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2018年8月

2018年8月17日 (金)

生誕150年 横山大観展(3)~第2章「大正」の大観

Yokoyama2018namiki_2  「夏並木」という作品です。この作品は朦朧体のもやもやした画面は影を潜めて、それとは正反対の松の幹の表面の樹皮を太い線で、幹の輪郭よりも目立つように描いています。松の葉の繁っている様子ももやもやでなくて、輪郭をくっきりひいて塗り絵するようにのっぺり絵の具で彩色しています。掛け軸の小さな画面から描写が溢れ出してきそうな、朦朧体の作品の線のない画面とは正反対の線が過剰になって、詰め込んだ感じもしなくもない画面です。これは、また、朦朧体のときとは逆の意味で、奥行きを画面に感じさせない、空間の一部を切り取ってきたような場面です。そこから線が溢れ出るような描き方で、松の木の大きさが小さな画面で感じられるようです。しかし、それ以上に、この作品では、松の幹の模様のようになっている表面樹皮が割れたものが幹の上で反復するように描かれているということです。パターンの繰り返しになっているということです。松の葉を細かく描きこんでいるのも同じように繰り返しと見ることができます。これは、前のコーナーで見た作品とは180度方向転換したように見えます。ただし、横山という人は統一性とかそういうことはあまりこだわらないひとなのかもしれず、同時期に「瀟湘八景」のような朦朧体をつかった作品も制作しているのですから。
Yokoyama2018fire_2  「焚火」という三幅の屏風です。左右の人物は問題外なので無視して、中央の焚き火の部分です。燃やされている落ち葉が、同じパターンをコピーアンドペーストしたように繰り返しで描かれているようで、その上部の炎についても、くねくねした赤い色のパターンを反復させているようです。しかも、塗りはベタ塗りのようにグラデーションがなくて、貼り絵のようです。落ち葉は黒と茶色の2パターンで、これは葉の裏表の色分けなのかもしれませんが、その色のパターンは、左右に立っている人物の衣装の2色と同じです。このような細かいものを反復させて、画面を構成させる。また、これは屏風で金箔を貼った地に描いているので、背景を描く必要がなくて、画面に空間を構成させる必要がないので、奥行きとか平面的になるとかをあまり考えずに済むだろうから、パターンの反復をやり易かったのかもしれません。この大正期の作品展示では、屏風が増えてくるのですが、それが要因しているのでしょうか、平面的な画面にパターンの反復で構成するような作品が目立ってきます。
Yokoyamashushoku_2  「秋色」という作品は、そういうパターンの作品のひとつのピークをなしているのではないかと思います。以前の横浜美術館の展覧会でも見ているはずなのですが、今回の展示を見ていて、この作品が一番印象に残りました。とくに、鹿のいない右側の葉が画面を多い尽くしているような方がとくにすごい。写実とか構成とか空間とかいったことを無視するように、大量の葉っぱが執拗に描きこまれています。しかも、「秋色」という題名で、つる草の葉っぱであるだろうに、紅葉した色とりどりというのではなくて、紅葉している途中の、あまりきれいでない葉を描いています。それが生々しさをもった迫力を生んでいます。横山は、このような葉っぱを描いたのは、紅葉してしまったのであれば、赤とか黄色といった単色で葉を描かなくてはならないのに対して、このような途中であれば、緑から赤や黄色に変化していくので、それYokoyama2018fuji_2 ぞれの色や途中の色を使うことができるので、たくさん色を使えてバリエィションを多彩に派手にできるからかもしれません。しかも、その多彩な色が鮮やかな原色をそのまま使っているような感じで、感じ方によっては毒々しいほど、攻撃的なのです。この色彩だけでも強く印象に残るのです。色彩の氾濫というのか、フォービズムの作品に触れたような印象なのです。とても秋という季節の葉っぱが紅葉して枯れていくという、寂しげとか、そういうニュアンスは全くありません。秋の紅葉という題材は、赤や黄色といった原色を屏風に氾濫させるために便宜的に選んだと言った方が、この作品にはふさわしいと思えるほどです。また、この作品に琳派の影響を説明されているようですが、琳派のグラフィックデザインのようなスッキリしたシャープさや彩色の均一なところは、この作品にはありません。琳派の装飾的なところは隅々まで計算されたデザインのようですが、この作品の過剰な色彩によって感じられる、毒々しさとか異様さは琳派ではありえないものです。端的に言えば、ブッ飛んでいる、ハジけている、そういう作品です。私は、横山の作品の中で、このようなブッ飛んだものが、だいたいのこの作品と相前後して描かれた何点かの作品が、個人的には一番好きです。見ていて、ワクワクしてくるのです。
 「群青富士」という作品も、「秋色」とほぼ同じ頃に制作されました。金泥地の上に、やや俯瞰的に、湧き立つ白い雲(中景)を両隻にわたって流し、左隻に繁茂する樹叢(近景)を、そして右隻にその頂にまだ数条の雪を残す富士(遠景)を描いた作品ということです。絵画というよりは、グラフィック・デザインに近い、ポップに図案化された作品。とくに富士山はリアルには山になっていなくて、青に近い群青色の凸型の図案です。白い雲の半円の反復の中に、緑の半円が同じリズムで富士の外輪山の頂上が顔を出しているということなのでしょう。この反復はポップアートと言ってもいいかもしれません。「秋色」と同じ時期に描かれたとは、とても思えない異なった方向にブッ飛んでいる作品です。この屏風を改まった席で、もっともらしく飾られていたら、思わず笑っちゃいます。「霊峰十趣」の連作も同じようにポップな作品です。
Yokoyama2018kaki1  「柿紅葉」という作品です。右側の緑色から赤に徐々に色が変化していく様子を描いたといえると思います。緑色が青々と新緑で繁っているような清新な鮮やかさを出しているのに対して、赤は鮮やかでなくて少し毒々しい印象の色になっています。赤く紅葉した葉、赤が滲んでくるような描き方で、まるで腐食しているような感じさえ受けます。葉っぱが紅葉した木の幹は青い苔が取り付いているようで、他の幹にはついていません。そこに何か病的な感じといいますか。また、中には幹が赤くなっている木がいくつかあって、それも病的な異様さが感じられます。さらに、画面全体は、遠近とか、それぞれの木々の大きさのバランスがわからず、これらの木々がどのように生えているのか、全く考慮されていないのか、全体の空間を想像しようとすると目眩がしてきます。それほど空間としては支離滅裂です。この作品については、画面を言葉で記述しようとするとネガティブな言葉しかでてこないのです。それYokoyama2018kaki2 が凄いというのか、敢えて現代の言葉で言えば、パンクな作品で、大正時代に、よくそんな発想があったと感心するほどです(もとより横山当人は、意図的にやっているとは到底思えませんが)。
 第二会場で「生々流転」という長大な水墨画の巻物の作品が展示されていました。よろしいんじゃないでしょうか。巻物を広げた長い展示のウィンドウの前に鑑賞する人々がズラッと並んでいるのを見ているのが面白かったです。その意味で、これもブッ飛んだ作品の一つに入るのでしょうか。
Yokoyama2018snow  このコーナーの最後に「雪旦」という作品。薄闇の残る中に白い椿の花が。雀が一羽とまる。綿のような花びら。そして、立体感があって陰影まで丁寧に描き込まれた葉。この人も、ちゃんとした“らしい”日本画を描けるということが分かりました。やればできる人なのだということでしょうか。しかし、このような作品は少ない。従って、横山は、このような作品を描こうとしなかったということなのでしょうか。それよりも、上述のようなブッ飛んだ作品を描いていたということになります。その理由は分かりませんが、この「雪旦」という作品。たしかに、「やればできるじゃん」と言ってあげたくなりますが、この作品だけを取り出して眺めると「だからどうした?」と訊きたくなる作品でもあるのです。もっとハッキリ言うと「何が面白いの?」ということです。

2018年8月16日 (木)

生誕150年 横山大観展(2)~第1章「明治」の大観

Yokoyama2018kutugen 会場に入って、まず人集りがしていたのが「屈原」という作品です。たしか、高校の教科書で見た覚えがあります。それだけ有名な作品だろうと思います。この作品にまつわるエピソードはいろんなところで語られて、それが作品にものがたりの衣装を着せて作品に付加価値を何重にも纏い付かせているようですので、そういう物語はここでは切り捨てることにします。だいたい、日本画ってそうなのですが、人物が個人としてまともに描けている作品がほとんどない(だから悪いというのではありませんか、あしからず)。横山も例外ではなくて、というよりも典型で、この人の描いているのは人間に見えない、というと言いすぎかもしれませんが、その中で、この作品は、とりあえずまともに見ることができるという作品、ただし、それじゃあ感心させられてしまうほどかという、そこまでいえない(いったい何様のつもりなのでしょうかね)。例えば、この人のポーズがチグハグで、プロポーションのバランスが取れていないような感じ、しかも、表情がノッペリしていて能面みたい。だから、作品にまつわるエピソードで先入観でも持たないと、この人が怒っているかどうかは判然としない。あるいは、まわり道具をつかって喩えで匂わす、例えば、そんな印象です。荒れ狂う風は屈原の悲愴な内面感情を、風にざわめく叢の陰に隠れる鴆には讒佞を、背後から屈原を上目使いに見る燕雀には小心さを象徴させた。屈原は右手に蘭を持つが、屈原に蘭を組み合わせる、蘭はほかならぬ屈原自身が『楚辞』のなかで高潔な君子の誓えとして詠み、以来蘭は屈原の高潔な気性をあらわす象徴物とみなされるようになったから、といったような。そんな回りくどいことするなら、当の人物をそれが分かるように描けよ、と思うのですが、おそらくそれが描けるひとではなYokoyama2018still い。というより描き方が分からなかった。結局、このことは最後まで分からなかったようですが。何かボロクソに貶しているようですが、そんなものよりも、この作品では、画面右下の緑色の草の葉が全体の色調が不釣合いなほど浮いていて、描き方も咬み合っていない、そういう波乱要素が画面の中で過剰なものとして、それを作品の中に入れて、まとまりが崩れても、それで通してしまう、そういうところに横山の作品の特徴が感じられると思ったからです。そういう風に見ると、画面の中心は人物ではなくて、右隅の草なのです。屈原は、そのための引き立てYokoyama2018evening 役にすぎません。
 「寂静」という作品です。有名な朦朧体があらわれはじめて全体に霧がかかったような雰囲気ですが、画面上部の竹林の竹が線画なのでしょうが、刷毛で引いたような太い線で少し異様な感じがします、それが突出していて、その上の葉が乱雑に塗りたくったような、竹の葉を一枚一枚描いていくのでなくモヤモヤした塊のように描いています。それが見ていてへんな感じ、違和感を与えます。しかも、下部の水辺の蓮が、全体的なモヤモヤの中で、ハッキリと輪郭が目だって、しかも塗り絵をベタ塗りするように描かれています。大きさの点でも蓮は突出して目だっていますし、ぜんたいのバランスを失してハッキリ描かれています。まるで、アンリ・ルソーの幻想的な植物風景を想わせます。タイトル「寂静」とは、全く似つかわしくない画面で、それを臆面もなく通してしまう。そして見る者に違和感を敢えて与えるように描く(そうとしか思えないところがあるからです)。ある種のアバンギャルドなところ、そういうところが横山の作品の特徴なのではないかと思います。ただ、それは、横山が理念をイデオロギーのようにもっていて、それを画面で主張したというのではないと思います。むしろ、配慮して画面をまとめるのが面倒くさいといったような批評性を本質的に欠いている、そこが却って魅力となって画面に表われてくる。この作品には、その萌芽が見られるのではないかと思います。
 「夏日四題のうち 黄昏」という作品です。これまで見てきた作品のようなチマチマした作品を描く一方で、小品ながら、このようなスケール感のある風景をあっさりと描いてしまうところ。この人は筋を通すとかいったところがないのか、と思ってしまう無節操なところが横山の作風と言えるのかもしれません。画面真ん中あたりに小さく鳥の飛んでいる姿が細かくハッキリとした輪郭で描き込まれています。それが小さいのですが、強調されるように目立ちます。それが、朦朧体で大雑把に描かれた森林のさまと対照的になっています。それが、風景の大きさを引き立てるようにスケール感を作Yokoyama2018bokudou り出しています。この作品を見ていると、朦朧体というのが、技法というよりも、ある種の手抜きというのか、丁寧に細かく描き込むことをしなくて、それが却ってスケール感を生んでしまった。そういう感じです。しかし。この作品の時点では朦朧体がひとり歩きして、技法のための技法になっていまで、画面にスケール感を作り出していると思います。
 「月下牧童」という作品も同じように、画面上方の遠景で群れをなして飛ぶ鳥を黒い点のようにして描いて、画面下の手前の最前景では草むらに咲く花を白い点のように描いて、遠景の黒い点と前景の白い点を対照的に対比させています。その間の牧童がいる中景は前景、遠景との境目がなくて、その境目をぼかすようにして小さい画面の中に収めるのに朦朧なもやもやが機能している。さらに、黒と白の点と、そのもやもやが対比されていて、それぞれの小ささと大きさが強調されるようになっている。その結果、巧まずして小さな画面に大きな広がりがイメージされるようになっている。
 「杜鵑」という作品。ホトトギス一羽を、爽やかな初夏の新緑を舞う鳥としてではなく、深山を飛翔する孤高の鳥として描いている。ホトトギスを小さく描いたがゆえに、まるでその鳴き声が山に響き渡るかのように広く空間を獲得している。ほとんど点のように小さく描かれた鳥(ホトトギス)は風景の一点で、この小ささならば鳥という生命の存在を描き込む必要はなくなります。その意味で、横山の苦手なところを巧みに回避した戦略的な構成と思います。しかも、空に舞う鳥ということで余白を取ることができて平面的な画面構成が許されることになります。とは言っても、下方の木々の描き方がいかにも平面的で、図案化が中途半端です。しかも遠くの霞んだ木々と同じようにもやのように描かれています。ただし、このもやもやが、その森の奥の空にかかる雲のもやもやと連動しているので、そのもやもやが画面にリズムをYokoyamatori 生んでいるのも確かです。ここでは、朦朧体のもやもやが動きや画面を構成するところまで機能するものとなっていますが、惜しむらくは横山が論理的に画面を構築することに意欲的でなく、それを突き詰めようとしていないようで、中途半端に出たとこ勝負になっている点です。
 それが「帰帆」という作品では、もやもやが画面に一様に覆ってしまって、靄にかすんだ船の帆と月が中空に浮かんでいるような、バルザックの「知られざる傑作」の「美しき諍い女」のような何が描かれているのか分からないような作品になりそうな作品です。横山という人は、近代人のもっている批評性をあまり、持ち合わせていなかったでしょうか。描いてしまったら、えいやっと売ってしまうか、発表してしまうというような、しかし、それが横山という画家の特徴で、それは、同僚の菱田春草のような人との大きな違いではないかと思います。
 「彗星」という作品です。薄墨で描いた夜空に、胡粉で彗星の核を、墨の塗り残しで彗星の尾を表現したといいます。「帰帆」と同じような朦朧で画面をいっぱいにしても、取り上げる題材によっては、うまくハマッて、こちらは見れる作品になっています。掛け軸の小さな画面の大部分を夜空にとっていて、月や星々では、それだけではもの足りないだろうし、雲では過剰なところがあって、彗星が尾を引いた様というのは、その意味では、ちょうど空の大きさを引き立たせて、画面に当てはまる格好の題材となったということでしょうか。
 そして「山路」という作品です。これは正直に言えば、汚い。乱雑に、絵の具をベタベタ塗りたくったような印象の作品です。“発表当時、西洋の印象派と南画の融合と評されたタッチを多用することで、明治30年代に大観らが試みた朦朧体を脱し、大正期に流行した〝新南画〟の先駆けとなったといわれる重要な作品です。”とのことですが、それにしても、単なる実験とか、試みであれば、試すだけ試して、それで廃棄してお終いでいいと思うのですが。ただ、これは大正期に横山が色彩豊かな豪華絢爛な作品を生んでいく前触れのような作品のように、私には思えるので、あえて、ここで取り上げてみました。
Yokoyama2018suisei Yokoyama2018yamaji

2018年8月15日 (水)

生誕150年 横山大観展(1)

2018年4月東京国立近代美術館
Yokoyama2018pos  この日は、終日用事で都心に出かけた。それも、午前と午後で別々の用事で、午前の用事が終わって、午後の要件までに2時間以上も時間が空いてしまった。会社に戻るのはできるが、往復だけで終わってしまう。その空いた時間で、もよりの美術館によってもるのもいいと、足が遠くなりがちな近代美術館に寄って見ることにした。一週間前に横山大観展が始まったばかりで、平日でちょうど昼の時間帯なので、まだ、それほど込み合っていないだろうと思ったことも。横山大観は5年前に横浜美術館の展覧会に行ったが、それほど感心したわけでもなく、評判のわりには・・・という印象でした。時間をつぶすにはちょうどいいと思い、立ち寄ることにしました。地下鉄の竹橋の駅の改札をでたところで、特設の椅子とテーブルで入場券の出張販売をしているのをみて、ギョッとした。地上に出て、毎日新聞社の前の信号で立ちどまっているひとたちは年配の(私も年配だが)いかにも横山大観を見に行きそうな人々の群れ、中に外人の旅行者のような人もけっこういる。この群れが美術館にすべて行くのであれば、会場は混雑しているかもしれない。美術館の入場券売り場は長蛇の列かと思っていたら、ガラガラだったが、人々は前売りを購入済みなのか素通りするように入口に向かっている。混み合うロビーを通り抜けて、会場に入る。老人ばかりかと思ったら、若い人も意外に多い。会場は、それなりに人が多かった。とくに人気作の前は人だかりになっていた。中には、いつも美術館では見かけないタイプの人も少なからず混じっていた。この人の人気はすごいものだと思った。もっと会期が進んで休日なんかだと、かなり混雑するのではないだろうか。でも、この人の作品は、そういう雰囲気の中で眺める方が似合っているのかもしれない。
 で、会場で主催者あいさつは、どこに掲げてあるか見つけられずにいたし、展覧会チラシも見つけられなかったので、後でホームページを見ました。以下に引用します。“横山大観(1868~1958)の生誕150年、没後60年を記念し、展覧会を開催します。東京美術学校に学んだ大観は、師の岡倉天心とともに同校を去り、日本美術院を設立。新たな時代における新たな絵画の創出を目指しました。西洋からさまざまなものや情報が押し寄せる時代の中、日本の絵画の伝統的な技法を継承しつつ、時に改変を試み、また主題についても従来の定型をかるがると脱してみせました。やがてこうした手法はさらに広がりを見せ、自在な画風と深い精神性をそなえた数々の大作を生み出しました。本展では、40メートル超で日本一長い画巻《生々流転》(重要文化財)や《夜桜》《紅葉》をはじめとする代表作に、数々の新出作品や習作などの資料をあわせて展示し、制作の過程から彼の芸術の本質を改めて探ります。総出品数約90点を展観する大回顧展です。”まあ、何も言っていないに等しいような形式的なもの、横山の作品には、このような儀礼的なものいいが一番ふさわしいかもしれません。一応念のために断っておきますが、いつも展覧会では作家の呼称についてはラスト・ネーム(名字)で呼んでいるので、例えば、ベラスケスとかルドンといった具合にです。だから、この人の場合も大観というファースト・ネームでなくて横山というラスト・ネームで呼んでいます。日本人画家は雅号と呼ぶとな場合分けが面倒なだけなのですが。あと、横山には儀礼的なのが似つかわしいといったのは、良い意味でも、この人の画風を反映しているかもしれないと思ったからです。その変のところは、作品を見ていきながら明らかにしていきたいと思います。

2018年8月 3日 (金)

浜田知明100年のまなざし展~戦争を経て、人間を見つめる(4)~3.人へのまなざし 愛しいかたち 1974~2002年

Hamadaarere  この後のコーナーは他の版画家たちとの比較や最近の作品の展示(数が少ない)なので、浜田本人の作品展示は、実質的に、このコーナーが最後ということになります。なお、片隅に彫刻作品も展示されていましたが、私は素通りしました。先ほども少し触れましたが、ここでの展示作品には、特徴的な鋭さや細かさは後退していきます。
 「アレレ…」という作品です。さきほどの「晩年(B)」と比べて見るとアクアチントで明暗をつけているくらいで画面はさっぱりしていて細かいという印象はなくなります。日本のイラストにおける「へたうま」という傾向のデザインに似た、シンプルなデザインで見せようとしている作品です。“思わずそのポーズを真似したくなるような主題のひょうきんさと造形のユニークさが、セピア色の重厚な線で目に飛び込んできます”と説明されていますが、私には、このデザインは、あざとく映ります。描写がシンプルになったことで、先ほど述べたギクシャクした味わいもなくなって、造形のデザインだけが突出したものとなっています。このポーズは埴輪に似ていて、そのパターンが、浜田の作品には珍しい洗練されたものと感じられます。例えば、線の滑らかですっきりしているところとか、目の螺旋状の、つながっている鼻を円筒状の模様のように描いているのが規格化されたスマートさが感じられます。浜田の、他の作品にあるゴテゴテした過剰なほどの描きこみは一切ない。この作品は、スタミナの減退を逆に必要なものだけを切り取って禁欲的な画面をつくったというのでしょうか。このコーナーの展示の中では浜田に晩年の成熟ということがあるとしたら、この作品が、その最右翼ではないかと思えるものでした。言葉でストーリーに付け加える必要性を感じないという点でもです。
Hamadashout  版画集『曇後晴』から「叫び」という作品です。線で描いているというよりグラデーションよる不定形の背景と対照的に白抜きの人物が浮き上がっている作品です。それまでの、線をたくさん引いて画面に詰め込んでいたような作品から、さっきの「アレレ…」もそうですが、線を節約するようになってきて、「アレレ…」は全体にスッキリした画面になっていましたが、この作品では背景のアクアチントが雄弁な印象で、デフォルメされた人物よりも背景の蠢いているような不定形の背景が叫びを生むような人の内面の不安定さを表わしているような過剰さが、言葉のストーリーを語っているところがあります。この作品ではおそらくアクアチントという、それまでは控えめにつかわれていた手法を前面に出したということなのかもしれません。アクアチントとは、“まず、銅版に微細な松脂の粉を散布する。次に、銅版の裏面から熱を加えて、松脂を半ば溶かしたところで冷すと、松脂は版にしっかりと固着する。この時点で銅版面はどうなっているだろうHamadasecret か。松脂の粉で銅版面が覆われたところと、松脂の粉と粉との間の銅版面があらわになったところとに二分されている。この銅版を酸性の腐蝕液に浸すと、松脂の粉は防蝕剤の役目を果し、銅版面があらわになっているところだけが腐蝕され、窪みとなる。桧脂を除去すれば、インクの溜まる窪みの部分とインクがきれいに拭き取られる平らな面とができる。松脂の粒子の大きさや散布の密度、あるいは腐蝕時間の長短によって、様々な明暗の調整が可能となる。”そうすると、水彩画のにじみのような効果を表わすことが出来るということで、この作品では背景が水彩絵具をにじんで流れさせたようなものになっています。ということは、作家はニードル(針)をとって力を込めて銅板の表面を削り取るように描かなくてもよいわけで、こんなことを言うと揶揄になるかもしれませんが、作家の省力化という側面は否定できないと思います。それが、それまでと違った印象を与える作品となって傾向に変化を生んでいることは確かです。
「密談」という作品です。まるでペン書きのイラストのようにシンプルな作品です。この作品での線は硬質の鋭さをもっていた以前の浜田の線とは異質な、滑らかで柔らかく、太さが変化する肉太の線に変質しています。それゆえか、デフォルメされた画面が、一種の牧歌的ななごみとでもいうような安心感を与えるように見えます。私には、以前の過剰さから、すっきりした画面を通り過ぎて、削りすぎのスカスカの画面になってしまったような印象を受けます。私には、このコーナーで展示されている作品には、傾向として衰えを感じてしまうのでした。
Hamadacata  そんな中でも「カタコンベ」という作品は、暗闇の中に出口の階段と3人の人物が白く浮かび上がり、そこに見る者の視線が引き寄せられるようになっていて、その人物は細い線を重ねて描かれている、それまでの傾向の延長とも言える作品です。しかも、要素を整理して一見シンプルなのに、人物の描き方に注目すると細かい無数の線で描かれていて、そこに深さを感じさせるものとなっている。そういう洗練がある作品になっていると思います。
  また「行きどまり」という作品は、アクアチントで四角形で区切られた渦巻きのような背景を、その四角の面でグラデーションの効果を作っていくことで、中央にエッチング描かれた人物に対する虚像のような世界を区切り、しかも、この不揃いの四角形反復が画面にリズムをうんでいます。のそれに対照的に人物は線でくっきりとした輪郭で区分されます。しかも、輪郭は太い線で、人物の輪郭の内部と影は細い線を無数に引いていて、錯綜した感じを作り出しています。この3人の人物も見方によれば同じ形の反復でもあって、それがリズムをつくっています。それは背景の四角形のリズムとは異なるリズムで、複数のリズムが画面上に併存し、重ね合って複合リズムとでもいう響合する印象を作り出しHamadago ています。これらの作品は、浜田のこの時期の作品のもっていた可能性を示していると思います。しかし、残念なことに、この方向に浜田は全面的に進むことはなかったようです。
 最後に、展覧会ポスターで使われた「月夜」という作品です。この後のコーナーの展示については、別の意味で興味深いものでしたが(駒井哲郎や加納光於、瑛九、浜口陽三の作品など)、とくにここで述べることのないようなものでした。Hamadamoon

2018年8月 2日 (木)

浜田知明100年のまなざし展~戦争を経て、人間を見つめる(3)~2.社会へのまなざし 「見えない戦争」を描く 1956~1973年

Hamadaeurope  『初年兵哀歌』で形となった浜田の作品の性格が原初的に現われているのが、時期としては後年のことになりますが、1964年から1年間ヨーロッパに滞在したときの作品ではないかと思います。その際に魅かれた画家が近代以降の画家たちではなくて、ファンアイクという中世からルネサンスにかけての時期に活躍したフランドルの画家だったというのです。ファンアイクの作品というのは、顕微鏡で観察したような緻密な細部の描写をするのですが、人物のポーズは様式化されていて、細部にこだわりながら、全体としての人物の内面を描くような志向はない画家といえると思います。浜田のヨーロッパ滞在の成果である『わたくしのヨーロッパ印象記』で浜田が描いているのは、いわゆる近代絵画の個人が主体性をもったような作品やその対象となった個人の姿や風景といったものでHamadaeurope2 はなく、中世の城郭や甲冑、あるいはギロチンにように処刑や拷問具といったものでした。たとえば、「騎士と鎧と女」という作品では、城門の扉のレリーフ彫刻のような様式化された図案の女性像を、そして盾や鎧は図面のようにきっちりと描いています。そこには、デザイン的な様式化された形態、それを描いた図案のようなものへの浜田の嗜好が表れているのではないとか思います。また「フランドル伯城」という作品では、石積みの城郭という四角い抽象的な形の石を積み上げていった結果が城郭という建築物になっているもの、つまり四角い石の反復による結果ということを描いている作品と見ることもできます。「グラプラス」という作品では、その建築物の描き方が中世風とでも言える様式のパロディのようにして描いているのが分かります。これらの作品、ここに引用していない作品も含めて、個人としての人格をもった個人の姿を描いたものはひとつもありません。つまり、浜田は自身の感情なども含めて、個人としての人間を描くといったことには興味がなかったといえると思います。
 そういう浜田が人間を描こうとすると肖像として、その姿に個人の内面が表れるとか、感情移入するといったものではなくなります。喩えていうと、タHamadaeurope3 モリという現在では司会者として通っていますが、昔はキワモノ芸人のようなことをやっていて、その中で物真似もやっていて、彼のレパートリーの中に三遊亭円生があって、これが絶品だったのですが、彼の真似る円生は落語家独特の話し方が身についてしまって、それをまるで田舎の方言とかなまりのように、標準的なふつうの話し方ができないことを皮肉るようにして演じていたのでした。そこに風刺的な笑いが生まれていたわけです。浜田の描く人間というのは、これと似たようなパターンになっているのではないかと思います。「副校長D氏像」という作品を見てみましょう。浜田自身の言葉を借りながら追いかけていくと、副校長D氏は「長年月、生徒を前にして固い話ばかりしてきた」せいで「心までも四角四面になってしまった」。「眼は複眼の如く、キョロキョロとす早く動く。」そのくせ酒を飲むと「わいせつな言葉を吐いて、周囲の人達のヒンシュクをかう」…。ここで浜田が語っているD氏のイメージは、連想であり、象徴化の操作によって表されたものです。話の「固さ」は、「丸くはない」角張ったものとして連想、変換され、戸棚のような頭が描かれます。並んだ数字も、数でしか物事を判断できない頭の固さを表していると言えます。複眼のような眼つきは文字通り複数化されて描かれ、固い様子の陰に隠されたわいせつさは、閉まった扉のむこう、引き上げられた布のむこう側からのぞく女性のヌードとして表現されています。
Hamadad  「疑惑」という作品です。人の顔の二つの目が渦巻きのようになっていて、しかも、その渦は途中で切れていて、画面向かって左側の目の渦の波紋が広がるように顔を覆うようにして、さらには顔の外側に広がっていっています。これは、疑いという不確かさが、歪んだ円形である渦の形をとって、しかも、その渦の途中で途切れ白黒が入れ替わっています。さらに渦は終わりがなく閉じていない図形ということで、際限なくひろがっていって、当人の頭の中に収まりきらずに外に向かってひろがっていくように表わされています。というように、「副校長D氏像」もそうだったのですが、画面の内容を言葉で記述しやすい画面になっています。ここでは、絵画的な言葉にはならないような視覚的な微妙なニュアンスのようなものは切り捨てられています。その代わりに言葉にしやすい記号のような表現がストレートに使われています。結果として、日本の古代の大和絵の絵巻物のような登場人物の個性を描き分けるのではなくて、人の顔は記号のように類型化され、コスチュームや小道具やポーズや場面でどのような人物かを差別化して、その配置で絵物語を進めていくのと似たようなものになっていると思います。そこで重視されるのは、その記号を明確に示すということで、それは、浜田が版画で刷られる線の表わし方にこだわっていたのと関連していると考えるHamadagiwaku と、画面の論理として納得できるものです。この、「疑惑」という作品でも、人物の微妙な表情に疑惑で悩んでいる内面が浮き出てくるように、微妙に描きこんでいくというのではなく、上述のような記号的な効果を利用して、マンガのように分かりやすく表わしています。そこにはあるのは、個人的に疑惑にとらわれて、疑ったり、それで悩んだりする様子ではなく、抽象的に一般化された不条理さ、それを客観的に眺めることかせ生じてくる滑稽さといったものです。
 「愛の歌」という作品は荒野に草が生えていて二つの葉が出ていて、それが唇の形をしている。その二つの唇が恋人のシンボライズということなのでしょうか。この唇を顔から切り離して取り出した作品として、他に「噂」という作品があります。これは室内の空間に無数の唇が浮かんでいる。これは、そこいらで噂を囁いていることをシンボリックに表わしたものでしょうか。この二つの作品は唇という記号的な形の反復と場面への当てはめ方で、画面をつくっています。私には、浜田という作家にとって制作するということは、この作品で言えば唇というような記号的な形を使って、何かの対象を描写するというのではなくて、自身で世界を創造するように白く四角い紙の上に画面を創るということではなかったのかと思います。ただし、その創ろうとした画面というのは純粋な視覚的なイメージではなくて、Hamadalove 言葉によるイメージや物語、しかも、既成のものを組み合わせて異化させたようなものを視覚化していくというものだったように思います。それは、浜田という人のイメージの限界とも、そういうパターンだったとも言えるのかもしれませんが。それが作品を見る人々に受け入れられる、あるいは共有とか共感ということを考慮すると、メッセージとか風刺といったことが見る人との間を繋げるのに都合がよかった。最初に引用した主催者の挨拶の中に“ユーモラスな諷刺”という形容がありますが、ここで展示されている作品にも、そういう要素が見られるものもあります。これは、そういう事情の中で考えると、私には納得し易い。例えば江戸中期以降の浮世絵が記号のように人の顔を描くことを追求して、写楽や歌麿のようなデフォルメをエスカレートさせていったのと同じようなものに思えます。ユーモラスと言うのは、Hamadarumoa 作品を見る人の側で、浜田はデフォルメのパターンを突き詰めたり、繰り返し使ったりということを作品で行っていたということではないかと思います。これは、浜田がそういう姿勢だったというのではなくて、作品の画面を見ていて、私が見やすくなるために考えたストーリーで、私なりのこれらの作品の論理として引っ張り出したものです。
 また、浜田の銅版画の特徴として、この後の方のコーナーで同時代の他の銅版画家の作品が展示されていましたが、それらと比べると彼の鋭い線が目だってきます。その特徴的な、鋭い線と、その線による細かな表現及び明暗の深さというのが、この時期の作品でピークに達していたように見えます。この後の展示では、時間的に遅い時期で、本人が高齢となって体力的な衰えから、この時期の鋭さや細かさを維持できなくなっていったように見えます。「晩年(B)」という作品です。この右手の人の形の内部の描き方や点描のような背景は銅版にニードル(針)を引っ掛けるようにして鋭い線を引き、細かい作業を気の遠くなるほど繰り返すことで制作していったのではないかと思います。おそらく、ヨーロッパの「同じ面積でなら、できるだけ細かい部分まで再現する正確な複製像の方が必ず勝ち抜く」という細密な銅版画に接して、『わたくしのヨーロッパ印象記』などで、もともとの彼自身の方向性をさHamadalast らに推し進めて細密な描写を行っていました。それが、彼自身のものして消化された結果表われた作品の一つではないかと思います。ヨーロッパの銅版画は細密描写は、もともと版画が複製だとか写実的なものであったことから要請されてできたものだったのに対して、浜田の作品は、写実とは無関係にデフォルメされた形に鋭い線や細密な描写が為されている、ちょっとしたアンバランスなところに特徴があると思います。そのアンバランスさがギクシャクした印象を見る者に与えて、それが画面へのひっかかりをつくっている。それが特徴的に表われた作品のひとつではないかと思います。

2018年8月 1日 (水)

浜田知明100年のまなざし展~戦争を経て、人間を見つめる(2)~1.兵士のまなざし 刻み込んだ記憶 1951~1954年

Hamadasoldier3  浜田が『初年兵哀歌』を、当初からシリーズとして計画的に制作したわけではなく、断続的に制作していくうちに、シリーズとなっていったというものらしいです。それが1951年から54年にかけてのことだそうです。
 その中の「便所の伝説」という作品です。モチーフとしては「歩哨」と似ていて、便所の個室で首を吊って自殺する初年兵の姿ということでしょうか。縦長の構図といい、背景を黒一色にして、人物の上方に四角い窓を白で表わし、そこから光が差し込んで人物を浮かび上がらせている、そういう構成は似通っていると思います。そして、自殺する人物、とくに顔をマンガのように極端にデフォルメして記号的にしています。そこから、浜田という作家が絵画的なニュアンスを追求するタイプではなくて、デザイン的に画面を設計していくタイプを志向していた人ではないかと思えるのです。しかし、展示されている作品をひとわたり見まわすと、この人のデザインのバリエイションに関しては、決して豊かな引き出しを持っているわけではないことが分かります。この「便所の伝説」と「歩哨」の関係がそうであるように、限られたデザインを使いまわすことで、画面をデザインしているという制作されたように見えます。つまり、創作するということよりも、いくつかのモチーフを組み合わせたり、変化させたりしてアレンジしていくということに近いのではないか。その場合、各モチーフは使いまわすために便利なパーツのようになっていった。その結果として、図案化された記号のような形、絵としてみるとデフォルメされたものとなったのではないかと思います。そこで、実際には、「便所の伝説」と「歩哨」の人物の顔は同じようなデザインでありながら、「歩哨」の方では黒丸の空洞のような目から滴の形をぶら下げることで涙を流している記号にしている。人の顔がそういうソリッドな形態になっています。
 Hamadasoldier4 「風景」という作品は引用した説明にありましたが、その中心に描かれている死体は、何の説明を受けずに虚心坦懐に見たとしたら、死体に見えるでしょうか。タイトルも何も聞かされないで見れば、奇妙な物体と見えてしまうと思います。そういう人の死体とは見えないようなグロテスクな姿になっているという表わし方が戦争の愚劣さを表現していると言えば、たしかにそうですが、それは、そのような解説を受けて初めて、そのように見えるというものであると思います。これはかなり強いこじ付けかもしれませんが、この死体の胴体の形と「歩哨」の人物の頭の形が何となく似ているような。ゴツコヅと角張っている、その形のデザインを、浜田は使いまわしている、と私には思えます。浜田という作家は、そのような造形を使ってしまう、何かを見ていても、それを当てはめてしまう、そんな感じがとても強くしました。これはこじつけといわれて、返す言葉はないのですが、同じ題名の「風景」という別の作品を見ると、この死体の物体がたくさん出てきて乱舞しているような図案になっています。まるで、この物体のモチーフをコピー・アンド・ペーストしたような。喩えとしては、不適当かもしれませんが、江戸時代の琳派、尾形光琳のカキツバタのたくさんの同じ形を複写したように画面に描いたのと似ているように見えます。ただし、琳派の場合には装飾的になったのに対して、浜田の場合にはグロテスクになっていったという違いです。しかし、両Hamadasoldier5 者には重量感が感じられない、一種の軽妙さが感じられるところで共通しているところがあると思います。
 「頭」という作品です。中央の立てられている棒の遥か後方で3人の人影がありますが、この人影の形態は、風景の物体の形態に似ています。ここでも、この形態が配されています。つまり、浜田の『初年兵哀歌』のシリーズは、この形態を様々に使いまわした、この形態をテーマとしたバリエィションと見ることもできるということです。そして、作者の意図がどうあれ戦争云々という予備知識がないところで作品を見ていく場合には、そういう見方の方がしっくりくるように思います。そして、そう考えると、この形態を明確にするという点では油絵に比べて版画という手法は適していると言えます。それはまた、画面全体がノッペリしていて平面的で奥行きを持たないものになっているという点でも、形のバリエイション、しかも、その形を記号的に扱Hamadasoldier6 っていくには好都合ではないかと思えます。この作品では中心の棒に刺して頭と背後の崖、そしてそのうしろの平原という前景、中景、後景の三段構造になっていますが、それぞれが平面でぺちゃんこで絵画的な奥行きがなく、空間のひろがりは感じられません。逆に背後の夜空と影となっている崖を黒とグレーの濃淡で色分けしている、その段階がノッペリしています。それが、生々しさとか、リアルな存在感とか、重量感のようなものが画面にはなくて、軽さ、そして抽象性が生まれています。それはおそらく見る者の想像力を掻き立てるものとなっているだろうと思います。
 「ぐにゃぐにゃとした太陽がのぼる」という作品。この画面でも空間の広がりというよりは、ミニチュアのジオラマを見下ろしているような人工的な世界として捉えられます。だからこそ、そこで不定形なものが浮かんでいても違和感はないのです。ひとつのデザイン的な世界をつくっている。それは平面的で、その世界のきまり、つまり記号で、構成されている世界です。ここでは、行軍している兵士たちが形のコピー・アンド・ペーストされているように見えます。そして、このコピー・アンド・ペーストで同じような形のバリエイションを画面に作っていくというのは、繰り返しということです。それは音楽でいえば、個々の楽器の音を響かせるというよりは、それによって形成される音の形をメロディとしてとりだして、それを繰り返していって聴き手に印象づけるということに似ていると思います。つまり、個々の兵士の肉体とか実在といったものを棚上げして、その外形の形態だけを取り出して、そHamadasoldier7 れを操作するということで表現をしていくというものです。だから、浜田のこれらの作品には、個々の兵士の個性的な存在ということはなくて、一般化された人間の肉体がグロテスクになっていたりするのです。先ほどの初年兵の哀しい姿は、軍隊の初年兵という立場が哀しいのであって、その当の個人としての家族や生い立ちがあって、そこで培われた性格をもって、その個人が他のひとにはない感情を持っていて、個人として、これだけはやりきれない切実な思いを抱いているといったことではないのです。それをあらわす微妙な表情とか、個性といったことは浜田の描写からは排除されています。そういう、ある意味で理念によって、人間の個性を切り捨てて抽象化した描写をする対象としては、軍隊というのは、たとえそれを告発するような姿勢であっても、とても扱い易いものであると言えるのではないでしょうか。こんな言い方をすると浜田を腐すと受け取られてしまうかもしれませんが、それだからこそ、浜田の作品はメッセージに捉われないでも、虚心坦懐に作品の画面だけを無心に眺めていても、十分楽しめるものであるのではないかと思うのです。
Hamadasoldier8  「刑場A」という作品です。中央の十字架のようなはしごが立てかけられたところから吊り下げられているのは、例の形態です。図式的なほどの遠近法の画面ですが遠近感とか奥行きのある空間になっていなくて、図面のような平面の記号的世界として捉えられると思います。シュルレアリスム的な世界といってもいいですし、最新のCGでつくられたファンタジー映画の一場面というような実在感のない、しかし、スペクタクルな世界ともいえると思います。
 浜田の作品を見ていると、戦争という重いテーマが言葉の情報として見る者に、作品を見る前に伝わってきて、それに縛られてしまいがちですが、あえてそういうことを考えずに、画面の造形だけを見ていると、形を見る楽しさに溢れた作品であることが分かるのではないかと思います。会場の静かな環境で、誰にも邪魔されずに思うがまま作品に向き合って見て、そう思いました。そういう見方をすると、この後の浜田の作品は、さらに面白くなってくると思います。

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