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2018年6月30日 (土)

ルドン─秘密の花園(6)~5.「黒」に棲まう動植物

Redondream3  版画集『夢のなかで』より「Ⅰ.孵化」という作品です。おなじみの、いかにもルドンという作品で、球形の卵ということなのでしょうか、それが円形の断面の中は男の顔が出てこようとしています。そして、次の「Ⅱ.発芽」という作品では、同じ顔が球形から出て真っ黒の円形に囲まれて中空に浮かんでいるように見えます。また、画面全体は、「Ⅰ.孵化」では真っ白で無ということをおもわせるような何もないというイメージで、「Ⅱ.発芽」では暗闇という世界があるという画面になっている。穿った見方をすれば、発芽したことによって顔が誕生したわけで、人間であれば意識が生まれたことになって、人の意識は自分のいるところを、周囲の環境を自分にとっての世界と認識して、そこにいる自分を置くということで実存するということを考えると、ここでは、発芽することで世界が生じる。その世界というのは暗い世界だったというわけです。もちろん、ルドンはそんなことを意識して論理的に考えたりはしていないでしょうけれど、そういう解釈も成り立ちうる。こころなしか、顔のほうも、「Ⅰ.孵化」から、「Ⅱ.発芽」になって、すっきりと整っているように見えます。
Redondream4  版画集『起源』から「Ⅱ.おそらく花の中に最初の視覚が試みられた」という作品です。目玉が花ということなのでしょうか。そう考えたとしても、その目玉をべつにしても植物とは思えないのですが、仮にそうとして目玉の周りに針のようなのがたくさん出っ張って広がっているのが花びらのようなものなのか、さらに、その外周に円状に描写が段階をつけて変わっていくのは、「ドムシー男爵夫人の肖像」の背景部分で、光が円状に広がっていくことの先駆けのようなものとして見ることが出来るかもしれません。「ドムシー男爵夫人の肖像」では色彩の変化とタッチによるグラデーションで、それを幻想的に表わすことができていましたが、ここでは白黒の版画の画面であるので、草の描き方によって、同じような効果をあげている。つまりは描かれている草の変化によって、「ドムシー男爵夫人の肖像」であれば空気とか光であったのが、生い茂る草の変化で同じような幻想空間を作り出していると言えます。そう考えると、ルドンの作品というのは、一般的な絵画では対象物が画面の中心にあって背景があるというのとは違って、背景の方がむしろ画面のメインの地位にあると言えるのかもしれません。この作品では題名のとおりに視覚が生まれることによって、視覚の対象として見られる世界が生じてきRedonorigin た。その世界が生じるところがメインであって、視覚は、その契機に過ぎない。したがって、単なる契機であれば、そのために都合として描けば良いのでとくにリアルである必要もないわけです。単なるスイッチです。この場合は生い茂る草を世界として描くわけですから、スイッチはその中にある同じような草である方がいい。そして、視覚が生まれるために目を付け足してやればいい。あとは、作品の画面の中で、“らしく”はまってくれていればいいというわけです。同じ版画集の「Ⅲ.不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた」という作品です。この画面にはタイトルで触れている岸辺というのが何も描かれていません。一つ目の巨人は大きく画面の中心にありますが、その背景が不定形の波か雲のようなのが一部にあって、あとは空白です。これは「ドムシー男爵夫人の肖像」の背景のようなグラデーションなのでしょうか。版画のために色彩の変化を使うことができないので、何ともいえないのですが。タイトルで岸辺と言っていることだから、何かしら描いているか、それを見る者に想像させるか、いずれにせよ、「ドムシー男爵夫人の肖像」の場合と同じように、この作品では、ひとつ目の巨人が明確に描かれていて、その背景と対照的になっている画面と見ていいのではないか。
Redonorigin2  しかも、「Ⅲ.不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた」という題名からは、この中心に描かれているのは一つ目の巨人ではなくて、ポリープ、つまり瘤かイソギンチャクのような海洋生物が、たまたまそのように見えたということを言っています。つまり、不定形な物体なのです。一方、背景については「ドムシー男爵夫人の肖像」のように背景の不定形の部分が画面上の多くの面積を占めているわけではありませんが、こちらも形をなしていません。この前の作品「Ⅱ.おそらく花の中に最初の視覚が試みられた」が、目の前に存在が現われたという作品であるならば、この作品は何かが存在しているということ、それがたまたま風景として現われているという作品と言えると思います。変な言い方かもしれませんが、このような幻想的とか、あるいは抽象に近いような画面ですが、それは理念とか理論でたどり着いたのではなくて、ルドンは実際に見えていたものを描いていたように思えます。明確に分節化されたような輪郭のくっきりした、私たちがリアルとかんじているような、見えかたで見ていなかった。見えていたのは、明確な形をした堅固で、それぞれに分節化された物体ではなく、周囲との境目が曖昧で、たえず流動しているような不定形で実体をなしているかどうかわからないような、そんなように見ていたのではないか。それを見たままに描いたのが、ルドンの作品ではないかと思えてきました。
Redonbaisin  版画集『陪審員』から「Ⅱ.入り組んだ枝の中に蒼ざめた顔が現れた…」という作品。背景は黒で、左下には枝が入り組んだように見えるのが黒の中に隠れているように、それ以外の背景は、グラデーションのように不定形の細かな形がびっしりと描き込まれていねようです。これを見ると、最初のところで、“わたしの黒”という画家の言葉から黒い作品としてみてきましたが、黒という色がメインではなくて、不定形な画面で、輪郭といったものを描かないので、グラデーションによって、それらしい画面にするので、黒で画面を塗り潰すことになった。そういうことなのではないかと思いました。黒というのは、たまたまで、画面を塗り潰してグラデーションをだすというのがメインだった。この作品をみると、背景の黒く見える不定形の部分がメインで、それがそのまま画面に描かれるという作品ではないかと思います。説明にあるような死の影とか暗闇とかいったこと、見ている人が作品を見やすくするためにつくった物語のひとつではないかと思えるようになりました。

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