思えます。明確に分節化されたような輪郭のくっきりした、私たちがリアルとかんじているような、見えかたで見ていなかった。見えていたのは、明確な形をした堅固で、それぞれに分節化された物体ではなく、周囲との境目が曖昧で、たえず流動しているような不定形で実体をなしているかどうかわからないような、そんなように見ていたのではないか。それを見たままに描いたのが、ルドンの作品ではないかと思えてきました。
Redonbaisin  版画集『陪審員』から「Ⅱ.入り組んだ枝の中に蒼ざめた顔が現れた…」という作品。背景は黒で、左下には枝が入り組んだように見えるのが黒の中に隠れているように、それ以外の背景は、グラデーションのように不定形の細かな形がびっしりと描き込まれていねようです。これを見ると、最初のところで、“わたしの黒”という画家の言葉から黒い作品としてみてきましたが、黒という色がメインではなくて、不定形な画面で、輪郭といったものを描かないので、グラデーションによって、それらしい画面にするので、黒で画面を塗り潰すことになった。そういうことなのではないかと思いました。黒というのは、たまたまで、画面を塗り潰してグラデーションをだすというのがメインだった。この作品をみると、背景の黒く見える不定形の部分がメインで、それがそのまま画面に描かれるという作品ではないかと思います。説明にあるような死の影とか暗闇とかいったこと、見ている人が作品を見やすくするためにつくった物語のひとつではないかと思えるようになりました。

2018年6月29日 (金)

ルドン─秘密の花園(5)~4.ドムシー男爵の食堂装飾

Redonprofile2  この展覧会の目玉です。美術館の一番広い展示室の壁面に大きなパネルに描かれた作品が並んでいました。しかし、私にはつまらなかった。たんに大きいだけで、色はきれいでないし、描き方は塗り残しが目立ったりしてぞんざいにしか思えない。全体に薄汚れた印象でした。なにか安普請の仕事が、時間の経過と共に粗が見えてきたという感じしかしませんでした。したがって、グランブーケも含めて食堂装飾の作品は素通りします。おそらく、この展覧会の感想を他にネットでアップしているところでさまざまな賛辞とともに紹介されていると思います。
 それゆえ、それ以外の展示作品で目についたものを見てゆきます。「ドムシー男爵夫人の肖像」という作品です。正方形に近い縦長の画面で、夫人は構図の右側に寄って椅子に坐り、ほぼ真横といってもいいくらいの向きで画面の中央の方を向いています。夫人が身に纏うヴェロアの質感も明らかな衣装は、黒にも見紛う深い紫で、構図の半分以上を占める明るい背景と対比をなしていて、画而を引き締めています。背景は、左下に植物らしきものが描かれている以外は、特に具体的なモティーフの認められない、光の散乱する空間になっています。この背景は夫人の肖像を取り巻く曖昧な空間を、光の効果で形成していることは明からです。全体は霧のようなものとなり、夫人の頭部の背後と画面左下の部分が暖色系で、その間に画面左上から夫人の肩に向けてちょうど雲の切れ目のような水色を基調とした部分が見えます。画面の左側の部分は、白や黄色の小さなタッチが放射状に重なって広がっています。水色を基調とする部分と暖色系の部分は、一見すると空と雲のようですが、実際にはこの放射状の広がりの効果ゆえにそこに白く光を発する空間が開けているように見えます。さらに左下隅には、黄色を基調とした草花のようなモティーフが空間に浮かぶかのように描かれています。この背景現実とも非現実ともつかない空間の出現に重要な役割を果たしているのは光の効果であり、三次元的な奥行を不確定なものとし、形態と質感を不明僚なものとしてイメージを融合し幻想性を誘発しています。この放射状に広がっていく藷のような光は、そこに何らかの光源があるようにすら感じられます。それは背景の壁に当たる光ではなく、中空から神秘的な何かが発生してくるように見えます。そこに感じられるのは、金地という平坦で無機的な面がもたらす普遍性や安定感ではなく、印象主義的な筆触と明るい色彩によって生み出される、変化や拡散です。それは飽くまで現実のものから乖離し、ある種の聖性を帯びてもいるが、決して金地のような永遠の聖空間ではないと思います。しかも、全体の構図が、そのことを意識したもので、夫人は正方形に近い画面の中央ではなく、右側3分の一ほどに寄って。むしろ背景を大きく見せています。だから、この光に満ちた背景は、この肖像画においては、むしろ主役で幻想的な空間への入口になっていると言えるかもしれません。ルドンの絵画としては珍しいと思えるほど、丁寧に写実の手法で描かれている夫人の姿は、実は、この幻想空間を引き立てるために敢えて、そのように描かれたと思えるほどです。とはいえ、夫人の視線はあらぬ方向にあって、こちらを向いているわけではなく、無表情で、生き生きとした肖像画らしくない姿とも言えるので、こういうところが、ルドンらしいとも言えると思います。
Redondialoge  「神秘的な対話」という作品です。「ドムシー男爵夫人の肖像」のように人物を写実的に描いていません。「ドムシー男爵夫人の肖像」は写実的な人物と茫洋とした背景を対照させた作品ですが、この「神秘的な対話」は、そのような対照をつくらずに、中間的なところで画面の描写に統一性をもたせ、段階的な変化をつけている作品ということでしょうか。画家本人は、「ドムシー男爵夫人の肖像」の背景部分に親近感をもっていたのかもしれません。しかし、それは、例えばバルザックの「知られざる傑作」にでてくる老画家フレンホーフェルの「美しき諍い女」のようなものになってしまいます。この作品では、画面の下部や雲の描き方のようなところで部分的に現実とも非現実ともつかない形態と質感を不明僚なところを当てはめるようにしています。そうみると、対話しているようなポーズの二人の人物や神殿のような建築は、それらを当てはめて、作品を見る人に絵画を見ていると思わせるように仕向ける形式的な枠組みであることが分かります。そう考えると、できれば、それらは画面の中で目立たないように平面的(薄っぺらくて)で、ぼんやりとしていた方がいいわけです。ルドンは初期の黒い作品から、色彩を用いることに移行したことによって、形ということを見ることの主要な要素から外して、絵を見る者の便宜として、ひとつのツールにすることができるということを覚えたのではないか、それをこの二つの作品を見て思いました。

2018年6月28日 (木)

ルドン─秘密の花園(4)~3.植物学者アルマン・クラヴォー

Redonsadface  ルドンが描いた人間の頭部を持つ植物は、ボルドーの在野の植物学者アルマン・クラヴォーの影響ということだそうです。ルドンは石版画集『夢想』を、年上の友人に捧げたそうです。ここでは、そこからの作品を中心とした展示です。
 『ゴヤ頌』より「Ⅱ.沼の花、悲しげな人間の顔」というリトグラフ作品。ルドンの作品の中では比較的知られた作品で、ルドンという名を知らずに、どこかで目にしている人もいるのではないかと思います。不思議、怪奇、グロテスク、そして黒い画面といった特徴は、一度目にすると記憶に残ってしまう作品ではないかと思います。真っ黒な背景に対して、それよりも黒い植物が一本生えていて、その実が人間の顔で、それが光って周囲を照らしている。グロテスクな姿です。しかも、人の顔が、タイトルで「悲しげな人間の顔」とありますが、デフォルメされたマンガのような、別の言い方をすれば手抜きでスカスカの顔は、悲しいという表情を、タRedongoya イトルからそのように感じようとしなければ、あるいは記号としてマンガの顔を悲しいと読み込む土台がなければ、そうとは見えないものです。虚心坦懐にみれば、空虚とか不気味といった感想が出てくると思います。おそらく、ルドンは人間の感情とか表情を繊細に表現する作品を、他に制作しているわけでもないので、悲しみとか表情といったことの表現の志向があったのか分かりません。ルドンが人を描いている場合は、顔はぼんやりして細かく描かない、したがって表情がないので、この作品のように目鼻がとりあえず描かれているのは珍しいのではないかと思います。『ゴヤ頌』という版画集のタイトルは何かしらゴヤを意識していたはずで、こじつけかもしれませんが、ゴヤの「巨人」とか「わが子を食らうサトゥルヌス」のような人間の表情など入り込む余地のないグロテスクな画面を意識していたのではないかと思います。ルドンの作品は個人的な感情とか内面といったことにこだわるとか表現するというものには、私には見えないで、これもゴヤの画面とかグロテスクさとか黒さといったことを取り入れた結果こうなったという感じがします。
Redondream  『夢想』より「Ⅱ.そして彼方には星の偶像、神格化」という作品です。男がいる球体は星なのでしょう。したがって、黒が基調の画面は夜と考えていいわけです。その暗い中で男の顔ははっきりせずに表情を読み取ることはできません。というよりもそういうように描いていないと言った方がいいと思います。端的に言えば、何かを描くということには興味がないのではないか。それは人でも物でもそうですが、対象とするということは自分の外部に自分との別のものが存在していることを認識することです。人であれば、それは他者として自分とは別の人がいて、表情を見ようとするのは自分と他者の関係を測ろうとすることです。その表情を描こうともしないということは、ルドンの画面には他者というものが存在しない。ルドンという人は他者に興味がないということが言えるのではないでしょうか。したがって、自分の外部の何かに興味をもって、それを対象として捉える、その結果としてそれを描くということにはならない。ルドンの作品は幻想的という言われ方をしますが、現実の世界は自分の外部で、自分とは異質で独立した他者がいて、その他者と関係を取り結んでいかなくてはなりません。そういう他者の存在が認められない。つまりは、自分にとって異質なもの、自分の外側を排除してしまったものが、ルドンの、この頃の作品と言えるかもしれません。それは別の面でも言えると思います。男がいる球体は星なのでしょう。したがって、黒が基調の画面は夜と考えていいわけです。星なのですから暗い夜空で瞬いてもいいのですが、そういう星の光は描かれていないようです。いったい、ルドンの“黒い絵画”と呼ばれるようですが、黒という色そのものが美しいとか、その色を画家が使いたいとか、そういうことは感じられないのが不思議です。“黒い絵画”といいながら、黒が魅力的でないのです。そこには、作品を描くということ、つまりは、ルドンという人は他者に対して表現するということに意欲がないように見えるのRedondream2 です。それゆえに、外部ということがない閉じたなかで、他者という異質な存在の入り込んでくることのない世界をつくる。この版画集は『夢想』というタイトルですが、夢という自身の内部で作られた世界。それがルドンの幻想というもの、言ってみれば閉じこもりです。そういえば、ちょうどルドンと同時代に文学の世界で、ロマン派とか象徴主義といった人たちが、例えばJKユイスマンスの「さかしま」という作品は主人公が城に籠もって、そこに自分の好むものだけに囲まれた空間をつくるという話です。ルドンの絵画は、これに共通する雰囲気があるように見えます。
 同じ版画集の「Ⅳ.かげった翼の下で、黒い存在が激しく噛みついていた・・・」という作品です。「Ⅱ.そして彼方には星の偶像、神格化」では球体の中に男がいましたが、ここでは球体の外側で翼を生やしたものと、後姿のおとこが組み合っています。“噛みついた”というタイトルと二つの何ものかが組み合っていることから、少なくとも闘っているのでしょうが、そういう激しさは感じられず、他の作品も同じですが静けさ、クールに雰囲気になっています。それは、画面に対立といったようなダイナミックな要因が排除されている安定した世界だからかもしれません。
Redonbudda  「若き日の仏陀」という油彩の作品。淡い色彩の明るい作品が、どうしてこのコーナーの展示になっているのか、展示意図がよく分かりませんが、この展覧会には、そういう戸惑わさせられる展示が少なくありません。その代表が、この展示の目玉であるドムシー城の食堂を飾ったルドンの装飾画が一堂に会すというのに、広い展示室にそれを全部展示しないで、分けて展示していることですが、そこには、あまり深入りしないようにしましょう。この展示の中で他の作品が“黒い絵画”ばかりだったので、この作品が唯一のカラー作品で異彩を放っていたので、その色彩が際立った印象だったのかもしれませんが、背景の青が印象的であったこと。その青と群青の背景にクリーム色が侵蝕するような配置となって、その諧調の敢えて言えば海底の珊瑚礁のような無秩序さが、おそらく作品の中心であろう仏陀との関係がよく分からず、したがって何かを表現しているとか、ということとは無関係に、ただそういう背景だという無意味さ、それゆえに静謐さを湛えているところが、不思議な感じがしました。けっして絵画的な美しさとは思えないのですが、絵の具の塗りは丁寧さを感じられないし、眼を近づけてみると汚いとか投げやりと思ってしまうところがあるので。そういう背景をバックにして、画面の中心であるはずの仏陀の顔が空虚であるのも不思議です。いや、むしろ、この画面では仏陀という中心が空虚であるからこそ、仏陀を中心とした画面の構成ができていなくて、背景や仏陀の衣装の色彩が、それぞれテンでバラバラになっている状態になっていて、それが独特の色彩の諧調を見る者に印象付けているという結果になっているのかもしれません。仏陀という人物の存在感がないゆえに夢の中のぼんやりとした光景のような、フワフワした雰囲気を作り出している。そういう実体のない空気のようなところがルドンの作品の特徴と言えるかもしれません。

2018年6月26日 (火)

ルドン─秘密の花園(3)~2.人間と樹木

Redonprofile  初期の版画や木炭画で、ルドン自身が“わたしの黒”と呼んだようなモノクロの作品を中心とした展示です。ルドンは1879年、39歳の時にリトグラフ集『夢のなかで』を発表し、実質的なデビューを果たします。空想的な怪物たちがうごめく世界は、同時代の印象派の画家たちが、明るい現実の光を留めようと求めた画面と一線を画すものでした。科学と空想、そして哲学が混在する「黒」の芸術と呼ばれるものです。
 「兜をかぶった横顔」という木炭画というか木炭スケッチでしょうか。中世終わりかルネサンス初期のピエロ・デ・ラ・フランチェスカの作品の構成を想わせるのですが、背景が黒で塗り潰されて、横顔の肌がしろく浮き上がるようなのが、この画家の“わたしの黒”と自称する由縁でしょうか。たしかに被っている兜や後ろに流れ出ているような髪の毛、あるいは陰影といったものを黒の濃淡で描いているようです。しかし、その濃淡のつけ方は、とくに細かく描き分けられているわけではなくて、どちらかというと大雑把で、“らしい”雰囲気的なもの、それよりも、全体が暗いので人物や被っている兜の描き方が雑でも目立たずに済んでいる。悪意かもしれませんが、黒い画面をルドンが選択したのは、雑に描いても粗が隠れるからかもしれないと、この作品を見て感じました。それでも、雰囲気は作れる、ということでしょうか。ただ、そういう気分であっても、作ることができるというのは、それがルドンという人の才能なのかもしれません。
Redoncaliban  「キャリバン」という木炭画です。キャリバンというのはシェイクスピアの「テンペスト」に出てくるキャラクターだそうですが、グロテスクな形をした怪物ということになっています。この作品では、ハリー・ポッターのドビーのような不気味だけれど愛嬌があるキャラクターに描かれています。夜の不気味な暗闇に、キャリバンの白い顔が浮かび上がっています。キャリバンの目の描き方が少女マンガの黒目が大きくて中に星があるのと似ていますが、そういうデフォルメのセンスはたしかいいと思います。丁寧に顔を描いているとは思えませんが。そんな中でも画面向かって右の枝の付近に白い小さな花が咲いているのや、右上の背後に闇の中に葉っぱが微かにうつっている様子をさり気なく描いていて、それが夜の闇の深さを逆に印象付けているという舞台効果を生んでいる、ルドンセンスのよさを感じます。
Redonlonely  「夜」という版画集から「Ⅱ.男は夜の風景の中で孤独だった」というリトグラフです。線の粗さが、夜の闇の中で人の眼には詳細に見ることの出来ないという風情にうまく合っています。その粗さと暗い画面が画面の男性の姿がぼうっとしていて、どのようなポーズで立っているかがハッキリしていないこと、細長く頬が落ち窪んだ顔はわかるものの表情まではうかがい知ることができず、そのことがむしろ男性の孤独感を見る者に想像させることになっていると思います。おそらく、彼以前に夜の暗闇を描いた画家は少なくなかったと思います。例えば、バロック美術のカラバッジォやラトゥールといった画家たちは夜の室内を多く描いていますが、それは神の光や蝋燭の炎といった光を暗闇とのコントラストでより輝かしく映るためのもので、黒は光を効果的に引き立たせるための手段だったと言えます。これに対して、ルドンの、これらの作品には暗闇によって引き立たせられる光はありません。むしろ、夜の闇がメインで、この作品であれば、孤独な男は、むしろ夜の闇の深さを印象付ける手段と言うこともできるものです。そこに、ルドンの「黒」の芸術の他の画家にはない特徴的なところではないかと思います。
Redoncape  黒の絵画でない作品を、「黄色いケープ」という作品です。晩年に近い時期に制作されたパステル画です。黒い色こそ使われていませんが、明らかに夜です。画面向かって左の光の球、あるいは光輪の黄色と右側の人物のケープが同じ黄色で、背景の青が夜の雰囲気を作っていますが、その青が緑を経てケープの黄色に次第に変化していく色合い。それが、この作品の中心のひとつであると思います。それが、色彩を選択した理由でしょうか。この説明では夜の闇に対して光がドラマティックに際立つカラバッジォやグレコのようなイメージに誤解されてしまうかもしれませんが、そのようなコントラストはありません。パステル画たがらとはいいませんが、パステルの淡い色彩で、塗り残し(手抜き?)もあって、輪郭のはっきりしない、ぼんやりとした画面です。
 この展示コーナーは「人間と樹木」だったのですが、展示リストにリストアップされている数点の作品が他のコーナーに展示されていたりして、展示の章立てなどの姿勢にいい加減さが垣間見えるような感じでした。それゆえに、人間と樹木という、この章の意図は不明のままで、展示されている作品に対する感想も、そのことについて触れることもできそうもありませんでした。

2018年6月25日 (月)

ルドン─秘密の花園(2)~1.コローの教え、ブレスダンの指導

Redonpeyrelebade  初期というか習作期の作品が並んでいました。とりたてて悪口や罵倒の言葉を並べるつもりはありませんし、むしろ、私の絵を見る目がないことを白日のもとにさらすことになることなることも分かっていますが、このコーナーに展示されている作品は、子どもが学校のお絵かきの時間に課題で描かされて教室の壁に貼って作品、あるいは下手の横好きの日曜画家が家族に邪魔扱いされながら自宅の居間に飾って悦に入っているような作品にしか見えません。ルドンというサインがはいっているからこそ見る人がいる作品でしかない。後年の画家の片鱗がうかがえる作品なのかというと、そもそも私には、この展覧会でルドンとはどういう画家なのかが分からなかったせいもあって、それもかなわなかった。それだけです。簿用とか月並みという印象で、中途半端なところは、ちゃんと余白を残さないで描けよと叱責したくなるような。敢えて言えば、「ペイルルバードの小道」という作品の左上の空の青が展覧会パンフレットの作品の背景で塗られている青を想わせるくらいでしょうか。

2018年6月24日 (日)

ルドン─秘密の花園(1)

2018年2月 三菱一号館美術館
Redonpos  久しぶりに都心に出かける用事があったので、そのついでに寄ることにしました。付近の美術館で開催していた展覧会は、私には惹かれるものがなく、それなら別にどこへも寄らなくてもいいのだけれど、折角の機会がもったいないと本末転倒なのかもしれないが、手近なところに寄って見ることにした。会期2日目という早い時期に入場するというのは、はじめてのことです。
 さて、ルドンという画家については、私にはなかなかどのような作品傾向なのかというかということについて、まとまったイメージを持てないでいる。そこそこ情報や知識はあると思うのだけれど、この人の作品は端的にこういうものだと言い表せないでいます。それで、主催者のあいさつを一部引用します。
 “オディロン・ルドン(1840-1916年)は、印象派の画家たちと同世代でありながら、幻想的な内面世界に目を向け、その特異な画業は、今も世界中の人の心を魅了して止みません。なかでも本展は植物に焦点をあてた、前例のない展覧会となります。本展の大きな見どころは、フランス・ブルゴーニュ地方に居を構えた美術愛好家のドムシー男爵が、ルドンに注文した城館の食堂の装飾画です。完成後、装飾画はドムシー城に秘蔵され、当館所蔵の《グラン・ブーケ(大きな花束)》を除く15点は食堂の壁から取り外され1980年には日本でも公開されましたが、1988年にフランスの“相続税の美術品による物納”制度により国家所有に帰し、現在はオルセー美術館の所蔵となっています。残された《グラン・ブーケ》は制作後110年目の2011年3月、パリで開催されたルドン展にて初公開され、今日まで当館の所蔵品として幾度か公開してきましたが、本展では、オルセー美術館所蔵の15点と合わせてドムシー城の食堂を飾ったルドンの装飾画が一堂に会す日本初の機会となります。”
 ということで、何のかんのともっともらしいことが並んでいますが、この美術館で所蔵している「グラン・ブーケ」というのが凄いのだと、苦労して取得したのだから、利用しない手はない、それで周辺の作品を持ってきて集客しようということが、下心見え見えという、それに易々とのった私も愚かだね、という展覧会。私は口が悪いので、揶揄的な言い方になりましたが、ルドンという画家はどのような作品を、どのように制作していった、つまり、彼が何をどのように見ていったのが、というイメージが固めることができず、何か素人くさいとか下手というのが目立ってしまったという感想です。ちなみに下手というのは、学校で教えるような技能、例えば、遠近法の構図とか、デッサンといったようなことではなくて、画家自身が何をどう見ているのかということを自身で認識して、それを他者である絵を見る者に対して、それに適した仕方で伝えるということです。例えば、まるで写真のように写実的に対象を写した迫真の絵画でも下手な場合も当然あるわけです。写実絵画といってデパートで展示即売しているような作品に、そういうのを見受けます。素人くさいというのは、そういう下手さがあっても、結果的に伝わっている、つまり結果オーライであるような作品が時折並んでいたということです。それでは、作品を見ていきたいと思います。

2018年6月23日 (土)

サッカー ワールドカップ私見

1111  サッカーのワールドカップが開催されていて、連日、テレビでそのゲームが放送され、19日には日本の初戦がありました。日本代表が勝利したこともあって、そのゲームを実況でも録画でも見た人が多かったと思います。私もその日本とコロンビアのゲームを見ました。ニュース等では、その模様を録画で伝えていましたが、そこでは日本のゴールや勝利の瞬間などは繰り返し映像が流されていました。しかし、私にとって、そのゲームで印象に残ったのは相手方のコロンビアのFWファルカオがゴール前で、後ろからのパスが長すぎて足が届かないようなのに、横っ飛びで、しかも無理に足を伸ばした姿(上の写真)うえずでした。あんな無理した格好でジャンプしたら、着地の準備に入れず、怪我をするかもしれないのに。その危険を顧みないようにして、ひたむきに足を伸ばして、仲間からのパスに応えようとする姿。しかも、ゴールにはならなかったのですが、ボールに触って、まがりなりにもシュートにもって行った姿でした。
 あれは、どこかで見た記憶があったのでした。そう、2002年の日韓ワールドカップ。日本の初戦、ベルギーに1点を先制されたあと、日本代表のFW鈴木隆行が同点ゴールした時の、届くはずのないボールを追いかけて執念で足を伸ばした姿(下の写真)でした。ボテボテ転がったボールはキーパーの手をかすめてゴールになった。あの姿がオーバーラップして見えたのでした。
1112  それは日常の普通の生活の場面では無様な姿ですが、私には、サッカーでなければ見ることの出来ない美しい姿でした。
 これは、私の偏見で客観性も普遍性もないことだということをお断りしておきます。実際に、サッカーをやっている人には、見当外れの偏見に思えるかもしれません。サッカーのパスはボールを足で蹴るなどして味方に渡すと言うように見えます。この時、プレイヤーはボールをどこに向けて蹴っているのか、ということ。味方にボールを渡すのであれば、見方のプレイヤーに向けて蹴っているのかというと、そうではない。プレイヤーは味方に向けて蹴ってはいません。彼らは、誰もいない空間に向けて蹴っているわけです。相手は、その蹴られたボールが向かうところ、つまり誰もいないところ(スペース)に走って、ボールを取得します。これに対して、同じフットボールでも、ラグビーのパスは味方のプレイヤーに向けて渡すように、相手が受け取りやすいように投げます。ラグビーのパスは味方から味方へ、見るからに受け渡すという感じで、プレイヤー同士の距離はサッカーに比べて近いのです。ラグビーのプレイヤーはボールを嬰児を抱くようにボール持ち、そして大事に味方に手渡します。まさに、One For All, All For Oneという言葉が象徴しているようです。しかし、サッカーは、例えば先日の対コロンビア戦の先取点の場面で、FWの大迫はディフェンスがボールを奪取したらスペースに走り出したのであって、パスのボールを受け取るために追いかけたのではありません。MFの香川は、ラグビーのように大迫の身体に目がけてボールを渡そうとしたのではなく、スペースに向けてロングパスを蹴りました。その時、パスの出し手と受け手はそれぞれが誰もいないところに向かっていたと言えます。そこには互いに、そこでパスがつながるという信頼があるからだと言う人もいるでしょう。しかし、見ているとそんな生易しいのでなく、成功失敗五分五分の賭けのように映る。二人が向かったのは、だから誰もいないという空間(それをサッカーでは「スペース」といいます)、スペースつまり虚無と言えるのではないか。サッカーというゲームは、虚無に向けて11人のプレイヤーのそれぞれが、それこそ独りあそびをするスポーツなのだと思う。それがサッカーというスポーツの、他のどのスポーツにない特異なところであるし、本質的な魅力ではないかと思います。虚無の空間との往還をするわけで、もともと、日本でもご神体の球を奪い合う神事、諏訪の御柱などはそのバリエーションではないか、と共通する、俗世界と超俗とを行ったり来たりする、そういう超越的な行為であったのだろう。ちなみに細かいパスをつなぐスペインのサッカーは、ラクビーのようにプレイする、虚無から逃げ回るようなサッカーで、私には、サッカーをやっているようには見えない、超越しようとしてないで日常の凡庸にしがみついている、だから美しくない。
 そういう視点で、19日のゲームでファルカオが虚無に向けて、を投げ出していた姿は、サッカーの本質的な美しさを体現しているように見えたというわけです。
 オヤジの知ったかぶりの薀蓄かもしれませんが、サッカーのゲームで勝ったという結果だけ、そうでなければ予選通過するとか、どんな成績を残すかという、成績ばかり話題にしたり、フィールドのプレイそっちのけで応援とかに勤しんで、となりの人と同じことをして一体感に酔い痴れているのも楽しみであることは否定しません。しかし、サッカーのすばらしいプレイは、たしかに世界の視野を広げてくれるところがあって、そういう認識論的な感動を語るということはないのでしょうか。

2018年6月14日 (木)

生賴範義展(2)

Ohraigozira_2  映画「ゴジラ」のシリーズのポスターですが、構図はスターウォーズと同じで、重なって見えます。ゴジラを描くときも、その皮膚の凸凹になっている丸い瘤のようなものを強調して描くようにして、他の部分はサラッと流すように描いて、ゴジラのゴツゴツしたところを細密に描き込んでいるように見せている。その瘤の部分は、けっこう粗いタッチで筆触が分かるくらいなのですが、印刷されたときの像の精度では細密に描かれているように映ってしまうことを計算していると考えられます。しかし、その粗さが、むしろ国会議事堂を焼Ohraigozira2_2 く尽くす灼熱の感じとか、ゴジラの力感を生み出している。そういうところが、単に精密に描写している以上の画面にしていると思います。生賴という人は、そういうパターンを見つけ出して、それを自家薬篭中のものとして、そこにスターウォーズやらゴジラやらといったものを当てはめて、それらが作品として成り立った。そういう画家だったように思います。すくなくとも、この展示を見ていて、そう思いました。そして、おそらく生賴の作品の魅力のベースは、このパターンにあるのではないかと思われてくるのです。
Ohraiself_2  ゴジラの瘤は、生賴の描く人物にも同じようなことが言えます。生賴の「自画像」をみると、顔の筋肉が目立って隆起していて、まるで瘤のように強調されて描かれています。生賴の描く男性の顔は、ほとんどがこのような描き方で、それによって顔の特長が際立ってくるのと同時に、表情があるように見えてきます。しかも、男性の場合には、多少マッチョに見栄えするような見え方をしてくるようになっていると思います。
 Ohraidelilah_2 一方、女性を描く場合には、SFアドベンチャーという雑誌の表紙イラストに典型ですが、乳房といったパーツを強調して女性らしさの記号のあつまりのようなパターンを着せ替え人形のようなバリエーションで描いていたみたいです。おそらく、映画ポスターやメカ物の場合と違って対象が特定されて、描くものが縛られることが少ないので、ここに生賴の志向するところが端的にあらわれていると思うのですが、この人は正確さとか、写実といったことよりも、説得力、つまり見る人が、そうだと受け取ることができる、ということを主眼としていたということです。ここで描かれている女性たちは架空の神話やファンタジーでの存在ですが、当時の男性の願望する女性のステロタイプに添うものを描いていて、リアルな女性からはかけ離れていた。しかし、実は生賴の描く男性も、よく言えば理想化されたもので、たとえモデルがあった肖像画でも、実際にモデルを忠実に写した正確性を追求したものではなかったと思わせるのが、この一連の女性像に端的に表われていると思います。生賴の技量ゆえに巧みにファンタジーのキャラのようにまとめられていますが、いわゆるエロマンガの記号的な女性像あるいは少年マンガのエッチキャラと共通性があると思います。
Ohraiyamato_2  そして、おそらく、生賴の作品でも支持が多いだろうと思われる、メカ、例えば宇宙船、あるいは第二次世界大戦の軍艦や航空機といった兵器等の描写について、ちゃんと調べて描いているだろうけれど、おそらく、いわゆるオタク系のファンが多いらしいので、この人たちが注目する細部について、知識のない人は見逃してしまうところを詳細に描きこんでいたりしているところが受けている理由のひとつでしょう。その一方で、パース、全体のプロポーションが、「あれっ?」と思うところがあったり、一部の細部を強調しすぎて、バランスがとれなくなっていたり、と思われる点もあると思います。例えば、この戦艦大和を描いた作品では艦の舳先とブリッジの向きが食い違っているように見えます。それは、女性像で乳房を強調して、わざとらしく露出させるのと同じことだろうと思います。そういう、見る者の願望に添って作品をまとめているところ、とくに生賴の描く兵器は重量感やマッチョ的な性格が強調されていると思います。ジャンルは違いますが松本零二の描く兵器の繊細さは、生賴の作品には感じられません。メカの虚飾を極限まで切り捨てたスッキリしたプロポーションというよりは、ゴツゴツした武器の塊のような描き方をするのが生賴の特徴ではないかと思います。ディテール強調というところがあると思います。その結果、ゴテゴテした感じになっている。しかも、戦闘の場面を描くのではなくて、兵器を人物キャラに模して画面を構成している。ゴジラのポスターのゴジラのところに兵器を置いたという画面になっています。
Ohraibigwave_2  とりとめもなく書いてきましたが、会場で作品を感心しながら眺めている人がほとんどなので、個々の作品は興味深いし、それはそれでいい展示だったと思います。生賴範義という人は、そのようにしてファンから愛されるのだな、とは思いました。しかし、私のような人間は、生賴範義の表現者として(というような言い方は大仰ですが)、このような描き方をするようになったのは、もちろん注文主からの求めに応えているのでしょうが、その応え方というのか、ここで散発的にのべたことについて、その根っこを僅かでも垣間見たかった。それができなかったのが残念でした。

2018年6月13日 (水)

生賴範義展(1)

2018年1月 上野の森美術館
Ohraipos  今年最初の美術展見物です。上野の森美術館は上野公園の中にありながら、国立博物館や西洋美術館といったビッグネームの影になってしまって地味な存在。常設展のようなものはあまりなくて貸会場のような箱物なのでしょうか。時折企画展が話題になったり(最近では「怖い絵展」とか)していますが。そんなことや、開館時刻が午後5時までで金曜も5時にしまってしまうといったこともあって、私にとっては近くの美術館などには行くけれど、ほとんど足を伸ばすことのないところです。今回で2回目くらいか、前回の記憶がなく、ただ場所がどこにあるかくらいしか覚えていません。
 それで今回は、イラストレーターで、映画のポスターや本の装丁、挿絵などで中でもSFやファンタジー関係の作品が多い人で、それと知らずに作品に触れてきたようなので、少し無理して寄って見ました。閉館1時間前の午後4時に受付して、入場者は多少多いと思うくらいで、鑑賞に支障をきたすほどではないが、少しざわついているねという程度でした。全体としての展覧会の印象は、私が美術館などでいつも見ている美術展とは違う、そういうものとは別物だったというのが正直なところでした。例えば、展示目録が用意されていない。したがって、地図を持たないで山に登るようなもので、会場で展示を見ていても、自分が展示の中のどのあたOhraistarwars2 りにいるのか全体像を把握できない状態だったので、ずっと迷子になっているような感じに捉われていました。それはまた、展示されているものについて、タイトル等の最低限の情報はあったのですが、この人の画業の中でどのあたりなのか、といったことはなくて(私が今まで見てきた展覧会では展示目録に展示番号が附されていて、その番号が作品タイトルの掲示にも添付されていたので、全体の展示の中で何番目程度の目安はあった)、おそらく、この人のイラストを見に来るひとたちにはニーズがないと主催者は判断したのかもしれません。また、主催者からのメッセージの掲示もなくて、展示する側は、この人の業績をどのように捉えていて、それをどのように見せようとしているのか、そういう姿勢がまったくわからないままでした。これも、おそらく、入場者は来場して好きな作品を見ればいいと考えてのことかもしれません。しかし、私のようにこの人がどのように作品を制作するようになったのかというようなトスーリーを想像するような見方をする人間にとっては、かなり戸惑うこととなった展示でした。おそらく、生賴当人もそうなのでしょうし、彼のファンの人々も、この人の作品は基本的に注文仕事であって、生賴本人の意志とは別に頼まれた仕事を誠実に仕上げた、彼の技量の成果として作品を見るというものなのでしょうか。展示についても、注文者別というか、映画会社からの注文、出版社からの、時代小Ohraistarwars 説、SF雑誌、ゴルフ雑誌、戦記雑誌などに小分けされての展示となっていました。つまり、生賴の作家性に中心を置いたという展示ではなかったということです。おそらく、生賴という人も、アーティストというよりアルチザンという意識をもっていたのかもしれないし、とくに作家性ということが絶対的に必要であるとは思いませんが、私の場合、そういう見方をするので、そうでない展示に最後まで戸惑い続けたという展覧会でした。美術展というと、どうしてもファインアートという感覚で見てしまうのですが、生賴の作品は商業ポスターとか挿絵のようなもので、ファインアートとしてみてしまうのは適切ではないと言われそうですが、たしかにここで書いているのを読まれた方は、私がファインアートとして生賴の作品を見ているかのような誤解を招いたとしても無理はないと思います。
 ここで、いつもなら個々の作品を取り上げて展覧会の内容に対する感想を述べていくのですが、今回は、アトランダムに感想を述べていくことにします。それだけ、とりとめのないものになると思いますが。
 映画「スターウォーズ」のポスターです。何枚ものポスターの原画が並べて展示されているを見ていると、実は同じパターンで人物キャラやメカといったパーツをとっかえひっかえして目先を変えてバリエーションをつくっていたことが分かります。だから、一枚だけを取り出して見ている分にはいいのですが、まとめて見ると飽きる。とはいっても、制作するのは、それぞれのシリーズの作品の公開するときで、まとめて見せることなど想定していないわけですから、それをもってどうだというのは変かもしれません。映画のポスターという制約もあったのかもしれませんが、「スターウォーズ」のポスターに限らず展示されている生賴の作品のほとんどが、一人または数人の中心となるキャラを画面の真ん中において、その周辺キャラやメカをその周囲にピラミッド状に配置する構図をとっているということです。画面Ohraistarwars3 に描かれるパーツの数が増えてくるとピラミッドの枠に収まりきれなくなる場合がありますが、そのときでもシンメトリーの構図を基本にしています。この構図を崩す場合でも、崩すので、あくまでも、この構図に基づいている作品がほとんどです。広く人々に見てもらう、見易さが重要な要素だったせいもあるでしょうし、生賴本人が構図を考えて主張を籠めるということをしなかったか、そういう発想で描くタイプではなかったか、ということでしょうか。もう一点は、画像で見ると精緻な感じがしますが、印刷されて、街角に掲示されることを計算しているのか、割と粗かったり、色も薄くさっと塗ってあったりと、筆の勢いとかいったことを重視しているということです。この作品では、背景の星は絵の具を吹き飛ばした点々のようだったし、宇宙船の表面の凹凸は目立つところを強調してはっきり描いて、その他は色塗りでごまかしているといった描き方です。塗りについても油絵のような絵の具を塗り重ねていくというよりは、日本画とか塗り絵のようなその色の部分をさっと塗るといった感じです。それゆえに、この作品であれば放射状に伸びていく流れ星の光跡を筆で一気に引く筆勢といったことが重要に要素を占めていると思います。その筆の勢いとか、線の入り、止め、払いといった勢いや力の込めるところなどで画面に生命感を作り出している。そういうところが、単にそれらしく巧みに描くだけにとどまらないで、生賴にポスター制作の依頼があった理由なのではないかと思ったりします。

2018年6月 5日 (火)

没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(6)~3.守一になった守一:1950-70年代

Kumagaikiku  1950年代に入ると、熊谷の絵画の作風が完成の域に達し、同じパターンの作品、つまり、お馴染み熊谷作品が量産されていくことになる。そういう作品の展示です。展示は、およそ半分はこの時期の作品で占められていて、同じような作品がズラッと並べられているのは、壮観である反面、ひとつの作品だけを眺めるというのが本来の意図した作品のあり方のようで、パッと見て同じ作品が何点も並んでいるのを順に見ていくのは、熊谷のファンには申し訳ありませんが、飽きてくるところがありました。おそらく、1950年代までの熊谷の作品には、これまで述べてきたような、従来の絵画の伝統にはなかった見るということを試みるということがあったと思います。それは、伝統にないことだから、今までにないことを自分で始めるわけで、今までのことは参考にならず、自分でいろいろやってみながら、あっちいったり、こっちKumagaikiku2 いったりという試行錯誤をしなければならない。それが作品にも表われていたと思います。しかし、それが色とか形を実在から切り離すということを始めたら、事物を検知するということから離れていくことになった。それ以降は、実在から離れた色や形をパズルのキーにして、並べ替えをするようにして、画面を操作するようにして描くということに傾いていったように見えます。それで、以前の作品には感じられなかった趣向とかセンスといった技巧が前面にでてくるように感じられます。それは、半面で画面の土台が試行錯誤するような絶えず変化することをやめて固定化して安定した、つまりパターン化したからこそ可能になったのであって、それが私にとっては飽きるという感想を生じさせることになった。それは、停滞といっていいかもしれません。
Kumagaiflower_2  「ハルシャ菊」という作品を見てみましょう。春車菊の花は写真のように花びらの内側が茶色で外側が黄色の花ですが、それを二重の円に単純化しています。その二重の円が画面の前面に散らばって、画面の下の方には菊の二重の円と同じようなかたちのカタツムリが、土と似た色で隠れるようにいます。その似た形が散在するのは、前にもあったパターンで、それが視線の動きを誘います。その一方で、カタツムリには動きがなくて、石のように静止しているようなのに、菊の茎や葉が、写真の実際の細さに比べて太くて力強さがあり、しかも動物の足のように力感があります。それは、カタツムリと菊の茎の絵の具の塗りの厚さや筆跡の勢いの違いからも、意図的に描き分けられているのは明らかです。二重の円への視線が動いているのに連動して、ということもあるのか、菊が自立歩行しているような感じもしてくる。そういうところがある作品です。
Kumagaisunflower  似たような作品で「山茶花」です。山茶花の花を「ハルシャ菊」の場合と同じように二重の円で描いていますが、「ハルシャ菊」との違いは色と大きさくらいでしょうか。この作品では、その二重の円がさらに前面に出てきて、茎や葉の茂みは2本の茶色の線とグリーン一色の面に省略されてしまっています。さらに、青地にピンクという補色に近い配色によって、ピンクの山茶花の花の円形が目立つことになります。また、それらとは別に水色の丸が散らばっていて、チラチラと目に付いて、山茶花の花の二重の円が全体に散在しているので、視線が絞られず、画面を動き回るように感じられます。「向日葵」も同じです。これらの花を描いた作品Kumagairain は、色の違いだけで、花の形は共通しています。
 「雨滴」という作品。水たまり落ちる雨粒を描いた作品ということです。水たまりとそこに雨滴が落ちたことによって生まれた波紋を二重の円形にしています。これは上で見た花を二重の円形に描いているのと、形は同じです。この二重の円形という簡素化された形を熊谷は、花や水たまりといった実在では無関係な事物に共通して用いています。ここには形式化が進み、実際の存在とは無関係に画面の中で完結した整合性のためのパーツとして形が用いられている。事物とか風景は画面をつくるための操作する手段とKumagaisun なっている。もともと、事物を検知することから始まった熊谷の絵画は、事物を検知するということは事物という自分の外界と関係をすることです。その関係の方法が検知ということです。その検知の際に、光と影に注目したしたわけです。したがって、光と影は熊谷が外界と関係する方法のための手段です。そういうことを考えると、この作品では形という手段がひとり歩きして、関係しようとする外界の存在とは切り離されています。つまり、熊谷のこの作品は外界と関係しようということが失せてしまったわけです。熊谷は外界と関係することをやめて、閉じ籠ってしまった。言うなれば、ひとり遊びです。ときに、熊谷の、このような作品に対して童心のような無垢とかナイーブと言われることもありますが、赤ん坊は外の世界を知らず、揺りかごの中で、ひたすら自分の世界に揺られているわけです。
 この二重の円形は日輪を描いた作品、たとえば「朝のはぢまり」という作品にも使いまわされていきます。
Kumagaicat Kumagaicat2  「猫」(左側)という1963年の作品です。展示室の壁一面に、このような猫の作品がずらりと展示されていました。私のような熊谷のファンでない者にとっては、少し辟易させられるほどで、以前に高島野十郎の展覧会で蝋燭の絵ばかり並んでいたときには、これほど辟易させられることはなかったのですが、退屈を覚え始めたのは私の熊谷の作品に対する相性が悪いせいかもしれません。しかし、前に述べたように、ここに熊谷の自閉とか停滞とかいったことを感じているせいもあると思います。これは人によって好みが分かれるところだと思います。この作品では、20年以上前のスケッチを基に、幾何学的なルールに従って再構成されているそうです。首の線、両目の線、畳の線、背中の三角模様の線など、多くの直線要素が、画面の四隅を結ぶ対角線と同じ角度に揃えられているといいます。そういう工夫が施されていて、そうですか、感心するかもしれませんが、だからどうしたの?ということなのです。何のKumagaicat3 Kumagaicat4 ために、どのような効果を考えてということ、つまり、この画面をどうしようとしているのかということが見えなくて、そういう手先の細工が目に付いてしまうのです。それは「三毛猫」(右側)という、ほとんど同じ形の猫の作品と比べて見て、この「猫」という作品が幾何学的な画面構成をしていることによって、違いが際立つかというと、両作品を同じように見てしまっているのです。その違いというのは、熊谷の熱狂的な愛好者や研究者の話題づくり程度の効果しかないのではないかと詮索したくなります。1965年の「猫」(左側)という作品は展覧会チラシでも使われていた作品ですが、「白猫」(右側)という1962年の作品の左右反転のようにも見えてきます。
Kumagaiuri  1960年以降の作品は、形の簡素化はさらに進んでいったように見えます。しかし、それが抽象的になったとは見えません。では具象と言えるかというと、対象を写すことをやめているので何とも言えません。また、記号として操作のツールにしているかというと、その形は記号のような自明性、つまり、誰が見ても、記号が表わしているものが分かるということにもなっていないのです。例えば「瓜」という作品。形は楕円で、色も実際の瓜の色を考慮せずに個々の瓜の色を塗り分けている作品です。これが瓜であると分かるのは、題名が瓜だからです。また、「はぜ紅葉」という作品では、鳥のまわりに赤や橙、そして緑の平面を配置して、この題名から紅葉であることを想像することになりますが、この鳥の周囲を紅葉した葉と見るのは、そKumagaimomiji う言われないと分かりません。しかし、この作品は、おそらくその風景を想像させる作品であるということなのでしょう。似たような作品に「若葉」というのもあります。
 「揚羽蝶と百日草」という作品。1950年代の「鬼百合と揚羽蝶」の蝶は単純化されて図案のように、それなりに洗練されていましたが、この作品の揚羽蝶は、そういう洗練とは違う、画面に動きを作るような効果を計算したということもない。こういうのをヘタウマと評したらいいのでしょうか。落語家の5代目古今亭志ん生が晩年に、高座で居眠りを始めたのを観客が芸だと持てはやしたのと同じような味わいというものでしょうか。「泉」という作品などは、一見深遠に見えたりしますが、そういう周囲の人たちがもてはやして、それらしい体裁を保っていると、私には見えます。
Kumagaiageha2  というわけで、熊谷守一というブランドイメージに沿ったような作品には、もともと魅かれていなかったので、否定的なコメントを重ねることになってしまいました。私の偏見であることは否定しません。この展覧会では、その偏見を引っくり返すことはできませんでした。ただし、熊谷の絵画について、それなりのストーリーを持てたこと、この展覧会の収穫であったと思います。
Kumagaiizumi

2018年6月 4日 (月)

没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(5)~2.守一を探す守一:1920-50年代(3)

Kumagaiontake  そのシンプルさを追求した結果なのか、熊谷の作品には同じような、というより、ほとんど同じ作品が見られます。この展覧会では、そういう作品を一緒に並べて展示されていたので、そういう作品が少なくないことが分かりました。例えば「御嶽」という作品。色遣いは異なりますが、御嶽や雲の形といった図柄は同じです。まるで、アンディ・ウォーホルのマリリン・モンローのシルク・スクリーンみたいです。熊谷の時代には、そんな技術はなかったのでしょうから、解説によると、まずスケッチを作り、それを元に型紙となるトレーシングペーパーに図を写す。次いで、型紙の裏にカーボン紙を挟み、油彩を描くために板に線を転写する。ということです。そして、御嶽山を描いた作品は3点が展示されていました。解説によれば、熊谷は3枚の油絵を雲の上辺に日が当たったところ、朝焼けもしKumagaiontake2 くは夕暮れ、青い空に白い雲と、異なる時間や天候を描き分けた。と。このベースには、対象の形相というかたちを重視しないからこそできることで、形相を事物の本質として、それを描写することを重視しないという熊谷の姿勢ゆえのことだと思います。ちなみに、ウォーホルの場合は、その形相という伝統を逆手にとって、大量生産の消費社会をパロディ化しているわけで、熊谷とは全く異なるといえると思います。なお、ここに画像があるのは1954年の「御嶽」と1953年の「木曽御嶽」というふたつの作品です。また、展覧会チラシにも使われている「鬼百合に揚羽蝶」という作品も同じように数点の同形の作品があります。
Kumagaiageha  この「鬼百合に揚羽蝶」については、そのようなコピー作品というだけでなく、作品の中でかたちの転用も行われているということです。画面上部の赤いものが鬼百合の花は、下の揚羽蝶とよく似た形をしているため、三羽の蝶が飛ぶようにも、鬼百合が揚羽蝶の影にようにも残像のようにもなって一羽の蝶がくるくると飛び回っているようにも見えるという効果を作り出していると言います。それは、かたちの遊びとでもいうことができるかもしれません。「松虫草」という作品もそうです。このような遊びについて、少し脱線するようですが、熊谷は事物の存在を検知するということを、検知したことが真であるかどうかという判断をするということから外れて、目というセンサで視覚情報を得るということで見るということをしようとしました。その際に、真かいなかの判断をする基準として形相という概念を脇において、光と影に注目します。そこから光と影を視覚は色としてキャッチするということに進み色に注目します。ここで形というのは、色によって検知された結果として色が帯びているものを形状として捉えるという二次的なものになるのがせいぜい。だから、形はどんなでもKumagaimatumushi 色が違えばちがうものということになって、形のコピーが可能になったというわけです。一方で、熊谷は光と影を色に置き換えて、影の部分を明るい色で表わすという、事物の固有の色から離れて、色と色の対比や調和という相互関係を優先して画面の色の配置を計算していくようになりました。それは事物を色によって検知するということが、その事物に固有の色があるということから離れて、色によるパズルのようなものとして事物のある世界があらわれてくるということになると思います。つまり、ここまでくると事物を検知するということから離れてきているということです。したがって、この画面は事物とか、世界とかいった実在とは離れて、熊谷がそれまで検知してきた方法を逆用して、独自に創ったと言えると思います。ある意味では、光と影、色、そして形といったことが実際に存在している事物を離れてひとり歩きし始めた。暴走したとも言えるかもしれません。前のところで、形のコピーについてアンディ・ウォーホルと比べてみましたが、ウォーホルの場合には物を消費するということに対する批評ということで実在のイメージと切り離すことはできないことが前提されていましたが、これに対して、熊谷の場合には切り離されていると言えると思います。それはまるで。物と物との交換手段であった通貨が、独自の価値があるように錯覚されて、物の値段ということを離れて独走を始めて通貨が通貨を生むというマネーゲームを始め、しまいには物を作るということを支配しはじめるという状態に通じるものを、私は感じてしまうのです。言ってみれば疎外というマルクスの古い概念を想起させるのです。
Kumagaifish  「稚魚」という作品も展覧会チラシで使われているので、熊谷の作品の中でも代表的なものなのでしょうか、「鬼百合に揚羽蝶」で用いられていた形の遊び、解説では異時同図法という手法なのだそうですが、それが原初的に用いられているので、分かり易いと思います。つまり、まず青地に赤という補色に近い配色によって、赤い魚が目立つことになります。もし、この作品を左右に振るように動かしてみると、目立って前面に出てくるように見えている赤が素早く動くのに対して、青が一拍遅れるという動きの差があるように感じられるといいます。それによって赤い魚はますます元気に動くように見えることになると言います。さらに。もうひとつ運動感を生むために、ここに5匹の魚が描かれていますが、5匹の魚が泳いでいるようにも、1匹の魚がぐるぐる泳ぐ動きを分解しているようにも読み取れるように描かれています。おそらく向かって右下から魚が泳ぎ出し、左下でちょっと頭を下げて、中央で一挙に水中に潜ったというように、動きを読むことができる。真ん中の魚の色が濃いのは池の深いところにいるから。と説明されています。ちなみに。この作品の構成や色の位置はマティスの「ダンス」という作品を参考にしているらしいと言います。

2018年6月 3日 (日)

没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(4)~2.守一を探す守一:1920-50年代(2)

Kumagainude2_2  「人物」という作品です。裸婦の後姿を描いたものでしょうか。これまでの作品の見方から、色のブロックの組合せが室内の裸婦の形を成しているというように見ることができると思います。そしてさらに、色のブロックが色というだけでなく、画面に絵の具を塗ってある筆の跡が画面にリズムを作り出していることに気づきます。例えば、裸婦の背中や尻のところの円形の筆跡。それが背景にもあって、それらが色によって形がなして在るのは別に、筆の跡が新たな形を画面に創りだしている、と見えます。熊谷は、これを裸婦や風景を題材とした作品で試行するように制作していった、それらが並べて展示されていました。「裸婦」では赤い絵の具のくねった筆跡だけで裸婦ということにしてしまっています。これなどは、もはや裸婦を写生したことを超えて、筆で引いた筆跡を裸婦ということにしてしまっていると言った方がよいのではないと思われる作品です。「横の裸」という作品では茶色と白の筆跡だけとも見える作品で、これはタイトルがあるから、そのように見て、はじめて、何が描かれているのか分かるもので、タイトルがないところでは抽象画と言われても、そうだと信じてしまいます。つまりは、熊谷にとって世界とは、そういうものとして存在しKumagainude3_2 ていたのではないか、と思えるのです。だから、自分なりに創ってしまうことができること
にもなるわけです。
 例えば「安良里港」という作品です。漁船は水平に筆を動かして赤と白と薄い青の帯が数本引かれたというもので、画面手前の岸に集まった人々は円形に筆を丸めて引かれた跡が三角形に集められています。「人物」から、さらに一歩進んで、既成の真理以前の状態で世界を検知するというところから、筆跡という要素を描くことにくわえることによって、画面をそれで作っていこうとすること、それは、熊谷が新たに創り出した、既成の真実ではない彼自身の尺度で世界を判断しようとするもの、というところに行こうとしている。つまりは、検知した情報を基に彼自身による世界を構築しようとしている方向に一歩進んだのではないか、ということです。なKumagaiport_2 お、ここに見られる作品は、スタイルとしては表面的にキュビスムやフォービスムに似ているところがありますが、これらの運動は、理念として真実を尺度として、真実を画面に再現するための様々な試行錯誤と考えられるので、根本的に熊谷の姿勢とは別物と、私には思えます。それゆえに熊谷の作品には、そういうイズムの作品にある計算された緻密さにはないプリミティブな奔放さとか荒々しさがあるように思えます。
そして、表われて来るのが。熊谷守一のトレードマークともいえる赤い輪郭線ではないかと思います。展覧会での説明では、熊谷はもともと光と影に関心を持っていて、前に見た「横向裸婦」では逆光の位置に立ち、身体の縁から漏れる光を白く細い線で表わしていたと言います。「夜の裸」という作品は、「轢死」のKumagainude5 モチーフを引き継いでいて、夜の闇の中の死体をはっきりとそれと分かるために、光と影を色に置き換えるだけでなく、逆光の縁取りが赤い輪郭線となって現われたと言います。本来、現実の世界に輪郭「線」は存在しません。あるのはモノと空間、またはモノとモノとの境目だけです。熊谷は何ごとも一から自分で考えなければすまない性格です。その熊谷が実在しないはずの輪郭線を画面の上に引くためには、一度「線のように見える細い輪郭の光の帯」という確かな手がかりを用意する必要があった。と展覧会では解説されていました。
 そして面白いのは、赤い輪郭線を引くことによってなのか分かりませんが、輪郭線によって引かれて形成された形がひとり歩きし始めるよKumagaitanigatake うなことが見られることです。 「谷ヶ岳」という作品では、「夜の裸」の顔を背け、腕を投げ出した裸婦の輪郭を左右反転させると山並みのラインとよく似ているのです。これは、一連の裸婦像や風景画で筆跡がひとり歩きして世界を創るようになっていったのと同じように、輪郭で形成された形態が世界を創ることもできることなるわけで、熊谷は、このように様々な方法で世界を創ることを試みていたのではないか。創るという意図的なことではなくて、既成の真実という尺度のないところで世界があるということを検知して、それを表わそうとして、そのままでは他人には分からないから、何らかの尺度をそこに他人のためのフィルターを入れることを試みていたのかもしれません。
 Kumagaiurushi 「漆樹紅葉」という作品では、輪郭線で区切られた形成された領域を色で埋めて、結果として風景画の画面が出来上がるという、あたかも世界創造をしてしまっているかのように思えます。しかし、何気なく見れば、簡素化された、こどものようなナイーブさを感じさせる牧歌的な風景画で、しかも色が鮮やかできれいというものでしょうか。しかし、この鮮やかな紅葉として見る者が受け取る色彩は、様々な色の相互関係による効果を計算して創り出されたものでしょう。
 解説では、アニメーションのセル画のように塗り分けていると説明しています。「西日」という作品では、光が当たる部分の明るい色と影になる部分の暗い色の塗り分けをそうしています。個々の岩は影に沈んで一色に塗られ、岩の影にあたる西日は赤い輪郭線で表わされています。このようにひとつのモチーフを明暗のブロックに分け、そのブロックをひとつの色で塗っていく、そして、その色はKumagaiwest 現実の固有の色ではなくて、となりの色との相互関係で対比や調和を考えて選んでいくようになっています。このことは、「仁右衛門島」という作品では黄土色に茶色という固有の色の明暗に近い色合わせとは別に、もっとも暗い部分には少量の青や紺が用いられています。つまり、暗部を影にするのではなく黄土色のとなりに青を置いているのです。つまり、真実かどうかという判断をする以外で、存在していることを検知するということをしようとする。それは、(西洋)絵画というもののあり方に対する、根本的な批判ということになりかねないのかもしれません。何かの対象があって、それを目で見て、そのことを描いて他人に見せる。そういうこと、そのベースにある見たままは、その対象そのものを写している、真実であるということです。その真実であるかどうか、ということを外してしまうということです。ある意味、そんなことは絵画の伝統の中で誰も想像すらしなかったことかもしれないわけです。しかし、熊谷以外の人Kumagaiisland は、絵画のそういう伝統の中にいるわけで、仮に熊谷がそういう試みをしたとしても、例えば私であれば、熊谷が試みているということを聞いていたとしても、習性的に伝統の中で熊谷の描いたものを見てしまうでしょう。したがって、熊谷がそういう試みをしている作品を、批判されている伝統として見てしまっている。それゆえ、そこにすれ違いというのか、正直に言うと、熊谷の作品に対して、簡素化したパターンのような同じようなモノの繰り返しを大量生産しているとして、絵画というよりイラストとか挿絵のようなもの、と見なしてしまう。しかし、熊谷からすれば、そういう検知をしていて作品を制作するだけでよかったのか、自分ですら手探りで試行錯誤を繰り返しているのに、それに自覚していない他の人に作品を見てもらうということができるのか。おそらく、見せたとして、それを分かったという人がいても、今言ったように混同してしまうのが関の山ということ、こんなことは熊谷も分かっていたと思います。したがって、熊谷は誰もやっていなかったことをするということと、それを他の人に見てもらって、そういうことだということを分かってもらうという、二つのことについて作品を創ることをしようとした。とくに二つ目のことについては、少なくとも混同を避けるためには、従来の絵画とは違うということを見る人が、ひと目で分かる、かといって絵画であると認められる範囲から外れてしまえば、見てもらえなくなる。そういう綱渡りのようなギリギリのバランスの中で、試みを続けていたのではないかと想像をしてしまいたくなります。とくに、この「西日」のような作品は、その結果としてシンプルさとか、軽さといったことを獲得し始めた作品ではないかと思えるのです。少なくとも、私には初期の真っ暗な作品と、どちらが親しめるかと問われれば、躊躇することなく、こちらを選択します。

2018年6月 2日 (土)

没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(3)~2.守一を探す守一:1920-50年代(1)

Kumagaiplant_2  このコーナーで展示されている作品を見ると、前の「闇の守一」のコーナーでは光と影の対比で影ばかりだったり、色に注目して点描みたいな色を分けて塗ることだったり、といったことが目についたのでしたが、ここではまず、荒々しい筆のタッチが画面に、そのまま残されている描法が目につくようになります。
 例えば「松」という作品は、まるで絵筆で描きなぐっているだけのような作品です。どう見ても、松には見えない、そういう形をしていない。ここでは、光とか色ということだけでなく、形という側面からも、人がどのようにものを見るかに関心を向けているように見えます。その関心は、描くという行為に伴って、このように描くことで、人はこのように見るという方向に逆転します。それは、松がどのように在るということではなくて、このように描くと人は松を見るという方向です。この作品では、それが試みられているようにも見えます。
Kumagainight  「夜」とは「轢死」の再制作と言える作品ということです。この作品は夜なのに。画面全体が明るい。これまでの暗い色調で影ばかりを描いていた作品とは大きく違います。これは、まさに熊谷本人が言っていた影が陰気になってものの形が曖昧になってしまうことから脱して、光と影を色に置き換えようとした作品ではないかと思います。実際のところ「轢死」では、真っ暗な画面で何が何だか分からなかったのが、この作品を見て、どんなものが描かれているのか、はじめて分かりました。この作品での中心となる轢死した女性は物質的な身体ではなくて、赤、青、緑、黄、白などの光の点の集まりとして描かれています。光というよりも色に置き換えられている。暗い背景から色の点が浮き上がり、ふらふらと動き出すように見えてくる。これは女性の肉体という物質に属するものではなく、見る者の目と脳の中だけに生ずるものの見方と言えます。
Kumagaideath1  「陽の死んだ日」という作品です。画面左手に火の灯った蝋燭が描かれているところから、通夜の風景なのでしょうが、夜の暗さは微塵もありません。蝋燭の灯りに照らし出されたにしては昼間のような明るさです。おそらく、夜の闇の暗い部分は薄い地塗りのままなのか。はっきりと見えているところは、ブロックに分けられて絵の具を厚く塗られています。つまり、光と闇を闇から見ていくことから、次第に光と闇を色の集まりの分布に置き換えられていったと言えます。それは、ここでは遺体という物質の実質から、それを視覚というセンサで感知している表層の色という情報の集まりと配列ということに置き換えているというわけです。「松」のところでも述べましたが。人が遺体を見るときには、その色、色というのは光の反射を網膜が捉えた情報を解析した結果、色として把握して消化するわけですが、を認識する。その色の配置により、形を構想する。つまり、この作品であれば、赤と黒に囲まれた肌色っぽい色のブロックを形としてまとまったものとして捉えて、それが顔であるという意味を与えて、その対象の内容を解釈するということでしょうか。このとき、西洋絵画の基本的な認識の仕方とは異なることを熊谷は試みているのではないかと思います。熊谷自身には、そんなことを意識しているわけではないでしょうが。つまり、人が何ものかを見て得た情報について、それがその見たものと一致しているかどうか、一致していれば、それは真実であるということになります。その判断をするのか知性とか、理性といったはたらきです。理性が得た情報を真実かどうかを判定するときに、その情報のどこで判断するかというと、それが本質です。本質という部分をそれが何であるかという基準(概念とか、あるいはイデアというひともいますが)に当てはめて、それと一致すれば真実であるということになります。そういう本質の内容について、形相、つまりかたちを第一に考えるのが西洋の伝統と言えます。だから、近代絵画くらいまでの西洋絵画は、デッサンというものの形をある視点で正確に捉える訓練を重視してきました。私たちの常識的な絵画の見方であっても、形がそっくりであるということをひとつの基準としてみていることがあるわけです。リアリズムというのは、ものの形を正確に捉えて描写しているというように見ている要素が大きいと思います。説明が長くなりましたが、ここで熊谷の作品を見ていると、そういう形ということを第一に考えていない。そのベースとなる、見たものが真実であるかどうか、ということについて熊谷は全く注意を払っていないように思えます。それよりも、目というセンサで得た光というメディアを介した情報を色に変換し、そこから形という意味づけの手段とするプロセス。つまり、西洋的な真実かどうかを判断するための本質を得る前段階のプロセスを追究して、それを描こうとしているように思います。したがって、熊谷にとって形というのは、真実として意味づけられる以前のもの、だからあいまいなのです。例えば、ダイビングで海底に潜っていた際に、海底の岩につかまろうとしたら、そのつかまったものがグニャリとした感触で柔らかかったら驚くでしょう。岩に見えたものが、摑んでみるとそうではなかった。つまり、見るというセンサで検知したものから判断して、それに基づいて行動したら、その判断が誤りである、つまり真実でないことに気が付いた。このとき、人は判断を訂正するのが普通です。摑んだのが岩ではなくて、岩に擬態した軟体動物であった。それが分かると、人は、その新しい判断を基にして行動を改めるでしょう。しかし、このとき、その摑んだものが未知のもので、どう対処すればわからないとき、人は不安になったり、時には恐怖やパニックに陥ることもあります。実に、熊谷は、この判断以前の時、この例で言えば、岩と思って摑んだものが岩ではいことに気づいたとき、それが岩以外の何であるか不明で、それを水中眼鏡越しに見ている状態にいるのではないかと思います。例えば、この「陽の死んだ日」という作品では、通夜の風景とか、目の前に横たわっているのが人間の遺体であるという判断をする以前の光とか色が目というセンサに情報として検知された状況を捉えようとしている。むしろ、熊谷にとって世界とは、そのような判断のできる安定した心理でいられる状態でないものとして存在しているのかもしれません。そうであれば、逆に真理などという既成の判断基準にとらわれずに自分独自に基準をつくって解釈することが可能となります。それが、この時期の熊谷に特徴的に表われている荒っぽい筆の跡なのかもしれません。

2018年6月 1日 (金)

没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(2)~1.闇の守一:1900から10年代

Kumagaihalflady  ここには、展覧会のポスターとは別人のような熊谷がいました。「婦人半身像」は、筆触がむき出しになったような荒いタッチで、何だか描きたいイメージが先にできて、どんどん進んでいって、それに描く作業が必死に追いつこうとして筆を動かしている、というように見えます。しかも全体に暗くて、モデルである女性を美しく描こうなどとはこれっぽっちも思っていない。そういう配慮というものがなくて、ひたすら描くことに追いまくられている。そんな感じは、岸田劉生を想わせるところがあるのではないかと思いました。
Kumagaicandle  「蝋燭」という作品です。蝋燭を手に持った男性が、その姿が炎に浮かび上がるという作品なのでしょうが、絵の具の変質や汚れによって黒っぽくなったせいもあるのでしょうが、全体に暗いので、男の姿はぼうっとしているように見えます。蝋燭に照らし出された光と影をドラマチックに描くのはカラヴァッジョやラトゥールなどといったバロック絵画の常套手段で、蝋燭の炎が揺らめいて光るところを飽きずに描いた高島野十郎のような画家もいますが、熊谷は、それらの画家かちとは違って、蝋燭の光の部分を過小と言えるほどに描いています。それだけ影の部分に注意が向かっているのか。多くの画家は光を捉えることに関心を持って、影を描くとしても、光を描くための対照させるために描いている、先に例をあげたバロックの画家たちは強調するように使っていました。それに対して、この作品の熊谷は、光ではなく影に描きたいと言わんばかりに見えます。
Latourjosefu  それについて、次のように解説されています。“熊谷が「人間の目にとってのものの見え方」に強い関心を抱いていた。身体に属する一器官である目にはさまざまな癖があり、ときにわたしたちに現実とは異なる「とてもおかしいこと」を見せる。人間はものをそのままに見るわけではなく、あくまで目というフィルターを通って届く刺激により、脳が作った像を見るのだ。熊谷は早い時期から目というフィルターの存在に自覚的だった。そんな熊谷にとって、闇とは、ものの物質的な実体を消し去り、代わりに光の当たり方によってどのようなでも変化する不安定な像を出現させる、理想的な状況だったに違いない。”
 Takashimarousoku2 それは、熊谷は、写実ということを素朴に信じられない人だったということかもしれません。この作品で言えば、男が存在することは確かだとしても、そのままを人は見ることができるのだろうか。そうであれば、見るという仕組みを分析して、どのように男が存在しているという情報をキャッチして、その詳細について、おそらく必要な情報をフィルターにかけてセレクションしている。そのセレクションの仕組みを絵画に逆に用いれば、セレクションした情報のみを絵画に載せることによって、見る人はそこにリアルとか真実であると捉えさせることができる。そうであるとすれば、熊谷にとって絵画とは在るものを表わすものというよりは、在るという真実を創り出すものであったのではないか、と考えていたかもしれない、と思えるのです。そうであるとすれば、熊谷という作家は、控え目に言っても、かなり特異な作家であったということになると思います。そうであれば、この後に見ていく展示作品において、色や形といったことの捉え方が、他の画家たちとは根本的な発想が異なっている、というよりは突飛に見えてしまうのは、そういうことなのかもしれない、とすこし先回りしてしまいました。
Kumagainude  「横向裸婦」という作品です。一見、粗っぽい塗りようで、薄い塗りは土の板が見えてしまいそうで、筆の跡がはっきり分かります。この女性の裸体は、人間の肌とは思えないような色が使われ、筆の塗り跡のままに散りばめられています。それは物質として、そこに存在する身体を目が捉えているというよりは、光の集合として捉えているという、人間の目と脳の中だけに生じるものを画面に定着させようとしているのではないか、と思えるのです。
Kumagaiself 「自画像」という東京美術学校卒業時の作品です。学生時代の同級生に青木繁がいて、夜の街角を二人で歩いていて、遠くの街灯の光がまつ毛に当たって光輪のように見えて、そっくり返って歩く青木は下まつ毛に、俯いて歩く熊谷には上まつ毛に、それぞれ光輪が映っていた、と熊谷は後世になって述懐しています。この作品では、全体に赤黒い色調で、輪郭がぼうっとして明瞭でなくて、その暗い画面のなかで、影になっていたり、暗さの中で細かいところは赤黒いというか暗褐色の影の中に沈み込んでしまうように、よく見えなくなってしまっています。色というのは、光の反射具合を人の目が検知するものです。だから、逆に色を描くことによって人が検知したということを表わすことができるわけです。この作品をみていると、熊谷が影を描くことから離れていったことがわかるような気がします。だって、何を描いたか、画家以外の人には、分からなくなっていくようなのですから。「轢死」という作品など、その最たるものなのですから。熊谷の次のような言葉が引用されていました。“影ってものは、陰気なもんでしょう。そこを影のない色を寄せ集めれば、困るほど影が出てくる。そのほうは、実際の影より陰気じゃないですわ”
Kumagaideath  「某婦人像」では、印象派の描法のような絵の具を混ぜることをしないで、いくつかの色を別々に塗り分けて様々な色が人間の目の中で適切に混ぜ合わされて、まるで絵の具を混ぜた色のように見えてくる効果を意図して描いているように見えます。このことは、人間の目がどのようにものを見るか、ということへの関心が闇と光から色と色の関係に移っていったことが作品に反映したもののひとつと言えるかもしれません。この作品では補色関係を計算していると考えられます。
Kumagailady

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